023 魔導車
朝になった。
ここは商会中庭。
セロは中庭のベンチに座って、磁力操作の恩恵を試してみる。
2本の鉄棒がカチンと音を立ててくっついた。
「磁力っつ~のはアレだ。くっついたりはなれたりするやつだ。」
それを眺めていたナナがセロに質問する。ジルも一緒だ。
「ロッテみたいなもんか?」
「ロッテ?」
「兄ちゃんにくっついてばっかりだ。」
「ナナちゃん、それは磁力じゃなくて…」
「そう、それはエロいことしたいというロッテの欲望!」
店舗の裏口から出てきたオルガンがそんなことを言いながら近づいて来る。
「おっちゃん、エロいことって?」
「教えてやろう、ナナ。エロとは気持ちいいことなのだ…」
「気持ちいいのか!?よし!ジル!!エロいことしよう!!」
「えええっ!?ナナちゃん、そういうことは女同士でじゃなくて男の人と…」
「おっ?ジル、おまえ知ってやがるな?ん~?」
ジルに詰め寄るオルガン。
「ひゃぃ!?いいいえ、その、私は別に…!?」
「オルガン殿?戯れはそのくらいにして、約束通り騎士団に稽古をつけて頂きたいのですが。」
丁度商会を訪ねてきたルーシアだった。エトワールも一緒にようだ。
「あ~、そういえばそんなのもあったな~。めんどくせぇな~。」
「何をおっしゃっているのですか!騎士団が弱すぎる、鍛錬が足りてねぇ。そう言って稽古を提案したのはオルガン殿ですよ!?」
「言ったような気もするんだが…、言ったっけ?」
「言、い、ま、し、た!!!」
そこでセロはオルガンを援護するべくさらに提案する。
「ルーシアさん、それならウチの狩りに同行させるといいよ、レベルもすぐに上がるから。」
「ほぅ、良案だな。浄化服の予備も大量にあることだし、20人くれぇなら大丈夫だからな。よし!そうしよう。」
そうして、ルーシア率いる近衛騎士団の部隊長クラス10名と、
ローグリア伯爵率いる聖壁騎士団の部隊長クラス10名がやってきた。
「これより廃棄場にて、上位魔獣の狩りを行う!」
「小型の害獣なんだが、こっちではあのクラスでも上位魔獣ってカテゴリーになんのか…」
「廃棄場では光が射さない!さらに汚染区域でもある!浄化の魔術は絶対に切らすな!」
二人の団長からの事前の説明が終わり、
「これよりビフレスト子爵よりお言葉がある!皆、心して聞け!」
「「はっ!!」」
騎士団の者達は鬼達との戦闘を見ている。そのためか、オルガンに対しても素直に敬意を持っている。
「基本的には俺やウチの戦闘組の指示で動いてくれ。廃棄場の密林では簡単に命が失われる。油断はするな?」
「「「はっ!!!!」」」
こうして、大勢が商会戦闘組のメンバーとオルガンに率いられ、ナナの転移門から廃棄場へと去って行った。
「兄ちゃ~ん、あたしとエロいことしようぜ!」
そう言ってセロの元に向かうが、すでに隣にはロッテの姿が。どうやら荷車の買い付けから戻ってきたようだ。
「親分?エロいことって?」
「うおおっ、ロッテが怖い顔だ!ジル、助けてくれ!」
「またオルガンさんですね?」
すくっと立ち上がったロッテは、
「お説教です!!あの変態筋肉男はどこですか!!?」
セロは苦笑しつつ、磁力操作の実験を続けている。
どうやら金属に対して磁力を帯びさせる、自身の体から磁力を発生させる。磁力の強さは魔力次第。ここまでは検証できた。
ナナは瞳を輝かせてそれを眺めていた。
「に、に、兄ちゃん、それ…」
「ん?どうしたの?ナナ。」
いきなり転移門に上半身を突っ込んでなにやらゴソゴソやっているナナ。
そして厚紙で自作したと思われる、鼻から上を隠すマスクを取り出すと、それを装着、ポーズをとるナナ。
「イチバーーーーン!!!」
皆があっけにとられる中、ナナは真剣にセロの磁力操作を分析する。
そしてあっさりと、付与術:磁力を習得するナナ。
ナナの脳内には、着物を着込んだセロと、仮面のナナが謎の覆面男に前後からラリアットを食らわせている姿が浮かんでいる。
