022 後始末
王国にとって激動の一日となった両面宿儺の襲撃が終わり、翌日の朝。
都市の各所では聖壁騎士団主導での復旧作業が行われていた。
害人の潜伏していた家、戦場となった正門外壁と門前広場。
そこは朝から大勢の人間と物資が行きかい、建物や設備を修繕する職人や物資を供給する騎士達が忙しくしている。
ビフレスト商会の面々は、王都防衛の功労者として全ての作業を免除されている。
セロは商会敷地内の中庭、花壇の脇に設置されているベンチに腰を下ろし、自身の鑑定結果を示す鑑定板を眺めて肩を落としていた。
セロを見つけたロッテが駆け寄ってくる。
「セロさん。」
「ロッテ…、ごめんな、なんか思ったよりも落ち込んでるみたいだ、俺。」
ロッテは慰めようとして、言葉を発する前にセロの鑑定結果が目に入り時を止める。
「ん…?どうしたの?ロッテ。」
「セロさん、それ…。」
「あぁ、これね。」
セロ(虹人)
(鋼の勇者)
レベル 58
恩恵 鋼の勇者 鋼鉄魔法:無限
磁力操作:無限
剣術:太刀:大剣:双剣+9
身体強化+9
風魔法:風刃:噴射:電撃+7
危機感知+3
立体機動+2
耐性:斬撃+1
耐性:打撃+1
耐性:刺突
耐性:炎熱+1
耐性:氷結+1
耐性:電撃+3
耐性:毒+1
耐性:麻痺+2
耐性:呪詛+1
技能 鋼鉄魔術:限定
剣技:斬鉄
剣技:流水
魔剣技:断空刃
魔剣技:大爆雷
風魔術:暴風壁
風魔術:疾風刃
風魔術:噴射
風魔術:大放電
風魔術:稲妻
効果 浄化
解毒
障壁
幸運
不壊
風魔強化
「勇者って…。」
初めて目にする勇者の恩恵にロッテは驚きを隠せないでいる。
「朝になったら追加されてたんだ。たぶんだけど、発現の条件は敗北すること。だったんじゃないかな?」
ロッテはいまだ沈んだ表情を見せるセロの隣に座る。
「俺は勇者の力よりも家族を守る力が欲しかった。あの時この力があったとしても、何かできたとは思えないし。」
恩恵が発現したにしては、セロにはそれを喜ぶ様子はない。
「ナナの苦しむ顔が頭から離れないんだ。ティータさんが来てくれなかったらと思うと…。」
ロッテはセロの手を握ると、力強く言った。
「幸い、来てくれましたね!よかったです。みんな無事でしたから!」
セロはびっくりした顔でロッテを見る。
「あの時は力不足だったかも知れませんが、ティータさんのおかげで次があります!強くなればいいんです!」
ロッテは少し無理をして笑顔を作っている。
それがセロにも伝わった。
「そうだね。強くならないとな。次までにはきっと。」
「はい!私も頑張ります!」
セロはロッテの頭を撫でる。
そこにナナとジルも駆けてくる。
「はわぁ!!兄ちゃんが勇者になってる!!!」
魔眼を所持しているナナにはそれがすぐに分かった。
「え?えぇ?勇者?ってセロさんが!?」
続けて、騒ぎを聞きつけたオルガンがやってくる。
一緒に酒盛りしていたらしく、ヨハンも一緒だ。
「あたしも強くなるぞ!もうマゾには負けん!チータとも友達にならないといけないしな!」
「ナナちゃん、魔女だよ?それにあのティータさんと友達って…。」
「吠え面ってよくわからんけど、ナナ、助けてくれぇ!とか、勘弁してくれぇ!とかチータに言わせればいいのか?」
「ごめん、ナナちゃん。ティータさんが助けを求める姿が想像できないよ…。」
笑いながらヨハンが会話に参加してきた。
「面白れぇお嬢ちゃんだ。俺も見てみたいとか言ったらぶっ殺されそうだから俺はノーコメントな。」
「そうだろうね。レベル178ってちょっとおかしいし。」
セロもヨハンに同意する。
「それに美人だったなぁ。あの姉ちゃん。あんな美人が出てくる娼館ねぇかな?」
