167 正装
「なんかヒラヒラでフリフリの服がいっぱいだぞ!?」
リンリンに案内された衣装部屋では、沢山の服に囲まれたナナがはしゃいでいた。
これから向かう中央広間では多くの貴族が集められ、会合の場になっているのだという。
加熱付与によって暖房機能が追加された防寒着姿ではあるが、見た目の問題から正装することになったのだ。
「あたしのバトルドレスはどれだ!?」
ナナは並べられたドレスにすっかり興奮してしまっている。
「ニャニャ、ニャンニャン用の服も探して欲しいニャ。」
「可愛い服がいいニャ。」
ミケとクルルもナナが着替えるなら自分達もと考えているようだ。
「さすがに猫用の服は置いてないと思うんですが……。」
ロッテの呟きはナナ達には聞こえていない。
「よし!ミケ達の服も探すぞ!」
そしてナナ達はさらに激しくはしゃぎ回る。
「とりあえずナナは置いといてみんなは自分の服を選んでっ!猫達の服は私がどうにかするからねっ!」
皆はリンリンに促されるままに自分用の服を選び始めた。
それを確認したリンリンはナナの元へ。
「ナナっ!ドレスは決まったかい?」
「リンリン、ミケ達の服がないぞ?何処にあるんだ?」
(いやいやいやいやっ、猫の服なんかあるわけないだろっ!?)
リンリンはそう考えていたが、それを口にしてもナナは納得しないであろうことは明らかだ。
「猫達の服は私の裁縫芸で作っちゃうから、気に入った色とか柄とかでとりあえず選んじゃってくれるかなっ?」
ナナは自分のドレスよりも先にミケ達の服を選ぶことにした。
「あたしはリンリンとの美少女勝負を控えているからな。一番セクシーなやつにするぞ。」
皆のドレス姿を確認した後、自分はもっとすごいのを選んでやろうという考えだ。
美少女勝負に関しては皆に流されてしまっていて、誰もコメントを返さない。
「ニャニャ、これがいいニャ。」
「これニャ!これニャ!」
ミケとクルルが選んだのはどちらも可愛らしい子供用のドレスだった。
青薔薇の飾りが目立つ空色のドレスを選んだのはミケ。
毛色が派手なクルルはベージュに黒のストライプが入ったフリフリのドレスを選んだ。
少し離れた位置ではセロとアランが無難に黒の燕尾服を選択していたところだった。
リンリンはトラの分として子供用の黒い燕尾服を持ってきてミケとクルルの選んだドレスと一緒にケースに収める。
「じゃあ作っちゃうねっ!」
派手なステッキを取り出すリンリン。
「ワン、ツー、スリー!」
掛け声に合わせてケースをステッキでコンコンと三回叩く。
「終わったよっ!開けてみてっ!」
リンリンはケースを叩いただけ。
「これを開けるといいのか?」
何が終わったのかさっぱり分からないナナは言われるがままにケースを開けた。
「ミケ達の服だぞ!?」
ケースの中には、ミケとクルルが選んだドレスの特徴をそのままにニャンニャンの体型に合わせたドレスが二着。
それとトラ用の黒い燕尾服が入っていた。
「何で服がちっちゃくなってるんだ!?箱を叩くと小さくなるのか!?」
久しぶりのワンダー・リンリンの手品にナナはすっかり興奮して騒いでいた。
「へへんっ!私の裁縫芸はすごいんだよっ!」
裁縫なんてやっていないはずのリンリンは偉そうに胸を張る。
取り出された三着の服はミケ達に手渡され、ナナは空になった衣装ケースをじっと見つめている。
「ふぬっ!!あちゃっ!!」
ナナはその辺の服を適当に衣装ケースに詰め込み、ケースに連続パンチを繰り出し始めた。
リンリンが出来るのなら自分も出来るに違いない。
そう考えての奇行だった。
「親分!?何をやっているんですかっ!?」
他国の皇宮で堂々と器物破損を始めたナナを慌てて制止するロッテ。
すでにドレスに着替えており、変色眼鏡も外しているので元の金髪に戻っている。
