149 情報収集
一つ目のお願いは、この家を俺達の活動拠点として使わせてもらうこと。
この人数が寝泊まりする訳ではなく、転移の中継点として使いたいという意味だ。
二つ目のお願いは、この帝都の事をいろいろ教えてもらうこと。
「もちろん対価は支払うよ。食糧とかで払うのがいいかな?王国の貨幣でよければお金でも大丈夫だけど。」
「いただけるのであれば、食糧を分けてもらえると助かります。今は何処も物資が少なくて値段が高騰してしまってまともに買えないんです。」
セロは早速ナナの収納に収められているいくつかの食糧をアネットに渡した。
「助かります。食事については本当に困っていたので……。」
拠点としての使用についてはあっさりと了解が得られた。
ナナが取り出した食糧は大量で、姉妹はとても喜んでいた。
実はナナが遠慮なく平らげた茶菓子は姉妹のなけなしの食糧から出されたものらしい。
「今の私達は便利屋のような仕事をしていまして。時折何日か家を留守にすることがありますが私達が不在でも気にせず使って下さい。」
アネットの仕事は基本的に突然の呼び出し。
そしてその内容も様々だが、大抵の場合大がかりなものが多く、何日も家を空けることも珍しくないのだそうだ。
マインを放置するわけにもいかないので、アネットの仕事にマインも同行し、出来る範囲でそれを手伝っている。
留守中であっても家を使っていいということであれば、一つ目のお願いは問題ない。
続いて二つ目のお願いでアネットからもたらされた情報は、帝都を知らないセロ達にとっては非常にありがたい内容となっていた。
帝都グレイシャルの大まかな区分としては、まずは中央に皇族の住まう皇宮パルネイ。
そしてその近辺には、皇宮をぐるりと囲むように貴族街がある。
貴族街の外側の領域は全て貧民街と呼ばれている。
救出作戦の第一目標である一般帝都民とは、主に貧民街に暮らす者達を指しているのだ。
帝都の中心である皇宮より遠ざかる程に貧相になっていくという分かり易い構造だ。
帝都の地下には広大な地下水道が張り巡らされている。
その広さは帝都全域をカバーしており、未確認だが、皇宮へ通じる地下道もあるらしい。
帝都内のいたるところには地下と地上を結ぶ昇降路があり、容易に行き来が可能である。
そして地下水道の特徴として、見張りの兵がうろついているのは貴族街の地下周辺まで。
貧民街の地下にあたる帝都地下外縁部には兵士が寄り付くことはほぼ皆無。
帝都の貧民達の中には住居を持たない者も多く、そういった者達は地下水道外縁部に住み着いている者がほとんどだ。
それは帝都の暗黙の了解となっており、貧民が多く含まれる守備隊の兵士が寄り付かないのは見て見ぬふりをしているということだ。
「地下水道を活用することで効率よく貧民達の救出が可能になりそうだ。あとは協力者だな。」
貧民達は自分達に救いの手が差し伸べられている事すら知らない。
「親分に協力する奴を探すといいんだな?」
「いえ、親分は大人しくしておくといいんです。」
またナナに迷子になられても困ると言いたげなロッテだった。
「そうだね、俺達は帝都に不慣れだから慎重に動こうね、ナナ。」
「兄ちゃん、慎重に服を着せて歩き出したのがあたしだぞ?全てあたしに任せておくと安心だ。」
「親分、私には不安しかありません……。」
情報を流布し、貧民達を誘導する役目は同じ貧民の中から現地協力者を募りたいところだ。
「帝都の通りにはいくつかの広場があります。そして地下水道もその場所は広場になっています。」
帝都グレイシャルは遥かな過去、この地にあった廃墟に北に逃げ延びたグラシアル帝国の生き残りが住み着いたのが始まりだ。
地下は地上と連動した造りになっていて、廃墟に元から存在した地下道を流用して造られたものだそうだ。
「なるほど、集合場所にする広場を選定してそこに脱出希望者に足を運んでもらうということかな?」
アネットは情報だけでなく救出プランまで提案してくれた。
やはり暖かい南の土地へ逃がしてくれるというのはこの極寒の帝都に暮らす者にとっては魅力的なのだろう。
「それと帝都全域と地下水道内縁部の見張りの任に就いている帝都守備隊なのですが……。」
この守備隊は、実は主に兵士となった貧民で構成されているそうだ。
ちなみにナナを追いかけまわした兵士達も守備隊の者達となる。
つまり彼らが移住を望むのであれば救出の対象となるのだ。
「兵士にも知人がいますので私の方で声をかけておきますね。」
アネットはすでに救出に協力してくれるつもりのように見受けられた。
「貧民はなんとかなりそうな感じかな。やはり問題は二人の皇族になりそうだ。」
貧民の救出は日数こそかかるが難易度は低いという印象だ。
実際に皇宮パルネイに潜入し、そのまま発見されずに皇帝を見つけて救出するとなれば、それは失敗すれば大問題となる可能性もある。
しかももう一人の皇族は普段の所在すら不明ときている。
「そっちは前途多難だな。とりあえずは皇宮関連の情報が欲しいな……。」
「私の知る限りでよければ……。」
なんとアネットはそちらの情報も持っているようだ。
業務の内容こそアネットは語らなかったが、皇宮内部の部署で働いていた経験があるらしい。
「あまり詳しい情報ではないかとは思いますが。」
今はどんな情報でも有益だ。
セロは遠慮なく教えてもらうことにした。
皇宮パルネイを守護する近衛騎士団は全て貴族とその子弟によって構成されたエリート集団。
