183 飛蹴
皇宮内に戻ってきたナナ達一行は通路を歩いている。
ナナは遅れて合流したセロとロッテの間に収まり、両者と手を繋いでいた。
「こっちニャ。」
トラの案内に皆が続く。
メンバーの中で最も鼻が利くトラに皇宮内の厨房まで案内させているのだ。
「私達、こんなことしてていいんでしょうか……。」
「いいさ。俺達がやるべきことについては後でゆっくり話し合おうよ。」
不安そうなロッテをセロが宥めている。
ルージュが行く手を塞いでいた先に消えたと思われる尾行対象のポワレには、ナナの道標が付与してあるし、ジルの探知魔術もある。
一つの機会は逃したかもしれないが、再度の追跡は可能だ。
今はまだ、無理をするべき時ではないと判断したセロはそれでよしとすることにしたのだ。
「ロッテは親分が白銀プリンを食べれなくてもいいって言うのか!」
二人の間のナナは繋いだ手をぶんぶんと動かして怒りをアピールしていた。
そんなナナにとってはプリンこそがメインイベントだ。
これまでに帝国でこなしたあれこれは前座でしかない。
白銀プリンに関してはリンの了承がある。
しかし、いつ、どこで、と詳細に確約されている訳ではない。
そして今はそれらを本人に確認を取りたくても出来ない。
暴れ出したナナを宥める為の苦肉の策として厨房に行って料理人に話を聞くことにしたという訳だ。
しばらく皇宮の通路を歩いていると、向こうから一人のメイドが歩いてくる。
「あっ!」
メイドはナナ達一行を見つけると小走りに寄ってきた。
「あの、すみません。皆様はリン殿下のご友人の方々ではありませんか?」
「はい、そうですが私達に何か?」
問いかけに応えたのはロッテだ。
その手はしっかりとナナを押さえている。
「皆さん、大広間にいらっしゃったのでは……。」
「いえ、しばらく前に広間を出て皇宮内を散歩していました。」
ロッテはメイドの疑念を自然な感じで取り繕った。
「中ボスがいたんだ!」
ナナを押さえていたロッテの手がその口を塞いだ。
「ふごっ!?むぐぐ……!!?」
ばたばたと手足を動かすナナから目を逸らしたメイドは事情を説明する。
「実は、指示されていた白銀プリンが完成しましたので……。」
その言葉にナナは瞳を黄色に変化させる。
「あたしのだぞ?わかっているな?」
もぞもぞとロッテの口元の拘束から抜け出したナナは念押しした。
「皆様の分をご用意させていただいております。ご安心下さい。ただ、広間にいらっしゃると聞いていたのでそちらに運ぶようにと。」
「むん?あたしはここにいるぞ?」
「見つけられてよかったです。皆様がよければ広間にご案内させていただきたいと考えているのですが……。」
「うむ。あたしは白銀プリンを食べるぞ。」
「ではご案内いたします。こちらへどうぞ。」
メイドはお辞儀をして、先導を開始した。
ナナはとことことメイドに歩み寄り、その手を握る。
「おまえ、なかなかできるやつだな?あたし褒めてやる。子分にしてやってもいいぞ?」
「お褒めいただき、ありがとうございます。お嬢様。」
普段から上位者を相手取っているであろうメイドは、ナナの偉そうな態度にも特に思うところはないようだ。
慣れた様子でにっこりとナナに微笑むメイド。
「おまえ、何て名前なんだ?あたしは美少女伝承者のナナだ。」
奇妙な肩書きが付随していたナナの名乗りにメイドは困惑する。
「……わ、私はレヴィアと申します。」
いつも通りのナナの様子にセロは苦笑し、ロッテはこめかみを押さえていた。
その頃、皇帝を除いた皇族達や、アイギアスに賛同する貴族達の集う大広間では、皇太女リンとラシュマン大司教はいなくなっていた。
残った皇族達はリンの発言についての話し合いを続けており、広間はすっかり元通りの喧騒を取り戻していたところだった。
「もはや我々に残された時間は少ない。時を費やせばそれだけ我らの不利となる。一刻も早く南進を実行する必要があるな。」
テーブルを囲んでいたアイギアス達はそのまま南進に向けた会議を続けていた。
会議を主導するアイギアスの表情は真剣そのもの。
「皆、戦支度を急がせよ!準備が整い次第、すぐにでも侵攻を開始する!」
それは広間に集う貴族達へと向けた命令だった。
単身っでここに来ていた貴族は決意の表情で頷き、側近を連れている者は何やら指示を伝え、幾人かが足早に広間を出て行った。
