029 奴隷商人
出航を控えた海賊団の船団が停泊する入り江に、シロガミ討伐隊の船が辿り着いた頃には、数日が経過していた。
討伐隊の船は入り江を少し外れた場所にある別の海岸に接舷する。
「なんか雰囲気おかしくねぇ?」
「略奪に出る準備みたいだが、たしかにおかしいな。物資の量が尋常じゃない。」
「皆、一度家に戻ろう。状況を確認したら、もう一度ここに集まるんだ。」
バルサは皆に指示をすると、ミラの手をとり船を降りる。
「ミラはお嬢の家で待つんだ。後で迎えに来る。」
「う…、ぅ…。」
自分の手を引くバルサに頷きを返すミラ。
オットーとエイワスには島に残した家族はいない。辺りにいた海賊を捕まえて状況を尋ねる。
「なんか慌ただしいけど、何かあったのか?」
「あん?なんだ、お嬢の腰巾着にエイワスさんか、略奪に決まってんだろ?おめえらも今回ばかりはさすがに参加しねぇとまずいぞ?」
「何がまずいんだ?俺らいつも参加してねぇだろうに。」
「今回の略奪はいつものとは違う。お宝は海都そのものだ。奪って奪って奪いつくすんだよ。」
海賊が去って行った後、オットーとエイワスは驚きに顔を見合わせる。
「それって王国に宣戦布告するのと変わらなくねぇ?何考えてんだ?うまくいきっこねぇのに。」
「うまくいくと思わせるだけの何かがあったんだろうな。」
「どうすんだ?エイワス。」
「お嬢とも合流しなきゃならんし、ここに残ってもしょうがない。船に戻ろう。ただし、物資は大量に積んでおこう。」
「わかった!!」
倉庫へ向かってオットーは走り出した。エイワスもそれを追う。
一方、バルサとミラは、ミューズの家の前で腰を下ろした一人の男と相対していた。
男は、フィドル海賊団の副船長キース。
いつも両手に手袋を装着していて、それがトレードマークになっている。
「待ちくたびれたぜ。本当に帰ってくんのかと心配していたところだ。」
そう言って立ち上がるキース。
「キースさん、こんなところで何を?」
「俺の用事はその小娘だ。」
キースはバルサの後ろに隠れるように立っているミラを指差した。
廃棄場、密林。
ここでは、主にアラン、エトワール、ジルの三人がひたすら狩りを頑張っていた。
船の準備に数日かかるとのことなので、その間はこの密林での訓練がメインとなっていたのだ。
ルーシアと7人の変態達はサポートに回り、三人を重点的に鍛えていた。
現在は狩りも終わり、道標を設置した拠点で休憩しているところだった。
「あ~、今日も疲れたぁ~。」
特に負担の大きい前衛のアランはへばっていた。
ジルとエトワールも魔力切れを起こして座り込んでいる。
ロッテはそんな三人に飲み物を配っているところだ。
「ですが皆さん、とっても成長されています。正直、信じられないくらい。」
三人の鑑定結果をチェックするルーシアは、それを見せて皆を褒める。
ジル・ラスターニ(人間)
レベル 15
恩恵 探知魔法+3
土魔法:霊樹+2
光魔法:治療+2
技能 探知術:条件
探知術:検索
土魔術:樹壁
光魔術:治療
効果 浄化
解毒
障壁
幸運
エトワール・アルデアット・フィル・グランス(人間)
レベル 18
恩恵 火魔法:火球+6
魔力強化+2
技能 火魔術:発火
火魔術:火弾
火魔術:火球
火魔術:火爆
効果 火魔強化
浄化
解毒
障壁
幸運
アラン・ローグリア(人間)
レベル 29
恩恵 武術:打撃+3
体術:剛体+1
身体強化+6
技能 武技:連撃
武技:反撃
体技:硬化
効果 打撃強化
浄化
解毒
障壁
幸運
「すげぇ!俺レベル上がりすぎだろ!!」
親父を超える日も近い。そう思ってアランはニヤニヤしている。
「すごい…、私がこんなに…。別の人の鑑定結果みたいです。」
「そんなことありませんわ、ジルさん。私達、ちゃんと強くなっていますわ。」
喜ぶ二人。そしてそれを、ロッテは複雑そうな表情で見つめている。
「大丈夫。ロッテさんもちゃんと皆さんの力になれています。」
ルーシアはそんなロッテの肩を叩く。
「ルーシアさん、ありがとうございます。」
