026 海都
海都メルク・リアス。
王国南端に位置する大都市である。
都市の南方には広大な海原が広がり、王国への海産物の供給を一手に担う。
南方諸島に暮らす少数部族とも交流があり、少し前までは海路を通じて北西のサミュール連邦との貿易も行われていた。
王都、迷宮都市に続く王国第3位の規模を誇る港町だ。
そんな街で、貿易商を営む青年。海に映える藍色の髪に、温和そうな印象を受ける知的な面差し。
この細身の青年。名を、コーランという。
「ビフレスト商会か。どんな奴らなんだろうなぁ?」
コーランはそんな呟きを洩らしつつ、街中に設置されている掲示板に張り出された内容に目を走らせる。
【復活の双鬼党!両面宿儺の王都襲撃!!】
王都南部のいくつかの村落と、公爵領南部開拓地およびその周辺のいくつかの村落において、
住民達が行方不明になるという事件が起こった。
唯一の生存者である少女の証言と、王都に届けられた布告状によって、事件を引き起こした者の正体が判明した。
名を両面宿儺と名乗る集団で、それを統率するのはかつて王国の民を恐怖のどん底に陥れた二人。
赤鬼ラダマンティス、青鬼アレクシオンの二人である。
高レベルの怪物を多数従えたこの集団を止める者はおらず、両面宿儺は王都を襲撃するに至った。
王都は戦場と化し、現在も復興作業が進められている。
激しい戦闘の末、両鬼は討伐されたが施設の被害は大きく、都内の建物がいくつか倒壊。
中央通り正門前付近は特に酷い状況である。
主戦場となった正門前の街道には巨大なクレーターができており、正門とその周囲の外壁も大きく破損している。
これほどの戦闘であったにもかかわらず、都民の被害はほぼゼロ。避難時に多少怪我人がでたくらいらしい。
【王国の暗雲を吹き飛ばす風、勇者と筆頭付与術士の誕生!】
王都防衛に際し、計画を立案、総指揮。そして青鬼を一騎打ちの末、討伐。
そんな凄まじい偉業を成し遂げた者がいる。
後述するビフレスト商会の若頭として保有戦力をまとめ、両面宿儺を叩き潰したこの男、名をセロという。
その作戦立案や部隊の指揮、レギオン宰相(当時は軍務大臣)がその能力を認め、
青鬼を討伐した高い戦闘能力はローグリア軍務大臣(当時は子爵)が太鼓判を押した。
かつて皆が勇者と呼んでいたヴィンセント氏ですら得られなかった真なる勇者の称号グラスリオン。
陛下はセロ氏にこれを下賜されたとのことだ。
そしてもう一人。王都防衛時に全戦力に全強化の付与術と全武装に希少付与術である爆裂を付与した天才付与術士。
防衛戦力の根幹を成し、自身も、敵の隠し戦力であった黄鬼を一騎打ちで討伐。
さらに、敵戦力のほとんどは彼女の付与術により爆散したらしい。
セロ氏に勝るとも劣らない戦果をあげたこの天才少女。名をナナと言う。セロ氏の妹なのだそうだ。
ビフレスト商会の顧問付与術士でもある少女は、王国筆頭付与術士の称号、エランシエラを下賜された。
【王都に新たなる大商会が発足。その名もビフレスト商会!】
王都中央通りの一等地に突如、広大な敷地と大店舗を備えた商店が出現した。
しかも、そこで売りに出されている商品は、見たこともない高ランクの魔物素材。
高価ではあるが、あらゆる性能において従来の素材を遥かに上回るものであることは間違いない。
鋼鉄並みの強度を備えた硬皮、金属糸と同等の強度を持ちながらも絹のような滑らかな質感の糸。
ありえない魔力伝導率を誇る樹脂素材。鋼を上回る強度を持ちながらも羽根のように軽い甲殻。
見たこともない魔物の肉や果実。そしてそれを調理したものを振舞う酒場も同時経営。
これまで、迷宮都市でしか購入できなかった虹砂や虹石も取り扱っているらしい。
さらには、将来はオリジナル魔道具の販売も視野に入れているのだとか。
王都の製造業界に革命を起こしたこの商会、強力な私設戦闘集団を保有しているとの噂も。
前述の両面宿儺の王都襲撃に際し、八面六臂の活躍を見せ、商会長のオルガン氏は子爵となられたそうだ。
そんな商会の関係者数名に話を聞くことができた。
「あん?何ジロジロ見てやがんだ?なんか文句あんのか?」
そう言って私に絡んできたのは怪しげな筋肉男だった。噂の戦闘員の一人かも知れない。確かに強そうではある。
「てめえ明らかに客じゃあねぇな?どこのもんだ?」
いつのまにか周囲を囲まれている。気配も何も感じなかった。噂は真実だった。
ちなみに、身分を明かし、謝罪することで開放してもらった。
商会の今後の展望など、いくつかの質問にも答えてくれた。話してみると意外と気さくな御仁だ。
将来は王国内の大都市それぞれに支店を出したいと考えているとのことだった。
そして店を出た時、私は見たのだ。商店の敷地内で、何もない空中を歩く赤毛の少女を!
