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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
11 白銀帝国
196/236

153 貧民移送

「ニャ……、ニャ~。」


ナナは今さら猫のふり。



「何だ?ニャ~とか言ってるぞ?こいつ猫なのか?」


「ちょっと待って。この猫さっき一番とか言ってたわよね?何で猫が喋るの?おかしくない?」

「だよな。それに真っ赤な毛並みってのもどうなんだ?俺、こんな毛色の猫って見た事ないけどな。」


「いやいや、お前達。そもそも二本足で立っている時点ですでにおかしいじゃろう。」

「それになんかきょろきょろしてるし。明らかにこっちの言葉が分かってそうな感じなんだけど。」


貧民達はナナ扮する赤い猫をじろじろと観察する。



「ニャ、ニャ……。」


まずいぞ!親分の正体がばれそうだ!なんとかしろ!


ナナはそんな思いを表情に出して背後のロッテを見る。



「まったく、親分は……、仕方ありません。」


ロッテは赤い猫を抱き上げ、貧民達を見る。


「白銀帝国の皆さん、初めまして。私は王国東の公爵領から来ました、シャルロッテ・カールレオンと申します。」


ヘアバンドと眼鏡を外し、金髪に戻ったロッテは正直に自分の名を名乗った。


カールレオン公爵家には白銀帝国に対して物資の援助を行ってきた実績がある。

停戦交渉時のバルディアの発言からすれば、その事実は一般の帝国民にも浸透しているのだ。



続けて、転移門から出て来たのはセロだけだった。


ミケ達ニャンニャン族と、王国の王族であるエトワールは貧民達に余計な警戒を抱かせないようにお留守番。

護衛としてアランも共に残っている。


ジルはナナによって猫になってしまっているので共にお留守番。


問題なのは猫になったまま飛び出して行ったナナだけだったのだ。



セロはロッテの隣に立ち、油断なく周囲に目を配る。


ナナとロッテに手を出してくるような素振りを見せる者があれば即座に感電させて行動不能にしてしまうつもりなのだ。



「カールレオンとおっしゃいましたな?お嬢さんはその、王国のカールレオン公爵の?」


王国の者がこんな場所にいるはずがない。

本来であればそのように一蹴されていてもおかしくないのだが、ロッテの姿に見惚れる貧民達は何故かその言葉を素直に受け入れていた。



「はい。前大公ウィランは私の父です。親分、鑑定板をお願いします。」



ロッテはナナに鑑定板を出してもらい、自身の鑑定結果を見せる。

それは少なくともその名乗りが嘘ではない事の証明となる。



「おお……。本物だ。」


周囲を囲んでいた貧民達は、鑑定板を目にした途端にその瞳を輝かせている。


「ありがとうございます。貴女の御父上の援助にはここにいる多くの者が救われました。」


先頭の老人が頭を下げると、他の貧民達もそれに倣い次々と頭を下げる。



「父の送った支援物資はちゃんと皆さんの元に届けられていたんですね。」


「ええ。公爵様は聡い御方です。帝国貴族を介さずに教会を通じて物資の配給を行うことでそれを可能にしていたのです。」



カールレオン公爵は教会では枢機卿という立場にある。

それを利用すれば造作もないことだったのだろう。


セロとロッテはそのあたりの事情も予想がついたらしく、小さく頷き合っている。



「何で親分よりも子分の方がチヤホヤされるんだ!?親分納得いかないぞ!?」


ニャンニャンに擬態している筈のナナはどうでもよくなったのか、猫の姿のままでロッテの服を引っ張って抗議している。



「やっぱり喋ってるな……。見た目は猫なのにどうなってんだ……?」