しばらくして、他のメンバーも戻ってきた。
「ロッテ。親分帰ってきたぞ。」
ロッテに抱き着くナナは、狩りを延長していたにも関わらず元気いっぱいのようだ。
「おかえりなさい、親分。」
「中くらいのやつを少しやっつけてきたんだ。」
ナナの付与帳にも恩恵が増えたようだった。
耐性:斬撃
耐性:炎熱
耐性;電撃
「レベル30を超えると、小型種だと上がりにくくなるから、タイミングを見て中型種もやってみようか。」
セロのそんな発言に衝撃を受けている三人だった。
「え?セロ、中型ってあの蜘蛛とか蛇とかか?あれを俺らで?やれんのか!?」
「ナナちゃん、私大丈夫かな…?」
「さすがにあれはちょっと無理なのではなくて?セロ様。」
小型狩りでヘロヘロになっている三人は不安を隠せないようだ。
「今すぐってことじゃない。もう少し強くなったらだよ。それに慣れないうちは俺とナナがフォローする。」
これを聞いて安堵する三人。
「兄ちゃん、おなかすいた。」
ロッテと手を繋いだナナが言う。
「じゃあ、倉庫に獲物を置いたら酒場に行こうか。」
その頃、南海を海都へ向けて移動する船団があった。ついに出航した海賊船団である。
船団の少し後方を追従するシロガミ討伐隊の船。
乗員は、ミューズとミラを欠いた三人だけだ。
「で、キースの野郎は何だって?」
仲間であったミラを連れて行かれ、不機嫌なオットー。
「今回の略奪では大規模な戦闘になるから子供は後方の船に乗せろってネプト船長の指示なんだとよ。」
「おかしくねぇか?それならそこは島に置いていけってなるんじゃねぇか?」
「俺にもさっぱりわからん。」
そんなオットーとバルサの会話を黙って聞いていたエイワスが口を開く。
「とりあえずフィドルの船だけは見失わないようにしよう。」
二人は頷いてそれぞれの持ち場へと戻って行った。
船団の中央、フィドルの船から明かりを利用した合図が飛ぶ。
フィッシャーマンズ連合の作戦開始の合図だ。
まず、海賊団黒海蛇が船団を離脱。
海都の護衛船団が網をはる南海諸島方面へと移動していく。その船足は速い。
次にネプト船長率いる連合主力は、海都方面へと舵を切る。こちらはゆっくりと移動していく。
フィドルの乗船する船のみ、二つに分かれた船団の間に入るような位置取り。
シロガミ討伐隊もこれに続く。
そんな船団の動きを確認して笑みを浮かべる男がいた。
「いよいよだ…」
男は呟く。そして同時に、これまでのことを思い出していた。
9年前。とある奴隷船が秘密裏に南海を航行していた。
王国で拉致した奴隷を、サミュール連邦で売りさばく。
そんなことを生業にしていた奴隷商人がいた。
奴隷商は自分の家に代々伝わる隷属の魔道具を使い、奴隷達を服従させていた。
それは奴隷商の装着している指輪で、対となる拘束具を装着している者に隷属魔術を付与する効果があった。
奴隷船で働く奴隷達は皆、体のどこかに隷属の魔道具を付けている。形状は首輪や手枷、足枷。それぞれである。
その日は天気もよかった。無言で働く奴隷達を眺めながら奴隷商は酒を瓶のままラッパ飲みしている。
その時、船が不自然に揺れた気がした。何だ?波の揺れとは違う。
奴隷商は周囲の海面に目を凝らす。いつも通りの見飽きた海だ。
しばらく海を見ていた奴隷商は遠方に何かを見つけた。
あれは?何だ?動いている?奴隷商はさらに目を凝らす。そして見た。
海面を走る巨大なヒレ。鮫だ。しかも、ヒレの大きさからするとありえない巨体だ。
それが真っ直ぐ、奴隷船へと向かってくる。
「ひっ、ひいいぃぃぃいぃ!!!」
奴隷商は、その場に尻もちをついて悲鳴をあげる。
そして衝撃とともに奴隷船が大きく揺れる。体当りを受けたのだ。
この大きさの船では長くはもたない。実際、船の内部では浸水が始まっていた。
奴隷商は必死に考える。自身が生き残る方法を。
唯一思い浮かんだ策はある。しかしそれも賭けにすぎない。確実ではない。しかし時間もない。何もしなければ死ぬ。
奴隷商は迷わずその方法を実践した。全ての奴隷に対し、
(一人ずつ順番に、間をおいて海に飛び降りろ!)