夢でも見たんだろう?この話をした誰もがそう言った。
私は記者の誇りにかけて、ウソは言っていない。だが信じてくれとも言わない。
いずれわかることだ。空を歩く赤毛の少女の実在が真実であることが。
赤毛の少女は商会の子供の一人であることがうかがえる。商会の新製品かも知れない。
今後もビフレスト商会が世に放つ製品に注目して行きたいと強く思った。
他にも様々なニュースが記載されている。
【国王毒殺未遂事件、犯人とされていたメリル・ラスターニ氏の冤罪が確定!】
【両面宿儺襲撃時、ネメシス宰相、ベルシ侯爵、アロウズ侯爵。三名が殺害】
【王国最強の剣士、ローグリア子爵と最高位術士、パルムレイク学院長。学院に中途入学してきた子供に敗北!】
【迷宮都市ラビュリントスに怪人現る!!その名は深紅の屁こき女!】
【商業都市ラッセンにて、集団婦女暴行未遂事件!?】
記事を読み終えたコーランは呟く。
「どれもこれも結局ビフレスト商会じゃないか。こりゃあ王都に一度足を運ぶべきかなぁ。」
同時刻、日冒部の面々は海都正門の前にいた。
「大丈夫か?本当に大丈夫か?」
ナナは門を前にして緊張しているようだ。こっそり尻を押さえている。
ぴんときたセロは皆に提案する。
「俺とナナは鑑定を阻害してるから外で待つよ。ロッテ、いつものようにお願い。」
「はい、わかりました。」
そしてしばらくして、人気のない場所に転移してくる二人。
「あれ?くるくるがいないな?ロッテも。」
待っていたのはアランとジルの二人だけだった。
「入門で正体バレしたからな、王女殿下と公爵令嬢の来訪だって、騒ぎになってるよ。」
アランについていくと、門前広場に人だかりができていたところだった。
「王女殿下だ!小さくて可愛い!!」
「シャルロッテお嬢様は相変わらずお美しい。でもどうして変装なされているのかしら?」
「あの凛々しい女性騎士様は?」
「近衛騎士団長のルーシア様だ!きっと殿下の護衛をされているんだ!」
もみくちゃにされる三人。ルーシアが懸命に二人を庇っている。
その光景に、なんとなくイラつくセロ。
「うぜぇ、蹴散らすか。」
そう言って人混みに向けて歩き出すセロをアランが必死に止める。
「ちょっと待て!騒ぎが大きくなっちまうぞ!?」
「じゃああたしが眠りガスで寝かせるのはどうだ?」
今度はナナが歩き出す。
「ナナちゃん?それ、三人も眠っちゃうんじゃないの!?」
慌ててナナを抱っこするジル。ナナは宙に浮いた足を動かして、
「うぅ~、あたしは仲間を助けるんだ!」
そう言ってジタバタしていると、
「何をしている!通行の邪魔だ!散れ!!」
門衛の隊長らしき人物が怒鳴る。住民達は渋々引き下がり、
「申し訳ございません、殿下。いつもはこんなではないのですが、王都の情報が届いたばかりで皆浮足立っているのです。」
無事、皆と合流したセロは、対策を思案する。
何かこう、こんな時にちょうどいい、そんなのがあった気がする。
「隊長さん、こんなんじゃ街を歩けない。一旦出直すよ。帰ろう、皆。」
「ちょ!ちょっと待っていただきたい!それではまるで殿下を追い返したようになってしまう!」
「うん、そうなるな。皆、ついてきて。」
「待ってくれ!それでは問題になってしまう!皆、悪気はないんだ!」
「問題が起きたんだから問題になるのは当然だろ?それに皆じゃない、あの時ロッテの腕を掴んだ奴がいた。十分だろう?」
イラついていたセロは容赦なく言い捨てて、正門から出て行った。
ついていくロッテは何故か顔を赤らめている。
そしてこっそりと外壁の近く、門兵に視認できない場所へ移動する。
「セロ君、本当に帰るの?」
ルーシアが尋ねる。
「まさか。ナナにお刺身食べさせなきゃいけないし、俺は海を見たい。対策してからまた入るよ。」
「対策?変装とかですか?」
