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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
03 王都
20/236

018 冤罪

慌ただしく幼年部の教室に向かう複数の足音。


学院長を始め、手の空いていた教員達に加え近衛騎士ルーシアの姿もあった。

突然の爆音に驚いて現場に急行しているところだ。



バンッ!



勢いよく扉が開かれ、教員達がなだれ込む。



「皆さん、無事ですか!?」


そして教室の惨状に絶句する。

その対象は主にジードルとネイクの惨状となるが。



「これは一体、何があったのですか?どなたか説明していただけますか?」


ナナが学院長の前に飛び出す。


「やったのはあたしだ!悪者を退治したんだぞ!天井に刺さってる奴が腰巾着で、壁に埋まってる奴が悪の親玉だ!」



学院長は頭を抱える。


(ああ…、やっぱりというか、こうなるような気がしていたわ。)



そこに顔を腫らしたジルが代わりに状況を説明していく。


一通り説明が済んだ後、学院長は嘆息しナナに告げた。



「彼らの暴力行為は確かにいけないことだけど、それに暴力で応えるのもどうかと思うわ。そもそもやりすぎです。」


「仕方ないんだ。こいつらバカで話ができないんだ。それにすんごい手加減したんだぞ?」

「学院長、ナナちゃんは殴られた私を守ってくれただけなんです!どうか罰なら私に!」


ジルが罰を受ける。

その言葉にナナが反応する。


「何!!おばちゃんもジルをいじめるのか!!!」


ナナは障壁を展開し、臨戦態勢に入る。



「ちょっ!ちょっと待って!!そんなことはしないわ!」

「ナナちゃん!?違うよ!爆発させたら駄目!!」


慌てて否定する学院長と、ナナを宥めるジル。



学院長は床に落ちているジードルの槍を手に取り、その持ち主について喋り始める。


「ジードル・ネメシス君は私達の前では決して、ラスターニさんを害することはしませんでした。」


決定的な証拠がなくては、処分を下すことはできない。

しかも、父親である宰相を敵に回せば、学院の職員達にすら何らかの形で被害が出る可能性がある。



「そう考えて動けなかったのですが…。」


ナナを見つめる学院長。


「やってしまったからには私も覚悟を決めます!」


そう言って槍を職員に渡し、厳重な保管を指示する。


「この槍は証拠として有効です。」


そして教室の面々に聞き取り調査を始めていた。




ここでエトワールとルーシアがジルの前に進み出る。


「あの、私、ジル・ラスターニさんとお話をさせて頂きたいのですが、よろしいかしら?」


「は、はい。ジルは私です。王女殿下。」


そう言ってジルが二人の元へ。



そしてまずはエトワールが切り出す。


「ジルさん、お話というのは貴方の祖母メリルさんのことです。」


それを聞いたジルは驚いた表情を見せる。


「私たちが力及ばないばかりに無実の罪で極刑となり、残された家族にも反逆者のレッテルが張られ、不当に扱われる。」


エトワールはジルの顔を見据え、言い放った。


「お詫びのしようもない不手際なのですが、私は貴方にこれを謝罪いたします。すみませんでした。」


ジルに頭を下げるエトワール。



「え…?」


驚くジルに対してエトワールはさらに続ける。


「そして、お父様や宰相は認めないかもしれませんが、私はメリルさんが無実であると認めます。」



今度はエトワールの謝罪に学院長が口を挟む。


「殿下、それは問題発言です。陛下がお認めになったことを同じ王族である王女が覆す。そう言うのですか?」


そう言いながらも、学院長は嬉しそうにしている。



「私は事件の再調査を依頼してメリルさんの潔白を証明することでしか、ジルさんに謝罪できないと考えていますわ。」


鼻息を荒くして、力説するエトワール。


ここでナナも会話に参加する。



「あ~、くるくる。それはやめとけ。くるくるはアホだからきっと無理だ。あたしに任せておけ。」

「誰がアホですか!!!」


言い争いを始めたナナとエトワールに注目が集まる。



「それに毒を使ったのは、メメシスってのと、ベルチ、マローズってやつだぞ?こいつらグルなんだ。ばあちゃんは悪くない。」


さらに何気なくこぼした言葉に場が騒然となる。


「ちょっ、ちょっと待って下さいまし。ナナさん、あなたはどこでこんな情報を!?」


慌ててエトワールが情報源を確認しようとする。


「兄ちゃんに聞いた。兄ちゃん達、王都に来てからずっと調べてるんだ。ばあちゃんをちゃんと無罪にしないと堂々と街を歩くこともできないって。」



そしてルーシアがその話に飛びつく。


「あ、あの。ナナちゃん。お兄さんに伝えてもらえないかしら?私にも手伝わせて欲しいって。」

「わかった!ジルも憶えておいてくれ。あたし伝言苦手だ。忘れるかもしれないから!」


ナナは確実に忘れる。

そのように考えたジルは伝言を確実に記憶する。


「あぁ、それには及ばないよ。伝言は今聞いた。」


いつのまにか、教室にセロとロッテが来ていた。



「兄ちゃん、こっち来たのか?」


ナナはセロに体当たりする勢いで抱き着く。


「そりゃあ、来るさ。幼年部の校舎から爆音がすれば、ナナがなんかやったって思うだろ?」

「悪者をやっつけたんだ!そんでジルはもうあたしにメロメロなんだ。」



セロは抱き着いてきたナナの頭を撫でる。


「よくやった。ナナ。」



そしてルーシアを見るなり謝罪した。


「騎士さん、さっきはごめん、言い過ぎたよ。俺、家族のこととなるとちょっと歯止めが効かなくなるんだ。」

