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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
11 白銀帝国
208/236

165 追加依頼

「君達にとってはあまり愉快ではない話題だろうけど。」


そう前置いてからリンは話し始めた。



「私はバルディアから南方国境線の解放や、ラムドウル制圧の報を受けて考えてみたんだよ。」



それは、以降の白銀帝国がどのような反応を示すか。


その予想はすでにバルディアからも語られている通り、帝国残存兵力による攻勢だ。



「救出依頼そのものに変更はないよ。ただ、帝都の封鎖と戒厳令は予想していなかった。だからこそその舞台裏が知りたい。」


可能な限り多くの貧民を救いたい。

だからこそ予期せぬトラブルの芽は摘んでおきたいというのがリンの主張だ。


「仕事を増やしちゃうみたいで心苦しいんだけどね、その辺に関わったであろう者達の調査にも協力してくれないかな?」



そしてその調査に必要と思われる情報も追加された。


リンは指を三本立て、簡単な帝国内の勢力分布から説明する。



「まずは白銀帝国の大部分を占める、最大勢力。これは貧民だね。」


彼等は帝国の基本的かつ最大の労働力であり、生産を担う者達だ。

まさしく帝国の生命線とでも言うべき重要な存在なのだがその待遇は劣悪。


もう一つの勢力である貴族達によって搾取され、日々の食事にも困る困窮ぶりだ。


白銀帝国の最大の死亡要因である餓死と凍死によって着実にその数を減らしている。



「数は多くとも戦う力を持たない彼らはそんな理不尽を変革することが出来ない。」


武器を持てず、戦う技術や知識を得られる環境もない。


ごくまれに出現する、力を手にした貧民も騎士卿として爵位を賜ることで貴族に取り込まれる。


「つまり貧民は弱いまま。ただひたすら働いて貴族達に奪われるだけの日々を送っているということさ。」



貧民の状況についてはこれまでも聞かされてきたことだ。

リンの言葉に対し、皆はそれを反芻するかのように頷いた。



「次に貴族だ。帝国で最も戦力を保有している勢力になるね。革命でも起こせば簡単に皇族を皆殺しにできるよ。」


ただしそれは貴族達が一丸となって蜂起したと仮定した場合の話だ。


自らの利益を第一と考える彼らは一つに纏まることなどできず、それぞれが支持する皇族をかつぎ上げ派閥抗争に明け暮れる毎日だ。



「私が依頼した救出対象からも分かる通り、私は貴族に救うに値する価値を見出していない。ごく一部を除いてね。」


貴族もまた帝国民であることに変わりはない。

それを簡単に切り捨てるリンの発言に、テーブルを囲む者達はどこか冷たいものを感じていた。



「最後に皇族。私が言うのもなんだけど、帝国で最も救われる資格のない者達だと思う。」


リンもまた皇族の一人であり、救出対象には皇帝とリン、二人の皇族が含まれている。



皆は怪訝な表情でリンに注目していた。


「何を言っているんだろうって思ったかな?でもこれが私の偽らざる気持ちってやつなんだ。」


喋り続きだったリンは一呼吸置いて紅茶を口に含む。



「殿下はねっ。皇族に迎え入れられてからまだ一年も経っていないんだよ。それまでは貧民として厳しい生活に耐えていたんだ。」


休息を入れているリンに代わって、ワンダー・リンリンが説明を引き継いだ。



「恥ずかしながらね。貧民だった母親が亡くなって、しばらくは頑張っていたんだけど結局父親である陛下を頼ったという訳なんだ。」


カップを手に持ったまま、ばつが悪そうにリンも説明を補填した。



現在は皇太女という立場にはあっても、人生の大半を貧民として過ごしてきたリン。


そんな彼女は皇族や貴族に対してはネガティブな感情が強いのだと言う。



このあたりで、難しい話にすっかり退屈してしまったナナがテーブルの上に置いてある本に手を伸ばす。


直前までリンが読んでいた楽園からの追放というタイトルの本だ。



「あたし暇だから本読んで待ってるぞ。読み終わるまでに白銀プリンを出さないとお仕置きなんだからな?」


重要な会談だったはずがナナは暇だからという理由で離脱。


(お仕置きされるのは親分です!後でしっかりとお説教してやらないと!!)