「いや、ナナの付与術にいいのがあったはずだ。」
ナナの付与術:隠形の追加効果に誤認というものがあり、それを使って一般人と誤認させる。セロは皆にそう説明する。
「兄ちゃん!あたしそのフヨフヨ、いらない子だと思って見失っちまってた!ちょっと待ってくれ!」
慌ててエトワールに隠形を付与して、その周囲をうろうろするナナ。
「一体なんなんですの?」
「う~ん、こいつじゃない。こいつも違う。いらない子とか言って悪かったから出てきてくれ~!」
その頃、正門前には門衛たちが集合し、隊長より指示を受けていた。
「先程の住民の全てを対象にして聞き取り調査だ!シャルロッテお嬢様の腕を掴んだ者を捕らえる!」
海都は現在、外洋関連以外の産業において業績が成長著しく、これらが追い風となり、都市の規模も迷宮都市に届かんとしていた。
都市を管理運営するマリアス侯爵は、公爵への陞爵も近いとされている現状、王族を追い返すなどという事態はあってはならない。
「俺は殿下を追いかける!お前たちは罪人を捕らえておくんだ!」
そう言って隊長は門を飛び出して行く。
「いない!?つい先ほど出ていかれたはずなのに…」
隊長はあたりを見渡し、日冒部一行を発見すると、エトワールの前に土下座の姿勢で必死に詫びる。
どうか、何卒。ひたすら謝罪する姿に、セロも溜飲を下げるのだった。
「俺達は対策してもう一度街に入るつもりだから、隊長さんが心配するような事態にはならないよ。」
「ありがとうございます!」
「ただし、ロッテの腕を掴んだ奴は許さないつもりだ。そっちはキッチリ頼むよ。」
「はい!罪人として捕縛する旨、すでに命令を出しております!軽い禁固刑程度でしょうが間違いなく実施いたします!」
そして付与術が成功したらしいナナがやってくる。
「兄ちゃん、できたぞ。くるくるがただの普通のくるくるになったぞ。」
「私がまるで普段は普通じゃないみたいな言い方はおやめになって!」
皆がエトワールに注目する。
「え?あれ?」
そこには王女殿下などという者は存在しない。皆、そこにいるのが王女であるということは分かっているのだが、
エトワールという名の一人の少女がいるだけ。そんな気分にさせられる。
「知っている俺達がこれなら、街のやつらにはまずわからないだろう。」
隊長は驚きのあまり声もでない様子だ。
「ナナ、ルーシアさんとロッテにも付与してくれ。それで街に入ろう。」
「正門から堂々とお入り下さい。」
そう告げた隊長の顔に疑問の色が浮かぶ。
「ん?ナナ?付与術?どこかで聞いたような…」
いろいろとあったが、こうして日冒部は無事、海都への入門を果たしたのだった。
そして今、セロとナナは先程の広場の先、海都へと降りる階段の最上で、眼下に広がる光景に心を奪われていた。
通ってきた正門は崖の上にあり、そこから、崖下にある海都へと長い階段が続く。
崖の勾配はゆるやかで、また海岸も入り組んだ地形になっており、
小さな小島や崖の傾斜面、入り組んだ海岸沿いにそれぞれに小さな街がある。
それらが橋でつながれ多数寄り集まって形成される都市。それが海都だった。
入り組んだ地形ではあるが、所々には砂浜もある。そして長い桟橋沿いに巨大な帆船が大量に並んでいる。
その向こうにはエメラルドグリーンに輝く海。航行中の船もいくつか見える。
ロッテやエトワールも直に見るのは初めてとなる海都。その景観に皆が声を出せないでいた。
「どうです?海都の眺めは。初めて訪れる方は皆、そこで足を止めます。それは私達がこの都市を誇りに思う瞬間でもあります。」
声をかけてきたのは隊長だった。セロは隊長を見ると言った。
「すごい。本当にすごい。隊長さん、この眺めを見たらさっきの騒動がどうでもよくなってきたよ。」
