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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
03 王都
21/236

019 予兆

メリルの無罪が確定し、それから数日が経過した。



冤罪であったことは大々的に広く公表された。


ジルの父エルクも復職が可能となったのだが、エルクはビフレスト商会で働くことを希望した。

新たに非戦組の一員となり、アーキンと共にオルガンを補佐することとなった。


ジルの母も商会敷地内へ住居を移し、メリルの治療を受け順調に回復の兆しを見せている。



ナナは学院での勉学を終えると、今日も廃棄場へと狩りに出る。

同じ敷地内に暮らすジルも一緒だ。


慣れないうちはいろいろと大変だったのだが、ジルの索敵は正確で偵察の必要もない。

安全度がさらに上がり成果も上々だった。



「みんな、今日も獲物いっぱいだぞ!」


そう言って大量の獲物を解体倉庫にて収納から取り出すナナ。



解体作業の始まりだ。


倉庫内はこれより戦場となる。

邪魔にならぬよう、子供達は帰宅していく。



ビフレスト商会の店舗の改装はまだ終わっていないので店頭販売の開始はまだだ。


しかし、いくつかの工房や職人たちに害獣素材を卸していた。

性能は魔物素材を大きく上回る素材だ。高額で飛ぶように売れた。


おかげで商会員の給与は、王都民の平均の十倍以上。

何不自由なく毎日腹いっぱい食べられる。


一部の変態は娼館でエロいことしまくれる。



凄まじい勢いで成長するビフレスト商会に、王都中が注目していた。




翌朝、ナナ達は四人で学院に向かう。

大橋を渡った先にはエトワールとルーシアが待っていた。



「くるくる!?」

「おはようございます、ナナさん、いい加減そのくるくるという呼び名はやめて下さいまし。」


いつかの入学試験の時と違って、ナナとエトワールの間には穏やかな空気が流れている。


「おはようございます、殿下。」


そこに自然とジルも参加する。


「おはよう、姫さん。ルーシアさんも。」

「おはようございます。」


セロ、ロッテ、ルーシアも挨拶を交わし、皆で学院へ向けて歩き出す。



「ジルはもうレベル8だ。くるくるに並んだんだぞ?」

「はぁ!?あれからまだ数日しか経っていませんのよ!?レベルが3も上昇するなんてありえませんわ!」


ジルは自己紹介がてらにエトワールに自分の鑑定結果を見せていた為、そのレベルを知られていた。


「あたしも21になった。さらに強くなったんだぞ。」

「そういえばナナさんのレベルって初めて聞きましたわ。って21!!?どうなっていますの!!?」


そしてナナはエトワールの目標でもある。

どうやらその数字は看過できなかったようだ。


「今日もくるくるは騒がしいな。レディーは落ち着きがないとはしたないんだぞ?」


騒がしい一行は学院の門を通過していく。




そして王都の正門側。王都に向けてゆったりと進む者がいた。



あと少し、あと少し。

正門が見えている。あと少しだ。


王都正門前に馬に騎乗したボロボロの甲冑を着込んだ騎士らしき人物がいた。



相当の無理を押してここまで走ってきたのだろう。

馬も疲れきっているのか、足取りが重い。


ゆっくりと、門に向けて進む騎士。

その騎士は全身血まみれで、片腕が肩のあたりから無くなっていた。


途中で治療をしたのか、受けたのか、出血は止まっていたが、騎士の顔色は蒼白。

どう見ても、死にかけている。そんな姿だった。



「おい、大丈夫か!しっかりしろ!!」


当然、そんな騎士に門兵が声をかける。

騎士はもう意識が混濁している。門兵に反応できない。



ドサッ。


騎士は落馬し、門の前で馬とともに崩れ落ちる。



「おい!おい!返事をしろ!」


騎士はそのまま目覚めることはなかった。



門兵は騎士が握りしめていた筒を開け、中にあった布告状と記されたそれに目を通す。



「大変だ…。」


門兵は呟き、同僚に場を任せて自身は布告状を握りしめて王城へと走る。



動乱の兆しが王都に届いたのはこの時だった。




その頃、学院内練武場では戦闘行為が行われていた。



「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふん!!」


