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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
05 南海
33/236

028 対策会議

マリアス侯爵邸の応接室にて、対策会議が行われていた。


侯爵邸はそんなに大きい建物ではない。

一番大きい部屋を使用しているのだが、それでも若干手狭だ。

なので、ナナ、ジル、エトワールの三人の幼年組は庭で遊んでいた。


気絶しているミューズは念の為、部屋の隅に拘束された状態で転がしてある。


「じゃあまずはこちらの戦力の確認からだ。」


レギオン宰相が確認の為、皆に向かって言った。


「まずは俺達、日冒部。」

「俺とエスト女史は王都を空けられない。心苦しいがデュラン。君に任せる。」

「お任せください。」

「代わりという訳ではないが、費用は全て国が持つ。支払いは後日になるがな。」


王都からはデュランとルーシア、そして日冒部員。それと費用を提供する。


「船と船員は海都から提供しよう。航海に必要な物資もじゃ。ただし、戦力は皆無じゃと思ってくれ。」


海都の戦力の大部分は、海賊の近海侵入を防ぐ警戒網に投入されているらしい。


このあたりでミューズが目を覚ます。


「ん…んん…、ここは…?」


辺りを見渡し、そこにいる王国の重鎮達の姿を確認した瞬間にすべてを思い出すミューズ。


「あ…、あの、その…」


皆がミューズの覚醒に気付いて、その姿に注目する。

ロッテがその背後に立ち、脅えるミューズの拘束をはずす。


「すべて、話していただけますか?」


ミューズは素直に頷いた。そしてロッテに対して語り始める。


「話す前に、二つだけお願いがあるわ。」


一つ目。


「まずは先程の女の子、ナナさんに謝罪を伝えて欲しいの。今いないみたいだから。」


二つ目。


「セロさん、ナナさん。お二人に叶えて欲しい願いがある。それが叶うのなら私のことは犯罪者として処刑してくれて構わない。」


もはやミューズは自身の生還を諦めていた。


(私はどうやらここまでみたい。けどここで願いを口にすることができれば、私の目的は果たされる。)


ミューズはただ伏して返答を待つ。


セロとレギオンが頷き合う。そしてセロが通信を送る。


「ナナ、ちょっとこっちに来て。」



ナナが部屋に入って、セロのそばに歩いて来る。


「兄ちゃん、どうしたんだ?」


そして覚醒しているミューズを発見し、


「チョップ!!目覚めていたのか!!」


チョップ?と皆が思ったが、最初に発言したのはミューズだった。


「ナナ、さっきは酷いことを言ってごめんなさい。」


さらに深く、頭を下げる。そして皆に対して宣言する。


「この謝罪を、口先だけのものではないと、身命をかけて証明いたします。なのでその前に、私の願いを口にさせて下さい。」


ミューズはセロとナナの前に立ち、真っ直ぐに二人を見つめると、跪く。

その肩は何故か小刻みに震えている。セロはそんなミューズの姿を怪訝な瞳で観察していた。


(怖い、怖い。けどもうこれしか…。私にはこんなことしか思いつかない。)


「勇者様、筆頭術士様。どうか、どうかシロガミの討伐を。あの化け物に死を。それだけが私の望み。」


(ミラ!ごめん!!)