「マスク狩りじゃあああああぁぁぁぁぁ!!!!ヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」
皆、ナナの変貌に驚いているところ、おそるおそるジルが尋ねる。
「ナナちゃん?一体どうしたの?」
「ジル!タッグトーナメントでマスク狩りだ!!」
「誰もマスクなんで装着していませんわ?」
うん、意味がわからない。皆がそう思っていた。
ナナは自身に磁力付与を施す。丁度磁力体となっていたセロに引きつけられ、
「おお~!?」
飛んで行ってぴとっとセロにくっつくナナ。
「ナナ?」
「兄ちゃん、成功だ!あたしも磁力付与出来るようになった!」
「相変わらずナナはすごいなぁ。」
磁力を解除してナナを撫でると、
「うへへへ。これで兄ちゃんとこんびねーしょんができるな。」
「こんびねーしょん?またナナさんがよくわからないことを言っていますわ。」
「まったく、くるくるは相変わらず駄目な子だな?今度あたしがくるくるとやってやるからな?」
「私は駄目な子ではありませんわ!!できる子なのですわ!!」
「なんか殿下までナナちゃんみたいなことを言ってる…」
「兄ちゃん、兄ちゃん。あたしとこんびねーしょんやろうぜ!あたしどうしてもやってみたい技あるんだ!」
「よくわからないけど、ナナがやってみたいなら俺は付き合うよ?」
「やったぜ!!」
マスクを装着したままのナナが再度ポーズを決める。
「ナンバーーーワーーーーーン!!!!」
また叫んでいた。
そう言っている間にも、セロは磁力の扱いに習熟していく。
すでに極や磁界の操作にも手を出しているようだ。
「これってもしかして…」
セロは鋼鉄魔術で大小2本のパイプを生み出すと、小さいパイプを大きいパイプの中に通す。
そして外側のパイプを押さえて磁力を操作する。すると、内側のパイプのみが回転を始める。
「お。成功だ。」
セロはイタズラが成功した子供のような顔になり、立ち上がる。
「皆、ちょっとこれを見てくれないか?」
回転するパイプを見て、まずはロッテがその用途を理解する。
「セロさん、まさかこれで車輪を?」
「うん、磁力なら俺は魔力を消耗しない。噴射よりも効率がよさそうだ。」
「今ならまだ、工業区の工房でも車の製作はまだでしょうから、組み込んでもらえるように交渉してきましょうか。」
「俺も行くよ。他にも追加してほしい機能があるんだ。」
ナナ、ジル、エトワールの三人もついてくるようだ。
「日帰り冒険の時の移動手段なのでしょう?私も興味がありますわ。」
「あぁ、姫さんからも意見を聞きたい。内装のこととか必要なものがあれば教えてくれ。」
工業区、王都一の馬車職人の工房にて。
「すまない、無理を言って。けど必要なことなんだ、報酬ははずむ。頼めないか?」
「へい!即、取り掛からせて頂きやす!」
王女に勇者、大公令嬢と筆頭付与術士。一般人はジルのみという一行の願いを禿頭の職人は断ることはできなかった。
「ハゲ頭だ!!」
職人に飛びつくナナ。そしてツルツルの頭皮をペタペタと触る。
「親分!?何をしているんですか!?」
ロッテが気付いた時には職人の禿頭はフサフサのロン毛へと変化していた。豊穣の付与術だった。
「何だこりゃあ!?」
「すみません、すみません。」
必死に謝るロッテ。
「別に俺はハゲてるんじゃなくて、作業に邪魔だから剃っていただけなんだが…」
「許して下さいまし。ナナさんは術士としては天才なのですが、見ての通りのお子様なのですわ。」
「くるくるも二つしか違わないくせに何を言ってるんだ!」
「掛け算と割り算をできるようになってから言って下さいまし!」
「ぐっ。くるくるのくせに痛いところを…」
そんなやり取りが行われている間にも、車からは車輪や車軸が取り外されていく。
早速セロは、磁力による駆動方式を親方に説明して、部品を木製から金属製へ交換することを願い出る。
