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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
01 名無しの国
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002 兄妹

「この子の恩恵は世界を変える。」



8年前、地下街の中層、ビフレストと名付けられた建物のとある一室で、赤毛の赤子を抱いた男は幸せそうに呟いた。



赤子と同じく赤毛、豊かな髭を蓄え、長身ではあるがやせ型の体躯は、彼が荒事を得意としない、この国では珍しいタイプであることを示していた。


その言葉を耳にした男の妻は出産直後。ベッドに横たわったまま琥珀色の瞳で夫を見やる。


「どうしてそんなに嬉しそうなのですか?」


妻は夫の嬉しそうな態度の理由を尋ねていた。



妻は色白で、背中の中程くらいまで伸ばした黒髪を一つに束ね、左肩から前に垂らしていた。

温厚そうな顔立ちの、なかなかの美人である。


赤子の手に触れさせている鑑定板に視線をやり、夫は答えた。



「付与魔法:恩恵。」


付与魔法はこの世界において割と有名な魔法だった。

恩恵を所持した者も多い。


生物付与が得意な付与術士であれば味方に強化魔法をかけたり、敵を弱体化したりと、援護に特化した魔術士として重宝される。

物品付与が得意なタイプであれば、道具や装備品に技能を付与し、一時的な武装強化が可能となる。


さらに、遠い過去には、魔道具の製作をも可能とする物品付与術士もいたのだとか。


魔道具に付与された魔術は魔力さえ流せば誰でも使用可能。しかし、その製法は失われて久しい。


例えば、ここの住民があたりまえに着込んでいる浄化服。これは、服に浄化の効果を付与してあるものだ。

同様に、自身の使用できる付与魔術の効果を一時定着させるだけなら、物品付与のできる付与術士なら誰でもできる。

しかし、その効果には時間制限があるし、範囲制限もある。術者から距離を置くと効果が霧散してしまうのだ。


実は住民らが何気なく羽織っている外套。これの浄化効果は、魔力さえ流せばいつでも、どこでも、何度でも機能する。

しかも製作者はとうの昔にこの世を去っている。術者の死後も機能を失わない。完全なる魔道具だった。



「おっと、話がそれてしまったね。なんにせよ付与魔法の恩恵というのは…。」


どちらのタイプであれ非常に有用とされる。

付与魔法:生物もしくは付与魔法:物品のどちらかの恩恵を持つ者は、修行さえ怠らなければ将来を約束されたようなものだった。



しかしこの赤子の恩恵には、初めて耳にする副次効果が追記されていた。



付与魔法:恩恵。


これまでの付与術士は生物か物品か、魔術の対象を指定されていたケースが多かった。


この赤子に宿った恩恵は対象でなく付与の内容が指定されている。

生物にも物品にも恩恵を宿すことのできる未確認の魔術を行使する恩恵ではないかと夫は考えていた。


「ならば私たちのような恩恵を持たない者、地上で苦しむ人々を救える恩恵なのでしょうか?」


夫は笑顔を崩さずに、ベッドに座り妻に寄り添う。


「いや、そうはならない。」


妻を見つめて、夫は続けて語る。


「これは王の地位すら脅かしかねない強力無比な恩恵だと僕は思う。」


ありのままを報告すれば、すぐにでもこの子は王に奪われるだろう。その予測まで妻に伝えた。


「そんな…。」

「報告しなくとも、この恩恵の存在が明るみにでれば、同じことになると思う。」


妻は夫の服の端をつかみ、涙をこぼしながら問いかける。


「どうすれば…?」


夫は妻の手に自分の手を添えて微笑む。


「考えがあるんだ。セロが戻ったら、一緒に聞いてほしい。」




さらに遡り14年前。


夫アーキン、妻マーサ、共に恩恵や技能を持たない一般人であり、

外民として地上で慎ましく暮らしていた。


夫の父親は、浄化魔術の使い手で集落の保全に必須の人材であった。

そのおかげで、国の人間、この場合は警備兵のことだが、彼らとよい関係を築くことができていた。

住まいもビフレスト地上露出部という、外民としては最上級の家だった。


ここは警備兵が常時目を光らせている施設だ。

一家は他の住民からの略奪の対象とならずに生活できていた。



そんな二人の間に長男であるセロが誕生した時にそれが一変した。


この国では、恩恵、もしくは技能を持たない者は無能と判断され、一部の例外を除き原則としてビフレストの中への通行は許可されない。

持たざる者は外民として生きることを決定づけられるのだ。


そんな中、生を受けた虹眼の男児は天才だった。



セロ(虹人)