「いえ、事実。私は貴方に反論できなかった。だからこそ、今からでもできることがあるのなら。そう思ったんです。」


セロはルーシアにビフレスト商会の住所を伝え、いつでも訪ねてきて欲しい。と伝えた。



そしてもう一人。エトワールである。


「もちろん私も調査に協力させていただきますわ。」


自慢げに胸を張るエトワール。



「ですがその前に!重要な案件があるのですわ。」


そしてエトワールはナナとジルに熱い視線を送る。


「まずはナナさん!あなたには私の友達になっていただきますわ!!」

「なにい!?くるくるもあたしのこと好きだったのか!?」


衝撃を受けるナナ。



「最初はあなたの強さの秘密を探る為に友人関係を。そんな下劣なことを考えていましたが、気が変わりました。」


エトワールはナナを見つめると、続けて言った。


「ナナさんにも謝罪いたしますわ。そして私は私のやり方であなたを追いかけます。」


視線をナナとジル、二人に戻すエトワール。


「友の為にと頑張るナナさんは、相手が貴族であってもひるまない。その心意気にビンビンきましたわ!!」


熱く語るエトワールの鼻息は荒い。


「お二人こそが私の友にふさわしい。是非とも私の友達になって下さいまし。」


「ふむ、くるくるがあたしのことを好きなのはよくわかった!ならくるくるも友達だ!」


そしてナナはあっさりとエトワールの申し出を受け入れた。



「受け入れて下さりありがとうございますわ。ですがあと一人!!ジルさん!!あなたですわ!!!」


ビシッとポーズを決めて、ジルを指さすエトワール。

驚いたジルは緊張してエトワールを見る。


顎を上げ、片足を曲げてジルを指差すエトワールを見て、ナナはくるくるの変なポーズだ。と思っている。



「セロさんが語った、ジルさんに必要な特別な友達。ジルさんを支え寄り添う者。それは私です!!!」

「ちがう!!それはあたしだ!!」



ナナも参加してさらに騒がしくなる中、ひっそりと学院長はセロとナナとロッテ、三人の分の制服をセロに預けていた。



そして事態は収拾され、授業の時間も終わり、生徒達も帰宅していく。




ビフレスト商会には、早速エトワールとルーシアが訪れ、セロと情報を交換している。


味方が増えたこともあり、狩りはオルガンと戦闘組に任せて調査に力を入れることとなった。



一通りの調査結果を確認したエトワールとルーシアは、よくぞこの短期間にこれだけの情報を、と驚いていた。


そしてこれからはさらに調査を進める。



まずは、メリルを取り調べた近衛騎士の甲冑を着込んだ人物。

これの調査をルーシアに依頼する。


騎士団側からの調査でなにか新しい発見があれば、と期待しての依頼だった。



セロはメリルの無罪を証明するにあたって、この近衛騎士が鍵を握る者。そう考えていた。



ルーシアは情報を得るべく、すぐに王城へと戻っていく。



次が国王に使用された毒物の詳細。


この調査の為に隠形付与の諜報員を二名、王城へ派遣。



さらに、鑑定メガネを使用して国王をナナに見せる。

この結果で調査プランを決める予定だ。



そして、黒幕の正体。

これについても話題には上ったが、こちらはまったく情報が足りない。



続いて、諜報組に指示を出すセロ。


まず二名。


「隠形付与をもらい、鑑定メガネを装備して、国王の状態をナナに見せること。」


次の二名。


「通常装備で商業都市だ。毒物の混入施設の捜索。もし存在しなければ、取り壊した建物の記録を漁るんだ。」


王都に二名。


「王城を退職した蔵書室の司書なんだけど、こいつの情報って追えるかな?可能であれば、でいいよ。」


さらに二名。


「貴族区ラスターニ家へ。一家全員こちらに移送だ。しばらくこちらに滞在してほしいって伝えてな。」



今度はエトワールに質問するセロ。


「王女さん、暗殺事件の話を聞かせてくれ。」


「暗殺事件ですか?」

「あぁ、そうだな。具体的には…。」



国王がいつ頃から体調を崩したのか?

体調不良の治療に当たった人物は?

体調不良が晶血によるものと発覚した経緯は?

晶血の治療を行った人物は?

その方法は?



「このあたりの情報が欲しい。他にもなにかあれば頼む。」


エトワールは幼くとも第一王女。

もしかすると新しい情報を得られるかもしれない。


そんな期待感からか、セロは矢継ぎ早に質問を並べ立てる。



「わ…、わかりました…、わ?」


そしてついてこれないエトワール。


「兄ちゃん、くるくるはあたしと違って頭が残念な子なんだ。一つずつ聞かないと駄目なんだぞ?」


「ぐっ!」


ナナに反撃したかったが実際にセロの質問についてこれなかった為か、ぐっと堪えている。



そして改めて一つずつ質問を始めたセロに対し、エトワールは語る。


それは直前にルーシアから得た情報だ。



国王に体調不良の兆しが見えたのは暗殺未遂事件の約一月前。

その治療は王城勤務の治療師、メリル・ラスターニ。


「すまない、ばあさんをここに呼んでくれ。」


セロは手すきの人間に呼び出しを頼み、エトワールへの質問を継続する。



「晶血症状はそれからすぐに発覚しました。これは宰相が血液を確認するように、と命令を出したそうです。」


晶血症状の発覚はメリルの診断からではなく、血液の検査で発覚した。


「これ、誰も宰相のこと疑わなかったの?それとも体調不良で血を調べるってのは王国では普通のこと?」

「いえ、滅多にありませんわ。」


セロだけでなく、部屋にいた全ての人間が宰相の関与を確信する。



「てことは、犯人側が薬物の種類をアピールしてきたってことになるな。」


(症状を明らかにすることでその原因となった毒物に注目を集めるのが目的?)


