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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
03 王都
22/236

020 黒幕

王都より南方、馬車で二日程度の場所に小さな村があった。



王国より発せられた双鬼党改め両面宿儺に関する警報もまだ届いていない。


そこは平和でのどかな村だった。



そう………、ほんの数刻前までは。



住居のいくつかは倒壊、炎上している。

根こそぎ吹き飛ばされているものもある。


地面には無数の血だまりができている。

人体の一部と思われる肉塊がそこら中、無造作に転がっている。


そんな村の中を二足歩行の異形が無数に闊歩している。


それぞれが異なる異形の姿の害人である。



この村は現在、両面宿儺の襲撃に遭っていた。


村は異形の害人の群れに包囲され、逃げることもできず、二人の鬼に蹂躙されている。

女達はことごとく嬲り者にされ、男達は新たな害人へと転じて鬼達の支配下に入っていた。



広がる光景はまさに地獄と言わんばかり。


行為後の女性や、幼子すら害人に生きたまま咀嚼されている。

生存している者は、もはや悲鳴すらあげていない。


ただただ、ガタガタと恐怖に震えている。




少し離れた場所。


村の外れにある倉庫の天井裏に隠れ潜み、絶望の光景を目にして声を殺して恐怖に脅える一人の少女がいた。

少女は目を閉じて、ただひたすら女神に祈る。


「助けて下さい。助けて下さい。助けて下さい。」



害人達の能力はそれぞれ千差万別。


元々耳が良かった者は大きく肥大化した耳を持ち、優れた聴覚を発揮する。

村を闊歩する害人の中にいたそれは、少女の祈りを聞き取っていた。


嗅覚に優れた男は大きく伸びて垂れ下がった鼻を器用に使って女を咀嚼している。

自分の母親であった肉を味わう害人は、その優れた嗅覚で少女の匂いを嗅ぎ取った。


腕力に優れ、勘の良かった元狩人は肥大化した筋肉による剛腕でもって自らの暮らしていた家を破壊。

頭部から伸びた長い触覚のような器官は、持っていた勘の良さを象徴するかのように少女の恐怖を感じ取っていた。




絶望の音が止んで、静寂が訪れる。


そして少女が目を開けた時、目の前にいたのは屋根の隙間から覗く無数の眼。


少女が隠れ潜んでいた倉庫は害人に包囲されていた。



「あ………。」



自らの運命を幻視する少女。

失禁していることにも気付かず、その心は恐怖の感情に塗りつぶされていく。


倉庫の屋根は音を立てて破壊されていく。

恐怖に固まって動けない少女はあっさりと引きずり出された。



「待ちなさい。」


青鬼は化け物達を制止する。


「一人だけ残しましょう。両面宿儺の恐怖を伝える者が必要です。」


害人達が包囲を解き、青鬼が代わりに少女の元に赴く。


「お前はこのまま王都へ逃げなさい。そしてこの惨劇を伝えるのです。さもなくば…。」



こくこくこくこくこく。



その言葉の続きを聞きたくない。


そんな思いからか、少女は必死に、そして何度も頷く。



「行きなさい。」


少女は足元が定まらず這うようにして王都へと走る。



助けを求める?

危険を知らせる?