「むん?」
ナナは後ろから自分を抱きとめたロッテを見上げる。
「誰だお前は?ロッテに似ているな?」
以前にラビュリントスの迷宮を探索していた時もナナは金髪に戻ったロッテを見て同じようなセリフを吐いたことがあった。
「ロッテですっ!!前にもそう言ったじゃないですか!!」
「?」
そのやり取りをまったく憶えていないナナは首を傾げるばかりだった。
ナナとロッテが騒いでいる間に皆の着替えも終わったらしく、仲間達が集まって来る。
ちなみに、仲間達の選んだ服のサイズの調整もリンリンの裁縫芸によって瞬時に行われていた。
「むっ!みんな変身が終わったみたいだぞ!」
着飾った皆を見てナナの意識も着替えの方に向けられた。
「ニャニャ、見て欲しいニャ。」
「どうニャ?どうニャ?」
ミケとクルルも着替えが完了している。
「ミケとクルルもあたしの次くらいに可愛くなった気がするぞ。」
ナナがロッテと騒いでいる間にジルとエトワールによって着付けられたようだ。
「あたしも変身するぞ!あたしのセクシースーツはどれだ!?」
慌ただしく周囲を見渡すナナ。
「バトルもセクシーもありません!親分は普通に可愛いドレスを選んでくれればいいんですっ!」
ロッテはせめて衣装くらいは奇をてらったものではなく普通を選んで欲しいと願っている。
しばし考え込む仕草を見せたナナは燕尾服に着替えたセロを見た。
「兄ちゃん、あたしの美少女服を選ぶんだ。すごいのを頼むぞ?」
「え?俺が選ぶの?ナナはどれを着ても可愛いんだから好きなのを選べばいいと思うよ?」
「ムフフフ。当然だぞ。あたしは何を着ても美少女なんだ。」
単純なナナは可愛いと言われてすっかり機嫌を良くしていた。
「ナナちゃん、これはどうかな?」
「これなんかいいんじゃありませんの?」
ジルとエトワールがいくつかのドレスを持ってくる。
「むう……、どれもなかなかだぞ。」
どのドレスも可愛らしく、ナナは決断できないでいる。
そんな様子を眺めていたワンダー・リンリンはひっそりと小さく溜息をついた。
「なんか時間かかりそう……。」
その予想は的中し、ナナ一人のドレスを選ぶのに皆は多大な労力を支払う羽目になった。
「ロッテ、親分これに決めたぞ?これなら親分の魅力をそこそこに引き出すに違いないんだ。三倍色である赤も入っているしな。」
「……そうですか。三倍色とかは意味不明ですけど、親分が決めてくれて良かったです……。」
ロッテは疲れ切った様子で返答している。
ああじゃない、こうじゃない。
そう言って見せられたドレスをチェンジしまくるナナのせいでロッテとジルとエトワールは大変だった。
ナナにはこの色が似あう。
この刺繍がチャームポイント。
スカートの形状が斬新であるとか、腰回りのデザインが洗練されているとか。
三人は服飾商人の如くそれぞれのドレスをアピールすることになってしまっていたのだ。
「疲れたね……。」
「ええ、本当に……。」
ジルとエトワールもお互いに顔を見合わせ健闘を称え合う。
ナナはそんな三人にもお構いなしにドレスを見てうっとりしている。
赤と黒を基調としたフリル付きのドレス。
そして腰回りには大きなリボン。
ナナの要望通り仲間達が着ているものと比較しても最も派手で目立つであろうドレスだった。
「さ、親分。着替えましょう。」
ナナは一人でドレスを着たりはできないのでロッテが別室に同行する。
ジルとエトワール、そして猫達も後に続いた。
セロとアランは部屋の隅の椅子に腰かけて待つことにした。
そしてワンダー・リンリンはナナ達が入って行った別室に向けて呟く。
「赤と黒。面白い色を選んだねっ!」
どうやらナナの選択に何か思うところがあったようだった。
しばらくして、別室の扉が開くと同時に赤と黒のドレスに身を包んだナナが飛び出した。
