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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
11 白銀帝国
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181 条件

セロとロッテがいなくなったナナを追いかけるべく広間を去った後。


アイギアス派閥の貴族達の集う大広間では歓談が続けられていた。



「温暖で肥沃な大地。まさしく富が無限に湧き出る泉ですな。」


「フフ。まさしく我らの理想郷となるでしょうぞ。」


自分達がこれから享受するであろう利益を思い、笑いが止まらない貴族達。



「……。」



そして周囲の賑わいとは逆に、アイギアスら皇族達の座するテーブルの雰囲気は暗い。


皇太女リンがこちらに向かっているとラシュマン大司教に伝えられたことで全員が押し黙り、顔色が蒼白となっている。



(その恐怖心もわからないではないですが……。)


ラシュマン大司教は皇族達の恐怖の原因となった過去に思いを馳せつつその時を待った。



しばらくして、広間の目立たない場所で、使用人たちが慌ただしく動き始めた。


「皇太女殿下、ご来場です。」


そう宣言した使用人によって大広間の扉がゆっくりと開かれ、入口に立っていたのは皇太女リン。



「!?」


広間を賑わせていた大勢の貴族達は一斉に沈黙し、膝をついた。


俯いた貴族達の表情は、困惑するその胸中を如実に示している。


これまで広間にいたアイギアスやジノと違い、皇族の中でもリンは皇太女である。


その位は皇帝に準ずるということであり、今の時点で下手に不興を買う訳にはいかない。



「自由にしていいよ。」


跪いたまま、ゆっくりと顔を上げる貴族達の中、リンは堂々と広間を進みアイギアスらの元へと向かう。



立食形式の会場にあって、アイギアス達のテーブルだけは人数分の椅子が用意されていた。


アイギアス、ジノ、ダリアは優雅に腰掛けている。


バリントスだけがダリアの背後に立っている状態だ。



「これはこれは、皇太女殿下。大司教殿からこちらにいらっしゃると聞いてお待ちしていました。」


リンが近付くと、まずはダリアとバリントスが立ち上がり臣下の礼をとる。


続けてアイギアスとジノも立ち上がり同様に。



「君は中々表に顔を出さないからね。随分と久しぶりな気がするよ。」


その態度とは裏腹に、アイギアスから発せられたのは家族に向けた気安い言葉だった。


リンはそれを咎めたりせず、にっこりと温和に微笑む。



ジノが近くにいた使用人に目配せし、慌ただしくリンの為の椅子が用意された。


ゆったりとした動作でリンが椅子に掛けると、その背後にはラシュマン大司教が立った。


それは教会が皇太女を支持しているというはっきりとした意思表示に他ならなかった。



「お兄様達も元気そうで何よりだね。」


こうして帝国皇帝を父とする兄妹の会話が始まった。



「外務卿と軍務卿の抜けた穴を埋めるのは大変だがやりがいを感じているよ。ジノも私を支えてくれている。」


「頼もしいよ、お兄様。今はバルディアをラムドウルに出しているからね。ご苦労様。」


「いや、帝国の未来を思えばこれしきの事、苦労でも何でもないさ。」


それは一言で言えば、上辺だけの友好だ。


しかし、この場にいる誰もが茶番としか思っていない取り繕った会話も然程長続きはしなかった。



ふと会話が途切れ、僅かな沈黙。


リンの表情が真剣なものに変化する。



「さて、雑談はこのくらいにして本題に入ろうか。」


席についている皇族達は息を飲んだ。


「私がここに来たのは兄様達が進めている南への追加派兵についてだ。」



ガルシア皇帝、そして皇太女リン。


二人の了解を得ていない派兵計画だ。


「君や父上に報告も無しに計画を進めた事については謝罪しよう。だがこれは私なりに帝国の未来を考えての選択なのだよ。」



アイギアスの申し開きが始まった。


「ラムドウルの制圧は成功している。しかも派兵した三軍に損害はまったくない。これについてはバルディアの手腕を評価しよう。」