オルガンはティータの強さよりもその美しい外見の方が印象に残っているようだった。
「オルガンさん?子供もいるのに変態発言はどうかと思いますが?」
エロには厳しいロッテの氷の微笑み。
上機嫌のヨハンはセロに助言を続ける。
「娼館は知らねぇが、セロも勇者になったんだ。俺が勇者や魔王についてティータ様から聞いたことを話そう。」
「ヨハン、何か知ってるの?」
この世界には常に七柱の魔王と三人の勇者が存在すること。
そしてバスティータは最古の魔王であり、今のところ十人の中で最も強力な存在であることを話すヨハン。
「すげぇ!やっぱりチータは最強なんだ!!チータ!チータ!!」
チータチータと大騒ぎするナナ。
どうやらすっかり気に入ってしまったらしい。
「ナナちゃん落ち着いて。レディーの嗜みだよ?」
「うぐっ。」
ナナが途端に大人しくなる。
ジルはすでにナナの取り扱いに熟練していた。
そしてヨハンは続けて語る。
「だがティータ様はこうも言っていた。自分は確かに最強の魔王だが、それを覆す恩恵を宿す敵が必ずいる。ってな。」
「その敵って…?」
「それは俺にもわからん。強くなるのはいいが、強さだけじゃ駄目だってことかもな。」
セロは大騒ぎしているナナを見た。
ナナはレベルこそ低いが強力な恩恵と大魔力でもってそれ以上の性能を発揮したのだ。
(恩恵や技能の内容次第でひっくり返すことができるって意味かな…?)
「ティータ様を上回る力を持つ存在だってるかもしれない。その可能性を忘れるな、みたいなことも言ってたな。」
今のセロに強さ以外に育てなければいけないもの。
それがあるとすればそれは一体何なのか。
ヨハンはジルを見る。
「家族や仲間を大切にする優しい心とか。」
ヨハンはロッテを見る。
「恋人に注ぐ愛情だってそうだ。ただのクズだった俺が、うちのお姫様と出会うことでこんなになっちまったしな。」
赤面してもじもじするロッテをスルーして、ヨハンはオルガンを見る。
「セロは頭も切れる。が、時には馬鹿になって強引な力技ってのも必要になるかも知れねぇ。」
「ちょっと待て、ヨハン!それだと俺がまるで馬鹿みてぇに聞こえるだろ!」
しっかりとヨハンのセリフを耳にしていたオルガンが反論する。
「あんな大規模な戦闘の翌朝に娼館行きたいとか言ってる変態さんには当然の評価です!」
ロッテの反撃の後、ヨハンは最後にナナを見る。
「守りたい者も必要だ。その存在こそが力になる。」
「それにレベルだけにとらわれず、技術だって磨かないとな。多彩な技能でレベルの壁をぶち破ってみせた小娘がいることだし。」
そう言ってナナを撫でるヨハン。
「でへへへ。あたしすごい?ヨハン、あたしすごい?」
「あぁ、すごい。8歳でレベル20超えてるってだけでもすげぇのに、鬼を一方的にぶっ倒すなんてありえねぇ。ナナはすごい。」
ナナは褒められてすっかり上機嫌になっていた。
(俺がこんなこと言うようになるなんてなぁ…。)
ヨハンもまた、自身の変化に戸惑っていた。
そして大事なことを思い出したセロがヨハンに尋ねる。
「そういえばヨハン、探している物があるって言ってたよね?それって?ジルもいるし、探知してもらおうよ。」
「あぁ、そうだな。ありがとう、助かる。」
「こっちだって助けられたんだから、お互い様だよ。」
ヨハン達のお姫様は先程のティータの言葉に出てきた敵に狙われているらしい。
なので姿を偽装できるよう、変色の魔道具と鑑定を阻害する魔道具を探しているらしかった。
「うん、後者は簡単だ。」
セロはそう言うと、通信でアーキンの製作した銀細工を六個、持って来てもらうように頼んだ。
そしてジルには変色の魔道具を探知してもらう。
「えっと、変色の魔道具ですが、王都内に八個、すべて王城の宝物庫です。」
