158 帝都大聖堂
「ふりゃっ!!」
「ニャー!!」
「おふぅ!!」
ナナの投げた雪玉は明後日の方向に飛んでいき、ミケの投げた雪玉がエトワールの顔面にヒットする。
姉妹の家最寄りの広場ではナナ、エトワールとニャンニャン達の雪合戦が開催されていた。
部屋に残っているジルはしっかりと周囲を探知して安全は確保されている。
雪上に走り回った痕跡が残ってしまうが、そこはすでに諦めている。
退屈だから遊びたいというナナの要望に応えたのだ。
「ふぁ……。」
壁に背中を預けて欠伸をしているアランは監督役兼護衛役として外にいる。
時々ジルが探知を行ってはいるが用心の為の配置だ。
この地域はすでに調査完了となっているので守備隊がやってくることはないのだが、それを知る事はないセロ達は一応気にしているのだ。
部屋に残っているのはセロとロッテとジルだ。
次の目的地である帝都大聖堂で向かう為にジルがその位置を探知、転移枠で直接転移することになった。
ナナが提案した雪達磨作戦は当然ながら却下され、その代わりに自由時間を提供したのだ。
移動には転移魔術が不可欠なので不本意ながらのご機嫌取りだ。
すでに転移枠は帝都大聖堂を映している。
セロはその映像を使っての周辺の偵察中。
ロッテは広場で元気よく遊ぶナナの様子をぼんやりと眺めていた。
「くるくる!隠れても無駄だ!尻がはみ出てるぞ!」
「卑怯ですわ!よってたかって私ばっかり狙うなんて!!」
物陰に隠れるエトワールにナナとミケとクルルの集中砲火。
エトワールは物陰から飛び出すことも出来ずピンチに陥っている。
「ニャニャ、くるくるが隠れてるから雪玉が当たらニャい。」
「どうするニャ?どうするニャ?」
「ミケ、クルル、必殺投げを使うんだ!あたしがドライブ投げで上から狙うから、ミケはカミソリ投げで横からカーブさせるんだ!クルルはタイガー投げで壁をぶち破れ!」
三匹の猫はナナの作戦通りに行動を開始する。
「ドライブ投げだ!」
ナナは壁の上から放物線を描くようにエトワールを狙うがその雪玉は明後日の方向へ。
「くるくるめ!逃げるのがうまいぞ!?」
ちなみにエトワールは尻以外は隠れたままでまったく動いていない。
「カミソリ投げニャ!」
ミケの雪玉はまったく曲がらずにエトワールの横を通り過ぎていく。
「ニャにぃ!?」
「タイガーニャ!!」
クルルの雪玉は壁に次々と命中するが雪玉が砕け散るばかり。
「ニャにぃ!?」
「チャンスですわ!ナナさんが馬鹿なことを言い出したおかげで攻撃が止みましたわ!」
エトワールは尻がはみ出る安全地帯を抜け出して素早く駆け出す。
「トラさん!トラさん!助けて下さいまし!!」
そして静観していたトラの元へ。
相手がアホとはいえ三対一では厳しい。
エトワールは味方を増やすことにしたのだ。
そしてトラは投擲術の恩恵を宿したこの場で最強の存在。
うまく合流することができれば立場は逆転する。
「やれやれニャ……。」
トラは自分の元へ駆けて来るエトワールを見て嘆息する。
「クルル!地を這うイーグル投げでくるくるを転ばすんだ!そしたらあたしとミケのスカイラブツイン投げで止めを刺すぞ!」
「ほぁ!?」
エトワールは雪玉に当たるまでもなく一人でこけた。
雪の下は凍り付いた石畳だ。
勢いよく走ればおかしなことではない。
「くるくるが勝手にこけたニャ!?くるくるはあほニャ!?」
「おだまりなさいっ!!」
エトワールは涙目になって痛打した尻をさすりながら起き上がれないでいる。
「今だ!!スカイラブツイン投げだ!!」
クルルの両足を発射台としてナナとミケが空中に飛びあがり二人同時に雪玉を投げつける。
ナナが説明する技の概要はそのようになっていた。
「こいニャ~!!!」
発射台となるクルルが寝転がり、ナナとミケがこくこくと頷き合う。
そして当然のようにクルルはナナとミケの体重を受け止めきれない。
クルルの足は弾かれ、ナナとミケの足がクルルの顔面に突き刺さる。
「親分!?何をやっているんですかっ!!?」
その瞬間を目撃したロッテは慌てて外に駆けだした。
ナナとミケのドロップキックを顔面に喰らったクルルが失神し、雪合戦はお開きとなった。
全員が姉妹の家に戻り一休みした後、クルルの回復を待って大聖堂への転移を行う。
「教会の人を驚かせてもいけないから最初は不可視化して潜入しよう。アネットさんが見つかればいいんだけどいない時は……。」
セロが皆に大聖堂での行動を説明する。
そしてナナは退屈した。
「ここは兄ちゃんに任せてあたしは先に行くぞ!」
「は?親分?ちょっと待って下さい!!」
ロッテの制止も聞かずいきなり転移枠に飛び込む赤い猫。
「あたしが一番だ!!」
どこかで聞いたようなセリフを吐いて大聖堂の中庭へと飛び出していくナナ。
昨日もこうやって地下でピンチに陥ったばかりだというのにナナはまったくこりていなかった。
「セロさん……。親分が行っちゃいました……。」
「行っちゃったね……。」
残された者達は呆然となってしばし放心していた。
ミケとクルルはその隙にこっそりとナナを追いかけて転移枠を通り抜けて行く。
大聖堂の中庭に降り立った赤い猫は、丁度近くを清掃していた修道女と見つめ合っていた。
(あら?真っ赤な猫?何処から入ってきたのかしら?)