会話しながらもセロは高速で思考を回転させる。



「晶血症状の治療は、王都大聖堂より招聘されたサブナク大司教が行いました。いくつかの投薬と神聖儀式による治療とのこと。」


「まさか、この大司教を呼ぶように指示したのも宰相だったりするのか?」

「え、ええ。その通りですわ。」


セロは宰相の行動に顔を引きつらせた。


「なるほどね。王女さん。いい話を聞けた。ありがとう。」


「それはよいのですが、何かわかったのですか?」

「あぁ、とりあえず仮説の材料くらいはね。あとはこの国の宰相は馬鹿だってことくらいかな。」



ここでメリルが到着する。


セロは当事者の声を聞くべく、メリルに国王を治療した時のことを質問する。



「私が記憶しているのは、晶血症状が発覚してから後日、記憶の混乱が見られた。という話です。」


実際に晶血による症状の一つに記憶や思考に関する症状の実例もあるそうだ。

血流の阻害が脳に影響を及ぼす場合があるのだとか。



「記憶の混乱か。ありがとう、ばあさん。助かったよ。」



退室するメリルとともにエトワールとルーシアも退室する。

それと入れ違いにナナがやってきた。



「どうしたんだい?ナナ。」

「王様調べた!」


セロは撫でて欲しそうにしているナナの頭を撫でる。



「ありがとう、ナナ。早速教えてくれるかい?」



ジアース・アルデアット・ウィル・グランス(人間)


レベル 9


恩恵 


技能


効果 加護

   忘却



見慣れない二つの効果について、兄妹が話し合う。



「ナナ、この効果は?」

「加護は王冠についてた。強化の強い奴だ。祝福より強い。」


「忘却は王様自身についてる。憶えてることをどんどん忘れる効果だ。敵に付与する術の中にそんなのがいた。」

「つまりこの忘却効果は付与魔術によるものってことか。黒幕の一味には付与術士が含まれる、か。」


「兄ちゃん、この忘却、停滞も定着もついてない。でも病魔って追加付与がついてる。」

「病魔、か。」


「うん、この病魔ってやつな、付与対象が健康体にならない限り付与効果を永続させる。って能力だ。」

「なるほどね。わかった、ありがとう、ナナ。」



通信で報告が入ってきた。


「蔵書室の司書ですが、退職後の足取りは不明です。名はバグラス。高齢ですが、健康上の不備は記録にありません。」


「商業都市です。毒物の混入場所ですが現在、存在しません。すでに処分されたものと思われます。」

「処分された施設ですが、もっとも最近のものでも事件の日から十二日前。となっています。」



ラスターニ一家が商会に到着。皆に挨拶をしている。



「すまないが、ジルを連れてきてくれ。探して欲しい物がある、と。」


それを見たセロは早速ジルに探知を頼むようだ。



やってきたジルは探知魔術を行使する。


捜索対象は人物、バグラス。

対象は王都に一人いる。


「この方は工業区の若い石材屋さんです。どうやら司書さんは王都にいないみたいです。」


セロは頷くと、ジルに探知の為の条件について尋ねる。


「鑑定内容の、恩恵や技能の名称でもいける?もしかすると名称の一部とかになるかもしれないけど。」


「やってみますね。名称を教えて下さい。」

「まず、恩恵に付与魔法:病魔を宿す者。この病魔ってとこ、もしかすると忘却かもしれない。それと効果に忘却ってついてる人。」



ジルは続けて探知術を行使。


「付与魔法:病魔。王政区大聖堂内部に一人います。えっと、サブナク大司教様です。有名な方です。」


「よし!!こっちは当たりだな!」


「忘却効果を受けている人は王城に四人。国王陛下、ネメシス宰相、アロウズ侯爵、ベルシ侯爵。以上です。」


「ありがとう、ジル!」


セロは急いで皆に指示を送る。


「一人、王城に伝言に走ってくれ。ルーシアさん、いなけりゃレギオン侯爵でもいい。」


伝言の内容は、国王と三馬鹿に忘却付与がかけられている、だ。


「早急に解除しないと証拠を隠滅されてしまうぞってな。」


そしてそのまま残ったメンバーにも指示。


「それと他のメンバーと俺とナナは大聖堂だ。大司教拉致る。」


(まぁ、大司教については一応、確認の為に聞いてみるか。)


セロは大司教と言われてもよく分からない為、拉致という手段について意見を聞くつもりのようだ。



[ロッテ、いるかい?今大丈夫?」

「はい、親分とお茶していましたが、どうしましたか?」


「いやあ、教会ってあるだろ?そこの大司教を今から拉致って締め上げようと思うんだ。」


通信具の向こうでお茶を噴き出しているような音がする。


「セロさん!!大司教ってとっても偉い人なんですよ!?拉致って締め上げるって、誘拐して拷問するってことですよね!?」


なんかロッテが混乱してるみたいだ。



「ジルの探知でね、王様にかかってる付与、大司教がつけた付与だってわかったんだ。」


「え…?国王暗殺に教会が関与している?」

「とりあえず逃げられるか消されるかする前に確保しときたいから拉致ってくるね。ナナも一緒に来てくれ。」




教会は、試練場と商業都市で目にしたことがある。


セロは教会についての知識を思い出す。



建物の形状は特に指定されておらず、そこが教会である。そう示す特徴は、窓と敷地を囲う壁にあった。

窓は透明でなく、派手な色彩のガラス板だ。ロッテはステンドグラスとか言ってたっけ。


壁の方は、もはや壁の役割を果たせない壁。

沢山の柱が等間隔で設置され、壁として配置してある。


これは、光の女神は救済を求める者を拒まない、いつでも、どこからでも、御許に訪れることができるように。

そういった理由で定められているんだそうだ。




その柱の上に、外套を羽織った武装した男達がいる。

現地では、すでに大聖堂の包囲が完了していた。


セロはすぐさま、通信で指示を送る。



「相手の強さは不明だ。他者に病気を付与する術を持っている。近接戦闘はなしだ。俺とナナが突っ込むから援護頼むな。」


突入すると、聖堂内には一人しかいなかった。

信者も司祭もおらず、大司教サブナクがただ一人光の女神像に祈りを捧げている。



「あんたが国王と三馬鹿に忘却付与つけたんだろ?病魔っておまけつけて。何でだ?何がやりたいんだ?」


ナナはサブナクを見て、相手の能力を確認する。



サブナク(人間)