貧民達は開き直って普通に喋り始めたナナを怪訝そうに見ている。



「シャルロッテ様の飼い猫なんですか?よく見ると可愛いです。撫でてみてもいいでしょうか?」


ロッテよりも少し年下に見える貧民の少女はナナが気になったのか近寄って赤い猫に手を伸ばす。


「あたしは飼い猫じゃないぞ!あたしが親分だ!それにあたしはよく見なくても可愛いんだ!美少女なんだぞ!!」


そうは言いながらもナナは撫でられるのは嫌いじゃないので大人しくなでなでされていた。



「それでは皆さん、これより転移魔術による移送を開始したいと思います。」


ロッテは最大サイズの窓枠を壁際に展開し、そこに転移先の光景を映し出す。


「ここは王国北部の城塞都市ラムドウルです。現在こちらは帝国への貸与地となっています。」



初めて目にする王国の光景に貧民達は食い入る様に映像を凝視している。


「さ、親分。これを転移枠にして下さい。」


「そうくるだろうと思って準備していたぞ!でもこの技は魔力を貯めるのに時間がかかるんだ!!あと技名もまだ決めてない!!」


ナナはロッテに抱かれたまま、片手の肉球を自分の額に押し付けて難しい顔をしている。


「あの、親分?いつも溜めとかなしでポンポン使ってるじゃないですか。技名とかもいいですから。皆さん待ってますしとりあえず転移をお願いします……。」



一生懸命考えたかっこいい転移枠の演出をあっさりと流されてしまったナナは子分のノリが悪いことにぶつぶつと文句を言いながらも地理枠を転移枠に変化させた。



こうして、地下に集った貧民達の脱出が始まった。



「シャルロッテ様、これをくぐるだけでいいんですか?」


「はい。危険はありません。通ってもらうだけで大丈夫です。」

「あたしの転移魔術なんだからな?みんなあたしに感謝しながら通るんだぞ?」



最初はおっかなびっくりといった感じで転移枠を眺めていた貧民達だったが、やがておそるおそる転移枠を通過していく。



現在のラムドウルは快晴。

曇天の下で雪に見舞われていた極寒の帝都からすれば、その快適指数は雲泥の差だった。



「暖かい……。」

「本当だ。王国はこんなに温暖なのか……。」


暖かい南の土地にやってきた貧民達が感動のあまり、しばしの間立ち尽くしていると城塞都市の方から複数の騎兵が馬を飛ばして来る。


「やあ同胞達。待っていたぞ。」


騎兵達はラムドウルの近郊一帯での運搬作業や国境の監視に従事している帝国氷軍の者達だ。


バルディアは今回の依頼に先駆け、現れた帝国難民の誘導を強化するよう氷将軍ジェリドに言い含めていたのだ。



「もう心配はいらない。食糧も仕事も用意がある。住居の数は未だ十分とは言い難いけどな。」



食糧がある。


その言葉は腹を空かせた貧民達にとっては何よりの言葉だった。


「後に続く者の邪魔になってはいけない。案内に従って移動してくれ。」



地下で待っている貧民達も、門の向こうから歓声が聞こえてくると少しずつその移動は加速していく。



大勢ではあっても、やることはただ転移門を通過させるだけだ。


ただし、集った貧民の数は膨大だ。

その移動には時間がかかり、退屈したナナはぼやき始めていた。



「ロッテ、親分退屈だ。白銀プリンを探しに行くぞ。貴族の家に行ってプリンを取り返すんだ。」

「親分?まだ移動が終わっていませんからもう少し我慢して下さい。」


「そうだよ、ナナ。今帝都の街をうろうろするとまた怖い顔のおじさん達に追いかけられちゃうよ?」

「兄ちゃん、あたしそれイヤだ。あいつらおっかないんだ。顔が。あたしは良い子なのに追いかけて来るんだぞ?きっと悪者に違いない。兄ちゃんが怖いおっさんをぶっ飛ばしてくれ。」