レベル 0


恩恵 剣術:大剣

   身体強化

風魔法:電撃


技能 風魔術:放電


効果 なし



国中を探しても、恩恵を複数宿した者は王を除けば一人しかいなかった。


さらには高い魔力を有するとされる虹眼発現者。

将来は下層どころか楽園入りも間違いない逸材であると国は判断し、夫婦と子供の3人、ビフレスト中層までの通行許可と居住権を手に入れた。




セロが誕生して6年。

狩猟隊の座学を終え、赤子の兄セロが帰宅し父から語られた内容は、以下のようなものだった。



赤子に恩恵がなかったと虚偽の報告をし、外民である父に預ける。

鑑定魔法を使用されればすぐに露見してしまうため、僅かな疑念も抱かれぬよう、基本的に一切の接触はしない。

周囲の人間には、無能な子供を放逐した、とだけ思わせる為だ。

狩猟者見習いであるセロが地上に赴く際に、可能であれば手紙のやりとりを行い、互いに近況を報告する。

やがて赤子が成長し、理知が宿り、自分を知り、状況を理解した時。

その時に赤子が自ら口にした願い、望みを家族の目指す指針とする。


これに皆が同意し、ナナは外民となり、祖父と暮らすこととなった。




そしてさらに8年後の現在、家族の存在を知ったナナは涙を流していた。


「父ちゃん母ちゃん、そして兄ちゃん?」


「…。」



「会えないのか?あたしが嫌いなのか?」


老人を真っ青な瞳で見つめた。


「嫌いな訳がない。」


老人はナナの頭を撫でる。


「質問に答える前に、一つだけ教えてくれんか?」


「?」


「望みは変わらないかね?」


ナナは涙目を両手でこする。


「少し変わった。」


そう口にした。そして顔を上げ、老人をまっすぐに見つめてこう言った。


「父ちゃんと母ちゃんと兄ちゃん、そんであたしとじいちゃん。みんなで外の世界に行きたい。」



その願いを耳にした老人は覚悟を決めた。


「ならばその願いを叶えるため、おぬしは自分の恩恵である付与魔術を使いこなさねばならん。さすれば家族が再会する道も開けるやもしれん。」



ナナは期待に満ちた目で老人を見つめる。


「それならあたしは魔法少女になるぞ!」



その言葉に意を決した老人は、ならば魔術の勉強じゃ。と用意した書物に手を伸ばす。



「勉強はイヤだ!」


即答された。



予想外の返答にポカンと口を開けて固まったままの老人に対して得意げに親指を立てるナナ。


「あたしは実戦派なんだから森で鍛えてくる!」


ナナは満面の笑みで、老人が止める間もなく家を飛び出して行った。


そして、家族と再会できるかもしれない、その目標が定まった喜びの感情のままに叫ぶ。



「ヒャッハー!」



「待つんじゃ~~~~~~~。」


我に返った老人が叫ぶが遅かった。


ナナを追いかけ外に出た老人が見たのは、住民にぶつかって、ふぎゅ!と変な声を出してひっくり返っている孫娘の姿だった。



「すみません!」


慌てて住民に謝罪してナナに駆け寄る老人。


「この慌て者め、尻叩き100回じゃ!」


「!?」


鼻を赤くしたまま、ナナの顔が恐怖に染まる。目の色も真っ黒だ。

そこに、タックルをくらった住民が声をかけてきた。


「まぁまぁ、あまり怒らないであげて下さい。」


その人物はフードをとり、ナナに対しにっこりと微笑んだ。

温和そうな顔立ちの老婆だった。


「こちらは怪我もしておりませんし。」


今度は老人に対して微笑む。


老人は、老婆が初めて見る顔だったので別の集落から流れてきたのかと当たりをつけ、尋ねてみる。


「見かけない顔ですな、失礼ですがどちらから?」

「遠いところから。」


老婆は微笑みを崩さないままに返答した。

その言葉から、何かを理解した老人は真剣な顔つきになる。



「少し話をしませんか?」


老人はその優しそうな老婆を家に招いた。




しばらくの時が過ぎ、老人二人の会話からいろいろなことが分かった。


老婆は外の世界からの来訪者だった。




「外の世界のお話聞きたい!」


早速ナナは老婆にお願いしてみた。



老婆はナナを慈しむように見つめる。


「西の果てにある大壁を越えると、グランシエルという名の王国があってね。」


老婆はそこの王都で生活していたらしい。


「そこには多くの人が生活していて、ここと違って雨水に毒が混ざっている、なんてこともないんだ。」