「なら姫さんに事情を話して譲ってもらおう。購入してもいい。」
ジルはエトワールに通信で連絡を取る。
「殿下、ジルです。ちょっとよろしいでしょうか?」
そのまま続けて事情を説明するジル。
「目録を調べさせますわ。お待ちになって。」
しばらくして返ってきた答えは以下の通り。
髪の色を変化させるものが三つ、赤、金、茶、の三個。
瞳の色を変化させるものが三つ、黄緑、水、橙、の三個。
肌の色を変化させるものが二つ、通常の肌色と濃いめの茶色の二個。
「ヨハン、変色対象とか希望はある?」
「おおおお!こんなあっさり!!よかった、セロ達の味方になったのは正解だったよ。」
嬉しそうに笑顔で驚くヨハン。
「俺もジルの探知魔術を始めて見た時は驚いたよ。」
「そんなセロさん。私なんて…。」
褒められ慣れていないジルは戸惑いを見せている。
「いや、大したもんだ。この魔術、鍛えればすごいことになりそうだな。」
「あぁ、俺もそう思う。」
「ジルはすごいんだ。あたしの友達なんだからな。」
褒められてもいないナナは何故か偉そうにしていた。
ヨハンはお姫様用に金髪、黄緑眼の魔道具と、自分用に通常の肌色の魔道具をリクエストした。
「緑の肌だと変装しないと街に入れないからな。」
エトワールは三つの魔道具を無償で提供。
さらに、ヨハンとバスティータに対し、王都において各種便宜を図ることを約束した。
そして銀細工が到着する。
「ナナ、鑑定阻害と幸運の魔道具を三個、完全隠形の魔道具三個、頼めるかい?」
「わかった!すぐ作るな!」
魔道具を作る。
それがどれだけ非常識な事なのか、ヨハンにもよくわかっている。
本来であれば、それは絶対に秘匿せねばならないことのはずだ。
「おいおいマジか。ナナは魔道具作れるのか!」
そして驚きながらもヨハンはそれを自分に対する信頼と受け取っていた。
「ヨハン、もしヨハンのお姫様があたしの魔道具気に入ったら、あたしの友達になってくれって伝えるんだぞ?」
「あぁ、わかった。間違いなく伝える。うちの姫様が元気になったら必ずな。」
「うへへへ。あたし友達増えちゃうなぁ。もてる女はつらいぜ。ん?お姫様病気なのか?」
元気になったらという言葉にナナは反応を見せた。
友達が元気じゃないのはナナにとってはいけないことなのだ。
「まぁな。随分と永いこと眠ってたせいか、体もうまく動かせないし、会話するのもきついみたいなんだ。」
「え?大丈夫なの?ヨハン、俺らにできることがあれば手伝うよ?」
セロも心配して声をかける。
「ティータ様が言うには、時間が経てば回復するってさ。お姫様が友達欲しいって言ったらすぐにナナのこと話すからな。」
そう言ってヨハンはナナの頭を撫でるのだった。
そして有事の際には互いに協力することを約束し、ヨハンは去って行った。
王城、玉座の間。
そこには無人の玉座と、その横にエトワール。
逆側に、新たに公爵となったレギオン宰相がいた。
広間の周囲にはルーシア率いる近衛騎士団が整列している。
三馬鹿は両面宿儺襲撃時に殺害されていたらしく、外務と財務の大臣職が空位となっていた。
さらに、冤罪事件での反省から、新たに法務大臣の役職が新設されるそうだ。
しかし今現在は空位。
現状、空位となっている役職はレギオン宰相が兼任していた。
軍務大臣だけはローグリア子爵が伯爵となり引き継ぐことが決定している。
そんな事情で、配された人数が少し足りない玉座の間にセロとナナ、オルガンの三人と付き添いのロッテがいた。
両面宿儺討伐の褒美を下賜するためだったのだが、オルガンはそれを辞退した。
「金は十分儲けさせてもらってる。くれるってんなら家名だな。ナナが欲しがってるんだ。皆で名乗りたいってよ。」