「南への侵攻は当初からの予定通りだ。だがここにきて浮上した想定外の事象について話し合っておかねばなるまい。」
アイギアスはリンから出された条件によって、これからの南進計画がどのように変化するかを次の議題とした。
「貧民達の帝都脱出によって、兵力は予定を大きく下回ることになるな。」
「兄上、あくまでそれは数の話だ。貧民の徴兵を禁じられても兵の質という意味では大した問題ではない。」
ジノの言葉にアイギアスが頷く。
「なら物資についてはどうだ?」
「そちらも特に問題はない。兵数が減少したのだから食糧の消費も減少するのだからな。」
これについてもジノは問題視していない様子だ。
「よほどの長期戦にでもならぬ限り、そこは心配いらぬでしょうな。」
ダリアの傍らに立つバリントスもジノの意見に賛同する。
アイギアスは軍務を預かるジノと近衛を統括する凍将軍バリントスの言葉にほっとしたように息を吐いた。
「ならばやはり我らの勝利は疑いようがない。」
そう結論付けたアイギアスはその先を思考する。
(ジノは皇位には頓着していない。その戦果は私の功績となる。そしてデボラは囚人、考えるまでもない。)
つまりそれは、次の戦に勝利すればリンの皇位は我が物となる。
アイギアスはそのように考え、薄く微笑む。
「アイギアス殿。勝利を得られた暁には、娘の解放をお願いしますね?」
そう言ったダリアは、アイギアスの心中が手に取るようにわかっていた。
「わかっているとも。私は約束は守る。」
「娘の知識はきっとこれからのアイギアス殿のお役に立つ事ができるでしょう。」
(勝利しようと何をしようと、この男に皇位が譲られる事はないでしょう。すでに今頃、陛下はデボラの人形になっているはず。リンの出した条件についてデボラに知らせておかなければ……。)
その時、大広間の奥から複数のクローシュが載せられたワゴンを押すメイドが現れた。
メイドは誰かを探すように辺りを見回しながらワゴンを押している。
「何事だ?料理の追加など聞いておらぬぞ?」
アイギアスは煩わしそうにメイドを叱責する。
「申し訳ございません。リン殿下のお客様が所望されたというデザートをお持ちいたしました。」
リンの客、そう言われて思い浮かぶのはつい先ほどまでこの広間にいた見覚えのない子供達だ。
「ああ、あの無礼者共か。奴らはもうここにはおらぬ。」
「すっ!すみません!!すぐにお下げいたします!」
「待て待て。そのデザートはどのようなものだ?リンが客人に用意したものに興味がある。見せよ。」
メイドは慌ててワゴンを押して戻ろうとしたが、アイギアスはそれを呼び止めた。
それはちょっとした気まぐれだった。
目的が現実味を帯びてきたと思っているアイギアスは上機嫌で、気まぐれに身を委ねる程度には余裕があったのだ。
一介のメイドが第一皇子の命令に背くことなどできない。
メイドはおそるおそる、といった様子でクローシュの蓋を持ち上げた。
同時に、逆側の大扉からは戻ってきたナナ達が広間に入ってきたところだった。
てくてくと広間を歩くナナ達と、テーブルに座す皇族達の目が完成した白銀プリンに注がれる。
それは帝国の雪原をモチーフとした、白く飾り付けられたプリンだった。
「美しい……。」
アイギアスは思わず呟いた。
ジノやダリアも無言のまま驚嘆している。
「あたしのプリンだ!」
少し離れた位置にいるナナは、ようやくお目当てのプリンを前にした喜びで瞳を黄色に変色させている。
そしてそのままプリンへと駆け出そうとしたその時。
「いただこうか。」
そんなアイギアスの声が広間に響いた。
「かしこまりました。」
皇族に背くことができないメイドは無表情のまま、アイギアスの前に白銀プリンを配膳する。
それは完全に無意識の行動だった。
自分のプリンが偉そうで生意気な男に食べられようとしている、とナナの眼には映ったのだ。
ナナの瞳は一瞬で真っ赤になり、反射的に自らの足の裏に爆裂障壁を展開させた。
直後、ナナの足元が小さな爆発を起こし、その勢いのままにプリンに向けてすっ飛んで行く。
「ん?何だ?」
爆発音を耳にしたアイギアスがそちらに顔を向ける。
「わっちゃ!!!」
アイギアスが目にしたのはナナの足の裏。
次の瞬間、ナナの爆裂ジャンプからの爆裂ドロップキックがアイギアスの顔面にめり込んでいた。