ナナは王国の様子や、そこでの暮らし、食べ物の話などを目を輝かせて聞き入っていた。

中でも、騎士や魔術師を育成する王立学院という教育機関の話に食いついていた。


「学校行きたい!友達つくりたい!」


と大騒ぎしていた。興奮しすぎていたナナを老婆は膝の上に乗せてさらに語った。


「にしてもここは本当に暗いねぇ、太陽の光も届かないなんて。」

「太陽?」


「お外にある篝火の近くは明るいだろう?」


ナナは膝に乗ったまま老婆の顔を見上げて、ふんふんと鼻を鳴らして頷いている。


「外の世界はね、お空に大きい篝火が浮いているんだ。それが太陽さ。」


きょとんとして老婆を見つめているナナの頭を撫でながら老婆は続けた。


「篝火は近くしか照らしてくれないけど、太陽は世界を照らしてくれるんだよ。」


しかし、世界が明るいという状態を想像できないナナにはいまいちピンとこないようだ。


「そんな大きな火がいたら火傷すんじゃね?消した方がよくね?」


灼熱の世界を想像してふるふると擬音が聞こえそうな感じで震えている。


「火傷なんかしないよ、ぽかぽかしてあったかいくらいさ。」


老婆はにっこりと微笑み、つられてナナも笑顔になる。


火傷しなくてあったかい、よくわからんがそこら中が明るい。なんかすごそうだ。

そんな結論に達したようだ。



「すげ~~~!太陽すげ~~~~!」


また騒ぎ始めていた。




その後も話は続き、老人が問いかける。


「あなたのようなお人がなぜこんな場所に?」


老婆は特に隠すこもせず、素直に語った。


彼女は王宮の宮廷魔術士の一人として、王族お抱えの治癒術士であった。

が、内部の権力争いに巻き込まれ、濡れ衣を着せられ極刑を言い渡される。

咎人としてコーンウォールに連行され、廃棄場に落とされたと語った。


外界の人々は大絶壁のこちら側を廃棄場と呼んでいるらしい。

そしてコーンウォールというのは大絶壁の呼び名だ。


壁は自然のものではなく意図的に造られたものであり、大小様々な大きさの四角の石材が大量に積み重なっているのだとか。

そしてそれを見た昔の探検家が身の詰まったトウモロコシを連想してそんな呼び名を付けたそうだ。


過去の文献では、ノルンの大壁、となっていて、鑑定結果からもこちらが正式名称である。

しかし現代ではコーンウォールの呼び名が定着してしまっている。とのことだった。


極刑として、コーンウォールから落ちた先は湖になっていた。

背後の壁面には大量の浄化灯が設置してあり、まわりを見渡すと湖の周囲は崖だった。

周囲を見渡し、浄化灯の微かな光から東側にあった崖の切れ目を視認。そこを目指して泳いだ。


湖を抜けたところで巨大なモノリスを発見した老婆は、それに刻まれていた内容を語った。


密林を抜けるには浄化と解毒が必須技能となること。

さらに、人を喰らう危険な害獣が存在すること。

そして生き残るには楽園を目指さねばならないこと。


老婆はモノリスの記述に従い、どこにあるかもわからない楽園を目指して東へ歩いた。



これは、事実上の処刑だと老人は思った。


通常の来訪者は外界から地下を通って楽園へと連行される。

おそらくは王、もしくはそれに近しい者しか知らないルートがあるのだろう。

地上からここに辿り着いた者など、少なくとも老人は見たことがなかった。



老婆は光魔法の恩恵を持ち、浄化と解毒どちらも使用可能だった。

さらに運よく強力な害獣に出会わなかった。


小型の害獣から逃走しつつ森の果実で腹を満たし、七日程で篝火の明かりを発見してこの集落に辿り着いたらしい。



今度は老人が老婆のために、国について、虹雨について、害獣やここでの暮らしについて説明していく。


このあたりでナナは鼻風船を膨らませ夢の世界へ旅立っていた。





それから、ひと月程経過したある日。

場所はビフレスト上層、狩猟隊の詰所の一角。


今日は国に定められた狩りの日。


浄化魔術の付与された狩猟服と鋼鉄製の装備を身にまとい、鑑定板を眺める黒髪の少年がいた。


鋼鉄で固められた部位は胸当てと小手、それと靴のみ。


これは、狩猟者の中では軽装の部類に入る。


そしてその背にあるのは、自身の背丈と変わらぬ長物。

しかも刃は厚く、大人でも振り回せぬのではないかと思われる巨大な大剣。


そんな少年の眺める鑑定板にはこう記されていた。



セロ(虹人)