「もちろん、それも褒美に含んでおりますわ!新たに起こす家はビフレスト家でよろしいのでしょうか?」
エトワールがオルガンに問いかける。
「あぁ、それでいい。」
ビフレスト家はその功績から男爵位をとばして子爵家となった。
当主は当然家長であるオルガンだ。
さらに、レギオン宰相が褒美を捕捉、追加する。
「お三方にはさらに、特別な名前が追加される。偉人って言ってな、王国における人間国宝みたいなもんだと思ってくれ。」
「偉人?」
「簡単に言うと、偉人認定された人物には、誰であろうと命令権を行使できない。おまえたちには今更って気もするがな。」
「そうだな、命令とか聞く気ねぇし。」
オルガンは背後のロッテから叩かれている。
「これで、おまえたちに馬鹿な命令を下す貴族はいなくなるはずだ。おそらくな。」
偉人認定された三人の名前はこうだった。
オルガン・ウォール・ビフレスト。
ウォールというのは王国における大商人の称号だそうだ。
商業都市ラッセンの初代都市長となった人物の名前らしい。
セロ・グラスリオン・ビフレスト。
グラスリオンは王国における真なる勇者の称号とされているらしい。
かつて自称勇者ヴィンセントが、賜ることを期待されていた称号だった。
なんとこれは、王国の初代国王の名前らしい。
ナナ・エランシエラ・ビフレスト。
エランシエラの名を、王国における最高位の術士に贈られる称号として下賜された。
過去に術士として偉人認定された者の中で最も年若くして選ばれた者。その名がエランシエラ氏だったのだとか。
ナナは最年少記録を更新したことにちなんでの命名であった。
さらにナナには、王国筆頭付与術士の称号も下賜された。
8歳にして王国の術士達の中で頂点に立つ存在になってしまったのだ。
当然、本人はまったく理解していない。
ナナの脳内には現在、別の企み、というかやってみたいことがあったのだ。
「勇者かぁ…。」
セロは微妙な表情で呟く。
「どうしたんだ?セロ。おまえの働きは十分にそれに値する。」
セロの反応を疑問に思ったレギオン宰相は言う。
それに対しセロは、鑑定阻害効果を解除して自身の鑑定結果をレギオン宰相に見せる。
「鋼の勇者…!?」
「え?セロ様がなんですの?」
レギオンに続き、エトワールとルーシアもそれを確認する。
「まさか…、本物の勇者様…。」
「今更って気もするんだけど、これどうしたらいいかな?できれば秘密にしときたいって思ってるんだけど。」
「それがセロの望みならばそうしよう。称号を下賜されたんだからどうせ巷では勇者扱いされるだろうしな。」
エトワールとルーシアも了解する。
「兄ちゃん、あたし難しい話よくわからん。くるくるの部屋で遊んでくる。やってみたいことあるんだ。」
ナナは企みを実行に移すようだ。
「あとの話は俺が聞いとく。お前らはガキらしく遊んで来い。」
「何をするつもりなのかわかりませんが私も行きますわ。」
エトワールはナナ、セロ、ロッテを部屋に案内する。
「私の部屋で何をするんですの?」
「兄ちゃんが勇者になったからな。本で読んだことを実践してみるんだ。」
「?」
そして部屋に到着する。
王女の部屋として見るなら質素な感じである。
家具も少なく、装飾も大人しい。
そして部屋に入るなり遠慮なくずかずかと中を歩くナナ。
ナナはおもむろにタンスを開くと、エトワールのパンツを取り出した。
「きゃあああああ!!!いきなりなんですの!?」
そしてナナは言う。
「ナナは黒いパンツを手に入れた!!」
どうやらこれがやってみたかったらしい。
「兄ちゃんが勇者になったからな!勇者ごっこだ!」
そのパンツはとても布面積が小さく、色は黒だった。
「くるくる、この紐ってパンツなのか?」