「何よりの言葉です。勇者殿。それと私のことはアバンと呼んでください。」
「あれ?勇者?なんで?」
「そちらの妹さんは筆頭付与術士のナナ殿ですね?そして貴方は勇者、セロ殿。」
「そうなんだけど…。ああ!もしかしてさっきの会話か!アバンさんはなかなか鋭いね。」
「この階段を下った先にある中央広場に、掲示板があります。そこにお二人のことが書かれていますよ。」
そう言って微笑みを返すアバン。
そしてセロは一呼吸おいて皆に告げる。
「決めた!ビフレスト商会の2号店はここにしよう!」
「商売のことでしたら、弟のコーランが貿易商を営んでおります。紹介状を書きますから、何かあれば弟に。」
「ありがとう、アバンさん。」
簡単な手紙をセロに渡すと、アバンは去って行った。
「ナナ、人目につかない場所に行って、オルさん連れてきて。アラン、ついて行ってあげて。」
「わかった!行ってくるな!」
ナナとアランは路地から転移していった。すっかりこの都市が気に入ったセロはやる気になっていた。
今度はルーシアに向き直り、頼み事をする。
「ルーシアさん、エトワールとロッテ連れてマリアス侯爵から開業許可証ぶんどってきてくれないかな?」
「ぶんどるってセロ君…。お二人が一緒ですし、ビフレスト商会の出店を拒むことはないかと思われますが絶対ではありませんよ?」
「駄目だったら皆で脅しに行くから大丈夫。できたらでいいよ。」
「脅しちゃダメです、セロさん。私が頑張りますから、はやまらないで下さいね?」
三人が侯爵邸へと移動し、残ったのは二人だけとなった。
「ジルは俺とお留守番だよ。待ってる間、アバンさんの言ってたコーランさん、探知しといてもらっていいかな?」
「は、はい。わかりました。」
ナナ達が帰還したようだ。オルガンの驚愕の声が聞こえる。
「うおおっ!なんだこの街は!?しかもありゃあ…海…なのか?」
「やっぱりオルさんも驚いた?俺もびっくりしちゃったよ。それでね、2号店の出店はこの街がいいんじゃないかと思って。」
「あたしも賛成だ!いつでも新鮮なお魚が食べられる!」
ニヤリとするオルガン。
「おし。ならそうすっか!」
乗り気になったオルガンにコーランの事を話す。
「ほぅ、用意がいいな。ならまずはそいつのとこで話を聞くか。」
「セロさん、コーランさんの居場所は探知できています。」
「ありがとう、ジル。」
そこでロッテから通信が入る。
「セロさん、よく考えたら私達、侯爵様に身分を証明できません。ナナさんをこちらに寄越してもらえますか?」
「あ、そっか。誤認付与かけたままだったね。わかった。」
ナナとアランがロッテ達の元に転移していく。
セロとオルガンとジルは、コーランの店へと歩いていくのだった。
マリアス侯爵邸前。
誤認付与を解いた三人と、ナナとアランが中へと歩いていく。
「待て!ここはマリアス侯爵の屋敷。お前たち、何の用だ!?」
当然、門番に止められるが、エトワールが前に出ると、
「王女殿下!!」
「約束していたわけではないので申し訳ないのですがマリアス侯爵にお会いしたいのです。取り次いで下さいな。」
「ただちに!少々お待ちください!」
そして門番の一人が屋敷へと走っていく。
「なぁ、ロッテ。偉い奴の家なのにあんまり大きくないのは何でだ?」
ナナの指摘した通り、庭こそそれなりに広いが、住宅は一般家庭の物より少し大きい程度。
ルーシアの案内がなければ、ここがそうだとは気づかなかっただろう。
「本当ですね、親分。私も驚いています。」
「マリアス侯爵は私財のほとんどを海都のために投資しておられます。」
「財を貯蓄することより、なによりこの美しい海を愛されているお方なのです。」
ルーシアの説明が終わると、それを引き継ぐかのように老人の声がする。
「その海は気に入っていただけましたかな?王女殿下。」