そして車体各所に大量のスプリングを追加し、衝撃や振動に抗するつもりであると告げた。
「おぅ!バネだったら2番街のゲンのところにあったな?誰か行ってこい。」
親方は弟子の一人を走らせる。
そしてセロは車軸の軸受けを真剣な表情で眺めている。
「違う、これじゃない。」
自身の記憶を手繰り寄せる。
そう、廃棄場脱出時に見た、地下道にあった荷運び車の軸受け。
あれはただ荷重をうけるのではなく、回転運動する相手の荷重を受けるのに最適化されたような構造をしていたはずだ。
セロはその構造を絵に描いて、ロン毛親方に見せる。
「勇者様、こいつは…」
「回転するのはこの部分だ。これに油を充填して動かせば焼き付きもなくスムーズに動かせるんじゃないか?」
「これは…、車輪の中に小さな車輪が?この小さいのが軸を支えるのか?…たしかに。いけるかもしれねえ。やってみよう!」
すばやく弟子たちに指示を飛ばす親方。
「さらに、発進や加速、制動や減速、姿勢制御には噴射の魔術を使用する。運転席から各所に噴射孔を伸ばす仕組みを頼む。」
あんぐりと口を開けて固まっていた親方だったが、やがてそれが獰猛な笑みに変わると、
「こいつは徹夜仕事になりそうだ。おう!設計士を呼んで来い!セロさん、そいつに望みを伝えてくれ!」
「わかった!」
セロは背後の仲間達に振り返る。
「ナナは俺が今から指示する部品を障壁の魔道具にしてくれ。万一の衝突時のための安全確保だ。」
「まかせろ!兄ちゃん!」
「ロッテ、ジル、姫さんは内装に必要な物を。あと、旅に必要な物も併せてお願い。資金は商会が出すよ。」
「わかりました!」
「資金は王家からも援助させて下さいな。助けられてばかりですし。」
「必要な物は私が探知します!」
やがて、3メートル程もあるバネが大小様々、次々と届けられる。
「親方、長さはどうする?」
「そうですな…なら…」
セロは白雷で希望された長さに鋼鉄製のバネを両断していく。斬鉄だ。
「親方、切断くらいしかできないけど、俺も手伝うよ。」
「いや、十分です。勇者殿。」
急ピッチで作業が進められていく。
ナナは障壁だけに留まらず、盗難対策に道標、逃走時の補助に後部には煙幕の魔道具を追加している。
さらに車輪には不動障壁。ナナやセロの靴と同等の機能だ。
これにより、魔力が続く限りだが、空中や水上の走行も可能となった。
車体の先端には衝角が取り付けられ、これには爆裂が付与された。破城槌の機能だ。
日が沈む。
一度食事に帰宅する一行。
ナナは廃棄場に狩りに出た者達を帰還させ、皆で食堂兼酒場へと向かう。
1階の酒場はほぼ満席。2階の商会員用のスペースには空きがあったのでそこで食事をとる。
ここで注文できるのは害獣の肉をメインとした料理だ。他所では食べられない食材に加え、
味もよく、肉に含まれる虹素が対象の魔力を増大させるとあっては、それを放置する者はいない。
連日満員御礼の大繁盛であった。
商会の家政組だけではとても回せない。今後は、ウェイトレス等は外部から人を雇うことになっていた。
それをルーシアやローグリア伯爵に説明した後、オルガンは言った。
「ビフレスト商会が飲食業界に革命を起こすんだ。ノーパン酒場だ。」
どうやらオルガンは、外部から雇い入れたウェイトレスにはパンツを未着用の状態で接客させるつもりのようだ。
「まさに画期的!これは間違いなく王都中の男共が夢中になるに違いない!」
当然ロッテがそれを阻む。
「それは変態さん限定での革命です!すでにこれだけ繁盛してるのに、オルガンさんはエロくしないと気が済まないんですか!?」
「フ…、来たなロッテ。おまえが反抗するのは織り込み済み。ちゃんと対策は考えている。」
「対策!?まさか雇った女性を脅して無理矢理にパンツを!?変態すぎます!却下です!!」
ニヤリと笑うオルガン。
「いいのか?本当に却下していいのか?あ~ん?」