「そうだね。私の自慢の側近だからね。当然さ。」


「だがその後がよくない。帝都には以降の情報が何ももたらされていないのだぞ?」



ラムドウルの制圧後、王国の戦力と対峙して、予想外に王国側の規模が大きく膠着状態になっている。


もしくは、帝国との国境側を王国に抑えられて帝都に情報を送れないという事態も考えられる。



アイギアスは様々な可能性を並べ立てる。


「王国と帝国では国力が違う。良い条件を提示されればバルディアの裏切りも考慮する必要も出てこないか?」


「バルディアが私を裏切ると?兄様はそう思うのかな?」


「あくまで可能性の話だ。バルディアではなく将軍達の裏切りでもいい。」


「うんうん。それで?」


「とにかく、様々な不安要素が考えられる今、私は早急に追加の派兵を行うべきだと決断した。」


それは迅速に行われるべきであり、ガルシアとリンに対しては事後承諾という形を取ることにしたのだとアイギアスは語った。



リンはアイギアスの言葉に思案する仕草を見せる。


「うん。まあ、それはいいよ。報告が無かったことについては咎めないさ。派兵も認めようじゃないか。」


この言葉に、アイギアスとジノは安堵した表情を見せるが、南の状況をある程度知っているダリアは油断なくリンの発言を待っている。


「南への派兵は許可するよ。ただし、これに関して貧民からの徴兵は一切認めない。」



ここで、これまで無言だったジノが口を開いた。


「生産層を維持するか。安全策を考えるのもいいが、城塞都市が陥落している今、それは悪手ではないのか?」


物資に乏しい帝国にとって、生産を維持することは重要だ。


しかしジノはそれよりも確実な戦果を優先したいと考えているようだ。



「兄様の意見はもっともなんだけどね、実は貧民達の大部分は帝都から逃亡済だから、徴兵とかできないんだよ。」


「なっ、何だと!?封鎖されている帝都から一体どうやって大量の貧民が逃亡したと言うのだ!?」


アイギアスはリンの発言に驚き、咄嗟に言葉遣いを取り繕うことができなかった。


「あれ?お兄様?私の恩恵を忘れちゃった?」


ぎくりとした表情を見せるアイギアス。


「……確かに君であれば可能だったな。だが何故だ?」


リンは微笑むばかりでその問いには答えない。


貧民達がいなくなることは、帝都の生産能力の喪失を意味する。


今度の南進では、失敗して帝都に逃亡することは出来ないのだ。



「……。」


アイギアスは焦り、それが完全に顔に出てしまっていた。


派兵を許可されたことはいい。


しかしそれが背水の陣となってしまったことは完全に想定外だった。




「派兵は許可する。けどそれにはいくつか条件を付けさせてもらうよ。」



ひとつ、貧民の徴兵の禁止。


加えて、すでに大部分の貧民達は帝都を脱出していることから、後方からの継続的な補給はない。



ふたつ、ラムドウルに駐留している三軍は都市の防衛の為に動かさない。


よって、近衛騎士団に帝都守備隊の残存兵力、それと貴族達とその私兵のみであたることになる。



リンは以上を申し付け、アイギアス達はそれに異を唱える事はできなかった。


その様子にリンは満足し、さらに続ける。



「帝国に変革をもたらすことこそが私の願いだよ。」



苦しんできた貧民達には救済を。


奪い取るだけの貴族達にはそれに見合った苦しみを。


愚かな罪人である皇族達には相応の末路を。



そんな願いを内に秘めたまま、リンは微笑んだ。



そして最後に、兄達が求める言葉を口にした。


「私は皇太女として次代の皇帝となることが約束されているけど、それは私自身が望んだ事じゃないんだ。」


「……リン?」


アイギアスは思わず疑問を返していた。


「私の皇位は中継ぎでいい。できれば此度の帝国の変革において最も功績の高い者に皇位を譲りたいと考えているんだ。」


テーブルに集った者達は驚愕し、発言したリンに視線が集中する。


「帝国にもたらされた変革の担い手こそ、初代皇帝以来となる白銀帝を名乗るに相応しいと思うんだ。その者を見定める事が私の仕事さ。」

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