そして素早く隠し持っていた短刀を取り出し、そのまま自らの喉を突く。




その刃は、ミューズの喉には届かなかった。

直前で、セロはその刃を摘まんで止めていた。そしてそのまま短刀の刃をへし折る。


「さすがに自害されるのはちょっと。謝罪は受け取るからそこまでしなくてもいいよ。ね?ナナ。」

「チョップも反省してるみたいだから、あたし許してやる。感謝するんだぞ?チョップ。」


見かねたロッテがナナの肩をちょんちょん、とつつく。


「ん?どうしたんだ?ロッテ。」

「親分?こちらはチョップさんじゃなくて、ちゃんとしたお名前をお持ちのはずですよ?」

「そういえば名前見てなかった!!」

「親分…」

「いいんだ。ロッテさん。私はシロガミさえ、あいつさえ殺せれば何て呼ばれたって。それ以外に望みなんてない。」


「ちょっとよいかね?」


マリアス侯爵が手を上げる。


「違ってたら済まないが、君はもしや、大海賊ネプトの娘、ミューズちゃんかの?」

「え?どうして私のことを侯爵様が?」


問いかけに対し侯爵は、ゆっくりと語り始めた。


「実はのう…」


1年前にシロガミに殺された息子の部屋を整理していたら、手紙がでてきた。

それは、ネプトと息子の間に交わされた手紙だった。


「中身を確認したら、君のことも書いてあったよ。」

「息子さん、海賊と仲良しだったってこと?」


セロの質問を、侯爵は肯定する。


「海で会った時は遠慮なくやり合っていたみたいなのじゃが、そうでない時はまるで友人のような関係だったと聞いておる。」

「友達なのにやり合う?意味が分かりませんわ。」


ナナと一緒に部屋にもどっていたエトワールは侯爵の言葉に感想を述べる。


「俺には分かる!拳で語り合った二人に芽生える友情の絆!これこそまさに…」


勝手に二人の間柄を想像して力説するアランを放置して会話は続く。


「2年くらい前じゃったか、珍しく深酒をした息子がぼやいておったよ。あいつは変わってしまった。とな。何か知っておるかね?」


ミューズは力強く頷く。その背後ではアランが床に手をついて落ち込んでいる。


「2年前、フィッシャーマンズ連合の船団がシロガミに襲われました。その時、私の兄、当時船員見習いだったホセが殺されました。」


その時から父親は人が変わったようになった。ただ淡々と略奪を繰り返す人形のような父。

母親も精神に異常をきたした。ミューズが話しかけると、表面上は普通の対応なのだが何故か沸き上がる違和感。

そして、まるで夢遊病患者のように時折いなくなってはふらっと家に帰ってくる。


「そして1年前、父は方針の変更を船団に指示したのです。」

「抵抗しなければ人命は取らない。食糧には手を出さない。ってやつ?コーランさんが言ってたよ。」


セロが尋ねる。ナナは寝ている。


「はい。それです。ですが1年前、船長達や幹部達を集めた会合の席で父は言ったそうです。すべてを奪え。と。」

「なるほどのぅ、そういうことか。」


マリアス侯爵はうんうんと頷いている。

そして今度はロッテがミューズに話しかける。


「それでミューズさんはシロガミが憎いんですね。」

「はい。奴を殺せるのなら私はどんな対価でも支払う覚悟がある!」


「う~ん。たしかにシロガミを憎むのは間違ってはいないんだけど。足りないな。」


セロの発言に皆が注目する。


「え?それって…どういうことなの?足りないって何が?」

「それは儂も知りたいのぅ。セロ君。儂もまたシロガミが憎くてしょうがない。儂もそうなのかの?」

「そうなる。二人にとって大事なことだろうから、俺の考えを伝える前に、少し確認したいんだけど、質問いいかな?」


二人は真剣な表情で頷く。


「シロガミが発見されてから、今現在まで。奴の被害に遭った船、団体、人物。これ、一覧とかない?確認したいんだ。」


マリアス侯爵は即答する。


「今の会話にでてきたものがそうじゃ。2年前のフィッシャーマンズ連合、そして1年前の遊覧船オリンピア。」


セロは返答に頷くと、さらに問いかける。


「マリアスじいさん、方針を変えた海賊に襲われて未帰還になった船が結構いるんだろ?これの一覧はある?」


マリアス侯爵は使用人に頷くと、その資料はすぐに用意された。