「どっ、どういうことですか!?」
「酒場にレディースデーを設け、対象日には2階で裸の男性ウェイターの接客を受けられるようにする。そして…」
ロッテは開いた口が塞がらない。
「おめぇにはセロの優先指名権をやろう!これでどうだロッテ!いや!エロッテ!!」
「誰がエロッテですか!!!!」
オルガンの余裕の態度は崩れないままでロッテに追撃の一手。
「聞いてるぜ?最近のロッテはセロにくっついてばっかりだってな。発情したならしたで素直に抱いてって言えねぇのか?ん?」
「だっ…、だだ誰がそんな事を!?」
ロッテは真っ赤になって動揺しまくっている。そしてオルガンの目線はナナに向いている。
つられてロッテもそちらを見ると、ナナ、セロ、ジル。そしてエトワールがいた。
「俺、ロッテに裸にされるのかな?」
しっかり会話は聞こえていたようだ。ナナが肉をもぐもぐやりながら返答する。
「ロッテがな?兄ちゃんにくっつくのはエロの欲望だっておっちゃんが言ってた。きっと兄ちゃんのパンツが欲しいんだ。」
「ナナちゃん、それはきっと違うと思うよ?」
「そうですわ。セロ様のパンツは私の物ですのよ?」
エトワールもおかしなことを言っているが、皆、そこはスルーしている。
そしてロッテがそこに接近する。
「お~や~ぶ~ん~?」
「ぎゃあ!ロッテ!!兄ちゃんにエロいことはさせないぞ!あたしがするんだ!」
「そんなことはしません!!親分もやったら駄目です!!!」
そんな騒ぎをオルガンはニヤニヤしながら眺めていた。
食事を済ませ、セロは工房へと戻る。術車の製作が気になるようだ。
「皆は休んでて。明日は学院もあるしね。」
そう言って食堂を後にした。
そして明け方。
ついにそれは完成した。車体の殆どが魔道具、そして動力もすべて魔術。
鋼の勇者の力と噴射の魔術で駆動する、世界でただ一つの自動車。車種としての名を魔導車と名付けられた。
セロにしか動かせない、鋼の勇者専用車両だった。
「やった…。完成だ。」
職人達も満足そうにしている。
親方が要求した報酬は金貨15枚。しかしセロは倍の30枚を報酬とした。
「勇者様、こいつはもらいすぎだ。魔道具だって筆頭付与術士様の手によるもんだ。こんなに貰えねぇよ。」
「いいんだ。また何か思いついた時には世話になるんだし。貰ってくれ。」
歓声を上げる職人たちをよそに、設計士がセロに尋ねる。
「この画期的な軸受けなのですが、これの権利はどのようになさいますか?」
「この機構には先駆者がちゃんといる。俺は権利を主張できないよ。できればこの技術は皆に平等に伝達して欲しい。」
設計士は頭を下げて、
「勇者殿の言う通りに計らいます。」
そう告げて奥へと引っ込んだ。
「さて、試運転だ。」
セロは嬉しそうに魔導車を眺める。
車体の外板はほとんどが鋼鉄製。車輪や車軸もそうだ。車体下部には噴射孔となるパイプが前後左右に伸びる。
金属質な赤い塗装が施された車体には、側面から後部にかけて虹を示すラインが。そしてそこにビフレスト商会の名が記されている。
そして車体の先端部には2本の衝角が、まるで角のように飛び出している。
これは爆裂障壁を発生させる魔道具で、障害物を吹き飛ばす必要がある場合に使用する。
通常の馬車とは違い、御者等は必要ない為、運転席含め、全座席が室内に納められている。
外がよく見えるよう、窓は大きく、各所についている。障壁が付与された窓だ。強度は高い。
そしてセロは一通り外観を眺めると、嬉々として乗り込んで、操作環を握った。
これは車輪と連動していて、走行時に、操作環を回した方向に車体を曲げることができる。
足元には右と左に金属製のペダルが二つずつ配置されている。ペダルは動かない。これは噴射の術をかける為のものだ。
右のペダルは前後に、左のペダルは左右に、それぞれ配置されている噴射孔に接続されていた。
