170 究極乳
「コップが割れちゃったぞ?」
「親分、そこは割れちゃったのではなく割っちゃったと言って下さい……。」
近くにいたメイドの一人が素早くやってきてグラスの破片を片付け始めた。
「お怪我をされるといけませんから、ここはお下がりをお願いします。」
「ごめんなさい。」
笑顔のまま掃除をするメイドにロッテは申し訳なさそうに謝罪した。
「ほらっ!親分もちゃんとごめんなさいしないと駄目じゃないですか!」
ロッテはナナを抱き上げたままで謝罪を促している。
「むぅ、ごめんな?わざとじゃないんだぞ?だから親分悪くないんだ。」
「悪いに決まってます!そんな謝り方がありますかっ!」
ナナとロッテの周囲を取り囲んでいる貴族達は、メイドに謝罪する二人の様子を見てにやりと笑う。
使用人に謝罪する。
そのような真似をする貴族はこの場にいない。
それはつまり、ナナとロッテの身分が大して高くないのではないか、と考えたのだ。
さすがに貧民ということはないだろうが、おそらくは無名貴族。
それが貴族達の推測だった。
「おい!貴様!何をやっている!」
そうとわかれば、貴族の一人が早速居丈高に声を上げ始める。
「むん?」
ナナは貴族の怒鳴り声に対してもきょとんとした顔で首を傾げていた。
少し離れた位置では他の仲間達がさりげなく貴族達の会話を盗み聞いていたところだったが、セロはナナの状況に気付いて対処に動こうとするも思い留まる。
ワンダー・リンリンがナナ達を庇うように間に割って入ったからだ。
「彼らに何かあるのなら私を通してもらえるかなっ?」
「貴様、リン殿下の道化か。殿下に気に入られているからとて、道化風情が我等の前に立つとは無礼ではないか?」
貴族達もワンダー・リンリンのことは知っている様子だ。
リンリンは皇太女の専属道化師という立場にあるが、それは表向きには使用人ということになる。
本来は主もいない場所で貴族の前に立ち塞がることができるような身分ではないのだ。
「無礼はそっちっ!彼らはリン殿下の大切なお客様だからねっ?後で後悔しても知らないよっ?」
「おのれ……。殿下の威光を笠に着おって……。」
「ん?君達ここに何をしに来てるの?それを君達が言う?言われたくないんだけどっ?」
「無礼であるぞ!!」
「口を開けば無礼無礼って君達それしか言えないの?」
リンリンは相手が貴族であっても臆することなく無遠慮に罵っている。
相対する貴族達は不愉快そうにリンリンに怒鳴るが、それ以上の事は何もできない。
皇太女リンの名を出されてはどうにもできないのだ。
「リンリン、喧嘩してる場合じゃないぞ?あたしのプリンまだか?」
「まったく……、こっちはこっちでプリンプリンって……。」
ナナの言動に呆れながらもリンリンはセロに目線で合図を送った。
同時にセロの耳元に囁くようなリンリンの声。
「ナナとお嬢様は私に任せてっ!セロ君達は調査をお願いねっ!」
セロの位置はリンリンから見て人ごみの向こう側にあり、それなりに離れている。
にもかかわらずその声はセロ以外の者には聞こえていないようだった。
(すごいな。こんなことも出来るのか……。)
セロはリンリンの多芸ぶりに驚き、同時にその提案を了承する。
「アラン、俺達は調査を続行だ。ジル達にもそう伝えて。」
「ああ、わかった。」
セロとアランはひっそりと行動を開始した。
そして貴族達と相対しているリンリンの背後でナナが何かに気が付いた。
「あたしとリンリンが大勢の男達に囲まれている?これはまさか!?」
「どうしたんですか?親分。」
「大変だぞ!ロッテ!いつの間にか親分とリンリンの美少女勝負が始まっていたみたいだ!親分知らなかったぞ!」
「はぁ!?ナナは何を言ってるのっ!?」
「親分、そんなことは誰も知りませんし、美少女勝負なんて始まっていませんから……。」
ナナは周囲の貴族達を指差した。
「この男達は親分とリンリンの美少女ぶりを観察しているんだぞ。」
今度は貴族達があっけにとられた表情。
こいつは何を言っているんだとでも言いたげだ。
「親分知ってるんだ。男は美女のおっぱいが好きなんだ。おっちゃんが言ってた。」
「またオルガンさんは馬鹿な事を……。親分、そういうのが好きな人は確かにいるんですが、親分にはまだ早いと思います。」
ロッテはがっくりと肩を落としナナを諭している。
「おっぱいフェチというやつだな。こいつらは親分のおっぱいを狙っているんだ。」
人の話をまったく聞かないナナはぺったんこの胸を隠して危機感を抱いているようだ。
「親分、そういう心配はもう少し大きくなってから……。」