「ミューズ、この一覧にある船、今は海賊達が使ってるの?」


未帰還船一覧を渡されたミューズはさっと目を走らせると、


「はい、七隻全て、現在は海賊船になっています。」

「うん、ならやっぱりほぼ確定だろうな。」


「セロ、何か分かったんなら教えてくれ。気になってしょうがねぇ。」

「あぁ、ごめんレギオンさん。これから説明するから。」


皆がセロの言葉を待つ。特にマリアス侯爵とミューズは真剣そのものだ。


「マリアスじいさんの家族とミューズの兄。彼らの死は偶然ではなく、何者かに意図的に殺害された。俺はそう思う。」


「なんじゃと!?」


マリアス侯爵は怒りに立ち上がる。ミューズは驚愕のあまり声を出せない。


「さらに言うと、その何者かはフィッシャーマンズ連合に所属する誰か。そして狙いは海都。」


復讐するなら殺害を実行したシロガミと、それを意図した何者か。両方にやるべきだ。そうセロは続けた。


「待って、ちょっと待ってセロさん。どうしてそんな結論に?私さっぱりわかんないんだけど。」


困惑するミューズ。


「シロガミの被害にあったのって結局2件だけってことだろ?ありえなくないか?」

「ありえないって何が?」

「海賊の頭の船団、そして侯爵の息子の乗る船、被害はこの2件だけ。他には一切報告はない。」


セロの言葉に侯爵が頷く。


「俺はこのシロガミ、野生動物の行動としては疑問を感じるんだけど。」


他に被害がないってことなら、あきらかに狙ったんじゃないの?セロはそう続けた。


「それにそんなにでかい鮫ってんならそれだけ食うだろ?ますます他に被害どころか目撃報告すらないってのはおかしいんじゃ?」


ここでマリアス侯爵はテーブルを叩く。


「何者じゃ!そやつは!」


ミューズもまた、怒りに身を震わせる。


「許せない…。」


そしてセロはさらに語る。


「ここからは完全に予想になるけど聞く?」


全員が頷いた。ちょっと長くなるけど、そう前置きしてセロは喋り始める。


「まずは2年前の連合襲撃だ。シロガミにこれを襲わせた目的は、連合を掌握する為。と俺は仮定する。」

「方法はわからないが、襲撃の後に頭目の人が変わったってのはこれが成功したってことじゃないかな?」


シロガミを使役する、もしくは召喚するそいつの力に、心を折られたって可能性。

もしくは、シロガミは何らかの効果でそいつに隷属していて、同じように隷属させられた可能性。


「可能性は他にもあるだろうけど、ミューズの母親の状態を考えれば、俺は2番目の隷属が一番怪しいと睨んでいる。」


そして、連合を掌握した何者かの次の目標は海都。


「これは侯爵の息子を目標にしたんだから、まず間違いないんじゃないかな?でもそれは失敗した。」

「なぜわかる?」

「失敗したからこそ、海賊の方針が変わった。マリアスさんの息子は、失敗の結果殺されて、方針を変えたんじゃない?」


一呼吸おいてセロが最後の予想を口にする。


「戦力が揃ったら、海都に攻めて来るのかもね?フィッシャーマンズ連合とシロガミが一緒に。」


これには皆が絶句している。


「さすがにそいつはしんどいな。」

「レギオンさん、あくまで予想だからね?」

「おまえが言うと本当にそうなりそうに聞こえる。」

「ならそうなる前に両方潰そう。そのための会議なんだろ?」


「ふごっ!!…むにゅむにゅ。ん?」


ナナが起きたようだ。


「ナナ。海賊退治とシロガミ退治の話し合いやるよ?」

「お!そうだった!よし、船に乗って倒しに行こう!あたしお船に乗るの楽しみだ!」


まるで遊びに行くかのようなナナの言葉に、ミューズは不安を隠せない。


「ミューズ、心配しなくても大丈夫。まず、海賊に関しては簡単に終わる。俺かナナのどちらか一人でもお釣りがくるよ。」

「セロさん、それはさすがに甘く見すぎじゃ…」

「ん?海賊にレベル50以上とかがいるんなら一応用心するけど。どうせ20とかそんなんばっかだろ?」


ミューズはついていけなくなっていた。


「あの、セロさん、お二人はそんなに強いんですか?レベル20ってかなり強いと思うんですが…」


ここでロッテがミューズに確認する。


「ミューズさん、セロさんとナナさんを探していたのなら、街の掲示板を見たのではありませんか?」


こくりと頷くミューズ。