裂帛の掛け声とともにエトワールの杖から大量の火弾が放たれる。



【我が栄光の聖火】(エトワール命名)という技らしい。

火魔術:火弾を連続で飛ばすというものだ。



ナナの身体障壁には火属性無効能力が追加されている。

当然すべての火弾はあっさりと消滅する。



「ふふふふふふふふふふふふふふ…!?」


続けて火弾を量産しながらそれを見ていたエトワールの気合の声も途中で止まる。



「なんでですの!?」

「それはあたしがすごいからなのだ…。」



どうやら二人は模擬戦の最中のようだ。

ジルと学院長がそれを観戦している。



「ならばこうですわ!!」


エトワールの頭上に火球が生成される。

それはどんどん大きくなり、最大の大きさになったところで発射。



【麗しき姫の情熱】(エトワール命名)という技である。

火魔術:火球を最大威力で放つ、というものだそうだ。



ナナはそれを片手で止めようと手を出している。

そして手のひらに火属性無効化の不動障壁を展開する。



「甘いですわ!」


エトワールは咄嗟に火球の軌道を曲げ、ナナの背後から尻にヒットさせた。



ぽむっ。



身体障壁にも火属性無効の効果が追加されているのでナナ本人に何も伝えることなく火球は消滅。



「ほぁ!?」


エトワールは変な顔になって変な声を出している。



「あたし程の付与術士ともなるとこのくらいの魔術、尻で受け止めることくらい朝飯前!」

「そそそんなバカな…、って朝御飯はすでに食べた後でしょう!?何を言っていますの!?」


変なコメントのナナに対し、変な所に食いつくエトワール。



「うぅ、うるさいぞ!ば~か、ば~か!くるくる、ば~か!」

「馬鹿って言う方が馬鹿なのですわ!だから馬鹿なのはナナさんなのですわ!!」


魔術の応酬は終わり、言い争いを始める二人。



「あたしは馬鹿じゃない!!知性溢れることレディーのごとくなんだ!!」


そう言って大量の爆裂自在障壁を展開したナナは、エトワールを小さな自在障壁で包囲。


「ま、参りましたわ。降参です。」

「むっふっふ。見たかあたしの強さ!くるくるは修行が足りないぞ!」


「ぐっ、言い返せませんわ…。」



別の場所で観戦していたルーシアも学院長とジルに合流していて、現在は三人で模擬戦の感想を話している。


「殿下もすごいけど、ナナちゃんはもっとすごい…。」

「本当ねぇ。彼女、おそらく障壁の無効属性を変更できるみたいね。」


障壁の無効属性の変更。

自分で口にしていながらも学院長はそのような魔術は聞いたこともない。


「そのようですね。しかも彼女は鑑定の魔眼持ち。単一属性の術士では彼女に手も足も出ないということになりますか。」


ルーシアの言う通り、ナナは鑑定することで相手の使用する魔術の属性をあらかじめ知ることができるのだ。


「そうなりますね。せいぜいが風と雷に適正のある風魔術士くらいしか、ナナさんとまともにやり合えないということですね。」


純粋な魔術戦となれば、学院長の推測は正しいということになる。


「しかもナナさんは付与術士。その力を味方に付与することが可能です。」


とんでもない才能が現れたものだと顔を見合わせる学院長とルーシア。



「そして彼女の魔力量を考えると、障壁自体の強度もすごそうです。」


ここでジルが聞いた話ですが、と補足する。


「なんでもオルガンさんが全力で殴ってもビクともしなかったそうですよ。」


ここで二人がジルに疑問を投げる。


「そういえばオルガンさんって商会長のごつい人ですよね?強いんですか?」

「えっと、一応セロさんより強いそうです。」


セロの強さは二人も目にしている。


「え!!?あの子よりさらに!?あそこの人達ってどうなってるの!?」


ジルは返答に困り、とりあえず学院の評価にあわせ、オルガンが主席でセロが次席と説明する。

一般戦闘員のメンバーは皆が学院長やローグリア子爵と同程度であると伝えた。


「何なのその異常戦力は。一体何者なのかしら…?」

「皆さん、遠い異国から来られたとか言ってました。」



ジルはロッテに言われていた通りに誤魔化していた。

会話の内容もナナの付与術に焦点をおいたものに戻る。


「それにあの爆発の付与魔術、威力もものすごいですよね?」

「私の岩壁も簡単に爆砕してくれましたしねぇ。」


ルーシアの発言に学院長も同意する。


「毎日の狩りでも、レベル50とかの魔物を一撃で爆散させてましたから。」


ここでジルは自分の失言に気付く。