修道女はナナが現れる瞬間は見ていなかったらしく、中庭に入り込んだ野良猫と勘違いしている。
(でも真っ赤な猫って珍しいわね。初めて見るわ。それに立ち上がったままでずっとこっちを見てるけど……?)
ナナは修道女が着ている修道服に見覚えがあった。
「ルーンとシャイセとイルマと同じ服だぞ。ならここはケーキ屋だな?あたしにケーキをよこすんだ。」
「猫が喋った!!?」
修道服をケーキ屋の制服と勘違いしているナナは訳の分からない要求。
対して修道女はどう対応していいか分からずパニックになってあたりをきょろきょろ。
修道女が周囲を見ている間にミケとクルルがナナに合流した。
「ニャニャ、置いて行かニャいでニャ。」
「そうニャ。待つニャ。」
「ミケ、クルル。どうやらここはケーキ屋みたいだぞ。ちゃんとあたしが注文しておいたからな。」
どうやらナナの先程の発言はケーキの注文だったらしい。
修道女は周囲に誰もいないことに愕然としてナナ達の方に目線を戻す。
「ケーキは甘くてうみゃいのニャ。」
「楽しみニャ~。早く食べたいニャ。」
「ムフフフ。あたしも食べたいぞ。おい、いつまで待たせるんだ。」
まだ注文してから一分も経っていないのにナナは文句をつけている。
そして当然ながらそもそもここはケーキ屋ではない。
「猫が増えてる!?それにケーキって何のこと!?」
ナナ達が修道女に詰め寄っている頃、セロやロッテは我に返った。
「はっ!?親分を追いかけなきゃ!!」
ロッテの言葉に他の皆も我に返る。
肝心のナナがいないので不可視化もできない。
だがこのままナナを放置するわけにもいかない。
仕方なく全員で転移枠に飛び込んだ。
そして大聖堂にやってきた皆の目に飛び込んできたのは、修道女を追いかけまわす三匹の猫だった。
「何で追いかけて来るの!!?」
「待て!!ケーキよこせ!!」
「逃げても無駄ニャ!」
「そうニャ!無駄ニャ!」
来て早々騒ぎを起こしているナナ達を見て、ロッテとジルとエトワールはがっくりと肩を落とすと同時に捕獲に動く。
「親分!待ちなさいっ!」
「むおっ!ロッテが追いかけて来たぞ!?」
ロッテ達に追われていることに気付いたナナ達は修道女を放置して逃走を開始した。
「驚かせてごめんなさい。」
ナナ達の捕獲を三人に任せてセロは修道女に謝っている。
足の遅いナナはあっさりと捕まり、ミケとクルルもジルとエトワールに確保されていた。
「親分!!知らない人をいきなり追いかけまわしたりしたらいけませんっ!!」
ロッテは捕まえたナナに早速お説教を開始。
「お客様は神様なんだぞ?なのにケーキが出ないんだ。だから親分は悪くない。」
「訳が分かりません!!」
ふぅ、とナナは溜息をつく。
「つまり親分は女神ということになるんだぞ?偉いんだぞ?」
「なりませんし偉くもありません!!」
まったく反省の色が見えないナナは結局顔面を挟まれてお仕置きされることになった。
「あ、あの、皆さんは一体……?」
修道女は突然現れたセロ達を警戒しているが、その物腰から悪人ではないと感じ取っていた。
「うん。ちょっとね、人を探しているんだ。アネットとマインって名の姉妹なんだけどここに来てないかな?」
セロは簡単にではあるが姉妹の特徴も伝える。
「えっと……。私は詳しい話は聞いていないのですが、街中で何か騒ぎが起こっているらしくて大勢の帝都民がここに避難しています。」
修道女の知る限りではアネットとマインと思われる人物は見ていないそうだ。
しかし修道女も避難してきた全員を確認した訳ではないのでいないと断言することは出来ないそうだ。
「大司教様でしたら何かご存じかもしれませんが……。」
「大司教さんがいるの?なら話が早そうだ。会えるかな?ビフレスト商会の者だって言って貰えれば向こうは知ってると思うんだけど。」
大司教となるとアルカンシエルの構成員としてそれなりに情報を持っているはず、という推測からの発言だ。
「ではお伝えしてまいりますので、皆さんはこちらの待合室でお待ち下さい。」
待合室に案内された一行は大人しく席についた。
「やっと食べれるのか。親分待ちくたびれたぞ?」
待つという行為をまったく行っていないナナだったが堂々と言い切る。
「親分?ケーキは出ませんよ?」
「何でだ!?親分営業妨害で訴えるぞ!!」
「それはお店側の人が言うべき発言ですしそもそもここはケーキ屋さんではありません……。」
大人しくできないナナだけが騒いでいる。
少し待つと修道女が戻ってきた。
「大司教様がお会いになるそうです。ご案内しますのでついてきて下さい。」