彼女が思うのはどちらでもない。



ただ、死にたくない。

ここから離れたい。



それだけだった。





場所は変わり、王立学院幼年部。



ナナはすでにクラスの中心となっていた。

今日も沢山の子供達に囲まれている。



ジードル、ネイクは長期の療養を余儀なくされ、二人の家には王家より書状が届けられた。


非はそちらにある。

罪には問わないが、この件において騒ぎ立てること無きよう。


そういった内容だったらしい。



「ナナちゃん、どうやったらそんなにレベル上がるの?」

「お兄さんもすごく強いよね?」

「魔力を増やす訓練ってどうやるの?」



同時に質問され、ナナは困った顔できょろきょろしている。


「みんな、ナナちゃんが困ってるよ?順番に聞いてあげて。」


ジルが見かねて間に入る。

エトワールの姿はない。



両面宿儺の対策に追われ、学院を休んでいるのだ。


国王が精神障害の為対応できず、まだ10歳ではあるが王族が不参加という訳にもいかず、仕方のない処置だった。



セロとロッテ、オルガンも同様だ。

商会も臨時休業中である。


ナナは少し寂しかったが、ジルと一緒に学院に来ていた。


「みんなは、ようめん?怖くないのか?」

「両面宿儺だよ?ナナちゃん。」



クラスメイト達は過去の双鬼党が地方で暴れ回った実績は知っている。


「王都は大丈夫だよ。騎士団が追い払うさ。そんなことより…。」


王都が襲撃されたことはなかった為か、皆、危機感を感じてないようだった。



「今度のは王都に来るって言ってたぞ?それにすんごい強くなったって言ってたぞ?」

「ナナちゃん、あんなに強いのに怖がりなんだね。怖い人なのかって思ってたから、少し嬉しい。」


そう言ったのは、ナナと同じ付与術士のエリンだった。

亜麻色の髪を短く揃えた活発そうな印象の少女だ。


「エリンはなんで嬉しいんだ?あたしがすごいからか?」

「それもあるけど、怖い人じゃないのなら仲良くなれるかなぁって。」


「ナナちゃんは怖い人じゃないよ。とっても優しくて、お兄さんの言うことをよく聞くいい子なんだよ。」


ジルがエリンに返答する。

ナナは褒められて気を良くしたのか、そぐに増長した。


「フフフ。ジルはあたしにメロメロなんだ。あたしモテモテなんだぞ。」

「あはは、ナナちゃんおもしろ~い。」



そんな時、教室の扉が開き教師が入ってくる。


「みなさん、おはようございます。」


「「「おはようございま~す。」」」


教師が教壇に立つ。


「元気があってよろしい。今日は付与魔術の授業です。」



「付与魔術…、だと!?」


時代があたしに追いついた!!ナナは思った。

初めての付与魔術の授業だ。



「幼年部の首席のナナさんは付与術士でしたね?私も同じく付与術士です。」

「あたしと一緒だ!」


教師はにこりと微笑むと会話を続ける。


「学院長を上回る力を持った付与術士さんに教えることなどないかもしれませんが、精一杯頑張ります。」

「先生がこんな言い方をするなんて。やっぱりナナちゃんすごい。」


ジルも上機嫌になっている。

そしてエリンが手をあげて発言する。


「は~い。先生。ナナちゃんの爆発も付与魔術なんでしょうか?」

「はい、その通りです。付与術:爆裂は希少付与術として書物に記されています。」


何だ?

あたしの話か?


そんな思いを顔に出したナナはきょろきょろしている。



「希少って珍しいんですか?」


エリンは質問を続けている。


「えぇ、大変に。王国の歴史上これを行使できた者はいません。魔力量に応じた爆発を起こすと伝えられています。」


「先生、それって…、ナナちゃんものすごい人なんじゃないですか?」

「そうですね、私も教えを請いたい程です。」


ここでナナに注目が集まる。


「むん?」


「ナナさん、私を含め、皆に爆裂付与の概要を教えて下さいますか?」

「グフフフフ…。仕方ねぇ!あたしが教えてやるぜ!とう!」


そう言って自分の机の上から大ジャンプ。


くるくるくると回転しながら教壇に着地する自分を想像していたが、実際には大して飛べていない。

着地後、そんな結果に対し少し考えていたようだが、思い直して教壇の前に走り生徒達の方に振り返る。



「さぁ、坊ちゃん嬢ちゃんズよ。何が知りたいんだ?」


ナナは調子に乗っていた。

最初の質問は教師からだった。


「伝えられている爆裂付与術は、付与した物品に電流を流すと爆発を起こす、というものだったそうです。ナナさんも同様ですか?」


ナナはきょとんとしている。


「むむん?そんだけ?そいつの爆裂って、そんだけ?」

「え?どういうことでしょうか?」


あたふたする教師に対し、ナナは得意げな顔になる。



「ふぅ…。やれやれだぜ。教えてやろう、教師よ。そいつはただの雑魚だ。」


「ええっ!?一応伝説の付与術士さんなのですが…。」


伝説の付与術士を雑魚認定したお子様はにやりと笑う。


「ならあたしはもっとすごい伝説になっちまうな…。できる子はつらいぜ。」



ナナは皆の前で、任意、接触、時限、衝撃、電流、振動、荷重、連鎖。

それぞれの起爆方式での爆裂を披露する。


もちろん威力は最弱に抑えて。

すると教室中に歓声が響き渡る。


「ナナちゃん、すご~い!」


エリンも大騒ぎだ。


(え?いいのかな?言っちゃっていいのかな?)