そんな指示を念じた。
大勢の奴隷達が次々と集まり、指示の通りに行動する。
そして巨大鮫がそれを喰らっていく。
奴隷商はすぐさま、避難用の手漕ぎボートに隷属の魔道具を始め僅かな食糧と、ある程度の財産を乗せる。
巨大鮫が食事を楽しんでいる間にここからできるだけ離れるんだ。
オールを握る手を必死に動かす奴隷商。ボートはじわじわと奴隷船から離れていく。
その間も巨大鮫の食事は続く。その様はまるで海面を踊っているかのようだ。
「畜生!畜生!!」
それなりに距離を取ったはずだが、まだ安心できる距離ではない。
奴隷商は背後に目をやる。かなり遠いが、望遠鏡に大きい島と小さい島、それに連なる群島が見える。
「あそこまでいけば助かる!」
そう言って無心に手を動かし、前方に目線を戻す。
「あ…そんな…」
視界に入ったのはこちらに向かってくる巨大なヒレ。
奴隷商はさらに必死にオールを漕ぐ。逃げられるわけがない。分かってはいても勝手に手が動く。
巨大鮫は巨大な口を海面に大きく開けたまま追いすがる。丸ごと喰らうつもりか!
「やっ、やめろおおおおおおおおおっ!!!!」
目を閉じて叫ぶ奴隷商。もうダメだ。やめてくれ。そんな思いで無意識にオールを手放した。
ん?
あれ?
何も起きない?
奴隷商は恐る恐る目を開ける。手漕ぎボートと積荷が見える。
自分の手を見る。何ともない。生きている。巨大鮫は?
そして周囲を見渡す。
「うおおっ!!」
ボートの周りを旋回する巨大なヒレを見て驚きの声をあげる奴隷商。
しかし、旋回する鮫にこちらを襲う気配はない。
(何故襲わない?満腹か?ってそんなはずねぇだろ!?考えろ、考えろ!俺!!)
そしてひとつの仮説にいきついた。
「まさか…」
たらふく喰らった奴隷達の装着していた隷属の魔道具がこの鮫に作用している?
「試してみるか…」
(ボートが転覆しない程度の強さで、先に見える群島へ向けて押せ!)
念じた通りの行動を始める巨大鮫。ボートはありえない速度で群島へと向かう。
奴隷商は歓喜に震えた。
生き残れたこともそうだが、南海において無敵の戦力を隷属させたのだ。
失ったものは大きいが、手に入れたものもまた計り知れない。
「もう一度、ひっくり返してやる…」
奴隷商の心に野望の火が灯った瞬間だった。
そしてしばらく進むと、群島側から船がやってくるのが見える。どうやら海賊船のようだ。
(よし、シロ。潜行して姿を隠せ。)
シロと名付けた巨大鮫に指示を出す奴隷商。
やがて海賊船がボートの真横に接舷する。そして奴隷商に対し、怒鳴り声が飛んでくる。
「てめぇ、なにもんだ!ここがどこだかわかってやがんのか?あん?」
「いえ、私は王国と連邦の貿易に従事する者です、先程、近くの海域で鮫に襲われ逃げてきたのです!」
「本当かぁ?そう言って実は俺達を捕まえに来たスパイだったりなぁ。」
海賊たちは疑惑の目で奴隷商を見る。
「財でしたら少しはあります。」
私財の入った袋を開き、金貨を見せる。
「武器等も所持しておりません。」
奴隷商は裸になり、丸腰をアピールする。しかし巧妙に隷属の指輪は隠している。
「全て差し上げます!下働きでも何でもします!ですからどうか命だけはお助け下さい!!」
ボートの上で土下座し、命乞いをする奴隷商。
「どれ、俺がちょっと行ってくる。」
海賊の一人がボートに降り立つ。奴隷商はその足元に裸で土下座したままだ。
そして隙を見て周囲から見えないように海賊に足枷を付ける。その瞬間、
(怪しまれぬよう自然に振る舞い、他のやつらに隷属具を取り付けろ!)