そして、操作環の左右のレバーは、魔道具に魔力を流す為の装置だ。
レバーを切り替えて魔力を流すと、それぞれの魔道具が起動する仕組みになっている。
複数の魔道具を同時使用する場合に備えて、レバーも複数取り付けてもらった。
車体の最前部は運転席。主にセロが座ることになるだろう場所だ。
座席のフレームは前輪軸に連動していて、磁力操作ができるようになっている。
そして運転席の斜め後ろ、左右に助手席として席が二つ。その間には通信の魔道具が設置された。
さらに後ろには後部座席。左右に二人用の座席、後部に三人用の座席が据えられた。
座席の下には手荷物を置くスペース。大荷物はナナに収納してもらう予定なので荷台はない。
車体の各所、そして室内には照明魔道具。内装も最高品質のものを使用した。
さらに、車内の温度を快適に保つ空調魔道具も設置。これらの代金は王家からだ。
内装を確認したセロはゆっくりと魔導車を走らせて、商会への帰途についたのだった。
その頃、ナナは部屋で泣きそうになっていた。
夜中に目覚めたら兄のベッドは無人のまま。
無性に寂しくなったナナはロッテの部屋に行って、
「ロッテ、ロッテ。親分寂しい。」
ロッテを揺すって起こし、泣きそうな顔を見せる。今はそんなナナをロッテが慰めている。
「兄ちゃん、帰ってこない。あたしが嫌いになったのか?」
「そんな訳ないです。セロさんも私も、みんな親分が大好きです。」
そう言ってナナの頭を撫でる。
「ふぐぐ…。」
ナナは泣くのを必死にこらえている。
ロッテは通信の魔道具でセロに連絡をとる。
「セロさん、まだかかりそうですか?ナナさんが寂しがっています。」
「あぁ、そうか、ごめん。つい夢中になっちゃって。もう完成してそっちに向かってるところだよ。」
「本当か?兄ちゃん帰ってくるのか?」
「もちろん。俺がナナを置いていく訳がないだろう?今、通用門を開けているところだよ。もうすぐ中庭だ。」
それを聞いたナナは、パジャマのまま窓から中庭に飛び出して行った。障壁足場を使って地上に降りるナナ。
「セロさん、私もお出迎えに行きますね。中庭でお待ちしています。」
「ああ、ありがとう、ロッテ。」
ロッテが中庭に出ると、そこには目を大きく見開いたナナがいた。そして目の前には自動走行する赤い車。
「これは…、本当に馬が引かなくても動いています…」
「すげぇ~~!!なんだこれ?兄ちゃんどこだ?」
扉が開き、セロが顔を出す。
「ここだよ?ナナ。」
すかさずセロに飛びつくナナ。そして質問攻めにする。
「説明は皆にするから、少し待って。ナナ、今日はこれで学院にいこうね。」
「おおお!あたしも乗れるのか?これ!」
「もちろん。ナナの発案した日帰り冒険の為の魔導車なんだから。」
騒ぎを聞きつけた商会の皆が魔導車の周りに集まり、口々に絶賛する。
ジルもさすがに驚いている様子だ。
「ジル!今日はこれで学院にいくんだぞ!」
「え?えっ!?こんなすごい馬車に私が乗ってもいいんですか!?」
「ジル、駄目なわけがないだろう?それに馬車じゃなくて魔導車だよ?」
そして集まった皆に魔導車の説明をするセロ。
オルガンを始め、大勢の乗ってみたいという願いに、早朝の王都を走り回るはめになった。
「揺れが殆どねぇ!すげぇな!こいつは快適だ。」
皆が口々にセロを褒め称える。
「でもお金もかかったよ。姫さんの援助がなかったら金貨50枚くらいにはなってそうだ。」
「この性能なら安いもんだろう。たいしたもんだ。」
そしてマーサの作った朝食を完食し、そのまま魔導車で学院へと出発していった。
そしてその後、王都を走り回る商会名の入った魔導車を多数に目撃され、
商会には問い合わせが殺到したのだが、セロにしか扱えない。そう言うと皆諦めて去って行った。
途中でエトワールとルーシアを拾う為、大橋の北側広場に魔導車を止め、二人の到着を待つ。
やがて遠くから走ってくるピンクが見えた。
ビタン!