「セロさんが討伐した青鬼はレベル90、ナナさんが討伐した黄鬼はレベル84でした。」

「え?…90?…84?…はぁ?」

「そうなりますよね…」

「本当だぞ?ここにいる王都から来た者は皆、鬼の鑑定結果を確認している。」



「二人共、本当にすごく強いんだね。さっきは失礼な態度でごめんなさい。」


改めてナナに詫びるミューズだった。


「もう許したんだから気にするな!チョップ!しろがみはあたしがやっつけてやるからな!!」

「うん、海賊は俺達の敵じゃない。問題はシロガミだな。そもそも俺とナナは鮫ってのがなんなのかも知らないしな。」


「ロッテ!親分にサメの解説してくれ。わかりやすくな!まずは筋肉があるのかどうかだ。」

「鮫の筋肉はきっとすごい量だと思いますが、親分の想像する筋肉とは違うと思います。」


一通り、鮫についてのロッテの説明が終わる。海に暮らす侯爵もいろいろ補足してくれた。


「そんでサイズが30メートル、となると大型種並みか?いや海棲であることも考慮すると…」

「どうしたんだ?兄ちゃん。」

「シロガミの戦力予想してるとこ。最低でもレベル70以上。下手をすれば鬼と同等。しかも戦場は海。さらに厄介かもなぁ。」


セロはシロガミとの戦闘を想像し、対策を考える。


「まぁ、相手が1体なら俺とナナが二人でやればなんとかなるか。」


「1体なら、ですか?海賊と同時には相手どれないってことでしょうか?」


質問はロッテからだった。


「いや、海賊はまったく問題ないよ。懸念しているのは敵の手駒がシロガミだけじゃなかった場合かな。」

「シロガミだけじゃない?」

「巨大鮫は2体以上使役されている可能性。もしくは同等の力をもった他の怪物でもいい。」

「まさかそんな…」

「もう予想外の戦力にひっくり返されるのはごめんだ。想定だけはしておきたい。」


「なら、それもふまえて対策を協議するか。」


レギオン宰相の言葉に皆が頷き、会議は進行していく。




海賊達の暮らす群島。


現在ここでは、慌ただしく出航の準備が整えられている。

先刻、ついにネプトが大号令を発したのだ。


「全戦力をもって、海都を落とす。これよりフィッシャーマンズ連合が南海の支配者となる。」


ついにこの時がきた。


海賊達は、かつてないお宝に挑む高揚感に酔いしれ、略奪の準備へと走り出す。



連合でもっとも白兵戦を得意とする一団、ガルタス率いるあらくれ達。彼らが船団の先鋒を務める。

船団において、直接戦闘はガルタスの担当となっていた。


「頭ァ!!武器が足りねぇよ!!食糧もだ!!」

「何だと!?ええぃ、んなもん、フィドルんとこになんとかしてもらえ!」


ガルタスはあらくれ共を従える頭目だけあって、その腕っぷしはかなりのものだった。

禿頭に筋骨隆々の大男。得意武器は大槌。あらくれ共は戦槌と呼んでいた。

しかし、考えるのは苦手だ。そっちは主に、船団の参謀を務めるフィドルに丸投げしているのが現状だった。


連合本拠地である遺跡の一室にて、


「フィドル船長、物資わけてくれ。」


あらくれの一人が頼み事をする声がする。


「またですか。ガルタスさんには常日頃から備蓄の管理を怠るなと言い含めてあるんですが…」


ぼやきながらも援助を指示する、一見ただの優男のように見えるこの男こそ船団の頭脳。

他の集団と比較すれば少数ながらもその知略と操船技術でもって略奪を繰り返してきたフィドル海賊団の船長その人だった。


「まぁいいでしょう。今回の航海が終われば、物資の心配などする必要はなくなるのですから。」


愛用する片眼鏡の収まりを直し、小さく笑うフィドル。


「そろそろ出航です。ジャックさんと作戦の最終確認をしておきましょうかね。」



群島、親島。南の入り江の桟橋に、その男はいた。

連合内最大派閥、そして同時に連合内最強の男でもある。海賊団黒海蛇を率いる船長、ジャックだ。


黒いコートに引き締まった体躯。背には服装に合わせた黒い槍。ガルタスやネプトですら及ばない槍の使い手。

ジャックは自らの率いる船団の準備状況を眺めている。

大勢の屈強な男達が、それぞれの船に積み荷を運び込んでいるところだ。


「こんなところにいたんですか。探しましたよ、ジャックさん。」


やってきたのは参謀のフィドル。ジャックに背後から声をかける。