逆にジルはそわそわしている。



「ふぁっふぁっふぁ~!!まだまだ、あたしの爆裂はこんなもんじゃないぜ!?」


さらに調子にのって指向爆裂を披露するナナ。



「フフフ…、これがしこうせいというやつだ。これがあたしの爆裂を変えた。」


クラスメイトの皆は素直にナナの付与術を称賛し、歓声を上げる。



際限なく調子に乗ったナナは使用例をいくつか紹介する。


手のひらに小さな障壁を展開。

障壁に爆裂付与して掌打。


その衝撃で起爆。


「これで悪の親玉をぶっ飛ばした。」


ジードルをぶっ飛ばした時の種明かしだ。



敵の足元に荷重起爆の爆裂。


「これは腰巾着をぶっ飛ばした。」


続けてネイクが天井のオブジェとなった時に使用した魔術の解説。



さらに大量の自在障壁を出して、動かして見せる。


「これを全部、爆撃障壁として操っておばちゃんをぶっ飛ばした。」


入学試験の時の、学院長との模擬戦の話だ。



そしてナナは教師の持っていた棒を借り受ける。

黒板に書かれた内容を指す、指示棒だ。


伸縮が可能なタイプで、ナナは密かにあの棒欲しい。と考えていた。


「この棒の先端に爆裂を付与するんだ。棒が壊れないようにしこうせいもつけるんだ。」


爆裂の衝撃が棒自体に向かわないようにする為の指向爆裂だ。



皆がナナの動向に注目している。

ナナは指示棒でジルをつつく。



つんっ。


ぽむっ。


「きゃっ。」



つんっ。


ぽむっ。


「きゃっ。」



最小威力に調整された爆裂効果は、軽く指で弾かれた程度の衝撃をジルに与える。



「そんで、爆裂付与の効果に付与術:停滞を付与して永続付与にする。すると…。」



つんつんつんつん。


今度はエリンをつんつんとつつきまくるナナ。


ぽんぽんぽんぽんっ。


「ひゃあ!」


ナナのつんつんに合わせて連続しての軽い衝撃がエリンをくすぐる。


接触起爆に設定してある棒の先端に触れた物が、つんつんする度何度も爆発するのだ。



「指向爆裂に続くあたしの必殺技。連続爆裂だ!」


教室内はさらに盛り上がる。


そして教師は開いた口が塞がらない。


「永続付与って、この子は一体…。」



いつのまにか教壇の上に乗ったナナは叫んでいた。


「イェアーー!!付与術は爆発だ!」


「「「イェアーーー!!」」」


クラスメイトもナナに引っ張られていく。

ナナの初めての付与術の授業は大変な賑わいを見せていた。



「いいのかな…?」


それに対して、ジルの顔は引きつっていた。





同時期、王都西門に全身包帯まみれの上に外套という怪しすぎる恰好の人物がいた。


ある目的の為、王立学院を訪ねてきたヨハンである。



門兵がヨハンを視認する直前、その視界が闇に染まる。


「うおっ!」


しかしそれは一瞬のこと。

門兵の視界はすぐに元に戻る。



「ん…?疲れているのか…?」


目前のいつもの光景に門兵は首を傾げるものの、異常事態とは判断しなかった。



「いや、昨日飲みすぎたか…?」


そんなことを言いながら業務にもどる門兵。



一瞬の暗闇に乗じて潜入を果たしたヨハンは、迷うことなく貧民街へと移動する。


勝手知ったる古巣だ。

足取りに淀みはない。


そしてどんどん人気のない路地へと進む。


咎人となる前はここで散々弱者から巻き上げてきた。

逆に言えば、釣り方は熟知している。



「おいおい、そこの包帯野郎。ここが誰の縄張りか、わかっていやがるのか?ん?」


三人の男達がヨハンに対し、脅しをかけつつ接近してくる。


ヨハンはある意味で安堵した。

ここは何も変わっていない。


そのままヨハンはさらに人目につかない路地へ身を躍らせる。


「おい!待ちやがれ!!」


案の定、追ってくるチンピラたち。

そして彼らは、一瞬の暗闇の中で意識を刈り取られた。



ヨハンは衣服と路銀を手に入れた。

しかし、殺害はしていない。


それをやってしまえばノルンが悲しむのではないか。

そんな気がしたのだ。



ふと、足元に這いつくばる三人に視線を送り、考える。

廃棄場に落ちる以前は自分も足元に転がるチンピラと同じ、街のゴミクズ。



だが今は違う。