レベル 27


恩恵 付与魔法:病魔+4


技能 付与術:病魔

   付与術:忘却

   付与術:弱体

   付与術:疫病

   付与術:熱病


効果 



ナナの見た鑑定映像は、商会のロッテに送られ、ロッテはすぐにその情報を皆と共有していく。



サブナクはセロの問いかけを無視して祈り続けている。


「会話する気はないか。ならさっさと捕らえるか。」


セロはある程度の距離まで接近。放電で無力化する考えだった。

しかし、機先をくじかれるかのようなタイミングで、サブナクは口を開く。



「取引をしないか?私をここで見逃してくれるなら、今、君が必要とする情報。全て渡そう。」


「全てだと?」

「あぁ、まずは事件の黒幕、手口、目的。すべて話す。」


事件を調査する者、ビフレスト商会の存在についてはサブナクも情報を得ていた。


ここに調査員が現れたということは、その目的はサブナクの持つ情報であることは明白だ。



「望むなら、この世界の情報、君が知らない強者の情報。なんでもいい。」


(油断だな。王国の人間は愚図ばかりだと決めつけていたようだ。)



セロは考える。


(そういえばこっちの目的って情報だけなんだから、あいつの身柄ってどうでもよくね?いや、だめだ。証明するのに必要だ。)



「逃がすのは全て喋ってからだぞ?」


(逃がさないけどな。)



「あぁ、構わないとも。」


(時間を稼げればそれでいい。逃亡のチャンスは必ずある。)




「へぇ、構わないの?」



突然、女の声が会話に参加する。

それはサブナクの返答に応じるかのような声だった。


微かに怒気を孕み、聴いた者を恐怖に竦ませる、そんな声色が大聖堂に響き渡った。



「!」


女の声を聴いた途端、サブナクの体が震えている。

そして震えるままに、虚空からの声に返答する。1


「これはまた…魔女殿。こちらにおいでだったとは聞いておりませんが。」


「言ってないもの。でもおかげであなたの裏切りを知ることが出来たでしょう?」



聞こえるのは声だけだ。

気配もわからない。


だが、尋常でない威圧だけを全方位から感じる。


セロはこの声の主が、とんでもない力の持ち主であることを確信する。



(この女、危険だ。俺達の手に余る。)



即座にそう考え、判断を下すセロは小声で皆に指示を出す。


「総員、撤退しろ。そして商会の防備を固めるんだ。オルさんに伝えろ。王都に化け物が来訪した。とな。」



「兄ちゃん、あたしたちはどうすんだ?」

「ん~、魔女さんって人が逃がしてくれるんなら、逃げたいとこなんだけどね。」


(妙な真似をすれば、その瞬間殺されそうだ。)


セロはそんなことを考え、緊張してはいるがナナへの返答は軽い口調だ。

それはナナを怖がらせないようにとの配慮から。


セロとナナは大人しく待つことにする。



対してサブナクは今、まさに恐怖の絶頂だった。



「魔女殿、私は殺されるのですか?」


「それはあなた次第でなくて?今度こそは殺すのが惜しいと思えるほどの成果を出すつもりじゃないの?」



サブナクは、未だ自身の処分が決定した訳ではないことに希望を見出していた。


「私もそれなら、今回だけは許してあげようかと思ったのだけど。」


魔女もまたそのことを肯定する。



サブナクは、その場で膝をつく。


「必ずや!お約束いたします!」


「それとサブナク。こっちのボーヤなんだけどね、あなたを追い詰めた功績代わりに、事件の情報いくつか流してあげて。」

「よろしいのですか?」


「えぇ、何でも計画の前倒しとかで、そろそろ事が起こる。私もあなたも、配置につかないとね。」



立ち上がったサブナクがセロに向かって歩いて来る。


そして事件の情報を語った。



「目的は国王の記憶、その一部だ。計画に必要らしい。主犯となる三人の大貴族はただの道化、すでに殺処分が決定している。」


事件の目的。計画。

サブナクは一言で済ませていたが、その内容は重要なものだった。



「黒幕の正体は言わないでおくよ。じゃあな。」


恐らくは魔女の術だと思われる転移門に入っていくサブナク。


「それじゃあね、また会いましょう、ボーヤ。」


虚空から放たれていた重圧が霧散する。



どうやら魔女は去ったようだった。


「助かったかぁ~。」


セロはそのままへたり込み、ロッテに通信で魔女の事を伝える。



「ナナ、家に帰ろう。」



帰宅したセロは、急遽、明日開催で家族会議を招集する。


今回は、ラスターニ家は当然参加。

エトワールとルーシアにも声をかけた。


さらにルーシアには、急な話だがレギオン侯爵と話がしたい。できれば明日のうちに。

なんて無茶な要求も実施した。



(勝負は明日。今日一日でどれだけ準備できるかが勝負だ。)