「今回の作戦ではジャックさんの働きに成果が左右されます。最終的な打ち合わせをしておこうかと思いまして。」


ジャックは振り向かずに返答する。


「陽動のことならすでに理解しているつもりなんだがな?まだ何かあるのか?」

「そうですね。面白い情報を入手しましてね。私の予想通りならこれは海都に対する切り札となりえるかと。」



「聞こう。」




マリアス侯爵邸では、会議が続けられている。


「討伐には儂も同行する。家族の仇の顔も拝まずにここで待つなどありえんわい!」


どうあっても譲れない。そんな侯爵に、船の指揮を任せることになった。主に操船と一般船員のまとめ役を務めることになった。


船の防衛戦力には、デュランの指揮の元、ルーシアとエトワール、アランがこれにあたる。

セロは彼らを、万が一の為の予備戦力として考えていた。


海賊は、船が接舷される前に片を付ける。そのつもりだったからだ。


ロッテは情報処理を担当する。ジルから届けられるシロガミの位置や、ミューズからの海賊情報を通信で皆に送る役目だ。


戦闘に関しては、障壁足場を駆使できるセロとナナの二人が担当する。


「具体的な戦術についてはその時まで黙っておくよ。」

「ん?なんでだ?ここには裏切り者なんぞいねぇだろ?」

「それは俺も疑ってないよ。けど、シロガミを操作する手段も不明なんだ。予想だにしない諜報手段だってあるかもしれない。」


皆は怪訝な表情を見せる。そんな、まさか。そんな顔だ。


「念の為だよ。あと、ミューズには悪いけど、俺らは海に不慣れだ。用心の為、今回は安全第一でいく。」

「構いません。セロさんやナナが海にでてくれるだけでも感謝しているんだから。」

「撤退するとしても、討伐を諦めたりしないから、安心して。ミューズ。」

「そうだぞ、チョップ。あたしは諦めない女なんだ。まかせておけ。」


セロがミューズと呼んだ直後であっても、ナナにとってミューズはチョップだった。


「ありがとう、ありがとう。」


ミューズは泣き出してしまっていた。



そしてレギオン宰相と学院長は王都にこっそり帰還。

マリアス侯爵とデュランは船の準備の為に港へと向かう。


「俺らは予定通り砂浜だ。ミューズも来る?泳ぎの練習するんだけど。」

「え?泳げない?カナヅチなのに海上で海賊討伐!?セロさん大丈夫なの!?」

「海には落ちないようにするつもりだけど、一応少しでも慣れておこうと思って。俺とナナって海初めてなんだ。」



日冒部のメンバーとミューズは砂浜へと移動する。

そして移動中のナナにオルガンから通信が入った。


「俺らも海で息抜きしてぇ。ナナ、迎えに来てくれ。ロッテやセロには内緒だぞ?」


この言葉が、浜辺の騒動の始まりとなった。




ナナは生まれて初めての海を前にして水着姿で砂浜に立つ。

雪だるまが描かれた白いワンピース。恩恵を移動させた勝負水着だった。


「海~!!!あたしは海で泳ぐ!!!」


そう叫んで、海へ向かって走り出すナナ。

そして、女性陣の水着を一通り褒めたセロがそれを追いかける。


「ナナ、準備運動ってのはいいの?」

「できる子に準備運動は不要!」


海へ向かって走る兄妹を、皆が優しい眼で見送る。


ナナとセロは、海に入る…ように見えたがそのまま海面上を走っていく。

不動障壁を使い、その上を走るナナと、靴を履いてないので噴射の魔術だけで滑るように海面を移動するセロ。


見送った皆は口を半開きにしたままそれを眺めていた。


「よし、ナナ!このまま水上戦闘の練習するぞ!先に一撃入れた方が勝ちだ!」

「おうよ!いくぞ兄ちゃん!!」


愛用する爆裂自在障壁を多数展開し、セロに攻撃を仕掛けるナナ。

一生懸命に障壁を動かすが、ナナはセロの素早い動きを捉えられない。

海上にいくつもの水柱が上がり、爆音が周囲の騒めきをかき消す。


「な、なんだ!?海賊の襲撃か!?」


砂浜にいた大勢の海都住民はパニックになりかけるが、


「すみません、勇者様と筆頭付与術士様の戦闘訓練です。襲撃ではありません。」


そんなロッテの説明に落ち着きを見せる。

他のメンバーも説明を手伝う為に散っていた。


そして気付けば、ナナとセロの模擬戦に皆が注目し、声援が飛び交ってすらいた。