「紐って言わないで下さいまし!!それにセロ様の前でなんてことをなさいますか!!」
ロッテはナナの行為より先に、その下着に驚いたようだ。
「殿下、さすがに10歳の女の子の下着としてはちょっと…。」
現在、紐パンを握りしめたエトワールが涙目になっている。
「ナナさん?いきなり人様のタンスを開けるなんて失礼千万です!」
「何を言ってるんだ?くるくる。勇者は好きな家に自由に入ってタンスを開けたり壺を割ったりするものなんだ。本で見たんだ。」
勇者は、そう言われたセロはロッテに疑問をぶつける。
「え?そうなの?ロッテ、俺知らなかったよ。」
「兄ちゃんも遅れてるな。そんなことじゃ立派な勇者になれないぞ?帰ったら一緒にロッテのパンツ漁ろうぜ!」
「よし、わかった!俺、ロッテのパンツ漁るよ!」
「漁らないで下さい!セロさん、お願いですからそんなことはしないで下さいね?」
今度はロッテが涙目になっている。
「親分?こういうことは、よい子は真似したらいけないことなんですよ?」
「そうですわ!そうですわ!」
まったくもう。
そんなことを言いながらロッテは紅茶を口に含む。
しかしナナの興味はすでに別の所に。
「いやん、セロ様。素敵すぎですわ。これはもう、私の貞操を捧げる殿方が決定してしまいましたわ。」
ナナはどこから見つけてきたのか、エトワールの日記を朗読していた。
紅茶を噴き出すロッテ。
握っていたパンツを放り投げて取り乱すエトワール。
「私の心はセロ様の物。あぁ、早く私を食べて下さいまし。」
朗読は続く。
「きゃあああぁぁぁ!!やめて下さいまし!やめて下さいまし!!」
「さすがに食べるのはちょっと…。」
セロはきょとんとしたままそんなコメントをしていた。
部屋の隅で日記を抱きしめたまま座り込んで俯くエトワール。
ロッテはセロにぼそぼそっと何かを耳打ちする。
「なぁ、姫さん、俺はこのくらいで姫さんのことを嫌ったりしないからな?明日からもまた仲良くしてくれ。」
「セロ様…。」
恋する乙女の表情でセロを見つめるエトワール。
「ふむ。くるくるも兄ちゃんが好きなんだな?あたしにはわかる!」
「なっ、なななにをおっしゃっているのかしら?私にはさっぱりわかりませんわ?」
唐突なナナの発言に焦るエトワール。
「くるくる、乙女たる者、いかなる時も勝負パンツだ。憶えておけ。」
そう言って床に放り出されていた紐パンをエトワールに渡すナナ。
「もうお帰りになって下さいまし!!」
また涙目になってしまうエトワール。
さすがに気の毒になってしまい、皆は王城を後にした。
王城地下にある牢獄の最奥。
そこには三人の鬼が四肢の健を切断された状態で転がされている。
石造りの壁には小さな穴が開いていて、そこから伸びる鎖に首を繋がれていた。
鬼の力を散々見せつけられた王国側は用心の為、四肢の切断痕にさらに強酸を塗布。
健の癒着を防ぐと同時に、繋いである鎖は弱体の魔道具である特別な物を使用。
厳重な拘束に、鬼達は諦めているのか身動きをしない。
ラダマンティスとアレクシオンは、バスティータと魔女の戦闘を経て、すでに心が折れていた。
「…」
何も言わず、ただ俯いてじっとしている。
逆にジードルは存在を忘れられていたおかげか、恩恵も奪われておらずいまだナナへの憎しみを募らせていた。
「ナナ…、これで終わったと思うなよ…?俺は必ず貴様を殺す…、下劣な平民に相応しい死に様をくれてやる…。」
コツン…、コツン…。
足音が響く。
衛兵の見回りか。
そう思い、足音への興味を無くし、そのまま憎しみに身を焦がすジードル。
コツン…、コツン…。
足音が大きくなる。
やがて鉄格子の向こうに現れたのは白衣に身を包み、すっぽりと仮面を被った男だった。
誰だ?