指示を念じる奴隷商。いつもの拉致と大差ない。簡単な仕事だ。
「おおい!おめぇら、そこそこあるぜぇ!」
海賊船の仲間に自然に声をかける隷属した海賊。
そして海賊船の縄梯子を登り、近くにいた海賊に言う。
「ちょっと腕だしてみろよ?」
「あん?なんだ?」
腕を出した海賊に腕輪を装着する隷属海賊。そして同様の指示を飛ばす。
「おっ、なかなかいい腕輪じゃねぇか!」
「こんなのもあるぜ?」
また別の海賊に首飾りを掛ける。再度指示を飛ばす。
奴隷商が服を着て、隷属具の入った袋を持って海賊船に立つ頃には、隷属海賊は4人になっていた。
「こちらの枷は強化の魔道具です。見た目は質素ですが効能は中々ですよ?」
奴隷商が言うと、隷属奴隷の一人がサクラ役になる。
「どれどれ?」
手枷を装着して自然な動作で腕輪を戻す。
(装飾品の隷属具は数が少ない。できるだけ枷を使用させないとな。)
「おおおっ!なんか力を感じるぞ!おい!おまえらも付けてみろよ!」
「本当か?俺も試してみよう。」
さらに数人、隷属海賊が追加される。指示を飛ばす。
海賊船が完全に制圧されるまで、そう長くはかからなかった。
この海賊船はとある海賊団の一部隊ではあるが、取り仕切っていた頭目は船長の側近であった。
奴隷商は下っ端として船団に潜り込み、隷属海賊をうまく使い、周囲に怪しまれぬように徐々に序列を上げていく。
数年が経過した。
奴隷商は船長の側近の一人となっていた。船長には当然、枷がついている。
他に数人、船団でも特に戦闘に特化した者を自身の護衛として隷属させていた。
他の海賊はすでに隷属化にはない。新入りの増加に合わせて、少しずつ隷属具を回収の後、始末していた。
(海賊団はここだけじゃない。他の海賊団を吸収、支配するのに隷属具はいくらあっても困らない。)
海賊同士での小競り合いや、大型船舶を狙う際の合同襲撃等、いくつかの機会を利用し、
少しずつ隷属海賊を各海賊団に浸透させていく奴隷商。
すべてが奴隷商の思い通り。なにもかも順調だった。
そして後に大海賊と呼ばれるネプトを頭に、海賊同盟、フィッシャーマンズ連合が結成されてもそれは変わらない。
ネプトを中心に、じわじわと隷属の包囲網を狭めていき、いずれ全てを支配する。奴隷商はそう考えていた。
しかし、2年前。事件が起こる。
ネプトには二人の子供がいた。
当時14歳になる息子のホセ。当時12歳の娘、ミューズであった。
親島の東側には街があった。海賊達やその家族の暮らす街だ。
連合を結成した今は、群島に存在する全ての海賊の家族がここに住んでいた。
各海賊団のアジトはそのままで、略奪に出る時はそれぞれの拠点として利用している。
だが普段は親島の街で漁等を行い、自給自足の暮らしを営んでいた。
「お兄ちゃん、海に行っちゃうの?」
「ミューズ、しばらく留守にするけど、お母さんのことをお願い。俺もやっと船に乗れるんだ。見習いだけどな。」
ミューズの頭をぐりぐりと撫でる兄、ホセ。
「無事に帰ってきてね?待ってるから。」
「ああ!ミューズに寂しい思いはさせない!そして俺も立派な船乗りになる!」
「海賊じゃないの?」
「うっ…、父さんには内緒にしてくれよ?」
「えへへ、わかった!内緒にする!」
そして出航の時。一生懸命に手を振るミューズに手を振り返すホセ。船団は久方ぶりの略奪に出る。
出航二日目の夜だった。
ホセは、ネプトの船ではなく、他の海賊団の船に乗っていた。
ネプトがとある船の船長に頼んでいたのだ。
「俺だとどうしても甘さが出ちまう。鍛えてやってくれ。」
そして、船内の清掃をしていたホセは、船倉で奇妙な光景を目にした。
船長が仲間であるはずの船員達押さえつけられている。船員は、この海賊団でも幹部格の二人。
そして足に黒い枷を付けられると途端に船長が抵抗を止め、大人しくなっていた。