「勇者様~!!」

「筆頭付与術士様ってあんな小さいのか!!」

「あの爆発は筆頭術士様か!?」

「勇者様の動きもすごい!」

「どっちも頑張れ~!」


しばらくして、自在障壁を掻い潜ったセロのデコピンがナナのおでこにヒットする。


「あうっ!」

「俺の勝ちだよ?ナナ。」

「うう~、やっぱり兄ちゃんはすごい。あたしの負けだ。」


セロはナナを抱っこして砂浜へと戻る。

それを出迎えたのは海都民の大歓声だった。

対して、仲間達は疲れ切った表情。


「みんな、俺達の泳ぎはどうだった?準備運動ってこんなもんでいいのか?」



兄妹は、住民からは熱烈な歓迎。そして仲間達からは、それは泳ぎではないと反論とお説教を受けたのだった。




一方、別の砂浜にて。


海都の砂浜に立つ、水着姿の筋肉集団。それは、オルガン含む7人の男だちである。

オルガンはその長髪を後ろで束ねていた。海仕様だ。



かつて、商業都市ラッセンで騒ぎを起こした19人の変態は、現在は7人にその数を減らしていた。


両面宿儺の王都襲撃の際、獅子奮迅の活躍を見せたビフレスト商会は、王都ではすっかり人気者になっていた。

そう、元変態の12人は恋人ができ、この世の春を謳歌していたのだ。


海都に来ている7人は、それでも恋人が出来なかったモテない者達。

恋人と仲睦まじく過ごす元仲間の幸せぶりを見せつけられ、次こそは自分も。そう思い海都へとやってきていた。


「見ろ、おめぇら。これが海だ!そして見ろ!あの砂浜を!」


オルガンの言葉に呼応し、砂浜に視線を送る7人。

視界を埋め尽くすのは美しき水着姿の乙女達。


ちなみに男性もいるのだが、7人の眼には映っていない。



そう、この7人は、取り残された者達であると同時に、選りすぐられた変態達でもあった。


「素晴らしい眺めだ。何人か持って帰りてぇ。」

「あの水着って服、下着とどう違うんだ!?」

「オルガンさん、俺、わかったよ。ここが俺達の楽園だったんだ。」


変態達はそれぞれの感想を口にする。


「おい!見ろ!あの女、パンツだけで寝てるぞ!!」

「なにい!?どこだ!!?」


トップレスの状態でうつぶせになっている女性がちらほら目に入る。


「クックック。見てろおめぇら。」


オルガンはずんずんとうつぶせの女性に近づき、ある程度の距離をとった状態で足を止める。

そして手の甲を下にして、人差し指と中指でその女性を指差すと、くんっと2本の指を上に立てる。


突然の下方からの衝撃にひっくり返されその胸をさらすトップレスの女性。


武技:遠当てを悪用したオルガンオリジナルの48の変態技のひとつだった。

ちなみに、その技はたった今、女体返し。もしくは裸体返し。と命名された。


「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


変態達は小声で歓声を上げる。


「きゃあああ!!!なに?なんなの!?」


ひっくり返された女性は慌てて胸を押さえて辺りをきょろきょろと見ている。


知らないふりをする7人の変態達。


「すげえよ、オルガンさん!!今の技、なんなんだよ!?」


小声でオルガンを称賛する。

それに対しオルガンは解説する。


「水着の女がその中身を衆目にさらすこと。この現象はポロリと呼ばれている。」


にやりと笑うオルガン。


「ポロリ最高だぜ!」


変態達のテンションがどんどん上昇していく。


「そしてこれが、俺が開発した秘奥義のひとつ!強制ポロリ当て!」


オルガンは見えないパンチによる遠当て(威力最弱)を放つ。

砂浜を歩いていたビキニの女性の水着が突然はじけ飛び、全裸になる。


「きゃあ!!」


「うおおおおおおおおおお!!!」


胸を押さえてしゃがみ込む女性の姿に小声で歓声をあげる変態達。


「ウハハハハハ!!見たかおめえら!!」

「一生ついていくぜ!オルガンさん!」

「眼福きやがったぜ~!!!」

「ここは天国だ!そこら中眼福だらけだ!!」


平静を装いつつも小声で大騒ぎしている変態達。


そして、オルガンは自分の羽織っていたアロハシャツを涙目でしゃがみ込む女性にかけてやる。


「あ…ありがとうございます。」


オルガンは無言で微笑むと、女性に背を向けて歩き始める。