セロは大聖堂で入手した情報を鑑みて、決着を急ぐことを決断していた。





翌朝、家族会議。


ここでセロは、メリルの冤罪問題に今日中に決着をつけることを提案する。


「魔女、そう呼ばれていた女より入手した情報によると、奴らが何かをやらかす、これがもう目の前みたいだ。」


大聖堂で得た情報を港と共有する。



「おそらく冤罪の証明はこの何かの開始がリミットだと思っていい。」


これはセロの個人的な推測だ。

何かの開始と三馬鹿の処分は同じタイミングであるとの予想だった。


行動を起こすなら主犯が処分される前。

これがセロが行動を起こすことにした理由となる。



「なので目標は真犯人の発見ではなく、三馬鹿の摘発でもなく、ばあさんの極刑適用時の証拠不十分を理由に冤罪を立証する。」



もう時間がない。


このあたりを最低ラインとしてすぐに動こう。

このようにセロは提案する。



「いいんじゃねぇか?」


まずオルガンが同意した。


「ばあさんの冤罪さえ立証できれば、あとは王国の仕事だ。俺らは商売、ガキどもには学校がある。」




「遅くなりました。」


遅れてやってきたのはエトワールとルーシアの王城組に、軍務大臣のレギオン侯爵本人も一緒だ。



「王女さん、冤罪の立証今日やるから。段取りを頼む。急な話で済まないが、時間がなくてな。」


エトワールは一瞬、驚いた反応を見せるがすぐに落ち着き、セロの依頼を了承する。


「段取りについては了解いたしましたわ。」

「ありがとう、助かる。」



王女に礼を言い、セロは続けてレギオン侯爵に挨拶する。


「初めまして、レギオン侯爵閣下。俺はセロ。王立学院の学生だよ。」

「知っている。ローグリア子爵を治療院送りにした天才剣士とか噂になっとるからな。」


レギオン侯爵は武人気質と号されるだけあって、オルガンと同程度の大きな体躯に熊のような髭を蓄えた人物だった。



「このおっちゃん、顔面がもじゃもじゃだ。」


ナナはそう思った。

そしてそれをそのまま口に出していた。


「親分!?失礼ですよ!!?」


ナナはロッテに捕まって、セロはそれを横目に話を始めた。



「時間も差し迫っていることだし、こちらから問うことにするね。」


時間がない。

その為セロはストレートに聞きたかったことを問いかけた。


「近衛騎士の姿でメリル女史を取り調べたのはレギオン侯爵自身だったりする?」



セロの質問の内容に皆が驚愕する中、平静を保ったレギオン侯爵が問い返す。


「何故そう思う?」



「今回は時間が足りなかったから、理由は飛ばすことにしたんだ。だからこれは俺個人の予想になるんだけど…。」



結論から言えば、暗殺未遂事件から遠ざけられた侯爵が、情報を得る為にやった。



これがセロの予想だ。

セロはそれを淡々と語っていた。



レギオン侯爵はセロの予想に対し、ニヤリと笑った。


「大したもんだ。その年齢で見事な洞察。ルーシアを嫁にどうだ?」


「お父様、今はそんなことをしている場合ではありません。」


軽口を叩くレギオン侯爵に、その三女であるルーシアは冷静に返す。



「そうだな。一応持っては来たが、坊主の欲しいもんはこれだろう?」


セロは侯爵の取り出した包みを目にして、思わず笑顔になってしまう。



「ばあさんを取り調べた近衛騎士は、不必要な会話はせず、取り調べはするが、調書には何も書かない。」


けどそれだけだと、この近衛騎士には目的がない。


情報が目的ではなかったか?