ホセは素直に船長に声をかける。
「船長?どうしたんですか?」
その様子を見ていた奴隷商は命令を下す。
(ガキを黙らせろ。)
二人の隷属幹部と、隷属船長は命令を遂行するべく、ホセに暴行を加える。
やがてホセがぐったりとして反応を返さなくなった頃、奴隷商は周辺の状況を確認する。
船上には常に見張りの眼がある。下手な真似をすれば疑われる。
かと言って現時点でホセに枷を付けて手駒として放流するのはよろしくない。
(クソッ!貴重な隷属具だが致し方ない。)
奴隷商はまず、ホセに枷を付けさせ、命令する。
(不自然なく船首楼の手摺の前に立ち、船が大きく揺れたら転落を装い海へ落ちろ。)
その通りに実行するホセ。見張りから声がかかる。
「どうしたんだ?ホセ。」
「ちょっと涼みに来たんだ。風が気持ちよさそうだから。」
続いて、隷属船長と隷属幹部二人、奴隷商も船室から出てくる。
(シロ、俺の乗る船を揺らせ。破損しない程度にな。)
海中で巨大鮫が優しく船体を押す。結果、大きく揺れる海賊船。ホセは指示通りに海に落ちる。
「ホセが海に落ちたぞおおおぉぉ!!」
見張りの叫びに、海賊達が反応を示す。ネプトも船室を飛び出してきた。
(シロ、一番大きい船と、赤い帆の船、そして最後尾の船にもぶつけろ。こちらは多少船が破損しても構わん。)
奴隷商は隷属状態の者が乗っていない船を指定する。
そしてシロは命令を実行する。三隻の海賊船が大きく揺れ、さらに複数の海賊が海に落ちた。
ネプトの乗船する一番大きい海賊船以外の二隻は浸水が始まったようだ。
隷属船長と隷属幹部は違和感なく救助活動を行う。
奴隷商はホセに追加の命令を下す。
(適度に暴れて、父親の名を叫べ。)
「父さん!父さ~ん!!」
息子の叫びを聞き取ったネプトは声のした方角へと走り、海面に向かって叫ぶ。
「ホセ!どこだああぁ!!!」
(シロ、ホセを喰らえ。)
ネプトの叫びと同時に命令する奴隷商。
海面で暴れる息子の姿をネプトが視認した時、息子の下、海中から巨大な顎がホセに向かって浮上してくるところだった。
「父さ…」
ホセの叫びは途中でかき消された。そして巨大な鮫が海面を跳ねる。
大勢の海賊が巨大鮫の姿を目撃した。体長は30メートル近い。
「白い悪魔だ…」
誰かが呟いた。
多くの海賊達が船体にしがみ付いて恐怖に震える。
「ぬああぁぁあおおお!!!」
ネプトは怒りに我を忘れ、銛を手に海に飛び込もうとするが、海賊達に羽交い絞めにされる。
「やめてくれ!船長!あれは無理だ!!落ち着いてくれ!!」
(シロ、海に落ちた海賊は喰らっていいぞ。食事が済んだら潜行して身を隠せ。)
そんな中、無情な命令が発信される。
海賊達の阿鼻叫喚の叫びが響き渡る中、巨大鮫は海上で歓喜の踊りを見せる。
船団に静寂が帰ってきた時、ネプトは虚ろな目で四肢を投げ出し、放心していた。
いつのまにか周囲を隷属海賊に包囲されているが、反応を示さない。
そして、ネプトの足首に黒い枷が付けられた。
こうして奴隷商の海賊連合の支配は完了したのだった。
船団は帰還し、ネプトは妻とミューズに事の顛末を伝える。
その場にくずれおちて号泣する二人。
街一番の美人であると評判だったネプトの妻、その首にネプトの手で首飾りがかけられる。
彼女はこの瞬間から、奴隷商の娼婦となるのだった。
そして母親がいなくなったことにも気付かず、ミューズはいつまでも泣いていた。
それからしばらく経ったある日のこと。
いつものようにネプトの妻を嬲った後、自室でくつろいでいると、奴隷商はふと思った。
これほどの大組織が今や完全に自分の意のままだ。自分こそが南海の王。
ベッドで眠るネプトの妻を見る。
これほどの美しい女が、自分が命じればどんなことだって喜んでやる。
「フフフフ…」
笑みを漏らす奴隷商。
そして思った。自分なら、さらなる上を目指せるのではないか?