偉大な主と出会い、自分は変わることができた。



「お前たちも会えるといいな。」



自分の運命に。


そう続けながらヨハンは去って行った。





学院では、食堂に皆が集まり昼食を楽しんでいるところだった。



「ナナちゃん、今日の給食にはゼリーがつくんだよ。」



ジルはそう言って、ナナと一緒に列に並ぶ。


「ゼリーってなんだ?うまいのか?」

「私は好きだけど。ナナちゃんは気に入るかなぁ?もし好きだったら言ってね、今度は私が作るから。」


ナナは瞳を輝かせてジルを見上げている。


「ナナちゃん、涎たれてるよ。」


ジルはそう言ってナナの口元をぬぐっている。



今日の献立はパンと野菜スープ。

主菜は猪肉の炒め物だった。


ちなみに肉は少なめだ。

肉を主食にしてきたナナには物足りないメニューとなる。



食後のナナはこっそり収納から干し肉を出して齧っている。


「お待たせ、デザートだよ。ナナちゃん。」


盆に二つのゼリーを載せて、ジルが戻ってきた。

ナナはその物体に目を奪われる。


「にゃむ!?」


干し肉を齧ったままだったので変な声になったようだ。

慌てて咀嚼し、ごくりと飲み込むとそのままゼリーに視線が釘付けになり、まじまじと観察する。


「半透明のプリン…!?しかも中に何かいる。こいつは一体…?」

「プリンじゃなくてゼリーだよ。中にいるのはグラン梨のゼリーだから梨の果肉。」


「これが…、ゼリーか!」


そう言ってゼリーをつんつんするナナ。

ぷるるんっと反応するゼリー。



「むおぉ!!こいつも震えやがる!!」


騒ぎを聞きつけたエリンがやってきた。


「なぁに?ナナちゃんゼリー初めてなの?」

「あたしのいたとこは肉ばっかりだったんだ。ロッテの家で食べたプリンうまかった。」


「またナナちゃんが変なこと言ってる~。」


エリンはよく笑う子だった。


ナナはすでにゼリーを食べるのに夢中だ。

ジルはそんな二人を笑顔で眺めていた。





王城、会議室。


現在も両面宿儺の対策会議は続行されている。


王都防衛プランの内容は、現在ではいくつかの変更がなされていた。



正門の防衛はビフレスト商会があたる。

爆裂矢を射かける戦力は商会の戦闘員が担当することとなっていた。


聖壁騎士団は、消耗品の補充、都民の避難誘導、全ての雑務を担うこととなった。


近衛騎士団は王城の守り。



実際、戦闘関連はほぼ商会に丸投げという防衛策だった。



しかし、オルガン自身、騎士たちが足手まといになるという考えはあった。


「褒美は期待していいんだろうな?」


そう言うだけで、とくに不平不満は零さない。



レギオン侯爵は決定事項に関して、素早く指示を出していく。


西と東の大門はすでに閉鎖が決定している。

閉鎖作業は現地にローグリア子爵が赴き、作業指示と監督を。


両門の閉鎖に合わせて、都民への連絡と戒厳令の発令は同時に行われる運びとなった。



エスト学院長もそのまま対策の助勢を申し出ており、ナナに使わせる予定の魔力回復薬の用意を担当していた。



セロはというと、ルーシアに王城の防備についての話をしているところだった。


「ルーシアさん、幸い三馬鹿は貴族区の私邸に引きこもってる。このまま、王城には入れないようにしよう。」


「わかりました。彼らは両面宿儺のターゲットになっている可能性があるんでしたよね?」

「あぁ、勘で申し訳ないんだけど、暗殺事件の黒幕と、動乱の絵図を描いた人物は同一もしくは共犯であると俺は思ってるんだ。」


セロは言葉にしなかったが、黒幕はカールレオン公爵。

そして現在も王都に共犯者が存在する。そう考えていた。


唯一、ロッテにだけはこの考えを伝えていたため、ルーシアが離れたのを見計らいロッテはセロにいくつか質問する。


「セロさん、お父様が黒幕であると思ったことに何か理由があるのですか?」


セロは悲しそうにするロッテの頭を撫でながら、


「ロッテにはつらい話だったと思う。本当にごめん。公爵のことは決定的な証拠があるわけじゃないんだ。」


そう言いながらも、セロの中ではほぼ確定した事実となっていた。




ロッテはセロに伝えられたいくつかの事実を回想する。