ジードルは疑惑の眼差しでもって白衣の仮面を迎える。
「ヴォロス殿…。」
ひたすらに無言だったアレクシオンが僅かに反応を見せる。
ジードルもそれが気になったのか、アレクシオンとラダマンティスの方に目をやる。
すると、二人の鬼の背後にもう一人、人影が視界に映る。
黒いローブを着込んだ女だ。
牢の中にもう一人いる?
どういうことだ?
どうやって中に入った?
ジードルが疑惑の念に駆られていると、女がゆっくりと前進する。
そして二人の鬼の間を通り過ぎる。
同時に二人の鬼の頭がゴロン、と床に落ちる。
何故だか分からないが、切断面から出血は見られない。
ジードルは幻覚を見せられているかのような気分になる。
「なんだ?誰だ貴様は!?」
そんなジードルの問いかけを女は完全に無視して牢の外にいる仮面に話しかける。
「ヴォロス、黄色の鬼は無事だけど、この二人は恩恵を奪われているわ。」
「そうですか。あれほど簒奪者に敵対するなと言っておいたのに、使えない二人でしたねぇ。」
「簒奪者はおそらく、セロかナナのどちらかね。大男も鑑定を阻害していたけど可能性は低いでしょうね。魔力量からして。」
ここでジードルが反応を見せる。
「ナナだと!?貴様ら何者だ!?」
ヴォロスと呼ばれた男がジードルに返答する。
「初めまして、黄鬼君。私は赤鬼と青鬼の飼い主だった者だ。ヴォロスという。」
「ヴォロス?知らんな。どこの家の者だ?私はネメシス公爵家の当主ジードルである!」
ジードルはこんな状況でも尊大な態度を崩さない。
父親である宰相が死亡したことから、ちゃっかり当主を名乗っている。
「クフフフ、ネメシス家ですか。すでにありませんよ?そんな家は。」
「何だと!?平民が俺を愚弄するか!!」
「うるさい餓鬼ね。こいつも処分する?」
魔女の威圧に、ジードルは本能で危険を察する。
「なっ…、や、やめろ!私にはまだやるべきことがあるんだ!!」
やるべきこと、それを聞いたヴォロスが口を開く。
「ナナへの復讐。ですか?あなたはそのナナに手も足も出ずに敗北したのでしょう?」
「く…、確かにそうだ。だが次こそは…、そうだ、ラスターニの奴を人質にとればいい!それなら奴に勝てる!!」
(なかなかに清々しい下種な小悪党ですね。)
ヴォロスはそう思い、そして提案する。
「更なる力を求めますか?私ならあなたにそれを与えることができる。」
ジードルは少しの間、考える。
「その言葉に偽りはあるまいな?ナナに勝てる程の力か?」
ジードルは一瞬前に小悪党っぷりを見せていた筈が、すぐに偉そうな態度に戻っていた。
「今より強くなることは確実ですよ。ナナさんに勝てるのかは貴方次第ですがね?」
「ならばよい。その力、俺が貰い受ける!」
鎖に繋がれている状況でなお、偉そうな態度を変えようとはしないジードルに魔女はイラつきを見せる。
「いちいち偉そうね、この餓鬼。殺すわよ?」
「まぁまぁ、魔女殿。とりあえずこの黄鬼君を私のラボへ、送っていただけますか?」
「フン!」
魔女はジードルの鎖を断ち、転移門に乱暴に放り込んだ。
「荒れてますねぇ。」
「当然よ!おかげで完全に予定が狂ったわ!何なの?あの化け物は!」
王都での逃亡は魔女にとって完全に予想外の出来事だったようだ。
「空の魔王バスティータ。神話の時代より生き続ける、最古の魔王。たしかに化け物です。」
「まだまだ全然本気を出してないように思えたわ。あそこまでとは思わなかった。」
「あれを力でどうにかできる者などおりませんからね。それこそ光の女神くらいではないでしょうか?」
自分を上回る強者の存在を認めた魔女は冷静さを取り戻していた。
「つまり、力押しでなければ手はある。ということかしら?」
「さすが。頭の切れる方との会話はスムーズで快適ですねぇ。」
「あなた、態度に出すぎよ?」
「おやおや、これはまいりましたねぇ。ともあれ、搦め手や小細工はこちらで進めておきますよ。」
「しばらくは手出し厳禁ってことね?」
「えぇ、今は対抗手段はありません。手を出せばすべて粉砕されます。」
「やっかいな女だこと…。」
「本当にそうですねぇ。もうちょっと寝ていて欲しかったところですよ。」
そして、地下の牢獄から、完全に人の気配は消え去った。