レベル 42


恩恵 剣術:大剣+2

   身体強化+3

   風魔法:電撃


技能 風魔術:放電


効果 浄化

   解毒



レベルは狩猟者の平均を大きく上回り、厳しい鍛錬によるものか、強さを求める意思の力か。

その身に宿った恩恵の強さまでもが強化されていた。



14歳になったセロは、狩猟者の一部隊を任されるまでになっていた。


個人の強さにおいても最強の狩猟者として、ビフレストで知らぬものはない強者だった。



セロは自身の鑑定結果を眺める。


「まだ足りない…。」


呟いて憂いの表情を見せていた。



しばらく前に、家族の存在をナナに打ち明けたことを祖父から聞いた。同時に妹の望みも。

どうやって実現させるか考えながらも、自身の強さに満足できない原因となった昔の出来事を思い出していた。



セロは最強だとか英雄だとかもてはやされてはいたが、今の自分ではまったく相手にならない程の強者の存在を知っていた。



一年程前、狩猟隊の隊長に任命された時、ビフレスト最下層の大広間に呼ばれ、そこで出会った。

楽園へ続く塔を管理し、支配する者。自分と王ともう一人いると言われていた複数の恩恵を持つ者。



「お前がセロか。」


2メートル近い巨躯に、はちきれんばかりの筋肉。

ボサボサの状態で茶色の長髪を肩まで垂らし、その間から覗くギラついた眼光に隙のない立ち振る舞い。

強者であることを体現したかのような風体をした男だった。


「その年齢でその強さ。才能だけなら俺よりも上をいってやがる、たいしたもんだ。」

「いえ、自分などまだまだです。」


お互いに相手を値踏みするかのように視線が交錯する。

その時セロは現時点の自分がこの男に遠く及ばないことを理解してしまった。


「オルガンという、よろしくな。」


ナナの願いを叶えようにも、オルガンの存在がある以上、力押しは難しい。

一年たった今でも、まったく勝てる気がしないのだ。



「やはり情報不足だな…。」


自分自身を鍛えつつ、情報収集に力を入れよう。と決意を新たにしていると、詰所に狩猟者達が集まり始めた。



「お、隊長。いつも早いね。」


ぞろぞろと入ってきた男達はセロへの挨拶もそこそこに狩りの準備を始めていた。


しばらくして、隊のメンバーが揃い、皆の準備が終わったのを確認してから声をかける。


「よし、それじゃあ今日もやるか。」


セロは隊を率いて地上への階段へと足を進めた。

そして階段前の広場で、一人の男に声をかけられた。


「やぁ、セロ。今日は狩りの日かい?」


セロはその人物を見るなり、笑顔を見せる。


「あぁ、先生か。そうだよ、俺はたくさん害獣を狩って出世して、家族を中層に呼んで一緒に暮らせるようになりたいんだ。」


先生と呼ばれた人物は、中層で虹素や害獣を研究をしている研究者だ。


セロに様々な知識を与えた恩師の一人であった。


研究者と称するだけのことはあり、虹素や害獣に限らず恩恵や技能、さらには外界の知識にも精通している。

セロだけではなく、多くの住民が彼のことを頼りにしていた。



「エルンスト先生はこんなとこで何を?」

「いやぁ、研究に使用する植物の採取をしたくて、君たちに同行させてもらおうかと待っていたんですよ。」


言われてみれば確かに浄化服や採取用の道具、大き目の背嚢等、それらしい格好をしていた。



セロをはじめ、皆が微笑む。


「先生の頼みを断る人間はいませんから。」

「ありがとうございます。」


隊長であるセロは、念のために釘をさしておく。


「ただし、俺から離れないでくれよ?」


エルンストはセロの後ろに移動する。


「もちろん、わかっていますとも。」


そう言って笑顔で狩猟隊に追従した。




地上に出た狩猟者達は、雨が降っていないことに安堵し、狩りの拠点とする集落へと向かった。


他の狩猟隊も、それぞれの拠点へと散ってゆく。



隊長であるセロの意向で、この隊の拠点はセロの生まれた場所、祖父やナナの暮らす集落となっている。