海賊共に続いて、海都メルク・リアスを手中に収める。
うまくすれば、ゆくゆくは王国ですら手にできるやもしれん。
奴隷商の中にかつて灯った野望の火が、激しい炎となっていく。
(マリアス侯爵を隷属させてしまえば、海都で確固たる地位を築くのも容易い。シロもいる。海から離れなければ俺は無敵だ。)
翌日以降、奴隷商は、隷属者に命じて海都の情報収集を始める。
そして1年前。
海都制圧の足掛かりとなる有力情報を得た奴隷商は、変装して海都に潜入していた。
奴隷商は帽子を深く被り、付け髭に化粧。色眼鏡を装着し、完全に別人の姿となっている。
港にて、乗船チケットを握りしめ、船の到着を待った。
近くにはターゲットとなるマリアス侯爵の息子夫婦もいる。目的はこの息子を隷属させること。
これが叶えば侯爵の隷属など容易く成功するだろう。
奴隷商は笑みがこぼれるのを必死に耐える。
(油断すると本当に笑っちまいそうだ。)
桟橋に遊覧船オリンピアが到着する。船員の誘導に従い乗船していく観光客。
「パパ、楽しみだね。」
「そうだね、待たせてしまって本当に済まない。ようやく取れた休みだ。今日はずっとレインと一緒だよ。」
嬉しそうに父親に抱き着くレイン。
(邪魔なガキだな。どうする?まとめて隷属させるか?いや、落ち着け。いつも通りまずは隷属者を増やすところからだ。)
焦らず、出航を待つ奴隷商。
(海に出てしまえばどうにでもなる。いざとなればシロがいるからな。よし、まずは兵隊だ。)
遊覧船オリンピアはそんなに大きい船ではない。そのわりに、多くの観光客が乗船していて、どこも人目がある。
奴隷商はなかなかチャンスがつかめず、イライラしていた。
船内のレストランで一人で食事を取っていると隣のテーブルに侯爵の息子夫婦と娘が座る。
「フン…」
奴隷商は鼻を鳴らして酒をあおる。グラスを持った指には隷属の指輪。
それを目にしたレインが無邪気な感想をこぼし、これが奴隷商にとって致命的なものとなった。
「ママ~、あのおじちゃん、男の人なのに指輪してるよ?へんなの~。」
「レイン、駄目でしょう?そんなこと言っちゃ。」
夫は思わずその指輪を視界に入れる。
そして驚いた顔をして立ち上がると船員に何か話している。
(なんだ?今の反応は。何か嫌な予感がするのは気のせいか?)
夫は魔眼を宿していた。鑑定:物品の魔眼だ。
指輪に隷属の効果を見て取った夫は船員にそれを伝えていた。
隷属の魔道具は王国の法律で所持が禁止されている。
船員は真っ直ぐに奴隷商の元へ歩み寄るとその手を掴むと同時に言った。
「その指輪、鑑定させて頂きます。一緒に来て貰いましょう。」
奴隷商はすぐさま船員の自分を掴む腕に枷を付け、命令する。
(俺を逃がせ!!)
船員は振り返り、奴隷商を守るように立ち、
「船尾に避難用のボートがあります。」
そう言って脱出を促す。
「またボートかよ!クソッ!」
走り出す奴隷商。追加の命令を出す。
(暴れ回れ!!)
ガシャァァァァン!
レストランからガラスや食器の割れる音と、悲鳴が聞こえてくる。
他の船員達に隷属船員が取り押さえられた頃、奴隷商はすでに十分な距離を取っていた。
「やってくれたなぁ、クソ息子がよぉ…」
(シロ!遊覧船を食い千切れ!!)