やってきた禿頭の老人を一目見ると、
「ハゲ頭だ!!」
そう叫んで飛び掛かるナナ。
「親分、ダメです!」
「ナナさん!?」
ロッテとエトワールが制止するも、時すでに遅し。
「ふおおおぉぉぉおお!!」
マリアス侯爵の頭はフサフサの白髪のロン毛になっていた。おかげでちょっとファンキーな老人になってしまっていた。
「すみません、すみません、すみません、すみません。」
何度目だろうか?そう思いながらひたすら謝罪するロッテ。
「いやいや、構わんよ。ちょっと驚いたがのぅ。ほっほっほ。」
ナナは自身の愛読書、野菜の王子様に登場する豆仙人を思い浮かべていた。
背中に巨大な豆を背負ったファンキーじいちゃんだ。
「じいちゃんはエロいじいちゃんなのか?豆仙人みたいだ。」
そしてそれを口に出していた。
「それはよくわからんが仙人と言われてみると、悪い気はせんのぅ。」
そう言ってエトワールに断ってから庭の椅子に腰を下ろす侯爵。
「すみません、ナナさんは見ての通りのお子様なのですわ。お許しになって下さいまし。」
「いえいえ、怒ったりしていませんとも。殿下。それよりも皆さんを紹介して下さいますかな?」
ルーシアはエトワールの隣に立ち、
「私と殿下のことはご存じかと思います。そちらは…」
そう言ってロッテの方を見る。
「うん、儂、お嬢ちゃんのことをどこかでみたような気がするんじゃがのぅ…」
ロッテはヘアバンドとメガネを外して、金髪碧眼に戻した状態になり、
「お久しぶりです。シャルロッテ・カールレオンにございます。」
マリアス侯爵は目を見開き、驚いた顔を見せると、
「お、おお!シャルちゃんか。大きくなって。本当に久しぶりじゃ。」
ロッテとマリアス侯爵は微笑み合う。
次はアランが前に出る。
「デュラン・ローグリアの不肖の息子、アランです!」
直立不動で自己紹介するアラン。
「おお、デュラン君の息子か、君も実に強そうで頼もしい限りじゃ。」
次はあたしか?あたしだろう?そう思ってそわそわしているナナを見つめる侯爵。
「して、この元気な子は?」
あたしだ!そう思ったナナは、言葉の通り元気よく挨拶した。
「あたしナナ!よろしくな!じいちゃん。」
「ナナ?ナナとはまさか…」
「やはりご存じでしたか。ビフレスト商会の顧問付与術士にして王国筆頭付与術士のナナさんです。」
ルーシアが侯爵に返答する。
「まさかかような幼子が?伝え聞く付与術士殿の功績は計り知れぬ。信じられん…」
侯爵は驚きに目をむいてナナを見つめる。
「なぁ、じいちゃん。あたしお魚食べたいんだ。だから許可証くれ。」
椅子に座った状態の侯爵の足を揺するナナ。
その様子に、こらえきれなくなった侯爵は盛大に笑う。
「ほ~っほっほっほ!よいじゃろう。開業許可証を出そう。」
使用人に指示を出し、上機嫌になっている侯爵にロッテが尋ねる。
「なにかお喜びの様子ですが…」
「うん。久しぶりに孫の事を思い出したよ。あの子もこんな風に儂の足を揺すっていたものじゃ。」
マリアス侯爵の孫。その言葉にナナ以外の皆が一瞬沈んだ様子を見せる。
話題を変えるべく、ロッテが口を開く。
「ナナさんのお兄さん、勇者と認定されたセロさんも今この街にきていますよ。商会の2号店を出そうって街を回っています。」
「まさかそのセロ君も小さいのかの?」
「ナナさんは8歳、セロさんは14歳です。背は私より大きいですね。」
「14歳…、あれ程の偉業をなした者が…。」
侯爵は足元のナナの頭を撫で始める。
「ナナのお兄ちゃんもすごいのぅ。たいしたものじゃ。」
ナナは嬉しくなったのか、
「そうだぞ!あたしの兄ちゃんはすごいんだぞ!」
そう言って笑顔になってはしゃいでいた。
その頃、セロ達はコーランの営む店舗の前に来ていた。
そして迷わず店内に足を踏み入れる。
「あれ?誰もいないな?」