「この人達の移動が終わったら兄ちゃんもナナと一緒に街を探検するから今は我慢しようね?」


ダメなお願いを始めたナナを宥めるべく、セロはナナの前にニンジンをぶら下げる作戦に出た。


「むっ!兄ちゃんもあたしの探検隊に入りたいのか!?ならあたし我慢するぞ!」


セロが一緒に遊んでくれるということはナナにとってはこの上ないご褒美になったらしい。

ナナはロッテに抱かれたまま大人しくなっていた。



しばらくして、地下道にぎっしりとひしめき合っていた貧民達もラムドウルへの転移を済ませることが出来た。


最後の一人が門を抜けて転移枠の向こうから聞こえる歓喜の声が少しずつ遠くなっていく。



「今日のところはここまでかな?」


ようやく静かになったあたりでセロが呟いた。



「ああ、すみません。転移門を閉じるのは少し待って下さい。」


転移枠の向こうから聞き覚えのある声がする。



ラムドウルに移動していった貧民達とは逆に、門の向こうからやってきたのはバルディアだ。

その傍らにはワンダー・リンリンの姿もある。



「おまえは……、リンリン!」


ナナは宿命のライバルであるワンダー・リンリンの登場に即座に反応する。



「がるる~。」


臨戦態勢になったナナは威嚇の唸り声。


「親分、猫はそんな声は出さないと思います。」



「え!?この変な赤い猫ってナナなのっ!?何で猫になってるんだよっ!!?」


ワンダー・リンリンは帝都でのナナの行動を監視していたので猫になっているのは知っているのだが、平然と素知らぬ反応を見せている。


「あたしは変じゃない!!ついさっきも知らない奴から猫になっても可愛いって言われたばかりだぞ!!美少女だ!!!」


貧民の少女の発言はナナの都合のいいように改変されていた。


「何で猫の姿を褒められて美少女になるんだよっ!猫なんだから美猫だろっ!!」



早速ナナとワンダー・リンリンは程度の低い言い争いを始めた。



「そういえばバルディアさんラムドウルに戻ってたの?」


騒がしいお子様達を放置してセロはバルディアに話しかける。


王都で話した日からまだ数日しか経過していない。

馬車での移動と考えれば早すぎる帰還ということになるのだが、そういう意味での疑問だ。


(エメラダさんの転移魔術で送ってもらったのかな?)



「はい。今は王都の大聖堂に森の魔女エメラダ様が滞在されていますので帰還の挨拶に伺った際に送ってもらえました。」


セロは驚いた顔をしてバルディアを見ていた。

移動手段は予想通りだった訳だが、エメラダが王都に滞在していたことについてはまったく知らなかったからだ。



「私はアルカンシエルの最高幹部なんだぞっ!!偉いんだからなっ!!」

「リンリンが最高昆布でもあたしは最強親分だぞ!昆布よりも親分の方がすごいんだ!!」


ヒートアップするワンダー・リンリンはお構いなしに秘密にしていたはずの自分の役職を暴露。

対してナナは何の根拠もなく自分の方が凄いと言い張る。


激化する二人の言い争いは迷走していた。



「親分、昆布じゃなくて幹部です……。」



セロとバルディアはナナ達の様子に苦笑しながらも会話を続ける。



「貧民の救出は順調のようですが皇宮の方はどうですか?」

「侵入だけなら問題はないと思うけど、秘密裏の救助ってのは厳しいかも。」


「そうですか……。」


バルディアは僅かな思案の後に提案する。


「なら皇宮については私が根回しを進めましょう。状況が不透明な部分もありますのでそちらは少し時間を下さい。」



元々、帝都に戻ってきたバルディアの目的はセロ達に便宜を図る事なのだそうだ。


ただし、今の帝都で南下した遠征軍がどのような扱いになっているのかは不明な為、慎重に動く必要がある。

最悪の場合、バルディアをどの勢力が発見するかによってはいきなり拿捕されてしまう可能性もあると考えているのだ。



「フヨフヨ勝負では紙一重であたしの負けということにしてやってもいい。こりこり勝負はあたしの圧勝だ。つまりほとんどあたしの勝ちなんだけど特別にもう一回美少女勝負をしてやってもいいぞ。」


実際はフヨフヨ勝負はワンダー・リンリンの圧勝。

こりこり勝負はそもそも勝負ですらなく、ナナがリンリンのコニークを勝手に食べただけ。


なのにナナの中ではいつのまにかこのような扱いになっていた。


「何でそうなるんだよっ!!それに美少女勝負って何なのさっ!!!」


「リンリンがあたしを美少女だって認めないからあたしのすごさを分からせてやるんだ。」


(また親分が変な事を言い出しました……。)


赤い猫の後ろではロッテが溜息をついている。



「ムフフフ……。男達はあたしの魅力の虜なんだぞ?あたしがモテモテなところを見たらリンリンもびびって謝ってくるに違いない。」


「ふぅん?そこまで言うなら見せて貰おうかなっ?私だって本気を出せばモテモテなんだよっ?」


ワンダー・リンリンはナナが言い出した美少女勝負にのってきたが、すでにナナはそちらを見ていない。


「グフフフフ。あたしに秘策ありだぞ。あたしの究極おっぱいにかかればどんな奴もイチコロだ。」


ナナは何やら想像してニヤニヤしている。


「おいこらっ!話を聞けっ!!おっぱいとかまったく無いくせに何言ってるのっ!?」



いい加減、収拾がつかないのでロッテとバルディアが二人のお子様を強制連行する形でこの場は解散となった。

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