163 無名貴族
皇宮パルネイの中央区画の大広間には沢山の貴族達が詰めかけていた。
テーブルには帝都の貧民達の暮らしぶりからは想像もできないような豪華な料理が並び、皇宮の大勢の使用人達が飲み物を配っている。
広間の暖炉には赤々とした炎が踊り、屋外の寒気とは無縁の暖かく快適な空間となっていた。
貴族達はそれぞれ思い思いの相手と談笑しており、見た感じはまるでパーティ会場のようだった。
「何でも此度の招聘は皇太女殿下の名で実施されたとのことですが……?」
「いやいや、私は皇太女殿下の名のもとにという名目でのアイギアス殿下からの招聘ではないかと思いましたが?」
「然り。これまで我らに何の意思も示されなかった皇太女殿下が今更勅を発せられることもありますまい。」
「ならばやはり南へ?私の聞いたところだとバルディア様の第一陣は王国領土に食い込みはしたものの膠着状態に陥っているとか……。」
「いえいえ。バルディア殿はきっちりとラムドウルの攻略を成功させておりますぞ。南の国境も解放されておるそうですな。」
「新参ではありますが、王国の切り札とされているビフレスト伯が動きを見せないことからの膠着状態ですわね。」
「成程。そのビフレスト伯とやらを警戒して動けなくなっている訳ですな?」
「ラムドウルと国境の確保と維持を優先されているのでしょう。早急な第二遠征軍の派兵が求められますね。」
「おそらくは此度の招聘こそまさにその件ではないかと思っていますよ。ここにおられる皆様もご存じでしょう?」
どの集団でも似たような会話が展開されている。
そしてどの集団も停戦交渉や通商協定についてはまったく情報を持っていない。
以前にバルディアが言っていた、いち早く情報を入手して行動を開始した目端の利く者達というのはこの中には含まれていないようだ。
すっかり貴族達の歓談の場と化した大広間の隅に、その様子を冷めた目で見つめる一組の若い男女がいた。
「呆れて物が言えないとは正にこのことですわね。アヴィリウス様もそうは思いませんこと?」
「手厳しいね、ラスティーヌ嬢は。でも確かに僕も同意見ではあるけどね。」
南へ行けば、王国の肥沃な土地とそこからもたらされる恵みが自分の物になることを信じて疑わない愚かな豚。
二人の目には歓談する貴族達がそのように見えていた。
「バルディアが王国と連邦と結んだという通商協定が真実であるのなら、何も知らずに今この場にいる時点で彼らはもう終わりだろう?」
「そうですわね。ですがアヴィリウス様、あの二人は信用できますの?言ってはなんですがただの盗人ではありませんか?」
ラスティーヌとアヴィリウスは通商協定についての情報を持っていた。
数日前、二人の前に帝都ではクラウンズと呼ばれ恐れられている赤と黒の道化が現れ、それを伝えてきたのだ。
クラウンズの目的は不明。
しかしラスティーヌとアヴィリウスはそれを戯言と一笑に付すことはしなかった。
「ああ。僕らから見ればクラウンズは確かに盗人でしかない。特にラスティーヌ嬢の家は宝物庫を破られたこともあるんだろう?」
「ええ。あの時のお父様のお怒り様はただ事ではありませんでしたわ。まあクラウンズの仕業であるという確たる証拠はないのですけど。」
そうは言いながらもラスティーヌと呼ばれた女性は、家の宝物庫を破ったのがクラウンズであることを疑っていないように見える。
広間の端の壁際で、目立たぬよう小声で会話しているラスティーヌとアヴィリウス。
そんな二人の元に男女入り混じった若い貴族の集団がやってきた。
上騎卿と呼ばれる上位貴族の子供達だ。
その集団は、二人の近くまで来ると二つのグループに分かれた。
女達はラスティーヌの周りに、男達はアヴィリウスの周りにそれぞれ移動する。