ピンクはこけた。顔面からいった。
「ぐぬぬぬぅ!!」
唸りながら立ち上がるエトワール。
「姫様、慌てて走るからそんなことになるでしょう?もう少しお淑やかにならないと…」
ルーシアに諭されるがエトワールは反論する。
「だってルーシア!見て下さい!セロ様の言っていた術車が完成しているんですのよ!?」
「それはそうですが、だからって慎みを忘れていい理由にはなりません。セロさんが見ているんですよ?」
「うっ…、そ、それは…。」
エトワールはぐうの音もでないようだ。
「くるくる!学院に行くぞ!乗れ!」
ナナが呼んでいる。
「わかりましたわ!!」
魔導車に乗り込むと、いつものメンバーが座っている。
運転席にセロ、助手席にはナナとロッテ。後部座席にはジルがいる。
「おはようございます、殿下。」
ロッテとジルの挨拶に、
「お二人とも、そろそろ殿下はおやめ下さいまし。私もお友達なのですからそれっぽく呼んでもらいたいですわ。」
ロッテとジルは笑顔で答えた。
「わかりました、エトワール。こんな感じでいいですか?」
「はいっ!大変結構ですわ!」
後ろを振り向いたセロもエトワールに話しかける。
「エトワール、顔、大丈夫?痛くない?」
その言葉に、エトワールは驚愕の表情になる。
「セロ様が私の事をエトワールとお呼びに…!」
何故かハァハァと息が荒いエトワールに苦笑しつつも、
「出発するよ。」
そう言って魔導車を発進させるセロ。
エトワールとルーシアは、快適な乗り心地に驚きながら、魔導車は王都を走る。
そして、学院に魔導車で乗り付けた一行に、こちらでも当然の如く大騒ぎになった。
「な…、馬が引いていないのに自走する車!?」
「おい、ビフレスト商会って書いてあるぞ!?」
「またボマーがなんかやったのか!?」
学院長であるエストまでもが、何を騒いでいるのかと外に出てくる。
そして自走する赤い車を目にして、
「はぁ?」
と、妙な声を上げる。そして魔導車の窓を開けてナナが顔を出して、
「お~い、おばちゃん。あたしだぞ!」
エストは深く嘆息して呟く。
「またあなたたちですか…。それとおばちゃんはやめて。」
学院長室で、一通りの説明を終えると、セロは出された紅茶を口に含む。
「わかりました。たしかにナナちゃんの転移魔術とあの車両があれば日帰り冒険という活動も可能でしょう。受理いたします。」
「エストさん、なんか微妙な反応だね?」
「当然でしょう?移動手段も活動内容も、全てが前代未聞です。」
こめかみを押さえるエスト。そして木板を用意してそれに文字を書き込む。
日冒部。それにはそう記されていた。
部室に案内された一行は、部活動の補足説明を受ける。
部費は月に銀貨1枚。これは部活動の成績に応じて上昇する。
そして、活動した日は活動報告書を提出すること。
部活動の最中に問題を起こせば厳しい処分があることを説明された。
「大抵の問題は脅せば解決するんだ。あたし得意だ。」