「むっ。ロッテは親分のおっぱいがぺったんこだからって馬鹿にしているな?親分が本気を出せばぺったんこでもみんな親分のおっぱいに夢中になるんだぞ?」
(みんなって、そんな特殊な性癖の人はそうそういないんじゃないかと思いますが……。)
「馬鹿になんかしていません。私は大きくなった親分はきっと素敵な女の子になっていると思います。」
ロッテはナナを優しく撫でながら答えている。
「親分には秘策があるんだ。今はぺったんこだけどこの秘策を使えば今すぐ誰もが親分のおっぱいの虜なんだ。兄ちゃんもちゅっちゅしてくるに違いないぞ?」
ふにっ。
ロッテはナナの顔面を優しく挟んで問いかける。
「親分はセロさんに何をするつもりなんですか?」
微笑んでいるように見えて、ロッテの目はまったく笑っていない。
(まさか親分はエッチなイタズラを仕掛けるつもりなんじゃ……。)
「フ……。ロッテも親分の秘策が気になるようだな。ロッテは子分だから特別に親分の究極おっぱいについて教えてやるぞ。」
ナナはいかにして自分のぺったんこのおっぱいを魅力的に見せるのか、その秘策について語る。
「親分の尻は二つに割れている。そうだな?」
「誰だってそうですっ!!」
ロッテはいきなりナナの口から飛び出した意味不明な言葉に困惑する。
しかしナナは構わず秘策についての説明を続けた。
「親分は誤認付与が出来るんだ。」
隠形付与の派生効果の一つである誤認付与のことだ。
着ぐるみを着たナナを猫と誤認させたり、その効果は立証済みだ。
「親分のおっぱいはぺったんこだ。でもすぐに巨乳になる予定だから今だけなんだからな?」
ナナは自分のおっぱいがとりあえず今はぺったんこであることを認めた。
「膨らんでないし、谷間とかもできないんだ。だから物を入れたりもできないぞ。」
「いえ、おっぱいは物を入れるところではありませんから……。」
ロッテにはナナが何を言いたいのかはまったくわからないがとりあえずその言葉に耳を傾けている。
「でも親分の尻は膨らんでいるし谷間もあるんだぞ?あとは分かるな?」
ナナは尻の膨らみを乳房に、尻の割れ目を胸の谷間に誤認させる作戦を立てているようだ。
(お尻をおっぱいに誤認させる?そんなところにおっぱいをくっつけちゃったら親分はむしろ人外と認識されちゃうんじゃないでしょうか……?)
ロッテが予想される未来を思って心配そうにナナを見つめる。
「ふふん。親分にはロッテの考えていることなんか手に取るようにわかるんだぞ?」
その心配そうなロッテの表情から、ナナは何かを読み取ったようだ。
「親分がおっぱいに見せかけた尻をちゅっちゅされた時に屁をこくんじゃないかって心配しているな?」
ロッテは呆れて物が言えなかった。
(……流石にそんな下品なリアクションは考えもしませんでした。けど親分ならやりかねません。)
「でも大丈夫だ。親分は美少女だからな。美少女は屁をこかないんだ。」
(結構頻繁にやってる気がしますけど……。)
ナナは屁をこくときに尻の向きを変える癖がある。
さらに放屁後は開放感が表情に丸出しになっているので非常に分かり易い。
皆は見て見ぬふりをしているだけなのだ。
「これが親分が考えた究極おっぱい作戦だぞ?リンリンと美少女勝負する時はこれで親分の勝利は確定なんだ。」
「勝利じゃなくて騒動が確定しているようにしか思えません……。」
そんなナナ達の会話は、隣にいるワンダー・リンリンもしっかりと耳にしていた。
ワンダー・リンリンはナナの発言に、頭痛を感じたような気がして思わずこめかみをぐりぐりと指で押さえている。
「親分、その作戦を実行するということは、親分がみんなの前でお尻丸出しになるということになりますが、いいんですか?」
ロッテの発言にナナは状況を想像し、そしてやがてはっとした表情をつくる。
「ロッテ、親分はみんなの前でパンツを脱ぐのは恥ずかしい。どうにかしろ。」
「どうしろって言うんですかっ!!?」
わかりきったことだが、そんなものに対処のしようはないというのがロッテの考えだ。
「ロッテは親分の可愛いお尻がみんなに見られても構わないのか!?親分は乙女なんだぞ!!?」
「それならちゃんと乙女らしくして下さいっ!!とにかく人前でお尻を出すとか駄目ですっ!!」
どうにもできないから尻を出すなということだ。
しかし恥ずかしがっていたはずのナナだったが何故かそこにも反論する。
「お尻を出した子一等賞という格言もあるんだ。そして親分は常に一番だ。なら親分は尻を出さなくてはならない。」
「出さなくていいんですっ!!もうっ!結局どっちなんですかっ!!?」
出したいのか出したくないのかよく分からないナナの反応にロッテの精神力は削り取られていった。