廃棄場には定期的に外界からの物資の支援がある。

そしてラビュリントスは虹砂の産地とされている。


これは、公爵が廃棄場の運営に関わっていると考えた理由。



脱出時に楽園は無人になっており、唯一の人間は害人へと転じていた。


これは、廃棄場から両面宿儺を外界へと手引きするための工作ではないかと疑っている理由。



「俺達が脱出したことが予定通りなのかイレギュラーなのかはわからないけどね。」


さらにセロは付け加える。


「廃棄場の運営に関わっていたのならば…。」


公爵は過去に行われていた造鬼実験も知っている、鬼に関しての知識もある。


そして極刑となるはずだった双鬼党の頭目二人を秘密裏に回収、鬼として廃棄場に送ることも可能ではないか。



これに対し、廃棄場は広大でラビュリントスからビフレストまでは結構な距離がある。

そうした観点から、公爵の動向も確認した。


「ここ最近、お父様が長期の外出をされるということはありませんでした。家の者も同様です。」


ロッテはそう言っていたが、大聖堂で魔女と呼ばれる人物が転移術を使用したことにより、それは覆された。

公爵が廃棄場で暗躍することは十分に可能となる。


それに元々、頭目二人が鬼となった時期は確定されていない。

ロッテは最近は、と口にしたが、それ以前に仕込みを済ませていた可能性もある。



そして暗殺事件に関しての所見へと話が続く。


「何故、というのは目的だった王の記憶がわからない以上、俺にもわからない。」


隠れ蓑として晶血症を選んだのは毒物の精製が容易であることと、症状に脳障害が含まれ、記憶強奪を隠す効果も期待してのこと。


おそらく、セロ達の調査の手がサブナク大司教まで及んだことは計算外。

そうさせない為の生贄が三馬鹿だったのではないかと推測している。



「だからこそ大聖堂に魔女が現れた。あれはきっと切るつもりのなかった切り札の一枚だと思う。」


魔女の使用した転移術、そして鬼すらも逆らえないであろう圧倒的な戦力を持った魔女という駒。


「隠しておきたかったんだろうな。事実、俺は魔女を見てから公爵を再度疑い、王城にその姿を見て確信したくらいだ。」


計算外を修正する為に王都に姿を見せた。セロはそう思ったそうだ。




「俺達より後に出発したのに、あのタイミングで王都に到着できるはずがない。こっちは祝福馬でかなり日程を短縮してる。」


騒がしい会議室で、回想を終えたロッテに疑惑の種を追加する。

ロッテにも反論はなく、悲しそうに俯くばかりだった。



「急いだ、と言ってましたが、急ぐ理由がわかりませんからね。」


そう言って、ロッテは顔を上げる。


「あぁ、俺達を見失ったから、ってことだったが目的地は知ってるんだ、無理をする理由にはならないと思う。」



ロッテは堪えきれなくなったのか、涙を零すと小さくか細い声で言った。


「何か様子がおかしいと思っていたんです。セロさん達の情報を得た時も、やけに手元に置きたがるかのような…。」


セロはロッテの頭を撫でる。


「おそらく、リブラの肉体から恩恵が失われていることを知って、俺達を疑っているんじゃないかと思う。」


ロッテは泣きながら、セロに返答する。


「ナナさんを守らないと。ですね。私はセロさん達の味方ですから。」


そう言って笑顔を作るロッテに、セロは微笑み返していた。





王都内、某所。


そこは光の射さない部屋だった。

部屋の中央にある燭台の灯がただ一つの光源となっている。


カールレオン公爵はその部屋で一人、椅子に腰かけて何かを待っていた。



キィ…。



扉の開閉する音がした。



一人、歩いて来る。


うっすらとシルエットが浮かぶ。


小さい。

子供のようだ。



やがて燭台の光が子供を照らす。


その顔は、ベリス・ローランド。

王立学院、幼年部の生徒である。


ナナの起こした爆発事件以来、学院に姿を見せていない人物だった。



ベリスは無言で頭を下げると、何かの魔道具であろうか、翡翠の仮面をテーブルに立てる。


そして、何も言葉を発しないまま、部屋を出て行った。

公爵も何も言わないままだ。



キィ…。



しばらくして、再度、扉が開閉する。