プルプルと震えながらロッテは密かにナナへのお仕置きを決定する。

さすがに他国の皇太女の前では自重するようだ。


「ジル、親分をお願いします。」

「はい。しっかりと見ています、シャル様。」


テーブルを離れる訳にはいかないロッテはナナの事をジルに任せることにした。



ナナは少し離れた位置でミケの生み出したベッドサイズの肉球の上に寝そべり、足を動かしながら本を読んでいる。


「我らが栄えあるグラシアル帝国もついに終わりの時を迎えた。悪魔の軍勢はすぐそこまで迫っている。ヒャウ!!」

「ナナちゃん!?大事なお話し中なんだから声に出して読んだら、めっ!!それとヒャウ!って何!?そんなこと書いてないよね!?」


早速ジルに注意を受けているナナだったがきょとんとしている。



どうやらよくわかっていないようだ。




「話を戻すけど、国を主導しているのは皇族。そして私以外の皇族は現在五人。次はこの皇族について話すね。」


リンは白銀帝国を治めるグラシアル皇室の説明を始めた。



皇帝、ガルシア・ヴェイン・グラシアル。


彼の発言で国が動き、彼の決定に誰も異を唱えることはできない。


「けど戒厳令や帝都封鎖は陛下の決定ではないよ。」


リンはそのことに確信を持っている様子だ。


「そうだねっ!失敗を恐れるあまり、何もしない皇帝って揶揄されてはいたけどっ。」

「ええ。陛下は南の温暖な領土を求めてはいましたが、貧民達生産層の重要性も理解していた。私もそう思います。」


ワンダー・リンリンとラシュマン大司教もリンと同意見のようだ。



第一皇妃、レイシア・クラン・グラシアル。


アイギアスの母親であるが、こちらはすでに故人だ。


少し前に皇宮内で起こった皇位継承権を巡る騒乱の折に死亡している。


「これはねっ!皇族になったリン殿下がいきなり皇位継承権一位になっちゃったから、殿下を暗殺しようって試みだったんだよっ!」


リンの説明にワンダー・リンリンが続く。


(ん?直前まで貧民だったリンさんがいきなり皇位継承権一位?その辺の経緯って聞いてもいいもんなのかな……?)


