156 捕縛
翌日も朝からナナ達は姉妹の家にやってきていた。
アネットとマインは不在だったがいつものように付与魔術で部屋の暖気を行う。
「今日の親分は貴族をやっつけて白銀プリンを取り戻すぞ!」
暖かくなっている部屋で皆が一息ついている中、ナナは間違った方向に気合を入れている。
「違います、親分。今日も帝都住民の転移です。」
ロッテは冷静にナナの間違いを指摘してそのまま抱っこする。
何をするかわからないナナを捕獲しているのだ。
「あれは退屈だからイヤだ。親分プリンの方がいい。」
「親分、そんなことを言わないで下さい。これも人助けですから。」
ナナの説得にかかるロッテにジルとエトワールも加勢を始めた。
「ナナちゃん、貴族の街に行っても白銀プリンはないかもしれないからいっそ作ってもらおうって昨日言われてなかった?」
まずはジルから。
「むん?」
ナナは憶えていないようだ。
「そうですわ。皇宮の料理人に頼んでみてはどうかって言ってましたわね。私もそちらの方が確実だと思いますわ。」
次にエトワール。
「むん?」
ナナはよくわかっていないようだ。
「親分、バルディアさんかリンリンちゃんにもう一度会えたらお願いしてみますから、今は我慢して下さい。」
最後にロッテ。
「むん?リンリン?」
ナナはようやく何かを思い出したようだ。
「思い出したぞ!今日の親分はリンリンを美少女勝負で倒して白銀プリンを取り戻すんだった!」
「違います!!今日も親分は地下で帝都住民の転移です!!」
結局ロッテは同じようなセリフを繰り返すことになった。
少しの間、そのまま部屋で待機していると入口の扉が開いた。
「地下には誰も来てなかったよ。まだ二日目だから今日もたくさん来るんじゃないかと思ったのに……。」
皆が部屋を暖気している間に地下の広場の様子を見に行っていたセロが戻ってきたのだ。
「おかしいですね。アネットさんに聞いた話だと貧民はまだまだいるはずです。誰もいないというのは……。」
ロッテはセロの報告に疑問を抱き考え込んでいる。
「ニャニャ、白銀プリンってどんニャプリンニャ?」
「気にニャるニャ~。」
「ムフフ。そうだろう?ミケとクルルにも食べさせてやるからな。あたしの次に。」
ナナは収納魔術に収まっていたクレヨンを取り出す。
そしてそのままテーブルの上に置いてあった紙をひっくり返し、そこにぐりぐりとお絵描きを始めた。
描いているのは白銀プリンのイメージイラストだ。
どんなプリンがいいか、ナナは自分のイメージを紙の上で形にする。
「氷の魔王ニャ?」
「違うニャ、これはニャニャのパンツニャ。」
ナナの思い描く白銀プリンは形が雪達磨だった。
「そう思わせておいて実はプリンなんだ。白銀プリンだからな、寒そうなプリンに違いないぞ。」
どうやらナナにとっての寒さの象徴は雪達磨らしい。
お絵描きに夢中になっているナナ達が気になったのか、ジルとエトワールもそこに参加する。
「ナナちゃん、さすがにその形は難しいんじゃないかなぁ。器から出したら崩れちゃいそうだよ?」
ジルは雪達磨型のプリンを想像して真面目なコメント。
「安心しろ、ジル。プリンはぷりぷりだから大丈夫だ。」
球状のプリンを二つ縦に直立させても、それらはぷるんと震えてその形を保つことをナナは疑っていない。
「意味が分かりませんわ……。ぷりぷりって何ですの……。」
ナナの意味不明な返答にエトワールは呆れている。
「うぅ……、みんな可愛いです。」
状況を考えながらもナナ達をしっかりと監視していたロッテの目には、六匹の猫がテーブルに集まってじゃれているように見える。
ロッテは猫達を抱きしめたい衝動に駆られながらもじっとこらえていた。
「よし!あたしの絵が完成したぞ!兄ちゃんに見せに行ってくる!」
ナナは完成した雪達磨の絵を片手にセロの元へ。
「どうだ?兄ちゃん。あたしが描いた絵だぞ?上手だからあたしを褒めるんだ。」
完成した力作をセロに褒めてもらう。
そんな欲望をまったく隠さないでアピールするナナ。
「ああ。上手だね、ナナ。白銀プリンをお願いする時にはこの絵を見せて頼んでみようね。」
なでなでなでなで。
「さすが兄ちゃんだ!ナイスアイデアだぞ!これで白銀プリンのクオリチィが天井知らずに上昇するに違いない!」
「親分……。ティが言えてません……。」
ロッテはナナの後ろからその様子を眺めていて、あることに気が付いた。
ナナの描いた雪達磨の絵。
ナナはそれを両手に広げた状態でセロに見せているのだが、背後から見ると絵の裏面に何やら文字らしきものが書いてあるのだ。
「あれ?親分、その文字は……?」
文字が気になったロッテはナナの背後に近付いてそれを読む。
そして一つの事実が発覚。
ナナが落書きに使用した紙はアネットからの置手紙だった。
「……親分?」
「むん?」
「それは何ですか……?」
「雪達磨だぞ?白銀プリンのモチーフにするんだ。」
「いえ、落書きの内容じゃなくて親分が使った紙は何なのかという話です。」
「ロッテは相変わらずアホだな。紙は紙に決まっているんだぞ?」
ナナにはロッテが言いたい事はまったく伝わらなかった。
「親分は良い子だからな。壁とかにお絵描きはしないんだ。お絵描きはちゃんと紙にやるんだぞ?」