「やぁ、待たせたね。公爵閣下。」

「本当に待ったよ。ヴォロス君。忙しいみたいだね?」


仮面を被った人物、ヴォロスは椅子に腰かけ公爵に話しかける。


「公爵閣下程ではないさ。あぁ、サーレント枢機卿とお呼びするべきかな?サブナク君の失態をフォローするのだろう?」

「そうなるね。まったく、セロ君の有能さには脱帽だよ。あんな部下が欲しいものだ。」


「彼は幼い頃からその才能の片鱗を見せていた。そして家族の為にとそれを今も磨き続けている。」


そこで翡翠の仮面から、女性の声が発せられる。


「あら?ヴォロス?あのボーヤを知ってるの?」

「あぁ、そうだよ。廃棄場での養殖で生まれた一級品だ。」


「おやおや魔女殿?盗み聞きとは趣味が悪い。いたのなら挨拶くらいしてもいいんじゃないかな?私は美しい女性との会話が…。」


「サーレント殿?静寂が聞いて呆れますわよ?」

「いやぁ、名前負けだと自分でも思ってるよ、でも嬉しいとつい饒舌になってしまうんだ。」


「その饒舌なる静寂殿の変革もいよいよ始まりです。準備は完了。闘争による変革でしたか?帝国と連邦でも準備は進行中です。」


「実に喜ばしいことだ。皆の協力に感謝するよ。道化殿と議長殿にも礼をしなくては。」

「えぇ、まさに。私の変革も便乗させていただいておりますし、全力で助勢いたしますとも。」


「老師からも、間に合うようなら、と協力の申し出がありましたしね。楽しみですねぇ。」



「ヴォロス?獣殿は参加しないのかしら?」


「聞いた話ですが、何らかのイレギュラーが発生したようですね。そちらの対応に追われている、と。」


「あらまぁ…。」


僅かな静寂の後、公爵が発言する。


「とりあえず我々のここでの仕事は終了だ。あとは三人の抹殺を確認すれば、勝手に計画通りに事は運ぶ。」


「それではまた、次の機会に。」

「えぇ、次は蠱毒の舞台で。」



部屋の燭台の蝋燭が燃え尽きる。


暗闇となった部屋にヴォロスと公爵の姿はない。



キィ…。



音がした。


扉が開き、明かりを持ったベリスが、翡翠の仮面を回収して去って行った。





王都近郊、とある街道。


そこをフラフラしながら王都へ向けて移動する一人の少女がいた。



恰好もボロボロ。

外傷こそないが、今にも倒れそうだ。



「王都に…、王都に行かなきゃ…。」



少女は目も虚ろに、黙々と足を動かす。

それはまるで生気を求める幽鬼のようだった。



そんな少女を、ある一団が発見する。

彼らは両面宿儺の報を受け、商業都市ラッセンから王都へと避難している者達だった。



「お、おい、君。大丈夫か。」


少女に声をかけるが、少女はぼそぼそと呟くばかりで気付く様子はない。



「王都…、王都へ…。」



呟きを耳にした一団の一人が少女に声をかける。


「私達も王都へ向かっているところだ。馬車に乗りなさい。一緒に行こう。」


少女は王都という言葉に反応を示し、大人しく馬車に乗り込み介抱を受ける。

与えられた食事を必死にかきこみ、落ち着いたところで馬車の者に事情を説明する。



少女は名をリナと名乗った。


ここから南にあるシエラ村の住民であり、そこが怪物の群れに襲われた。

シエラ村から王都までの距離は、ラッセンと大差ない。



「のんびりしていられない。急ごう。」


一団は危機感を覚え、馬足を急がせる。



実際、一団が去った後、少女を拾った場所には現在害人の斥侯が到着していた。

もう少し遅ければ、彼らの未来は違ったものになっていただろう。


害人は北方に馬車の土煙を視認する。


だが追跡はしない。

命じられた通り、主の元へと帰還するべく振り返り歩き始めた。





王城、会議室では少し前まで騒がしく話し合いの声が響いていたのだが、現在それが止まっていた。


「で…、だ。おまえらいつまで見つめ合ってるんだ?会議の最中に。どうせロッテが発情したんだろう?そろそろセロを離してくれ。」


はじかれるようにセロから離れるロッテ。


「な、なな何を言ってるんですか!?オルガンさん!しししかも私が発情!?それに日常茶飯事みたいに言わないで下さい!!」


真っ赤になって両手をぶんぶんしているロッテ。