「あら?ラスティーヌ様?こんな場所でお会いできるなんて想像もしておりませんでしたわ。」
「……。」
「ええ、本当ですわね。何処から入り込んだのでしょうか?躾けのなっていない野良猫を追い出していただかないといけませんわね。」
ラスティーヌは押し黙り、何も言い返そうとしない。
「アヴィリウス殿。ここは無名の来るところではないよ?皆に気付かれないうちに退散した方がいい。」
「……。」
「まったくだ。君らはグラシアル皇家に弓を引いた罪人なんだ。僕らが優しく言っている間に退散したまえ。」
アヴィリウスもまた、ラスティーヌと同様に沈黙を貫いている。
貴族の若者達は何も言い返そうとしないラスティーヌとアヴィリウスを冷めた目で見下し、辛辣な言葉をぶつけている。
そして出ていけと言いながらも二人の周囲を囲み、にやにやと笑いながらこの場から逃がさないようにしていた。
ふと、アヴィリウスが小さな溜息を洩らす。
貴族達はその態度に挑戦的なものを感じて、途端に不機嫌そうな顔つきになった。
「何かな?言いたいことがあるのなら言ってみたらどうだい?」
明らかに雰囲気の変わった貴族達に対し、アヴィリウスはにっこりと微笑んだ。
「いえ、そのようなことは。ただ、今回の招聘については私共の元にもアイギアス殿下より招聘状が届いております。」
アヴィリウスが取り出した書状を一人の貴族が乱暴にひったくる。
「ふん。まさかとは思うが偽造ではあるまいな?殿下の名を出した以上、間違いでは済まされんぞ?」
その書状にはしっかりとグラシアル皇室の紋章が押印されており、第一皇子アイギアスのサインもある。
いつの間にかラスティーヌも同じ書状を取り出しているが、貴族達がそちらにまで手を伸ばすことはなかった。
「いかがです?何かおかしな点でもございますか?」
アヴィリウスの確認に貴族達は顔をしかめる。
「ちっ。だが貴様等が罪人であることに変わりはない。出過ぎた真似は控え、隅で縮こまっていろ。」
それだけ吐き捨てて貴族達は二人の元から離れて行った。
「救いようのない豚共ね。奈落に落とされることが分かっていてもああしてのさばっている姿は不快だわ。」
「まったくだ。けど今は大人しくしておこう。殿下が僕らに何をさせたいのかは分からないけど目立たないに越したことはないさ。」
静かになった二人のところに給仕のメイドがやってくる。
その手に持った盆の上のグラスをアヴィリウスが手に取り、続けてラスティーヌも同様にグラスを取る。
そしてアヴィリウスが給仕のメイドに声をかけた。
「やあ、レヴィア。皇妃様のお付きである君まで駆り出されるなんて、此度の招聘は本当に只事ではないみたいだね?」
「はい。おそらくは帝国の今後を決める大きな決断がなされるのではないかと噂されております。」
レヴィアは貴族に声をかけられても慌てることはなく、冷静そのものだった。
「ダリア様はどんなご様子?お変わりないのかしら?」
ここでラスティーヌも会話に参加する。
「はい。特に最近はご機嫌もよろしいようです。」
ダリアというのは皇帝ガルシアの妻の一人である第二皇妃のことだ。
ラスティーヌとアヴィリウスは、父親の罪によって無名貴族に落とされるまでは帝国貴族としては最上位の地位にあった。
当然、皇族達とも面識がある。
つまり、目の前のレヴィアというメイドはよく見知った人物だった。
「魔道具の件では色々と取り計らって頂き、ありがとうございました。」
レヴィアは二人に対し頭を下げる。
「いやいや、何に使うのかは知らないが、あれくらいお安い御用さ。」
「ええ。ダリア様には色々と目をかけて頂いて、本当に感謝しておりますもの。」
ラスティーヌとアヴィリウスのそれぞれの父親は大貴族である外務卿と軍務卿という地位にありながら大罪を犯した。