「あなた達の脅しは洒落にならないからやめて。」
そしてエストは日冒部の看板を入口にかけると、捨てセリフを残して去って行った。
「学院が休みだった分、今日はたっぷり宿題がでますからね?部活動は明日からですよ?」
「宿題?」
そして教室で、宿題の正体を知ったナナは茫然としていた。
「バカな…、そんなバカな…。」
ジルが心配そうにナナを見る。
「どうしたの?ナナちゃん?」
「ジルぅ~。学院終わってもお勉強なんてあんまりだ!あたしは遊びたいんだ!」
「なら、私と一緒に宿題やろう?難しい所は教えてあげるから。」
「そういうことなら私もご一緒しますわ!お友達ですもの!」
セロとロッテにもたっぷりと課題が出たらしく、揃ってナナの家で宿題をすることになった。
ビフレスト商会敷地内中央部にあるナナの家。
アーキン、マーサ、セロ、ナナ。そしてフランクの5人と、居候状態のロッテとハンナが暮らす家だ。
1階の半分はアーキンの作業場。残り半分に玄関広間と応接室、台所や食堂、風呂やトイレもここだ。
2階はアーキン、マーサ、フランクの部屋。そして空室となっている客間が少々。
最上階となる3階には部屋は二つだけ。セロとナナの兄妹部屋とロッテとハンナの居候部屋だ。
個室も提案されたが、
「あたしは兄ちゃんと一緒がいい。」
そんなナナの要望に応えた部屋割りだった。
そして兄妹部屋の扉から騒がしい声が漏れ出している。
三人の娘達の声だ。ナナとジル、それにエトワール。
どうやら三人は、学院の宿題と格闘しているようだった。
しかし、主に苦戦しているのはナナだけであるようだ。
ナナの目の前には、よい子の算数、と題された書物が開かれている。
算数の宿題の前で、うぬぬぬ…と唸るナナ。
足し算と引き算はいい。こいつらはあたしの敵じゃねぇ。
だが掛け算と割り算。てめ~はダメだ。
「なんでくるくるに解けてあたしに解けないんだ?この世界は狂っている!そうだろう!?ジル!」
「ナナちゃん、狂ってるのは世界じゃなくてナナちゃんの解答だよ?」
1×3=13
6×7=67
「前後の数字をくっつけただけではありませんの!?」
問、両手にバナナを1本ずつ握ったお猿さんが3匹います。バナナは全部で何本ありますか?
答、握っているということはバナナを食べるということだ。両手に持っているということは美味いということだ。あとはわかるな?
「ナナちゃん、これ、算数の問題なのに答えがもはや数字ですらないよ…」
「ナナさんは魔術に関しては確かに天才ですわ。私もそれは認めるところですわ。ですがお勉強に関しては雑魚すぎますわ。」
「あたしは雑魚じゃない!強いんだぞ!すごいんだぞ!」
8÷2=28
9÷3=39
「前後の数字を入れ替えただけではありませんの!?」
問、おばあさんは3個のリンゴを持っています。これを3人の孫に分けました。孫達はそれぞれリンゴをいくつもらえたでしょうか?