「休業日か?」
「それにしてはおかしいですね。見て下さい、セロさん、オルガンさん。商品が棚に並んでいません。」
言われてみると確かに、店内の棚はガラガラ。とても営業しているとは思えない。
そんな時、店の奥から物音が聞こえる。
「おい!誰かいんのか?いるんだったら返事しやがれ!!」
オルガンの声に反応が返ってくる。
「あっ、はい!すみません、気付きませんで。」
そう言って奥から出てきた優男。おそらく彼がコーランであろう。
「あん?おめぇ旅支度してやがったのか?」
そう言って店内を見渡すオルガン。
「昼間っから夜逃げか?」
「違います!これは僕の生き残りを賭けた最後の勝負なんです!」
「なんだそりゃあ?」
コーランは事情を説明し始めた。
「現在の海都は大きな問題を抱えているんです。」
南海において、海賊の活動が活発になってきていることを告げるコーラン。
海賊による略奪行為自体は昔からあったらしいのだが、抵抗しなければ人命は取らない。食糧には手を出さない。
等といった海賊達には海賊達の不文律があり、略奪行為も現在程多くはなかったとのことだ。
「それが一年前くらいから変化がありまして…」
なんでも海賊達の活動が活発になり、連邦や南海諸島に向かった船がことごとく未帰還となっているそうだ。
小舟でかろうじて帰還した生き残りの証言によれば、海賊達になんらかの方針の転換があったのか、
船体から積荷、人材にいたるまで根こそぎ略奪されているとのことらしい。
「私は貿易商です。交易ルートを潰されてしまっては商売自体が成り立たない。」
「その結果がこの惨状ってわけだね。最後の勝負ってのは?」
「広場の掲示板でビフレスト商会の記事を見たんです。」
海路がダメなら陸路しかない。そう思って王都に商談に行こうとしていたそうだ。
「話題のビフレスト商会の品物を仕入れることができれば。そう考えていたんです。」
セロはアバンの紹介状をコーランに渡す。
「読んでみて。コーランさん。」
来客が去った後、
マリアス侯爵は、ナナを見て孫の記憶を刺激されたのか、過去の事を思い出していた。
一年前。
息子夫婦と孫娘であるレインを乗せ、海都の南、南海諸島周辺を遊覧していた小型船舶がシロガミに襲われた。
そんなニュースが侯爵にもたらされ、無我夢中で港へと走る。
そこには、大勢の船乗りや漁師達で人だかりができており、皆が皆、沈んだ表情を見せている。
「誰か、状況を説明できる者はおらんか?」
侯爵の言葉に、一人の漁師が手を挙げた。
この漁師、南海諸島沖にて漁を行い、帰りに遊覧船の近くを航行していたらしい。
「侯爵様、俺、見たんです。遊覧船に巨大な白い鮫が喰らいつくところを!あれはシロガミに違いねぇ!」
漁師が言う巨大鮫は30メートルに届く白い巨体。これは、南海の主と言われる巨大鮫の特徴だった。
最後にシロガミの被害報告があったのは、2年前。
襲われたのは海賊。情報は捕らえた海賊の一人から入手したものだ。
海賊の話す巨大鮫の特徴は、とても信じられるものではなかったが、この個体はシロガミと名付けられ、南海の主と恐れられた。
これまではただの一度も目撃報告がなかったことから、元々別の外洋に生息していた種であるとする説。
もしくは、シロガミは普段は深海域に生息していて2年前の事件こそが特殊な事例である。とする説。
理由付けとしては、この二つが有力だった。
「シロガミに喰らいつかれた遊覧船は、一撃で胴体がふたつに折れて、もう駄目だと遠目からでもわかりました。」
沈没していく船から飛び降りる人々は、次々と巨大鮫のエサになったようだった。
「シロガミがいなくなってから生存者を探したんですが、残念ながら誰も…」
船の破片から読み取れた情報は船名がオリンピアであることのみ。