その結果、外務卿を務めたシャーベル家と軍務卿を務めたフォルドー家はその地位を剥奪され、残された家族は無名貴族となった。
資産を没収され、収入源も断たれた両家を密かに支援したのが第二皇妃ダリア。
支援を必要とする両家と、立場上目立ったことはできない第二皇妃は協力関係を築いていた。
「それにしても、お二人がここに来られていたのは意外でした。招聘されたのはアイギアス殿下と懇意にしている上位貴族の方ばかりだと聞いていましたので。」
レヴィアは二人が所持していた招聘状については何も知らない様子だ。
「昔の友人の伝手でね。招聘状を手に入れることが出来たんだ。」
対してアヴィリウスは招聘状をクラウンズから渡されたことを言わない。
「今は大事な時期ですもの。対応を間違えれば私達もここに集った豚共と同じ結末を迎えることになるわ。そうならないように情報収集ができればと思ったのよ。」
ラスティーヌもアヴィリウスに合わせる。
どうやら二人と第二皇妃陣営は、表向きは協力関係にあっても完全な信頼関係には至っていないようだ。
二人の所持していた招聘状は、クラウンズより通商協定の情報と一緒に渡されたもの。
嘘をついていないのであれば、それをレヴィアは把握していないということになる。
このことから、二人を招聘したのは第一皇子アイギアスが何らかの意図があっての事。
それはつまり、クラウンズが第一皇子アイギアスの手駒である可能性がある。
ラスティーヌとアヴィリウスはレヴィアと談笑しながらも油断なく思考を巡らせていた。
「親分そろそろ退屈してきたぞ?どの部屋にも誰もいないからつまんないんだ。」
ロッテと手を繋いでワンダー・リンリンの後ろを歩くナナは不満を洩らしている。
どうやら探検ごっこにも飽きてきたようだ。
「ああ、ごめんねっ!なんか中央に貴族達が集まっているみたいだから迂回して遠回りになっちゃったんだよっ!」
「貴族達が集まっている?何かあるのですか?」
ロッテはワンダー・リンリンに問いかけ、セロはラシュマン大司教を見る。
ラシュマン大司教は小さく首を横に振る。
どうやらそれについては何も知らないらしい。
「ま、今の皇宮で何かやるのは第一皇子の馬鹿くらいさっ!内容もだいたい想像がつくよっ!」
これまでにも何度も話に上がった、王国への侵攻だ。
それについての準備の一環なのだろう。
聞くまでもないことだとして、ワンダー・リンリンに聞き返すような者はいなかった。
しかし元々聞いてすらいなかったナナはワンダー・リンリンにそれとまったく関係のない内容で絡んでいた。
「そんなことよりもあたしの白銀プリンはまだか?お城についたら食べれるって約束だぞ?」
「そんな約束してないよねっ!?完全に初耳なんだけどっ!?」
衝撃を受けるワンダー・リンリン。
「親分……。あれだけ甘雪を食べたのにまだ食べるんですか……。」
ロッテは繋いだ手の先のナナを見て呆れた表情。
「あたしが美少女勝負でリンリンを泣かして、負けたリンリンがめそめそしながらあたしにプリンを差し出すんだぞ?」
「勝負なんてやってないだろっ!!おまけにプリンを差し出すとかも言ってないっ!!」
「どうせあたしが勝つんだから先に白銀プリンをよこせ。あたしは早く食べたいんだ。」
「返り討ちにしてやりたいけどっ!プリンとか訳がわからないけどっ!今はリン殿下がお待ちなんだからそっちが先なのっ!!」
確かに白銀プリンを作ってもらえるように頼んでみようという話は出た。
しかし勝負に負けたらプリン云々はナナが勝手に言っているだけだ。
「話が済んだら殿下に頼んであげるから今は大人しくしててっ!」
それから少し歩き、ようやくナナ達は目的地に到着した。