「あ、あの。お名前を…」

「名乗る程のモンじゃねぇ。」


頬を染める女性は、オルガンのエロい眼差しが優しさに満ちたものであるかのように感じているようだ。

オルガンのアロハシャツをきゅっと握りしめ、もじもじしている。


「す、すげぇ。一撃で二度おいしい。まさに秘奥義と呼ぶに相応しい技だ!!」


ただの自作自演が、変態達にはまったく違ったものに見える。


アロハシャツを羽織った女性の肩を抱いたオルガンが変態達に告げる。


「さぁ、おめぇら。狩りの時間だ。」




ナナ達のいる海岸では、ジルに手を引かれ懸命にバタ足で海面を叩くナナがいた。


「あぷ、あぷ。」


一生懸命なナナの様子に、ジルもにこにこして手を引いている。



そしてロッテに手を引かれたセロも同様だ。こっちは高レベルの力も手伝って、巨大な水飛沫が立っている。


「セロさん、息継ぎは大丈夫ですね?そろそろ手を離します。さっき伝えた通り、両手でも水を掻いてみて下さい。」


そのままあっさりとクロールで泳ぎ出すセロ。とんでもない速度だ。


「簡単に泳げるようになっちゃった。もう少し苦戦してくれてもいいのになぁ。」


ほんの少し、寂しさを感じるロッテ。

付近を泳いでいたセロがロッテの元に戻ってくる。


「ロッテ、一緒に泳ごう。」


セロが差し出した手を、満面の笑みを見せるロッテが握り、二人で泳いでいく。



浜辺からその様子を眺めるアランは呟く。


「ロッテが幸せなら、それが一番だ。」


それを耳にしたミューズはアランの隣に座ると、遠慮なく言った。


「なんだ、アランはロッテのことが好きだったんだね?」

「べべべ別にそんなことねぇし!!拳の道に女は不要だし!!」

「わっかりやす~い。」


ミューズは笑っていた。

その笑顔を見ながら、少し拗ねたようにしてアランはぼそっと一言。


「気持ちの整理はつけたんだ。本当だぞ?」

「はいはい。」


そのまま二人は黙って海を見ていた。



ナナは変わらず、懸命にバタ足修行だ。だがその姿に、一つだけ変化があった。

海面に顔をつけているのだ。そして時折顔を上げては息継ぎを行う。

その両目は固く閉じられたまま、息継ぎを繰り返すナナ。


「はい、ナナちゃん、休憩だよ。」


ジルが足を止める。そしてナナはそのままジルにしがみつく。


「ふぅ、ふぅ。泳ぎってなかなかハードだな!あたしじゃなかったらとっくに溺れているに違いない!」


ナナを抱っこしたままのジルは、次の目標に向けて提案する。


「ナナちゃん、次は目を開けてみようか。」


ここでナナは驚愕の顔になる。


「ジル、水の中で目を開けるなんて人間技じゃねぇ。それができる奴はお魚くらいだ。あたしはお刺身になるんじゃなくて食べたい。」


意味不明なナナの回答に、ジルはアプローチを変えてみることにした。


「ナナちゃん、そろそろ手を離してみようか?」

「ひゃあ!ダメだぞ!?ジル、絶対離したらダメだぞ!?」


必死にしがみつくナナは、心細くなったかのようにジルに尋ねる。


「ジルはあたしが嫌いになったのか?」

「ううん、私はナナちゃんが大好き。」


そんな二人の元に、優雅に背泳ぎを披露しつつエトワールがやってきた。


「無様ですわね?ナナさん。私の華麗なる泳ぎをごらんなさい?」


そのまま背泳ぎで二人の周りを泳ぐエトワール。


「ふふん。どうです?ナナさんも水の中では雑魚のようですわね?」

「あたしは雑魚じゃない!!だいたいなんだ、くるくる!!その妙な泳ぎは!!それじゃ前が見えないだろ!!あほか!!!」

「ジルさんの手がなくては泳ぐこともできないお雑魚さんには言われたくないですわ!悔しかったら私を捕まえてごらんなさい!」


エトワールはジルにウインクすると、優雅に泳ぎ去っていく。


「うぬぬぬ!!まて!!くるくる!!!」


ナナはそれを追う。両手を前に固定した、バタ足のみの泳法。しかし両目は常に閉じられている。


「前が見えないのはナナちゃんも一緒だよ?」


見送るジルのコメントの通り、ナナとエトワールはそれぞれまったく違う方向に泳いでいった。



「とりあえず一人で泳げるようにはなった…のかな?」



浜辺で皆の監督をしていたルーシアは、妙な雰囲気を感じ取っていた。