「毎日レベル50の魔物を狩る!?貴方達何をやっているの!?」

「それにそんな魔物、一体どこに…?」


詰め寄る二人の追及を必死に誤魔化すジルだった。



「学院長!学院長はいますか!?」


練武場に慌ただしく職員が飛び込んでくる。


「どうしました?そんなに慌てて。」

「緊急事態につき、至急登城を。と伝達がありました。近衛騎士団長殿と王女殿下。ビフレスト商会の方々も。とのことです。」


三人は顔を見合わせる。


「なんなんでしょうね、緊急事態って。」



ナナ、ジル、エトワール。

そしてエストとルーシアはセロとロッテに声をかけ、王城へと向かうのだった。



到着した城内は慌ただしく、まるで戦の準備でもしているかのような物々しさだった。


「何なんだ?どっかの国でも攻めてきたのか?」


セロは城内の様子に思ったままの感想を吐き出す。

それに対しロッテが得意の解説を。


「あるとすれば北方の白銀帝国くらいでしょうか?でも国境の騎士団領からはそういった報告はないはずなんですが。」



玉座の間に到着する。


国王はいない。三馬鹿も同様だ。


待っていたのはレギオン軍務大臣。

そして杖をついたローグリア子爵だった。



まずはローグリア子爵に怪我をさせたことを謝罪するセロ。


「あぁ、こちらこそだよ。この怪我は君を侮っていた自分に対する戒めのようなものだ。気にしないでくれ。」


セロは苦笑しつつ、子爵と握手を交わす。

そして、エトワールに声がかかる。


「緊急事態です。王女殿下。」


そう言ってレギオン侯爵はエトワールに布告状を渡す。


「何なんですの?」


ぼやきつつエトワールがそれを読み上げる。




両面宿儺よりグランシエル王国へ布告する。



我らは復讐に舞い戻った者達。


かつて我らは双鬼党を名乗り王国を蹂躙せし者。



力尽きて、処刑され。


そして廃棄場で復讐する為の力を得て本物の鬼となった。



王国のすべては我らの復讐の対象だ。


そしてすでに勇者への復讐は完了している。



無残に引き裂いてやった勇者同様、次はこの王国を蹂躙する。


我らに挑む次なる勇者あれば歓迎しよう。



赤鬼、ラダマンティス

青鬼、アレクシオン



エトワールの布告状を持つ手が震える。


「すでに公爵領の一部地域で被害が出ております。主に南部開拓地周辺が特に酷い状況であると大公閣下より伝達がありました。」

「お父様…。」


心配なのだろう。

報告を耳にしたロッテの顔色が悪い。



「すぐに近衛、聖壁両騎士団による軍議を始めたいと考えております。殿下も同席下さい。」

「わかりましたわ!」


真剣な表情で返答するエトワール。



「あれ?どうした?」


逆に状況がわかっていないナナは挙動不審だ。

辺りをきょろきょろと見回している。



よくよく見れば、ナナとセロ以外の全員の様子がおかしい。


「なんでみんな震えてる?こわいのか?」

「双鬼党ってのがそんなにやばいのかねぇ?あの自称勇者に討伐された野盗団だろう?雑魚の匂いしかしねぇ。」


そう言って、セロはエトワールから布告状を借りて読み始める。

そしてみるみるセロの表情が真剣なものへと変化していく。


「廃棄場で鬼に…?ってことはこの両面宿儺ってのはあいつらか!ナナ!やべぇ!商会に戻るぞ!対策会議だ!」


「両面宿儺を知ってる!?セロさん、それは?」

「姫さん、両面宿儺の情報、少しならあるよ。一緒に来るかい?」

「お願いしますわ!ってこちらでも軍議がありますわ、ちょっと待って下さいまし!」


レギオン侯爵がセロに声をかける。


「オルガン氏をすでに招聘している。セロ、少し待ってくれ。」

「そうなのか。じゃあこっちでやるか、対策会議。」


やがてオルガンが到着し、皆で会議室へと場所を変える。




そして城内の会議室。


現在この部屋で両面宿儺に対する会議が持たれていた。


「えっと、まずこの両面宿儺って名乗る奴らについて知ってることを伝えます。」


セロは自身の推測も織り交ぜつつ説明していった。



おそらく両面宿儺は、双鬼党という野盗団の頭目二人が廃棄場に落とされ、そこで鬼となり新たに結成された集団である。

頭目である二人の鬼は、レベル90以上と予想される。

そして兵隊である害人はレベル50~70くらいと見られる。


(俺達が廃棄場を出る時に追ってきた集団がそうなんじゃないかな。通路は爆破して塞いだはずなんだけどな…。)