「ああもうっ!いいですか親分!これはお手紙で!落書きしてはいけない紙なんです!!」
そしてナナは顔面を挟まれた。
ナナの絵は床に落ち、セロはそれを拾って絵の裏面を見る。
「あ~、本当だ。置手紙だね。俺らに伝言みたいだ。」
セロは早速手紙を読み始め、ナナはぶら下がってじたばたしている。
ミケ達に質問されたナナは白銀プリンで頭がいっぱいだった。
テーブルの上にあった紙を見て、丁度いいからこれに絵を描いてどんなプリンかミケ達に教えてやろうと思い立った。
紙に文字が書いてあることには当然気付いていた。
しかしナナはそれを一文字たりとも読むことなくひっくり返して落書きを始めたという訳だ。
「なんか、貧民達が捕まっちゃったみたいだ。」
セロは手紙を皆にも見えるようにテーブルの中央に置いた。
その内容は以下の通り。
帝都守備隊による逃亡者の摘発が始まりました。
貧民達の中には守備隊に身内がいるものも少なくありませんのでいずれはと思っていましたが、露見するのが予想以上に早かったみたいです。
住民が逃亡を企てている事を知った守備隊は、妨害ではなく捕縛を選択しました。
私の知る限りでは、脱出の意思があった住民と守備兵は一晩で多くが捕らえられ、地下の監獄へ送られました。
帝都に残留する意思を示した者は守備隊の補充要員として編成されるようです。
私達もこのままここにいては捕まるのも時間の問題です。
マインと共になんとか帝都大聖堂に逃げ込んで匿って貰えないか頼んでみるつもりでいます。
この家は自由にお使い下さい。
可能であれば、捕らわれた人達の救出が出来ればとは思いますが、どうか無理はなさらぬよう。
手紙を読み終えた皆はいきなりの急展開に唖然となっていた。
帝都守備隊が救出開始日の夜にいきなり強硬手段に出るとは考えていなかったのだ。
「何でみんなびっくりしてるんだ?」
「きっとニャニャの絵がすごいって驚いてるのニャ。」
「ニャるほど。きっとそうニャ。」
見当違いのコメントを返しているナナとミケとクルルはあっさりとスルーされていた。
「数日は大丈夫だろうと思ってたんだけど……。」
救助を知らせるためとはいえ情報を拡散する以上、守備隊に露見して何らかの対策を打ってくることは想定していた。
しかしそれは想定よりも早く、対応も極端に過ぎる。
「ロッテ、エトワール。どう思う?仮に王国で似たような事態になったら聖壁騎士団は同じような対応を取るかな?」
「いいえ。情報を入手してもその確証を得るまでは調査と監視を行って様子を見るのではないかと思いますわ。」
エトワールの見解に、騎士団を知るロッテとアランからも反論はない。
「そうですね。帝都守備隊が仮にいなくなった住民に違和感を持ったとしても、動きに迷いが無さすぎます。」
そうなった原因は不明だが、順調だと思われた矢先に帝都守備隊に先手を打たれた格好になってしまった。
「少し危険だけど、動くしかないかな。」
今は守備隊の活動も活発だと思われるが、セロはそれでも行動すべきと判断した。
「帝都大聖堂ですね?」
「うん、アネットさんを見つけて話を聞こう。」
セロとロッテは頷き合い、他の仲間達も次の目的地を理解した。
「ふむん。親分もわかったぞ?本当だぞ?」
理解していないナナはロッテの服を引っ張る。
とりあえず退屈な地下での転移作業が変更になった事だけはわかったようだ。
「親分?次は何をするか、わかりましたか?」
「当然だぞ。怖いおっさんに見つからないようにアネとマインを探すんだ。親分の得意分野だから安心しろ。」
何を考えたのかナナはいきなり外に飛び出した。
「親分!?」
ロッテは慌ててナナを追いかけ、ジルとエトワールもそれに続く。
周辺はジルの探知で守備隊がいないことは分かっているが、それでもいきなり出ていくのは不用意に過ぎる行為だった。
ロッテ達が外に出ると、ナナは雪上で周囲を確認しながら匍匐前進を始める。
見つからないようにと言われればこれしかないと思ったのだ。
「冷たい!!!」
そして10秒程度で立ち上がったナナは部屋に戻って来る。
さすがに雪の中での匍匐前進ともなると、暖房着となった猫の着ぐるみでもその冷たさをカバーできなかったようだ。
「兄ちゃん、冷たいから無理だぞ?」
雪が冷たかったので暖炉の前で暖まるナナに皆が呆れていた。
「親分は何を考えているんですか!!」
そしてロッテのお説教が始まる。
「ナナちゃん!いきなり飛び出したりしたら、めっ!」
「腹ばいになって移動する意味がまったくわかりませんわ!!」
ジルとエトワールも一緒になってナナを叱る。
「あんな感じで移動すると見つからないんだ。でも冷たいから駄目だ。だからあたしはもっといい作戦を思い付いたんだ。」
お叱りはナナにまったく効果が無く、ナナは着ぐるみを着た自分とジルとエトワールに誤認付与術を使用する。
これまで猫だった三人が雪達磨に。
何故か白ではなく、それぞれの髪の色である茶色にピンク、そして真っ赤な雪達磨だ。
どう考えても目立っている。
「これで大丈夫だ。転がって移動すればばれないぞ?ロッテもやっぱり親分は天才だと思っているだろう?」
「……。」
「ふにゅっ!?」
ロッテは無言でナナの顔面を挟んで持ち上げた。