答、半分になったリンゴの絵が描いてある。
「ナナちゃん、答えがもはや言葉ですらないよ…」
「答えが何故か絵、しかも間違っていますわ。」
「このばあちゃんは2個は自分で食べるはずだ。孫はみんなで残りのリンゴを齧ったんだ。」
「それでも間違っていますわ…」
ジルとエトワールはお互いに顔を見合わせ、どうしてこうなった。ならばどうする。
真剣に議論していた。
そして議論をよそに、算数の宿題を済ませたつもりのナナはベットの上でうつ伏せになり、足をふりふりしながら本を開いている。
ナナのベッドの枕元の上には本が並べられている。その中の一冊のようだ。
「ナナちゃんは本は読むんだね?沢山あるし、どれもボロボロ。」
ジルは枕元の上の本棚を見る。どの本も一目見れば、何度も何度も読み返したことが分かるくらいに傷んでいた。
「読書家なのに勉強が苦手って言うのもおかしい気がしますわね。」
エトワールもそう言って本棚を眺める。
「あたしのバイブル達だ。どいつもこいつも面白いんだぞ?」
棚に並んでいるタイトルは、
世紀末覇者 ~恐怖の伝説~
腐女子王
ティオ・ブランデーの珍妙な冒険
モブ長の欲望7
最後の幻想13 ~電撃の一本道~
魔法少女ピリ辛マニア
野菜の王子様
マスタード 売国の魔界人
筋肉男
パチンコスロット4 導かれし愚か者たち
風俗王に、俺はなる!
モヒカン烈風隊
…他多数。
結構な蔵書量なのだが、
「どうしよう、エトワール、なんかダメっぽいタイトルばっかりだよ?」
「駄作の匂いしかしませんわね…」
ボソボソと話す二人。そんな二人に悪魔のささやき。
「あたしの愛読書に興味があるのか?」
そして一時間後。
ロッテの部屋で宿題をやっていたセロとロッテは、
兄妹部屋から響く変な叫びに苦笑しつつ宿題を進めていた。
「やっぱり遊び始めたなぁ…」
「お友達が一緒だから、親分も嬉しいんですよ。」
「ムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラァッ!!!!」
ナナは叫びながら虚空に連続パンチを繰り出す。
「その変な掛け声は何ですの?」
「無駄なことをしてんじゃねぇぞオラオラオラって意味だそうだ!」
ナナはエトワールの疑問に、連続パンチをしながら返答する。
「くるくるも相手が雑魚い時はふんふんじゃなくてこっちにしておけ!!」
「わ、わかりましたわ!!」
「あの…二人とも…宿題…」
さらに一時間後。
ロッテの部屋で、宿題を終わらせたセロとロッテは、
お茶を楽しみながら、なんでもない日常会話に花を咲かせていた。
そして兄妹部屋から奇声が轟く。
「何やってんだ?あいつら?」
「何かあったんでしょうか?」
二人は腰を上げる。
ナナはセロのロングコートを着込んでいた。当然サイズは大きくだぶだぶしている。
「URYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!」
叫んだナナはコートの前面をバッと開く。
ナナはほぼ裸だった。上半身は肌着1枚、下半身は氷の勝負パンツである雪だるまがプリントされた下着1枚だ。
「これは相手をびびらせる技だ。すっぽんぽんでやるのが一番効くらしいんだが、あたしはこれがギリだ!恥ずかしいんだ!」
「な、なるほど…。私もすっぽんぽんは無理ですがせめてナナさんとは肩を並べないと…」
諦めた表情のジルはナナのベッドの上で何気なく手に取った、野菜の王子様と題された本を開く。
それは、若くしてM字ハゲになってしまったとある王子の物語。王子の名はエムジータ。
王子には好きな女性がいた。都に暮らす機械いじりが得意なパンティーという名の女性だ。
「くそったれーーーー!!!!」
Mっパゲが叫びながら、両手からビームを出している。
何かうまくいかなかったのか、八つ当たりのようだ。
「こいつ、いきなり地球をぶっ壊そうとしやがった!!」
どうやらこのMっパゲは女にフラれて地球という名の自分の星を破壊しようとしたようだ。
「…」
なんとなくわかった気がしたジルは本を閉じて、窓から遠くを眺めていた。
「よし、いいぞ、くるくる。やってみろ!」
「わかりましたわ。うっ、うり~~~~!!!」
エトワールが叫び、コートの前面をバッと開く。
部屋の扉が開き、セロとロッテが入ってくるのはそれとほぼ同時だった。
下着姿で固まるエトワール。
「あの…、そんな恰好で何してるの?宿題は?」
「いやああああああぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!!!!!」
セロの質問は、エトワールの絶叫にかき消されたのだった。




