File No.01 とある研究者の足跡
永かった。
ようやくここに来ることができた。光の女神の住まう、世界の中心。光都デルフィナス。
その地下800メートル地点にて発見された謎の物体。そしてそこから滲み出る謎の物質。
この謎の物質は非常に強力な有害物質である。皆が皆、この物質の封印を叫ぶ。
だが私の考えは違う。使い方次第では、この停滞した世界を変革する。それ程の可能性をもまた秘めている。
最初に発掘された時は、後に虹素と名付けられる謎の物質について、まったく情報がない状態。
当然、マニュアルに沿って発掘作業が進められる。作業員は完全防備だ。
作業は慎重に進められたにもかかわらず、事故は起きてしまった。
結果、発掘作業に関わった人間の9割が化け物になったらしい。
しかし、現在は虹素対策も確立されてきている。浄化さえきっちりしていれば大丈夫なのだ。
虹素は浄化することで無害になる。驚くほど簡単に。
しかし、無害になるということは、進化の鍵は浄化される汚染成分の中にこそある。ということでもある。
危険な研究になるだろう。私も化け物に転じてしまうかもしれない。
だが、逆に考えれば、これが最後のチャンスであるとも言える。
すでに停滞してしまった我々の文明は、これからゆるやかに衰退していくだろう。
光の女神も我らの元に姿をお見せにならない。女神に見捨てられたのだと騒ぐ者もいる。
出生率の低迷は年々酷くなるばかり。平均寿命も低下し、恩恵を授かって生まれてくる者など皆無。
このまま滅びを受け入れるのか?
否だ。我々は変わらなければならない。そしてこの世界もまた、変革しなければならない。
虹素の研究は、その為の希望の架橋となると信じている。
これから私は、この場所で虹素の研究に生涯を費やすことになるだろう。
私が生きている間に答えがもたらされるのかは分からない。
けれど、私の後に続く者達が、きっと世界を変える。
その者達のために、私は研究ファイルを残す。
人類が上位種として進化し、世界に変革の雨を降らすことを切に願う。
そしてその時、天空にかかるのは虹素がもたらす進化の虹。
私はこの研究機関をアルカンシエルと名付けることにする。
ここから始めよう。絶望との戦いを。
研究資料01。虹素による生態変化:動物実験
虹素を取り込んだ生物は、元の形態を継承しつつも爆発的に強化される。
ただし、失敗もある。相性が悪い生物は、虹化の確率も低下する。失敗すれば、ただの肉塊となる。
成功例の中でも、特に虹素との親和性が高い個体は、上位種へと変化するケースも確認された。
通常種の種族名は害獣、上位種になると虹獣と変化するようだ。
さらに、虹化後も虹素を投与することにより能力が強化されることが確認された。
これは浄化された虹素では起こらない現象である。
ただし、虹素との親和性を高める目的で投与する場合は浄化されていても有効である。
以下、虹化実験の結果を記す。
1)ネズミ…虹化率0%
2)犬…虹化率0%
3)猪…虹化率96%
硬猪と呼称。体長約2メートル。体表前面の硬化、筋肉量の増大を確認。
鑑定時の平均レベル25。上位種は未確認。
4)猫…虹化率2%(成功例1)
剣猫と呼称。体長約6メートル。爪に大きな変化を確認。伸長し曲刀のような形状となる。
鑑定時のレベルは49。
5)狼…虹化率99%
一角狼と呼称。体長約1、5メートル。額に大きな角。筋肉量の増大。
鑑定時の平均レベル22。
上位種として、雷角狼を確認。比較的発生しやすい。額に発電器官を確認。角より放射する。
鑑定時の平均レベルは29。
6)狐…虹化率15%(成功例3)
炎狐と呼称。体長約3メートル。尾の内部に発熱器官を確認。体内で生成する特殊なガスを併用し、火炎放射を可能としている。
鑑定時の平均レベルは38。上位種は未確認。
7)兎…虹化率88%
爪兎と呼称。体長約0、5メートル。爪の巨大化。脚部の筋肉量の増加。
鑑定時の平均レベルは16。上位種は未確認。
8)蛙…虹化率0%
9)蜘蛛…虹化率65%
大蜘蛛と呼称。体長約4メートル。爪と牙より麻痺毒を分泌。土に潜る習性を持った亜種、土蜘蛛を確認。
鑑定時の平均レベルは45。上位種は未確認。
10)百足…虹化率0%
11)牛…虹化率0%
12)蛇…虹化率74%
毒蛇と呼称。体長は個体差が大きく、25~30メートル。牙より麻痺毒と虹毒を分泌。
鑑定時の平均レベルは44。
上位種として、雷蛇を確認。胴体に発電器官を持ち、体表より放電する。
鑑定時のレベルは53。
13)豚…虹化率95%
影豚と呼称。体長約10メートル。体表より黒いガスを噴出。致死性の高い猛毒ガスであると断定。共食いの習性あり。
鑑定時の平均レベルは55。上位種は未確認。
14)鶏…虹化率0%
15)熊…虹化率0%
16)虎…虹化率10%(成功例2)
鋼虎と呼称。体長約7メートル。体毛がと皮膚が鋼のような強度に変質。筋肉量の増大。
鑑定時のレベルは62。
もう1体は、濃虹素の追加投与で上位種に変化。
上位種として、凍虎を確認。体毛から、急激に周囲の熱を奪う能力が確認された。
鑑定時のレベルは74。
17)亀…虹化率0%
18)蟹…虹化率20%
鋏蟹と呼称。体長約3、5メートル。関節に変化が見られ、あらゆる方位に移動が可能。吐き出す泡は強酸。
鑑定時の平均レベルは47。
19)蟻…虹化率0%
20)獅子…虹化率5%(成功例1)
焔獅子と呼称。体長約8メートル。鬣から可燃性の液体を分泌。筋肉量の増大。爪や牙は金属に近い材質に変質。火花により着火。
鑑定時のレベルは65。
濃虹素の追加投与で上位種に変化。
上位種として、嵐獅子を確認。焔獅子の特徴はそのままに背に1対の大翼を確認。飛行能力を有す。火薬に酷似した鱗粉を放出する。
鑑定時のレベルは76。
今回の実験の成果はここまでとする。
ここまでの成果でも分かる通り、虹素による生物の変質は驚くべきものだ。
この世界にはまだまだ、様々な生物が存在する。
いろいろな対象に試してみたい。そんな衝動に駆られるが、目的を見失ってはいけない。
優先すべきは上位種を超えるさらなる上位種。そしてその進化のメカニズムの解明だ。
確保した上位種には、続けて虹素を投与する。
継続して虹素の成分分析も並行して進める。
成分分析の方は、成果は芳しくない。浄化の前後で変化が見られないのだ。
諦めずに様々な条件で分析を続ける。
成果を得られず、永らく停滞していたのだが、先日、進行に光明が見えた。
魔力を流した際の波長に、浄化前と浄化後で大きな変化が見られたのだ。
もしや生物の変質は魔術由来のもの?だとすれば、解析術士に依頼するか?
それに、虹素を産み出している物体の詳細も不明なのだ。
ああ、発生源を鑑定してみたい。
そういえば調査隊に生き残りがいたな。話を聞いてみる価値はあるんじゃないか?
それに化け物になったという調査員。
おそらく人間が害獣になったケースなんだろうが、どうしてこっちにサンプルが回ってこない?
まったく、やることは山積みだ。
しかしそれもまた、変革という名の救済の為だ。
時間は残り少ないが、きっとやり遂げてみせる。