獲物の運搬要員の確保や、休憩場所の手配等を行っている間に、セロは集落の中央広場にある浄化具の前で老人と話していた。



二人がお互いの近況報告を済ませると、老人が言った。


「セロ、実はな、この近況報告のことを知ったナナが、おぬしの顔を見たいと言い出してな。」


セロは目を見開き、少し驚いた顔になる。


「え?連れてきてるの?」


老人はばつが悪そうにしながら、自身の髭を触る。


「いや、前回の狩りの時にこっそり尾行しておったみたいなのじゃ。」

「そいつはまた。家族のこととかで落ち込んでるんじゃないかって心配してたんだけど、元気みたいだな。」


「うむ、兄ちゃんかっこいい。とか言うておったな。」


セロは満面の笑みを見せる。


「そいつは嬉しいな。俺も可愛いナナに早く会いたい。」


本心からの言葉だった。



「まさか今日も?」


声を落として尋ねてみる。


それを肯定した老人と会話を続けつつ、セロは周囲の気配を探る。

少し離れたところ、樹上にちっこいのを発見し、呟く。


「ちゃんとフードで顔を隠してるな。えらいえらい。しかし木登りとはお転婆だ。」


と言いながら笑顔でナナに手を振る。


ナナは瞬時に反応を見せた。

枝にしがみ付いていたのが、がばっと立ち上がり、ちぎれんばかりに手を振っている。


「こりゃあ、ますます頑張らないとなぁ。」


セロは手を振りながら、老人に小さな包みを渡した。


「先生に面白いことを聞いたんで、その知識を元に母さんが作ったんだ。ナナにプレゼント。」


少し離れたところで狩猟者と話しているエルンストに目配せしながら続けた。


「浄化した濃い虹水に漬け込んだ特殊な紙を使ったメモ帳。」

「何に使うんじゃ?」


「エルンスト先生が言うには…。」


虹素は有害だが浄化して無害化した後は、優れた魔法の触媒になる、とのこと。

害獣が吸収した虹素を体内で結晶化させたものを虹石と呼び、虹石そのものや、小さい虹石を砕いて粉状にした虹砂などは、外界で高値で取引されているらしい。


「そんな話を聞いたもんで、父さん、母さんと三人で考えたんだ。」


ナナが付与術を使えるようになった時、その内容が恩恵を付与するものであった場合。


害獣の皮を原料にした紙に虹素を含ませて製作された虹紙。

これを本にして、1ページごとに異なる付与をすることで、使用していない恩恵をストックするツールとして使えないか。


「って考えたんだ。よかったら使ってみてくれ。付与が無理そうならメモ紙にしてもいいしな。」



老人は包みを握りしめる。


「家族からのプレゼントか。ナナのやつの大騒ぎが目に見えるようじゃ。」

「それと。」


セロは真面目な顔つきになり、


「今日の手紙には重要なことを書いてある。例のばあさんと三人で読んでおいて。」


もう一度ナナに手を振って、セロは狩猟隊の方へ歩き出した。



狩猟者の一人が声をかけてくる。


「もうよろしいんで?」

「あぁ、気を使わせてしまってすまない。」


そしてセロは集落を後にした。



国の周囲、密林の奥地に複数存在する虹素溜まり。そこは害獣たちの住処となっていた。

狩猟者はそれを巣と呼んで、大型の害獣を避ける為そこからある程度の距離を置いた適当な場所を狩場としていた。


害獣を拘束し直接戦闘するチーム、周囲の樹上から矢を射かけ援護するチーム。

そして後方で指示を飛ばすセロの周囲には魔術士や予備戦力、エルンストらが戦闘の様子を眺めていた。


また1体、猪に似た小型害獣が倒され、隅に運ばれていく。


これは見た目通りの呼び名で猪と呼ばれ、猪が害獣となったもの。


体長は2メートル前後、全身の筋肉は分厚く、打撃にはすこぶる強い。

体の前面の皮膚は硬質化していて、硬皮と名付けられ猪の体当たりを強化している。

特に額の硬皮は鋼鉄並みの強度で、それを使った頭突きが猪の最大の脅威となっている。