セロは暗殺云々よりもむしろそちらが気になった。



第一皇子、アイギアス・クラン・グラシアル。


皇太女の後見人にして内務卿代理を務めるリンの兄の一人。

皇帝が表に出てこない今、帝国を動かしている人物ということになる。


戒厳令と帝都封鎖が皇帝の命令でないのであれば、それが可能な人物はもはやこの男しかいない。


「私の救出依頼の最大の障害になる人物、になるのかな。今のところは。」


リンはまだまだ余裕のある表情で淡々と話す。


「でもさっ、殿下っ。こいつがって決めつけるのもよくないよっ。裏でこいつに指示してる奴とかいるかもしれないしっ!」


「そうだね。リンリンの言う通りだ。でも私と陛下以外にそんな奴いるかな?」


アイギアスは現状、皇帝であるガルシアと皇太女であるリンを除けば帝国のトップと言っても過言ではない地位にある。

立場的にもアイギアスに命令できるのはガルシアとリン以外には存在しないはずなのだ。


「そのような者がいるとすれば、他の皇族の誰かと考えるのが妥当でしょうね。」


命令ではなく、助言という形をとってアイギアスをうまく操作しているということであれば他の皇族にも可能であるという考えだ。


リンの疑問についてラシュマン大司教はこのような推論で返していた。



第二皇妃、ダリア・アンボロサ・グラシアル。


第一皇女デボラの母であり、今現在生存している唯一の皇妃だ。


娘であるデボラが地下監獄の下層に幽閉されて以来、あまり表に姿を見せなくなった。


「姉様が罪人になっちゃったのがショックだったのかな?すっかり引きこもっちゃってね。今の彼女についてはあまり情報はないんだ。」


「なんか姑息なおばさんって感じかなっ!とにかく小心者でねっ!策を弄するタイプだけど手堅く堅実、冒険はしないタイプだよっ!」

「あとは凍将軍バリントス殿と懇意にしておられましたな。今の帝国で南に軍勢を送りたいなら確実に味方に引き入れる必要がある人物と言えるでしょう。」


ワンダー・リンリンとラシュマン大司教もリンの発言を待ってから情報を追加する。


ダリアについては現状は不明だが、人物像としてはいくつかの話が聞けた。



第一皇女、デボラ・アンボロサ・グラシアル。


リンが皇太女となるまでに行われた数えきれない程の暗殺未遂。

それらの首謀者として全ての罪を一身に背負って地下監獄に収監されたのが第一皇女のデボラだ。


斬首こそ免れたものの、終身刑となりこれからの一生を地下深くの牢獄で過ごすことになった人物だ。


「多くの皇族と貴族が寄ってたかって私を殺そうと躍起になっていたんだけどね、結局処断されたのは姉様一人だけだったんだ。」


首謀者であるデボラが全ての罪を引き受けたととるべきか、スケープゴートとして本当の首謀者の罪を擦り付けられた結果なのか。

デボラという人物を判断するにはセロ達にはまだまだ情報が不足していた。



第三皇妃、クリミナ・レイス・グラシアル。


第二皇子ジノの実母であり、第一皇妃レイシアと同じく過去の騒乱で命を落としている。

先程のリンの発言からすれば、騒乱とは突然現れて皇位継承権一位の座についたリンを他の皇族や貴族達が殺害しようとして起こったもの。


極端な二人の皇妃は暗殺の対象であったはずのリンによって返り討ちに遭い、殺害されたという図式が成り立つ。


セロとロッテはそのことに思い至ったらしく、リンを見る目が真剣身を帯びてきている。


「えっと、一応釈明しておくんだけど、皇妃達に手を下したのは私ではないよ?」


リンもセロ達が考えている事をなんとなく察したようだ。



どちらの皇妃も、自分達の勢力が用意した暗殺者によって殺害されたらしい。


「ま、そうなるように仕向けたことは認めるけどね。私も死にたくはないから。けど同族殺しの悪名からも逃げるつもりはないよ。」



第二皇子、ジノ・レイス・グラシアル。


武芸に秀でたリンのもう一人の兄。

そして軍務卿代理を務める現在の帝国の軍部を掌握している人物だ。


帝国の戦力を完全なものとするには、第二皇妃ダリアに続きジノの協力も不可欠であると言えるだろう。


「ジノ兄様はね、あまり自分が権力を握る事に執着しない人なんだ。」


一言で言えば武人気質。


ただし、そんな人物だからこそ自分が仕えるべき主には逆に強い拘りがある。

名君の元でこそ自分の武芸を生かしたいと望んでいるのだ。


「私や陛下はジノ兄様の御眼鏡に適わなかったみたいなんだ。理由とかはわかんないんだけどね。」




簡単ではあるが、一通りの皇族についての説明が終わった。



「つまり調査ってことで俺達に他の皇族とも接触しろってことでいいのかな?」


「そうだね。セロ君は察しが良くって助かるよ。そこで得られた情報を元に適切な対応をとろうと考えているんだ。」



今はアイギアスによって招集された貴族達が中央広間に集められているそうだ。



「こちらにとっても都合がいいからね。このまま皆で乗り込もうかと考えているんだけど、いいかな?」

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