翌日。
学院の授業が再開されるのは明後日からだが、学院長から呼び出しがあり、ナナ達は途中でエトワールと護衛のルーシアの二人と合流して学院へ。
セロ、ナナ、ロッテ、エトワールは、一緒にいたジルも合わせて六名で学院長室をノックしていた。
「どうぞ。」
中に入り、学院長と挨拶を交わす。
「皆さん、王都防衛お疲れ様でした。特にセロ君とナナちゃんは大活躍だったわね?」
「よしてくれ、学院長さん。結局最後には魔女さんに手も足も出なかったんだ。」
「次こそはあたしがマゾを倒す!!」
ナナの鼻息は荒い。
「それでも、皆さんの貢献は確かなものです。王都に暮らす一都民としてお礼を言わせて下さい。ありがとう。」
そして学院長は用件を切り出す。
「伝え忘れていた部活動の説明です。」
学院では、すべての生徒がいずれかの部に所属して部活動を義務付けられている。
そして、活動内容によっては単位の取得も認められている。
例えば、戦闘系の部活で功績を認められれば戦闘関連の授業が功績の大きさに応じて免除になる。といったものだ。
「ジルは何部なんだ?探し物部か?得意だしな!」
「そんな部はないよ、ナナちゃん。一応、清掃部に所属して校舎の掃除とかしてたけど…。」
「俺らにもどれかに所属しろってこと?どんな部活があるの?」
セロの質問に対し学院長は、それなりの人数が所属する代表的な部をあげていく。
戦闘系として、剣術部、槍術部、斧術部、弓術部、武術部。
魔術系として、各属性の魔術部、付与術部、召喚術部。
生産系として、鍛冶部、料理部、錬金部、調薬部、建築部、裁縫部、農耕部、畜産部、土木部、木工部、彫金部、採取部、採掘部。
学術系として、文芸部、音楽部、美術部、生物部、史学部、医学部、技術部、商学部、神学部、地学部。
娯楽系として、馬術部、山岳部、話術部、舞踏部、賭博部、遊戯部、出版部。
学院管理運営に貢献する、生徒会、風紀会、総務会。
学院設備保持に貢献する、清掃部、保全部、
「他にもいろいろあるけど、それなりの規模になるのはこのあたりかしら?」
「どれに入るか選べってこと?」
一通り聞き終えたナナが慌て出す。
「大変だ!くるくる部がなかったぞ!?ふんふん部もねぇ!どうすんだくるくる!!」
「そんな部がある訳がありませんわ!!何を考えていますの!?」
ナナの反撃を警戒し、身構えるエトワール。
そしてそれに呼応するかのようにナナが発言する。
「そういえば解説部もなかった!!雑魚部もねぇし、ロッテもやべぇ!ロッテとくるくるが仲間外れになっちまう!」
「そっちですの!?」
「解説はともかく、雑魚部って…、うぅ…。」
ロッテのダメージは大きい。
セロはしょぼんとするロッテを慰めている。
「あたしは付与術部になるのか?あたし兄ちゃんと一緒がいい。」
学院長はナナに笑顔を見せ、説明を続ける。
「部の掛け持ちは原則禁止ですが、転部はいつでも可能です。そこで提案なのですが、皆さんで新しい部を発足させてほしいのです。」
「新しい部活を?」
ロッテは驚き疑問を声に出す。
「今ある部に入るのは駄目なの?」
セロは学院長に質問する。
「このままだと、セロさんやナナさんの争奪戦が始まりそうなんですよ。顧問は教師に限定されませんのでルーシアさんに。」
「ふむ、今存在する部と別に部活動としてなんかやれってことだね?他と被らない形で。」
「そうなります。メンバーはセロ君、ナナちゃん。ロッテさんとジルさんに王女殿下。五名ですね。」
「五名か…。」
セロは呟くと、続けて質問する。
「入部したいって奴が現れたら?」
「部長を選出していただきますので、部長さんが入れるかどうかは決めてもらって結構です。」
「わかった、何か考えてみるよ。期限はいつまでに?」
「部室の用意ができるのは明日いっぱいかかるそうなので、できれば明後日までに。」
セロ達は学院を後にして帰宅中、大橋の中央にある広場のベンチで休憩していた。
この時、ナナはすでに何か閃いたようだった。
「兄ちゃん、あたし思いついた!言っていい?言っていい?」
「言ってごらん?」
「日帰り冒険だ!これしかねぇ!!あたしお魚食べたいって前から思ってたんだ。刺身ってやつな!」
は?