注意事項として、頭目の二人の鬼は、人間を害人に変化させる薬品を所持している可能性がある。

その対策としては、浄化と解毒。

これを、全員は無理でも鬼と対峙する者には確実に必要。



ここまでセロが説明した後、学院長から質問が飛ぶ。


「ちょっと待ってくれない?その鬼とか害人とか、レベルおかしくない?ちょっと信じられないんだけど。」

「むむ!兄ちゃんが嘘つきって言うのか!!」


ナナが暴れはじめる。


「ナナちゃん、落ち着いて。」


ジルがナナを宥め、学院長も弁解する。


「ごめんなさい、ナナさん。そんなつもりはないのよ?ただ、そんな高レベルの存在を見たことがないものだから。」


廃棄場を知らない者達は皆、それに同意する。



「しゃあねぇな。」


オルガンの言葉にセロも頷く。


「実は俺ら、廃棄場生まれなんだ。」



そして虹雨、害獣、害人、鬼、咎人。そしてそこから脱出してきた経緯等、皆に分かり易く説明していく。



「廃棄場の者はそれでそんなにレベルが高いのね。厳しい環境でこそ。そういうことなのでしょうね。」


学院長も納得したようだ。



「廃棄場でかつて王として君臨していた氷の魔王リブラのレベルは126だ。だがそいつも何者かに殺害されている。」


オルガンはさらなる強者の情報を暴露する。


「まぁ、上には上がいるってこった。鬼達のレベルも決してハッタリなんかじゃねぇ。」



ここで進行役のルーシアが発言する。


「では、ここから両面宿儺に対しての防衛策です。何かアイデアのある方は?」


レギオン侯爵が発言する。


「まず、害人の対処から考えてみる。戦力比で言えばどの程度のものなのか、オルガン氏に意見を聞きたい。」

「戦力比てのはよくわからんが…、害人は商会の戦闘員の皆であれば多数で一体にかかれば屠れる。」


オルガンは続けて語る。


「俺やセロなら一対一でも屠れる。ナナもいけるだろうが一発でも攻撃をもらえば即死だ。単騎でやるのは俺とセロだけにしときてぇ。ナナは皆の強化と援護だな。」


セロが説明を補足する。


「害人は、変異元になった人間の能力を継承する。つまり、個体差がかなり大きいと思っていい。」


そしてさらに必要と思われる情報も追加した。


「それと、戦力増強のために、虹水を所持しているかもしれない。基本的に、虹水は人体に対して猛毒。対策は基本的に浄化。」


ここまでの説明を聞いて、皆の表情は暗い。



「騎士団の戦力だと、害人を相手にした場合どうなる?」


ここでレギオン侯爵が聞きたかったことを発言する。


「やめとけ、死体が量産されるだけだ。それに俺らだって害人が群れていたら被害をゼロにするのは厳しい。」


オルガンの返答に皆の顔に絶望の色が浮かぶ。



「でも策がないってわけでもない。」


セロの発言だ。これに皆が注目する。


「奴らを狩りだすのは無理だけど、王都の防衛ならやりようはある。」


ロッテは目を輝かせてセロを見ている。皆も同様だ。



「例えば…。」


そしてセロが語った作戦は、王都の城門を正門を残して全て封鎖し、敵戦力を正門に集めて城壁で敵を受け止める。


攻撃手段は害人であろうと一撃で爆散させるナナの爆裂付与。


正門前に地雷型トラップを設置して足止め。

城壁の上に弓兵を配置し、全ての矢に爆裂付与。


害人には知性はない為、これで簡単に殲滅できると推測した。


さらに、予想外の動きを見せた個体等、不測の事態には自分とオルガンが対処するとした。



「おおおおお!!」


周囲から喜びの歓声があがる。



「でも懸念材料もある。」


いくら膨大とはいえ、あくまでナナの魔力は有限。

敵の戦力が不明であるうちは楽観できないこと。


そして鬼についてはノープランである。

一人に対して皆でボコる。なんてことができない限り攻略は難しいこと。


鬼のどちらか、あるいは両方が害人を操る術を持っている。

害人が戦術的な動きを見せた場合、戦況は予想できないこと。



「こんなとこかな?」


語り終えたセロは座って飲み物を口にする。


皆がセロの献策にいたく感心しているようだ。



「見事だ、セロ。その年齢でよくもまぁこれほどの作戦立案。素直に称賛させてもらう。」


レギオン侯爵は褒め称える。

その横でルーシアも頷いている。



「いや、ナナに頼り切りの作戦だよ?俺がもっと強ければこんなこと提案しない。苦し紛れだよ。」


その頼られているナナは瞳を黄色にキラキラさせていた。


「兄ちゃん、かっこいい。」


兄を見つめてそんなことを言っている。



ロッテはぼ~っとしてセロを見ている。


(セロさん、素敵です。)


そして面倒なことに、エトワールまでもがセロをハートマークの瞳で見つめていた。


(セロ様…、もしやこの殿方が私の運命の王子様なのではありませんこと!?)