ここまで聞いて、マリアス侯爵はがくりと膝をつき、しばらくの間、茫然となっていた。
遊覧船オリンピア。息子夫婦と孫娘レインを乗せた船に間違いない。
「おおおおぉぉぉおぉぉおおぉぉお…」
港にマリアス侯爵の慟哭が響き渡った。
それから、現在に至るまで、シロガミの目撃例はない。
「たしかこんな事件だったと記憶しています。」
許可証をもらって帰りがてら、侯爵の孫について質問したナナと皆に、ルーシアは知っている限りの情報を伝えた。
「やっぱり兄ちゃんに聞いてもらわないと、あたしよくわからん!」
ロッテはセロに連絡をいれる。
「一度合流しよう。こっちに転移してきて。」
そんな返事が返ってきた。
セロの道標に向けて転移した先は見慣れない路地裏。そこにはセロが待っていた。
「ここ、コーランさんの店の裏なんだ。ついてきて。」
店内にて全員が合流する。
「オルガンさん、僕を雇っていただけませんか?」
丁度コーランがオルガンに対し、そんな願いを口にしているところだった。
「そしてここを2号店として、僕を働かせて頂きたいのです。」
「おめぇ、一応店主だったんだろう?今更雇われに戻るってのか?」
「僕は自分の店を潰してしまった店主ですよ?店主としてビフレスト商会と取引する道もあるかもしれませんが…」
コーランはセロとナナを見る。
「皆さんの仲間として共に成り上がって行きたいと考えています。」
「セロ、どうだ?」
オルガンはセロに決断を委ねるようだ。
「俺はいいと思うよ?」
「なら決まりだ。早速やるぞ!」
店舗内の空き部屋を一つ、転移部屋として提供してもらい、そこに道標を設置する。
そして打ち合わせの為、オルガンとコーランは王都の本店へと転移していった。
残った日冒部のメンバーは、ナナにお刺身を食べさせる為に移動を開始する。
「やっとこの時が来た!!ジル、あたしお刺身楽しみだ。はやく食べたい。」
「ナナちゃんったら。お刺身は逃げないから大丈夫。」
ナナとジルは手をつないで歩いている。
そしてエトワールは仲間に入りたそうに近くをうろうろしている。
ジルがナナに何かを耳打ちし、
「まったく、しょうがないくるくるだ。」
ナナはエトワールの手を握ると三人で手を繋いだまま歩き始める。
「べっ、別に私は…」
そんなことを言いながらもエトワールは嬉しそうだった。
食事処にて、箸の使い方に苦戦しつつも、ナナはお刺身に夢中になっている。
そして他のメンバーはそれぞれの得た情報を交換する。
「親父さん、海賊がでてるそうだけど、漁には影響ないの?」
「今出せるのは近海でとれる魚だけだよ。遠洋にでれば海賊がいるからな。」
店主に問いかけたセロはナナに大事なことを伝える。
「ナナ、聞いたかい?海都の問題を解決すれば、もっといろんなお魚が食べられるってことらしいよ?」
口の周りをお刺身のタレでベトベトにしたナナは、
「本当か?兄ちゃん、ならそれやろう!その解決っていうやつやってお魚食べよう!」
「なら、海都における日冒部の活動は決まりだ。」
一つ目は2号店の経営を軌道に乗せること。
二つ目は遠洋の海賊の討伐。
三つ目は南海のどこかにいるシロガミの討伐。
「こんなとこでいい?」
セロは成功を疑っていないようだった。
「学生の活動としてはちょっととんでもない気がしますが…」
ルーシアは少し不安のようだ。
「むぐぅ。」
ナナはお口をロッテにぬぐわれている。
「大丈夫。俺達ならやれる。」
セロはみんなを見て、そう言い切る。
「ならやろうぜ!」
「私もお手伝いします。」
「私もやりますわ!」
「仕方ありませんね。」
「兄ちゃん、お刺身おかわり。」
「親分、今はやる気を見せるところですよ?」
「わかった!沢山食べる!!」
食事を済ませた一行は、明日からの活動に備えて、王都へと帰還し体を休めることにした。