その命令は現実の物となった。真っ二つになった遊覧船。逃げ惑う人々。
「フヒヒヒヒ…、ざまぁみろ。」
奴隷商は笑いながらも、遠方に漁船を視認するや、ボートに伏せて身を隠す。
(さすがに見えてないと思うけどな。シロ、遊覧船にいる俺以外の人間は喰っていいぞ。)
遊覧船の沈没地点は地獄となった。一人、また一人と巨大鮫のエサとなっていく。
食事が済んだ頃、奴隷商は巨大鮫にボートを押してもらい、島へと逃げ帰ったのだった。
そして無事、島に戻った奴隷商は、早速指示を飛ばす。
(ネプト!フィッシャーマンズ連合の方針を変更だ!!)
こうなったら引きずり出してでも俺の人形にしてやるぜ!
失敗に苛立つ奴隷商は、直接的な手段も辞さない。そう決心したのだった。
そしてそれが現実になり、海賊連合が海都へと確実に船を進めている頃、目標となっている海都ではいつも通りの日常的な光景。
狩りに出ていた日冒部も昼休憩で、そんな街並みを眺めつつ海岸付近にある店へと続く下り坂を歩いていたところだった。
「兄ちゃん、今日のお刺身はなんてお魚なんだ?」
「それは店に着いてから決めよう。俺らは素人だ、店で今日は何がおすすめか聞いてみような。」
「私は調理したものを頂きたいですわ。今日は南海パエリアという料理を食べようかと思っていますわ。」
「俺はこのサウスロブスターってのを食べてみたいな。うまそうだ。」
「むぅん…。そっちもうまそうだ。あたしも食べたいな…。」
エトワールとアランが会話に参加し、ナナはセロをチラ見している。おねだりだ。
「全部頼んでいいよ。食べきれなかったら俺とアランが食べるし。お仕置き中の7人組もいるから。」
ナナ達の後ろにはオルガン率いる変態七人衆もついてきている。
出航も近いので日冒部と行動を共にしているのだ。
突発的な事態にも対応できるよう、討伐作戦が完了するまではこの態勢で。そんな決定がなされていた。
強力な援軍となった変態七人衆は、歩きながらもルーシアから追加のお説教をされている。
…はずだったのだが、いつのまにかルーシアは近衛騎士団の女性騎士7人とのお食事会の開催を強制させられているところだった。
そんな中、ロッテはジルに1枚のビラを渡す。
内容を確認したジルはロッテを見やると、ロッテはただ笑顔でそれに答える。
「親分と一緒に食べるといいと思いますよ。」
「シャル様、ありがとう!」
笑顔になったジルはビラを握ってナナの元に。
ナナはビラの内容を見た途端に驚きに足を止める。
「南海プリン…だと!!?なんだこれ!?」
半分に割ってあるヤシの実を器に、海っぽく飾り付けられたプリンだった。
「ジル!!この粒々はなんなんだ!?これもプリンか!?粒プリンか!?」
「それはたぶん、お魚さんの卵じゃないかな?ナナちゃん、一緒に食べよう?」
「食べる!!ジルは天才だな!こんなものを見つけてくるなんて!!」
「ううん、これはシャル様が…」
ロッテは人差し指を口に持って来た恰好で、首を横に振る。内緒です。ジルにそんな合図を送る。
「ジル!すぐ行こう!すぐ食べよう!!」
ナナはジルの手を引いて走り出す。そしてジルは自分がいつの間にかそのまま空中を歩いていることに気付いていなかった。
「ジル!?お店どれだ!?」
高い位置から店を発見しようときょろきょろと辺りを見渡すナナに対し、
「ひゃあああああ!!」
自分の立ち位置に気付いたジルはナナにしがみ付いてしまっていた。
それを見た海都の住民達の間ではちょっとした騒ぎが起こっている。
「なんだ?空中に人が浮いている!?」
「あれ、筆頭付与術士ちゃんじゃねぇのか!?こないだ浜辺で暴れてた!!」
「空中を歩く赤毛の少女ってガセじゃなかったんだな…」
見かねたオルガンは、上空の二人に声をかける。
「お~い、おまえら。そこにいたら雪だるまと青い縞々がまる見えだぞ?」
状況に気付いた上空の二人。
「やべぇ!みんながあたしのパンツに悩殺されちまう!!ジル!下りよう!!」
「まって!ナナちゃん、ゆっくり!もっとゆっくり!!」
駆け出そうとするナナに必死でしがみつくジル。
二人が下りてくる頃には、一行はすでに住民達に包囲されてしまっていた。