現在近衛騎士団長となっているのはかつて帝国軍が四軍編成だった時代に一軍を率いていた凍将軍バリントス。
バリントスは将軍達の中でも最大の戦闘力を誇り、そのレベルは50以上という噂が流れている。
「安心しろアネ。あたしは強いんだ。そんな奴はあたしの爆裂拳でやっつけてやるぞ?」
「親分?慎重に動かないといけないんですから戦闘は最後の手段ですよ?」
ガルシア皇帝は基本的に皇宮パルネイの最奥から出てこない。
極秘の潜入よりも、通常の手順を踏んで謁見を申し出る方が無難ではないだろうか。
「王国からはるばるやってきてこのような場所に潜入する程のお力をお持ちの皆様であれば、皇帝陛下も興味を示されるやもしれません。」
ただし、外門は閉ざされ戒厳令下にある帝都に何故王国の者がいるのかと問われることは間違いない。
謁見を申し出る場合は、十分に対策を練った上で実行する必要がありそうだ。
皇太女リンについては、この国の殆どの者が正体不明、神出鬼没といった印象しか持っていないと思われる。
しかしアネットは皇宮勤めの時に一度だけその姿を目にしたことがあるらしい。
「美しい白銀の御髪。御歳は16になられます。最も優れた恩恵を宿す者に皇位を継承するとした皇帝陛下に選ばれた御方です。」
「むん?親分は8歳だぞ?」
「親分、それはわかっていますからお話の邪魔をしてはいけません。」
それは皇太女リンが何らかの強力な恩恵を宿した人物であるということでもある。
「所在不明の皇太女殿下には謁見もできませんから、救出依頼としては最難関と考えてよいかと思います。」
後は救出対象とは直接の関係はないが、もう一人の重要人物についてだ。
教会という組織を重要視している白銀帝国で、帝国内の教会を統括するラシュマン大司教。
外部組織の者でありながら、帝国では上位貴族すら上回り皇族に次ぐ権力を有している。
帝都を除いた帝国各地の小都市や村などからはすでに殆どの人間が南へ移住しており、それに合わせて各地の教会も閉鎖されている。
帝国教会は組織としてはその規模を大きく弱体化させたかもしれないが、大司教個人の影響力は変わらない。
「この国は大きく変わりつつあります。大司教様もそれについて何かお考えがおありかもしれません。」
色々と不明な部分は多いが、状況を変える力を持った人物の一人としては知っておいた方がよいということだ。
(大司教ってことは帝国の重要人物であると同時にアルカンシエルの構成員でもある。確かに気にしておいた方がいいかもしれない。)
話を持ってきたバルディア自身がアルカンシエルとの関りを隠そうともしていない。
セロは大司教とも一度会って話をしておきたいと考えていた。
続けて最後に、帝都に出没する危険人物についてだ。
それはクラウンズと呼称されている道化の格好をした二人組の犯罪者のことだった。
クラウンズはいつの間にか現れ、富裕層である貴族を対象に金品を奪い取っていつの間にか消えている。
標的が貴族に限定されていることから、以前は貴族間の派閥抗争の為に雇われた仕事人ではないかとも噂された。
「略奪の対象が貴族に限定されていること。それと奪い取った食糧を貧民に施す場合もあること。これらの事実から、貧民達の間では密かに歓迎されていますね。」
クラウンズが略奪に失敗したり、逃走に失敗したケースは一度も報告されていない。
過去には立ちふさがった帝国最強と言われる武人、凍将軍バリントスをも奇妙な魔術で撃退したという話もある。
幸い、クラウンズが貧民や皇族に直接関わったとされる報告はこれまでに一度もない。
今回の救出依頼に限定すれば、関わり合いになる可能性は低いと思われるが油断は禁物だ。
おそらくこのクラウンズが関わってくるのならその脅威度は凍将軍バリントスを上回り最大の難敵となることは想像に難くない。
これまでの話に出て来た者達の中で最も戦闘能力が高いと思われた。
(けど帝国関係者の中にいるであろう強者はそれだけじゃないはずだ。)
セロは以前の停戦交渉の時に帝国側の席にいた二人の強者を思い出していた。
一人は高度な付与魔術でナナを打ち負かしたド派手芸人、ワンダー・リンリン。
そしてもう一人は、交渉時にバルディアの護衛としてその場にいた黒づくめの人物。
(たしかバールとかって名前だったな。おそらくこの二人がアルカンシエルの高位術士なんじゃないかな……。)
アネットの情報提供も終わり、明日は地下水道へ移動して集合場所となる広場を選定しておくこととなった。
「マイン、あたしはこの国に白銀プリンを食べに来たんだ。どこに売ってるかあたしに教えるんだ。」
アネットから情報を得ていたセロの真似をしてナナはマインから情報を得ようとしているようだ。
ただし、情報の内容はナナの個人的欲望が反映されたものとなっていた。
「プリンなんか食べれるのは貴族様だけだよ。あるとしたら皇宮か貴族街じゃないかなぁ。」
幼いマインはその純真さから、ナナが探しているのだからそれは何処かにあるのだと考えたようだ。
「私も一度でいいからプリン食べてみたいな…。」
「あたしの家に遊びに来れば食べれるぞ?あたしの次でよければおかわりしてもいいぞ?」
あくまでナナは自分が食べる分のおかわりを確保した状態ならおかわり可という微妙なOKを出した。
その後もナナはマインとお喋りしたり、遊んだりと騒がしかったのだがやがて空腹を訴える。
「ロッテ、親分お腹減ったから帰るんだ。メシ食いに家に帰るぞ。」
これがこの日の活動の終了のサインとなった。