セロは何故かブルっと震えていた。

そしてそのまま続ける。


「万一の保険なんだけどね?ナナは転移魔術が行使できる。一応、迷宮都市あたりに避難できるよう、門を設置しておこう。」


「「「転移魔術!!?」」」


皆がさらに衝撃を受ける。


「フフフ。あたしはすごいんだ。ジル、惚れ直しただろう?」

「私はナナちゃんが大好きだし、すごいのも知ってるよ。」


ジルは上機嫌にナナを抱っこしている。

そしてオルガンが実践を促す。


「論より証拠だ。ナナ、見せてやれ。」

「おうよ!」



そしてエトワールの足元に転移門を開いた。


「ほふぅ!?」


妙な悲鳴と共にエトワールがすぽ~んとどこかに落ちて行く。


しばらくして、だだだだだ、と騒がしい足音が響きエトワールが戻ってくる。


「何をしますの!?ナナさん!」

「くるくるダイブ。ふふん。」


ナナは胸を張る。


「ふふん。じゃありませんわ!!」

「ふふんふふん。」


さらに胸を張る。



「ムッキイイィィィ!ふふんふふん。でもありませんわ!ありませんわ!!」


ナナは自覚していなかったがエトワールのリアクションを好ましく思っていた。


「騒がしいくるくるだ。実験台に選んでやったのにあたしの選択にケチをつけるのか?。」

「つけるに決まってますわ!!いきなり落とさなくてもよろしいのではありませんこと!?」


「あたし、びっくりした時のくるくるの変な顔と変な声好きなんだ。面白いから。」


そしてそれを口に出していた。


「私は変ではありませんわ!!淑女ですのよ!?」

「ほふぅ!?とか言ってたぞ?」



騒がしい二人をよそに学院長が呟く。


「本当に転移魔術なのね…、なんて子なのかしら…。」

「ですね。転移魔術なんて物語の中だけのものかと思ってました。」


ルーシアがそれに返答する。



「ナナの転移術は秘匿しておきたいんだ。みんな、頼めるかな?できれば王家秘蔵の魔道具ってことにしてほしい。」


セロの提案に対し、レギオン侯爵は意図を酌んでくれたようだ。


「あぁ、だろうな。その方がいい。殿下もよろしいですかな?」

「ぐぬぬ…。わかりましたわ。」



進行役のルーシアが会議を仕切りなおすべく発言する。


「それでは、基本的にはセロさんの提案したプランで。あとは提示された懸念材料について煮詰めていきたいと思います。」



会議が再開される。


しかし、鬼に対する決定的な対策は出ないまま最初の会議は終了となり、皆は家に帰っていく。





一方、以前に廃棄場を飛び去ったティータ達三人だが、廃棄場より北西に広がる広大な荒れ地にいた。



そこはサミュール連邦の国土であるが、その厳しい環境から誰も近寄らない。正に無人の荒野だった。


地表には無数の、そして巨大なひび割れが走っている。

それぞれが深い渓谷となっていて、それこそ身を隠す場所はいくらでもあった。


そんな渓谷の一つから煙が昇っている。

無人のはずの荒野に火を起こす者がいるのだ。



そこには、虹色の少女ノルン、翼持つ魔王バスティータ、そして緑鬼ヨハンの三人が焚火を囲んでいた。



火の脇には生物の死骸。

三人は荒野で発見した魔物を狩り、それを喰らっていたようだった。


ノルンは食事に満足したのか、幸せそうに寝息を立てている。



「さて、と。」


ヨハンからある程度の知識を得たティータはこれからのことを考える。


「ノルンにはどこか落ち着ける拠点が必要だ。」

「はい、俺もそう思います。」


「しかしだ、この世界には、ノルンを狙う者がいる。最優先はそいつにノルンの存在がばれないこと。」



「え?」


ここでヨハンは疑問を正直にぶつけた。


「敵ですか?しかしノルン様やティータ様をどうにかできる者がいるとは思えませんが。」