「完全にナナと反応が被ってやがる。こりゃあ図星でさらに重症だな。セロ、ロッテのパンツを見るなら今日だ。」


「なななにが図星ですか!!それにパンツは脱ぎません!!!」

「ほぅ?誰も脱げなんて言ってねぇが?ん~?本当に発情期か?んん~?」


周囲の皆もセロとロッテに注目している。


「へぇ、そうなのね?若いわねぇ。」

「私はなかなかお似合いじゃないかと思いますが。」


「セロ様とシャルが!?ありえませんわ!ありえませんわ!」


それぞれ、思い思いの感想を口にする中、エトワールはロッテを指差すと、宣言した。


「シャル!あなたに決闘を申し込みますわ!」


「「「はぁ!?」」」


もはや会議を継続できる状態ではなくなっていた。



「こりゃ続きは明日だね。」


あきらめたようにセロが呟き、それが解散の合図となった。





そして深夜。


王都中央部に流れるサシャ河の川底を移動する二人がいた。


アレクシオンが水魔術を用いて、頭目二人が先行して王都に潜入していたのだ。



すでに王都周辺に潜伏中の害人達には、指示を飛ばしてある。


(合図を待って、王都正門より王都に侵入し、蹂躙せよ。)


指令はこれだけだった。


元より、理知を持たない害人に複雑な指令は出せない。



二人の鬼は、河を出て貴族区を歩く。

目的は当然、殺処分となった三人の抹殺。



アロウズ、そしてベルシは自室で眠っていたところをあっさりと首を切り裂かれ、噴き出した血が寝室を真っ赤に染め上げる。



そして最後にネメシス宰相だが、彼は眠っていなかった。

ひどく酔っ払い、息子であるジードルに暴行を加えていた。


「この役立たずがぁ!!ラスターニの孫に負けて無様を晒した!貴様のせいで儂までもが!!」


宰相の言葉はもはや意味をなしていなかった。

しかしジードルにはどうでもいいこと。


父親が自分の失態を息子であるジードルに押し付けている。



(どうでもいい。)


ジードルの瞳は光を失い、虚空を彷徨っている。



目の前の父親こそ、真に国王暗殺を企てた者。


つまりラスターニは犯罪者の子などではなく、自分こそがそうであった。



(だがそれもくだらない。もはやどうでもいい。)


ジードルは、殴られる痛みなど感じていなかった。




「ぶっ飛ばすぞ?」



高貴なる自分に対してそう言った赤毛の平民の子供。

その顔だけが脳裏に浮かぶ。


(許さん!絶対に許さんぞ!!ナナ!!絶対に貴様を…、何があろうと地獄に叩き落としてやる!!!)


ナナの事を考えた瞬間、ジードルの瞳は怨嗟の感情に染まり切っていた。



二人の鬼はそれをじっと観察していた。


この子供は自分達と同じ。

自分達がかつて勇者に抱いた感情、それと同じものを宿している。そう感じた。



そしてジードルは目の前の光景にただ驚愕した。


おもむろに窓を破り、侵入してきた赤い鬼が父親の首を引きちぎり、死体を無造作に投げ捨てる。

そして青い鬼が、自分に囁くのだ。


「復讐を遂げたいか?」



(何故こいつらは俺の考えがわかる?)


ジードルは殴られすぎて顔が腫れあがっている為、うまく声が出せない。



「我らは勇者に復讐を果たした。だからこそお前の気持ちがよくわかる。復讐を遂げたいか?」



ジードルは二人の正体を理解した。

だからこそ今の自分が、目の前の二人の過去とどこか通じる部分も理解した。



(復讐を遂げたい。その為なら何を支払ってもいい。)


ジードルはうまく声が出せなかったが二人は理解を示してくれた。



「ならば力を分け与えよう。」


そう言って、青鬼は一本の注射器を取り出した。


濃虹水とともにヴォロスから与えられたもの。

かつて自分達の体内に注入された確実に鬼化するための秘薬だ。


それをジードルへと注入する。


その目が、焦点の定まらないものに変化する。

酔っているようだ。



「力を得るのは酔いが醒めてからです。」


そう言うと青鬼はジードルを担いで、三人は宰相の私邸を出る。


そのままサシャ河に引き返すのではなく、今度は王都の街並みの中に消えて行った。

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