「親分!?走っちゃ駄目ですっ!!」
ロッテの制止も聞かずにナナは真っ直ぐにセロに向けて体当たり。
ナナはそのままセロによって優しく抱き留められた。
派手なドレスもそうだが、いつものナナのおさげも解かれ、髪飾り他、複数のアクセサリーによってすっかりお嬢様っぽくなっている。
ナナには不可能なことだが、黙って大人しくさえしていれば見た目だけは貴族の令嬢と言っても差し支えない。
「どうだ?兄ちゃん。あたしも変身したぞ?」
「初めて見るけど着飾ったナナも新鮮だね。よしよし、とっても可愛いよ。」
なでなでなでなで。
セロは本心からナナを褒めちぎり、その頭を撫でていた。
「兄ちゃんもあたしに惚れ直したようだな?結婚してやってもいいぞ?」
「兄妹は結婚できませんっ!!」
追いついて来たロッテがナナを捕まえる。
「そんなだからロッテは雑魚なんだ。不可能を可能にする存在、それが親分なんだ。」
「親分、それは可能にしてはいけない事なんです。」
ロッテの言い回しはナナには難しすぎたようだ。
「ふふん。ロッテめ、親分のあまりの美少女っぷりに嫉妬しているな?」
そしてナナはこのように解釈した。
「はいはい。分かりましたから大人しくして下さい。」
ナナの言動にもすっかり慣れてしまっているロッテは何を言っても無駄とばかりに慌てず平静を保っていた。
「そうそうっ。この部屋は私の快適芸で暖かくしてるけど、部屋の外は寒いからねっ!」
皆は気にしていなかったが、衣装部屋の温度はワンダー・リンリンによって適温に保たれていた。
本来は着用していた暖房着を着替えてしまった時点で寒さに震えることになるはずだったのだ。
実際に使用されたであろう付与魔術の詳細は不明だが、ナナにも加熱付与によって同様の事が出来るのだ。
ナナ以上の付与術士であるワンダー・リンリンであれば不思議なことではないとして、術の内容は誰も気にしなかった。
「外は寒いのか?」
ナナは一言呟いた。
帝国に到着した直後の雪原の寒気を思い出した皆が一斉にナナを見る。
「ならあたしのあったか付与で服をぬくぬくにするぞ。」
ナナの付与魔術によって暖房ドレスにしてしまえば大丈夫と言うことで落ち着いた。
「一応レンタルってことになるからねっ?汚さないでよねっ!!」
皇宮のドレスに加熱付与をすることについてはワンダー・リンリンも許可を出した。
ワンダー・リンリンも付与術士だ。
ドレスの返却時に付与効果を消去すればいいとでも考えているようだ。
「あとねっ、シャルロッテお嬢様とエトワールちゃんには念の為これねっ!」
ワンダー・リンリンに手渡されたのは、目元を隠す小さなアイマスクだった。
ロッテとエトワールは王国でも高い地位にあり、帝国でもその名を知られている。
二人の人相が知られている可能性は限りなく低いと思われるが一応の用心のためだ。
帝国に入って来る物資は王国の物も含まれている。
それに現時点では南の国境門も解放されているのだ。
南側に出て行った人や物があるのだから入ってきた情報もあるかもしれない。
「まずないだろうとは思っているけどねっ!だから付けるかどうかは任せるよっ!」
二人は神妙な顔つきになってマスクを見つめる。
「あたしにもよこせ!」
そしてそのうちの一つがあっさりとナナに奪われた。
「ちょっ!?ナナさん!?何をしますの!?」
ロッテのマスクは身長的な問題からナナでは届かない。
奪われたのはエトワールのマスクだ。
ナナはすぐさまマスクを装着しポーズを決める。
「美少女仮面プリチーセブンだ!!」
「「かっこいいニャー!!」」
ナナとミケとクルルは走り回り始めた。
ロッテは肩を落とし盛大に溜息をつきながら自分の持っていたアイマスクをエトワールに渡した。