ティータはヨハンを真っ直ぐに見据えると、必要とされる知識を与える。


「いいか、ヨハン。この世界には恩恵というものがある。そしてその恩恵には特別な恩恵、というものが存在する。」

「は、はい。」


「たとえば私の空の魔王。これと似たような恩恵を持つ者は世界に十人存在する。七柱の魔王と三人の勇者ってやつだな。」

「え?初耳です。そんなに…?」


ティータは自信ありげに笑みを作る。


「だがまぁ安心しろ。その十人の中に私を上回る者はいない。おそらくな。」

「分かるのですか?」


「この十の恩恵は特殊で、宿した者が完全に消滅すると別の誰かに宿り、十という数を維持する。」



これまで無数の代替わりが起こった。

それぞれの恩恵が現在何代目にあたるのか、記憶にも記録にも残ってはいない。


当然、それぞれの強さは恩恵を宿す者の強さに大きく依存する。

強い魔王はより強く。弱い勇者は簡単に殺された。



「私はな、この恩恵が世界に生まれた時にこれを宿した。つまり私だけは初代の空の魔王。最古の魔王という訳だ。」



ごくり。



ヨハンは喉を鳴らし、ティータの説明を聞く。


「この恩恵は、宿す者のレベルに影響を与えない。つまり、勇者や魔王になったからレベルが上昇する、なんてことはない。」


つまり、長い年月をかけてレベルを上昇させたティータには他の魔王や勇者は及ばない。

単純ではあるがそういうことらしかった。



「だがそれも絶対じゃない。世界には私の想像すらしない恩恵を宿す者がいるんだ。お前も留意しておくんだな。」


「それは…?」


「例えば、見聞きしたことはないが、急激にレベルを上昇させる恩恵があるとすればどうだ?」

「私はそんな恩恵は聞いたことがありませんが…。」


「それは確実にいないということじゃない。もしかしたら、新たな魔王や勇者の中には私を超える者もいるかもしれない。」


ヨハンはごくりと唾を飲み込む。



「まぁ、油断はするなってことだ。話を戻すぞ。私達を害することができる者、これは結論から言うと確実にいる。」


「え?そのような高レベルの存在は聞いたことがありません。」


「知らないだけだ。確実にいる。実際、お前は私達のことを知らなかっただろう?」

「確かにそれはそうなのですが…。」


「それにな、レベルが低ければ安心かと言えばそうでもない。」


「え?」


この発言にはヨハンも驚いた。

戦闘においてレベル差というものは絶対に覆せないものと考えられているからだ。



「仮に私達より高レベルがいないとしても、それは敵がいないということにはならないんだ。」


ティータは続けて語る。


「ヨハン、特殊な恩恵ってのはそれだけじゃない。中には、私達が想像だにしないようなものもあってな。」

「はい。」


ヨハンは真剣だ。


二人を害する者は絶対に認めない。

その決意が現れていた。



「どれだけレベル差があろうと相手に致命の一撃を加えられる。そんな恩恵も存在するかもしれない。」


そして…、ティータはさらに続ける。


「低レベルの雑魚であっても、どんな攻撃をされようと絶対に死ななくなる恩恵。そんなのもあるかもしれない。」



ヨハンはティータの話を十分に吟味する。

ティータはそんなヨハンに問いかける。


「ノルンの能力は確認したろう?絶対無敵の存在、そう思わなかったか?」

「はい、もはや能力の次元が異なる。比肩しうる者は存在しない。そう確信しました。」


「それは間違っていない。私もそう思う。だがそれをひっくり返す出鱈目な恩恵を宿す者が必ずいる。忘れるな。」


ヨハンに向けて真剣な面差しで念を押すティータ。



「実際に、ひっくり返された私が言うんだ。間違いない。今でも確実にそいつはいる。」