お魚?
皆が疑問の表情を浮かべる。
「あぁ、日帰り冒険ってそういうことか。ナナならではの部活動だね。確かにこれなら絶対に被らないな。」
「セロさん、親分の考えがわかるんですか?」
「なんとなく予想できた、みたいな感じかなぁ。」
セロの予想はこうだった。
いつものように、朝、狩りに出る戦闘組を廃棄場へと送る。
学院で授業を受け、放課後。
冒険部の活動として本当に冒険の旅に出る。
そして暗くなる前に帰宅して一度廃棄場へ移動し戦闘組を帰還させる。
商会の大食堂で商会の皆とマーサの食事を食べる。
「こんなサイクルになるかな?転移術と道標を併用することで、一日の歩みは少なくてもどこまでだって冒険できる。」
帰宅前に道標をのこせば、翌日の活動はそこからスタートだ。
ちょっとずつであっても確実に前進できる。そういうことだ。
「お魚ってことは、最初の目的地は南の海都メルク・リアスか。いいね。そこに道標を設置できれば商会にとっても利益になる。」
セロはナナの頭を撫でる。
「すばらしい閃きだね。辺境都市エッフェ・バルテや北の城塞都市ラムドウルも目的地に加えたいところだな。」
「辺境の香辛料や騎士団領の工芸品が輸送費ゼロで入手できれば商会もさらに収益が伸びますね。」
褒められてナナは嬉しそうにしている。
「ナナが部長やるかい?思いついたのはナナだし。」
「部長は兄ちゃんがやってくれ。あたしは副部長になる!」
「わかったよ。皆はどうする?」
全員が参加の意を示した所で今日は解散となった。
と言ってもエトワール達以外は皆同じ場所に帰宅するのだが。
セロはここでロッテに付き添いを頼む。
「ロッテ、冒険部の活動の為に馬車を買おうと思うんだ。」
「馬車ですか?」
「ナナの収納があるから荷物を載せることはない。とにかく乗り心地優先で。」
「兄ちゃん、家にある馬車はダメなのか?」
「あれは商会の仕事で運搬作業に使っているからね。」
そしてさらに追加の構想を皆に伝える。
「馬は購入せずに、噴射の魔術で走らせようと思うんだけど、どうかな?」
セロはロッテの意見を聞く。
「馬を用いない馬車!?ってもう馬車じゃありませんね。魔術で走るのなら術車でしょうか?」
「明日までは学院も休みだ。明日、車だけを購入していろいろ試そうかと思う。」
「兄ちゃん、それ面白そうだ。あたしもやる!ジルも一緒に行こう?な?」
「うん。わかった。ナナちゃんについていくね。」
「鋼の能力も検証して、使えそうなら活用しようかな。」
通信で商会に連絡を取り、荷車の購入を伝える。
最高級の物を購入して、さらに改造する予定であることも。
「そうか。なら金の心配はするな。いくらでも出すからな。ただし…。」
部活動の内容を伝え、商会の収益にも繋がる活動内容にオルガンもあっさりと許可を出した。
ただ一つの条件は、車体の目立つところに商会の名前を刻むこと。それだけだった。
「明日は忙しくなりそうだ。今日は早めに戻って休もう。」
そうして皆は帰宅の途についた。