ならばその情報を記録したはずだ。

調書、とまでいかなくとも、メモのようなものでもいい。


「もしもそんなものが残っていれば、ばあさんの本当の声を軍務大臣直筆で記した書類。冤罪を立証する大きな証拠になる。そう思った。」



セロとルーシアは、書類の内容を確認する。

そして二人向き合って頷く。



「この書類だけで確実に無実が証明されると思います。」


周囲から歓声が上がる。

しかしレギオン侯爵はそれを制し、こう言った。


「これだけで無実にできるんなら、とっくに俺がやってるよ。証拠としては間違いないが、三人の妨害がな。」


それもまた、もっともな意見だった。

冤罪を否定する側がその証拠を保有していてもなお、それも立証できないということになる。


「そんなに?」


「あぁ、あの手この手、小細工から実力行使、正攻法からクサレ外道でもやらねぇような手段まで、あらゆる妨害を想定しないとな。」



「それなら大丈夫。」


セロは周囲に集まっている皆を見渡して言った。


「むしろ戦力過剰なんじゃないかって心配になるくらいだ。」


全ての妨害は力技で突破する。

セロの言葉はそんな考えを如実に表していた。



王城組三人は先に城に戻る。


「段取りは済ませておきますわ!」


エトワールも自信ありげにして王城へ足を向ける。



現在の国王は事件の後遺症からか、精神を病んでいる。

これはもう一つの懸念材料となっていた。



エトワールの言う段取りにはこれの対処も含まれる。




そして、ビフレスト商会では、オルガンを筆頭に最後の打ち合わせが行われている。


「全員で行くぞ。ここには家族の為に立たねぇ奴なんざ、一人もいねぇ。」


オルガンの言葉に大きな歓声が上がる。



「あらゆる妨害があるのなら、こっちもあらゆる戦力を用意しないとな。ラスターニさん達は中央に。」

「戦闘ができねぇメンツは中央だ。護衛組と戦闘組は中央の守りと外敵の排除だ。完全装備でいくぞ。」

「諜報組は、完全装備に加えて隠形も。先行して罠の解除や、情報を送ってくれ。」


それぞれが配置につく。


ナナとセロ、オルガンが先頭だ。

ちなみにナナが先頭を歩くのは本人の立候補によるものだ。



「全員がそれぞれ、自分にできることで家族を支えれば、必ずうまくいく。いかなければぶっ飛ばす。」



皆が王城へ向けて、歩き始めた。




対して、王城では、エトワールが国王にメリルの刑罰の再審議を申請。


それを聞いたとある三名のみが蜂の巣をつついたように騒いでいた。



「申請したのはビフレスト商会とか言う商人のようですな。」

「たかが商人。しかしそれでも対策は万全に進めねば。我々には失敗は許されん。」


ここで、黙っていた宰相も会話に加わる。


「その通りだ。いつものように、あらゆる対策をとり、確実に処理する。」


宰相の傍に控えていた執事が提案する。


「先日、宰相様のご提案で、ビフレスト商会を潰す為にかき集めた戦力がおりますが、使いますか?」

「戦力の内訳はどうなっている?」


「ほとんどがならず者やごろつき、冒険者くずれ。そう言った連中です。」

「正規の冒険者は雇えなかったのか?」


「それが、王都の冒険者は皆、ビフレスト商会を相手どる気がないようです。死にに行くようなものだ。そう言ってました。」

「くっ、ならそのごろつきどもをまず向かわせろ!」


「かしこまりました。」



アロウズ侯爵も命令を下す。


「聖壁騎士団に命令書を出せ。王城にならず者の集団が接近している為、早急に討伐されたし。これでいい。」


ベルシ侯爵も同様だ。


「まずは王城正門を完全に閉じよ。開門には一切応じず、故障だと言い張って時間を稼ぐのだ!」




宰相の派遣したごろつき達。


彼らは三十名近くいた。



大橋を渡り切った所で接触、問答無用で襲い掛かってきたのだが、その襲撃は失敗に終わる。


ナナ、セロ、オルガンは何もせず、護衛組と戦闘組に一方的に叩きのめされていた。



出動要請が届いた聖壁騎士団。


そちらでは、レギオン軍務大臣よりビフレスト商会との敵対を禁ずるとする指示が下りていた。


騎士団はレギオン侯爵の管轄である。

よって、ほとんどの部隊は待機状態を継続していた。



しかし、例外となる部隊もまた存在した。


アロウズ侯爵の息がかかった部隊である。



そこでは戸惑いの声があがりつつも、皆、所定の位置に装備を整えて集合していた。


「なんか、商人の反乱だって?なら二十騎もいれば鎮圧できるんじゃないか?」

「俺はならず者同士が街で暴れてるって聞いたぞ?」


騎士達はお互いに自らの知る現状を語り、辺りはざわざわと騒がしい。



そこにやってきた部隊長が真実を伝える。


「状況はよくわからんが、王城に陳情に向かうビフレスト商会を宰相閣下達が妨害してるらしい。相手はビフレスト商会だ。」


それを聞いた騎士達の顔が真剣なものとなる。


できたばかりの商会についての情報を知る者は決して多くはない。

騎士達の緊張は、部隊長の浮かない表情から相手の戦力を予想してのものだった。



「大きい部隊を展開できない街中で、ビフレスト商会の抱える私設部隊と戦闘する。か。」


部隊長はいくつかの商会の情報を入手していた。



それは、ここ数日の商会の調査活動によるものだ。


情報収集や、参考人の拉致。

詳細は不明であるが、正体不明の高レベル者の集団が王都で活動している。



そんな噂を王城に向かってくるビフレスト商会と結び付けた部隊長は大きく溜息をつく。



「皆!聞け!目的はこいつらを王城へ入れないこと。一応、交渉もするし、できるだけ戦闘は避けるつもりだ。」


戦闘を避ける。

部隊長の発言は相手の戦力を雄弁に語っていた。


「だがそれでも、戦闘が避けられない場合でも、無理はするな。今回は、個人の判断での降参や逃亡、これを許可する!」


さらに逃走の許可。

騎士達は相手との戦力差を感じ取り、動揺している。



「行くぞ!目的地は王城正門前だ!」



次の犠牲者たちが走り出す。




商会の皆はすでに王政区の中程、そのまま王城へと足を進めていた。



「兄ちゃん、さっきの悪者達、何だったんだ?」


先程、大橋を渡った辺りで襲ってきたごろつき達のことだ。


「宰相が雇ったんだってさ。俺らを潰そうって魂胆みたいだけど…。」

「うん、ロッテ並みに弱かった…。」


呆れたような表情のセロに、残念そうな表情を返すナナ。


言われたロッテは背後からナナを抱っこする。