同じく真剣に考えるヨハン。

そして、間を置かずに結論を口に出す。


「ならばノルン様の存在は秘匿せねばならない。」

「あぁ、そうだ。」


ティータも同意する。

ヨハンはその為の手段や方法を素早く模索していく。


「であれば、まずは変色、もしくはそれに準ずる魔道具を入手し、ノルン様の外見を隠すことが先決でしょうか。」

「ほぅ、可能ならありがたいな。あとは鑑定の阻害だ。世には魔眼なんてもんがある。用心は必要だ。これを最低一個。ノルン用だ。」


「そうですね、ならまずはそれらの入手を目標にしましょう。」

「そうするか。ならばその為には…、サミュール連邦で魔道具を探すか?」


魔道具というものは決してその絶対数は多くはない。

闇雲に探しても、望む効果を持った魔道具を発見するのは至難の業だ。


「もしくは、探知魔法の恩恵を持つ者に協力させ、目的の魔道具を探させる。こちらが確実かもしれません。」



ヨハンの提案に対し考え込むティータ。


「私にはあてはないぞ?目覚めたばかりだしな。」


そんなティータにヨハンはさらに提案する。


「逆方向になってしまいますが、王国にある王都、そこには王立学院という教育機関があります。」

「学校ってやつか。」


「はい、そこは恩恵を宿した子供を育成する機関。生徒の宿した恩恵の記録を漁れば、探知魔法を持った者も見つかるかと。」

「ふむ、それが早そうだな。なら王国に飛ぶか。」


「ノルン様を外敵から隠す、潜伏先を選ばねばなりません。」

「お前は王国の人間だったな。条件のよい場所に心当たりはあるか?」


ヨハンは当時の記憶を懸命に辿る。


「街中がよいとか、なにか条件はありますか?屋外でも大丈夫でしょうか?」


「魔道具を揃えるまでは人目は避ける。」

「なら、王都の北側、グランシア山脈に一時潜伏しましょう。奥地にはほとんど人は寄り付かないはずです。」


「で、私が翼を隠して王都のその学院ってとこに行くわけだな?」

「いえ、私が行きます。」


ティータは怪訝な顔でヨハンを見る。


「お前、肌の色、完全に緑だぞ?角はどうすんだ?引っ込めてもよく観察されればばれるだろ?」

「変装します。外套を着こみ、肌の露出部や頭には包帯を巻き、冒険者くずれの怪我人を装います。」


「それで大丈夫なのか?たしかに私は隠密行動とか柄じゃねぇから助かるが。」

「ティータ様には万が一に備えてノルン様の傍にお願いします。」


「あぁ、そうするよ。一応、山の上からお前のことも見といてやる。」


ティータの魔眼:望遠は、かなりの遠方まで精密にとらえることができるそうだ。


「ありがとうございます、ティータ様。」


「しかし、鑑定の魔眼はどうする?変装関係ねぇだろ?」

「その場合は強引な手段をとるしかないですね。私の記憶だと、今の私をどうこうできる者は王国におりません。大丈夫です。」


「ならいいがな。用心はしろよ?」

「ノルン様の秘匿が目的なのですから、お二人は山脈に隠れて、決して出てこないで下さい。」


「あぁ、のんびりさせてもらうよ。」



そして、翌朝。


ティータは片手でノルンを抱き抱え、ヨハンの首根っこを掴む。


「んじゃあ、行くか!」


方針が定まり、目的もはっきりしたせいか、ティータは上機嫌に翼を羽ばたかせる。


荒野の渓谷の一つから轟音と共に凄まじい粉塵が舞う。

まるで何かが爆発したかのような、空の魔王バスティータの離陸時の衝撃であった。



そして、地上から視認することができない高度まで上昇し、高速飛行を開始するティータ。


三人は目的達成の為、王国へ向けて猛烈な速度で飛翔するのだった。

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