しかし、組織的に訓練された狩猟者たちにすれば、よい獲物だった。


「今日の猪は大漁だな。」


笑い合う狩猟者達を引き締めるべくセロは、注意喚起の声をかける。


「森では何があるかわからない。油断しないように。」


声をかけると同時に周辺の警戒、害獣の誘引を担当する狩猟者が狩場に飛び込んできた。


「すまん!二体だ!」


セロは、すぐさま追加の指示を飛ばす。


「最初の一体はそのまま継続して狩れ、二体目はお前たちだ。」


予備戦力として待機していたチームが動き出す。

魔術士達は予備隊の援護にまわし、セロは樹上の射手を見上げる。


「様子はどう?」

「あ~、三体目がいますね。しかも中型、大蜘蛛です。」


大蜘蛛は胴体だけでも体長4メートル。


素早い動きと糸による拘束。足の爪先と牙からは麻痺毒を分泌する強敵である。

他の狩猟隊であれば、これ単体との遭遇であっても間違いなく逃亡を選択する。


そんな大蜘蛛の接近を知っても、この狩猟隊のメンバーは皆、落ち着いていた。

自分らよりも遥かに年下の14歳の隊長、セロ。彼に寄せる絶大な信頼の現れだった。



一瞬だけ思案顔になったセロは、簡単な指示を出す。


「二人程降りてきて先生の護衛を頼む。俺は蜘蛛を片付けてくる。」


素早く森を移動し、大蜘蛛と対峙したセロ。


単体で狩猟隊を壊滅させかねない程の害獣を前にしても余裕の態度を崩さない。


戦闘開始を告げるかのように大蜘蛛が吐き出してきた糸を回避すると、セロは大剣を構えた。


「危ない危ない。」


同時にセロの体から青白いスパークがほとばしる。放電の魔術だ。


大蜘蛛は吐き出す糸を囮に、拘束用の糸を周囲に展開していたのだが、電撃によってその糸が燃やされる。

予想外だったのか電撃に驚いたのか、体をビクッと震わせた。


「見えてるぞ。」


セロは蜘蛛に向かって言い放った。


危険を感じ大蜘蛛が逃走を図ろうとじわじわと後退を始めるが、瞬時に肉薄したセロが腹下から大剣を突き上げた。


「おおっ!」


気合とともに人外の膂力をもって、そのまま突進して樹木に縫い付けた。


さらに追加で放電の魔術を使用し、セロが青白いスパークを放つ。

電撃が大剣を通して大蜘蛛の体内を焼く。


しばらく痙攣していた大蜘蛛が絶命した頃。


「隊長~。大丈夫ですか~?」


やってきた狩猟者たちは、蜘蛛の死体を見るなり、騒ぎ始める。


「こいつはすげぇな、大物だ。」


「流石は隊長。今回の狩りもセロ隊がぶっちぎりですね。」

「でも今日は何故だか害獣の数が多かった。他の隊もいつもは小型種2~3ってとこだが今回は沢山狩ってるかもな。」

「俺らは猪17に隊長のやった大蜘蛛だぜ?今回も勝ちに決まってるさ。」


狩猟者達の会話に耳を傾けながらも、セロは微かな疑問を抱いていた。


そう、害獣が多すぎた。


今回選んだ狩場は、巣からは十分な距離を置いている場所だ。

普段であれば小型種しか目にすることはない。


なのに中型種まで出現するというのは、セロには、何かの予兆のように感じられていた。



しばらくして、大量の害獣という戦果をもって帰還した狩猟者達。


当然のように、ビフレスト上層の詰所での打ち上げでも、沢山のご馳走が振舞われ、大きな盛り上がりを見せていた。



そんな時、別の隊の狩猟者が詰所に駆け込んで叫んだ。


「おい、大変だ!」

「集落に害獣の襲撃だ!お前らの拠点だぞ!」


瞬間、セロは詰所を飛び出し、疾風のように地上へと駆け上がって行った。


害獣に襲われるナナの姿を幻視しては怒りの感情に塗りつぶされそうになりながらも地上に到達。



雨が降っていた。


自身の魔術、放電は周囲を感電させてしまう為、雨天時には使用できない。


「ちっ。」


セロは、手札が一つ封殺されたことを舌打ち一つで黙殺し、足を止めることなく集落に向けて走り出した。

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