「親分?聞こえていますよ?」


にっこりとナナに微笑むロッテ。


「ロッテ、耳が良くなったのか?今日のロッテは一味違うな!」

「親分の祝福で耳もよく聞こえるんです!!」




やがて王城の正門が見えてくる。


その前方を固める聖壁騎士団に目を細めるオルガン。



そんなオルガンのもとに、部隊長らしき人物が歩いて来る。


「ビフレスト商会の方々でしょうか?私はこの部隊を預かるロズウェルと申します。」

「おい、何でおめぇら道塞いでんだ?ぶっ飛ばされてぇのか?あ?」


オルガンは今にもロズウェルをぶっ飛ばしそうになっている。



「ロズウェルさん、ちょっとよろしいですか?」


前に出てオルガンを制したのは金髪碧眼に戻ったシャルロッテだった。


「シャルロッテお嬢様!!」


「はい、シャルロッテです。ロズウェルさん、何か誤解があるようなので作戦命令書を確認させてもらえませんか?」

「はい。こちらになります。」



シャルロッテは命令書を一瞥すると、にっこりと微笑んでロズウェルに言う。



「ロズウェルさん、この命令書ですがレギオン侯爵でなくアロウズ侯爵の発行になってますが?」


「うっ。」



「ロズウェルさん、王城に接近するならず者の討伐命令のようですが私は聖壁騎士の皆様からならず者と認識されているのですか?」


「ううっ。」



「ロズウェルさん、私どもはレギオン軍務大臣、ルーシア近衛騎士団長、エトワール王女殿下より認可を受けての登城なんです。」


「うううっ。」



「ロズウェルさん、道を空けていただけますか?あと城内の方は開けてくれないでしょうから正門の開門もお願いします。」


「ただちに!」



王国内でも最大の領土を持ち、大貴族の中の大貴族と号されるカールレオン公爵家の令嬢の登場は完全に計算外。

ロズウェル隊長はあっさりと強い者に巻かれていた。



自分達に命令を下したアロウズ大臣は確かに王国の重鎮と言ってもいい。


しかしカールレオン大公はその中でも別格。

国王に次ぐ権力者であるというのが多くの王国民の認識だった。



騎士団員はテキパキと開門しビフレスト商会の通路を確保した。


「ありがとうございます。」


シャルロッテは満面の笑みでお礼を言い、頭を下げて通路を抜けていく。



城内では、ルーシアがアロウズ侯爵に詰め寄られていた。


「ルーシア殿!ならず者たちが城内に侵入しましたぞ!?近衛騎士団は何をやっているのですか!!」

「いえ、彼らはならず者などではなく正当な理由で陳情に来た商人たちです。騎士団にやることはありません。」



こちらでは、レギオン侯爵がベルシ侯爵に詰め寄られている。


「レギオン殿!今こそ聖壁騎士団の出番ではありませんか!すぐに命令を出して下さい!」

「騎士を無駄死にさせるだけですな。どのみちこの国に彼らを止められる戦力などありはしないのです。」



さらに、エトワールまでもが、ネメシス宰相に詰め寄られている。


「姫様、ならず者はそこまで来ています。すぐに国王陛下を非難させなくては!陛下の御身になにかあればこの国は…。」

「陛下は彼らの陳情に耳を貸さねばなりません。陛下はいまだ毒の影響が残っておりますので私がサポートいたしますわ。」




シャルロッテの案内で玉座の間に到着した一行。


シャルロッテとメリルが王の前で臣下の礼をとる。

その後ろに、ラスターニ一家が続く。



礼というものを知らない廃棄場あがりたちは、ずかずかと中に乗り込んでくる。


「ち~っす。」

「邪魔しゃ~っす。」

「うぃっす。」

「ちわっす~。」


それぞれの挨拶で、それぞれの場所に移動し、警戒する。



ナナは玉座の間の装飾の派手さに驚き、走り回っていた。


「すっげぇ!!なんだこの部屋!!ロッテの家よりすっげぇ!!探検していいか?」

「親分。我慢ですよ。探検の前にメリルさんを助けないと。」


「そうだった、悪者三馬鹿をぶっ倒すんだっけ?」


その言葉に、宰相は顔を真っ赤に紅潮させる。


「無礼であろう!!平民共がなんだその態度は!!!」



あれ?なんか見たことあるな。ナナはそんなことを考えている。


「こいつ、悪の親玉に似てるな。赤くなってうるさいとこ。誰だおまえは?」


そして思ったことをそのまま口にして自然に火に油を注ぐ。



慌てたジルがナナにジードルさんのお父さんだよ。と耳打ちしていたが、すでに遅かった。


「貴様らぁ!!王室侮辱罪だ!衛兵!!衛兵!!!」


しかしネメシス宰相のその声に反応する者はいない。



たまりかねて、レギオン侯爵が発言する。


「少し落ち着きなさい宰相殿。衛兵には詰所での待機を命じてある。」

「何ですと?何故そのような…。」


言い終わる前にレギオン侯爵は続けて言う。


「それに彼らの陳情に騒ぎ立てているのは三名だけ。あなた方は彼らの陳情にうしろめたい何かでもあるのか?」


「!」


レギオン侯爵もこの時を機と見ていたらしく、これまでになく強気だった。



「そんなことはない。我らにうしろめたいことなど!」

「しかり。」



そんな中、セロは一人不穏な気配を感じて確認のためにジルに声をかける。


「ジル、刺客が四人隠れてるんだけど、数合ってるかな?」


探知魔術を使用して確認するジル。


「えっと…、はい、合ってます。四人ですね。武器を持った人が潜んでいます。」



ジルの返答にビクンと反応を見せる宰相。



セロが片手を上げる。

そして刺客の居場所を指示。



諜報組が素早く行動を開始、刺客はあっさりと無力化され床に転がされる。



宰相は高額で雇った刺客を軽々と無力化した無礼者共の能力に驚き、無能な刺客を憎々しく睨みつけている。




準備はできた。


「王女さん、頼む。」


エトワールは頷き、国王の耳元で囁く。


「陛下、メリル・ラスターニの再審議をお願いいたします。」


国王が僅かに頷く。




こうして審議は開始された。



セロたちの調査結果をロッテが読みやすく資料としてまとめた物。

まずはエトワールがそれを読み上げる。


続けて王国側の資料も。


元々関与していない為、罪を示す証拠は存在しない。



セロは捏造された証拠を論破するべく気合いをいれていたのだが、完全に肩透かしをくったようだった。


「なんでこれで極刑なんだ?どう考えてもおかしいだろ?」


宰相たちにわざと聞こえるよう、口に出していた。



それに加えレギオン侯爵直筆の調書を提出。


あっさりとメリルの無罪は認められた。