自分がいるのは海都の東海岸。なぜか、西海岸側からやってくる女性が妙に増えている気がする。


気になったルーシアは、女性の一人に声をかける。


「西側から大勢いらっしゃってるようですが、何かありましたか?」

「何か変なことが起きているようなんです。突然、女性達の水着がはじけ飛んだり…」

「え!?」


ルーシアは危険を感じて、皆を呼び集め、先程入手した情報を皆に伝える。


「こちらでもそんなことが起きないとも限りません。今日の練習はこのくらいにしておきましょう。」

「うぅ~。あたしせっかく泳ぎの達人になったのに…」

「皆の水着がはじけ飛んだら大変だ。また泳ぎにくればいいさ。」


着替えた皆が合流する。ナナは元気がなさそうだ。


「あたし、もっと泳ぎたかったな…」

「親分、水着がなくなって裸になっちゃったりしたら大変ですから。」


そこでナナは重要な何かを思い出す。


「大変だ!あたしおっちゃん連れて来たんだった!危険を知らせないといけねぇ!!」


内緒だぞ?そう言われたことはまったく思い出さなかったナナだった。


そして、オルガンが来ている。その情報に何か嫌な予感を感じるロッテだった。




西海岸では、アロハを着た女性がオルガンの右手に肩を抱かれ、その手で胸を揉みまくられている。

しかし、それを嫌がるそぶりはない。


オルガンの左手が一瞬ぶれる。女性に見られないよう、強制ポロリ当てを放っているのだ。


「きゃああ!!!」


全裸になった女性の叫びに、一人の変態がそれを介抱する。


「大丈夫か?今この辺りは奇妙な魔術で攻撃を受けている。俺から離れるな。」

「は、はい。」


全裸の女性は変態の上着をかけられ、そのまま変態に身を寄せる。

女性の視界の外で鼻の下を伸ばす変態。



また別の場所では、最初にひっくり返された女性が別の変態に肩を抱かれ移動していた。


「そこにいたら狙われる!おそらく敵はあそこから狙っている様だ。こっちにくるんだ。」

「はい…」


そしてこちらの女性も同様に変態の魔の手に。



さらに別の場所では、次の変態がオルガンに目で合図を送る。オルガンも頷く。


「あぶねぇ!!」


そう叫んだ変態は、近くの水着の女を庇うように抱きしめる。


「きゃあ!」


突然抱き着かれた女性は悲鳴をあげるが、その瞬間、変態の上着の一部がはじける。


「ぐぅっ!」


変態はうめき声をあげる。実際は軽く小突かれた程度なのだが。


「だっ、大丈夫ですか!?」

「ここは危険だ。この辺りは…」


そう言いながら、再度オルガンに目配せ。


「くっ!!」


変態はそれっぽく叫んで、女性を押し倒す。

二人の近くにあった木の枝がはじけ飛ぶ。変態は巧妙な体さばきで、女性にその様が見えるように誘導。

高レベルの身体能力を惜しみなく変態行為の為に使用する。


女性を押し倒した変態は、そのまま正義の味方風の爽やかな表情を作り、女性に告げる。


「俺が守ってやる。」


自分が庇われた。女性はそう認識し、顔を赤くしてその身を変態に委ねてしまう。


変態達は自然を装う為、ある程度変態行為を楽しんだ女性に関しては、


「よし、ここからは安全だろう。急いで家に帰るんだ。」

「あ、あの…、ありがとうございました。」

「気を付けてな!」


さわやかな笑顔を見せる変態は女性を開放し、オルガンの元に戻ると、別の女性に同様のおさわり行為を再開する。



7人の変態達は、こうして自作自演の変態行為に明け暮れていた。


やがて、全員が意中の女性と二人になると、オルガンは無言で皆に合図を送る。


よし、そろそろお持ち帰りするぞ!


合図はこんな意味で、変態達はそれを正しく理解した。



「おし、いよいよ次はお楽しみの時間だ。」

「いいえ、違います。お説教の時間です。」


オルガンの呟きに返答したのはその背後に立って一通り変態行為を確認したロッテだった。




今日も日が暮れる。海岸で眺める海都の夕日もまた美しかった。


そんな中、浜辺で正座させられお説教を受ける7人の変態達。



罰として、オルガン含む7人も、海賊及びシロガミ討伐に参戦させられることとなった。

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