このあたりで、ひっそりと玉座の間を後にする三馬鹿。

その表情は暗く、そして静かな怒りを内包していた。




罪人リストのメリルのページに、冤罪、無罪確定。と大きく記される。



皆がメリルの無罪を喜び、肩を抱き合った。

メリルとラスターニ一家は大泣きしている。


「ふぐぐぐ…。」


ナナもまた、泣いているジル達を見て泣き出していた。



「おし、仕事は済んだ。帰れる奴はそれぞれ帰るか。」


オルガンが言うと、皆もそれぞれ帰宅していく。

さすがに転移による帰還は避けた。



残っているのは、セロ、ナナ、ロッテ、ハンナ。あとは大泣き中の四人だった。


王は自室に戻ったが、エトワールとルーシア。レギオン侯爵はここに留まっていた。



そしてセロが疑問を口にする。


「で、お膳立てしてくれたのは誰?」


「え?」


ロッテはセロが何を言ってるのか、まったくわからない。


レギオン侯爵が、セロに質問を返す。


「どうしてそう思ったんだ?」


聞いた侯爵はどこか嬉しそうだ。



「あぁ、そうか。レギオンさんに入れ知恵した人がいるんだね?でもそれって…。」


玉座の間の脇、控室の扉から一人の男が歩み出る。



「お父様!!」


ロッテは思わず叫ぶ。


その人物はウィラン・カールレオン。

セロ達にとって、ここにはいないはずの人物だった。



「やはり、セロ君には気付かれてしまったようだね。やはり君は素晴らしい。」


そう言ってセロを褒めちぎる。



「どうしてお父様がこんな所にいるんですか!」


カールレオン公爵は愛娘であるロッテに詰め寄られていろいろと白状させられていた。



一行が試練場を出てすぐ、王都での行動の援護をするべくこっそりついてきていたこと。

それは王国がビフレスト商会と敵対しないよう、便宜をはかるのが目的だったらしい。


ところが、一行の馬車が突如ありえない速度で爆走を始めた。

見失い、置いて行かれた為に王都まで寄り道もなく強行軍で急いで追いかけたが到着したのは少し前。


慌ててレギオン侯爵に連絡し、ビフレスト商会の情報を知らせ、根回しを依頼したのだそうだ。



「なんかすんなり事が運ぶから。うまくいきすぎて逆にあやしかったんだ。」

「君らなら、私の支援などなくとも事を成したろうとは思う。けど、王国との間に溝ができるのを私は避けたかったんだ。」



そうして、皆が互いに感謝を伝え、和やかな時間が過ぎる。




カールレオン公爵はレギオン侯爵に目線を送る。

察したレギオン侯爵は、皆から少し距離をとると二人は密談を始める。


「マルス、悪いニュースもあるんだ。」


その内容はあまり良い事ではないようだ。


「道中で耳にしたんだ。公爵領内にある、南部開拓地。そこの住民が消えた。」

「消えた?」


「ああ、言葉通り、死体も残さず、綺麗さっぱりだ。開拓地を任せていたワルザ男爵以下、一人残らずな。」


二人は雰囲気に水を差すのを避けての密談だったのだが、セロは会話を聞き取っている。


「開拓地には、魔物の襲撃に類似した痕跡が見受けられるそうだ。」

「だが魔物の襲撃とも考えられん。死体もないんだ。偽装としか…。」


セロは二人の会話に参加する。


「それ、魔女さんが言ってた、事ってやつの下準備じゃないのかな?」


「セロ君、何か知ってるのかい?」

「魔女?事?」


大聖堂での出来事と会話を二人に伝えた。



「つまり、この件はまだ終わりではなく、続いている。そしてその黒幕一派は王国に動乱を起こす予定があるってことだな?」

「そうなるね。目的は不明だけど。」


レギオン侯爵の確認するような問いかけを肯定するセロ。



「たしかにそれはわからないな、だがそれは君たちが心配することじゃない。」

「あぁ、大人の仕事だ。おまえたちは学生に戻ってお勉強だ。」


二人の大貴族は現時点でこの件にセロ達を関わらせるつもりはないようだ。



「そうだよ?セロ君にはもっとシャルと仲良くなってもらわないとね。」

「俺とロッテは割と仲良しだと思うんだけど。」


「もっと、もっとさ。子供ができるくらいに。」


カールレオン公爵の望みは少し飛躍していた。


「おいおい、ウィラン。セロはまだ14。ちょっと早くねぇか?」

「シャルは16だ。大丈夫大丈夫。」


レギオン侯爵はそれを嗜めようとするが、カールレオン公爵の方は聞く耳を持たない。



「じゃあロッテに頼んでみるよ。」


「何を頼むんですか?セロさん?」


そこには笑顔のロッテ。だがその目は笑っていない。


「ロッテ、子供をつくろう。」

「つくりません!!」


そして父親を冷たい目で見据えるロッテ。


「お父様、何か言い残すことはございますか?」

「いやいや、何で怒ってるんだい?シャル。援護射撃だよ?もっと仲良くなれるようにってね。」


「飛躍しすぎです!こういうことには順番があるんです!!」


そのまま娘に説教される公爵をとりあえず放置して、レギオン侯爵はセロに話しかける。


「基本的にお前らをゴタゴタに関わらせるつもりはないんだが、そうも言っていられなくなる可能性もある。」


「かもね。でもあの魔女って呼ばれてた人、あれはさすがに無理だよ?あれが相手なら逃げた方がいい。」

「それ程か。ならオルガン氏に伝えておいてくれ。もしもの時は相談に乗ってほしいってな。」


「わかったよ。」



そして、陳情に訪れた皆が帰路につく。



カールレオン公爵はそれを見送り、再度レギオン侯爵に話しかける。


「少し滞在する予定だったんだが、そうも言ってられない。私はこのまま開拓地へ視察に向かうよ。」

「ウィラン、護衛に騎士を寄越すから少し待て。」


「大丈夫。自前で雇ってある。マルスは王都の守りに尽力するといい。」

「そうか…、ならいい。だが用心はしろよ?」


「わかってるさ。だが用心するなら、むしろそっちだと思うがね?」


「ん?」


現地視察に向かうカールレオン公爵よりも王都のレギオン侯爵の方にこそ用心が必要。

そんな友の言葉にレギオン侯爵は疑問の表情だ。


「セロ君から聞いた限りだと、動乱の担い手の目的には王都が含まれているんじゃないか?」

「そうなのか?」


「そうだよ。三人を殺処分って大司教が言ってたんだろう?」

「あぁ、そうだったな。ならせいぜい気張るとするか。用心してな。」



公爵が去っていく。

そしてレギオン侯爵はその背に向けて呟いた。



「死ぬなよ…?」

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