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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
11 白銀帝国
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148 秘密基地

逃走したはいいが、ただでさえ足の遅いナナは着ぐるみ姿。


しかも足元は積雪状態で、到底兵士達から逃げ切れるような状態ではない。



「隠れながら逃げるぞ!」


ナナは思い付いた作戦を声に出して隠形付与で透明に。



「何だ!?赤い猫がいきなり見えなくなったぞ!?」

「おい、あの猫、今言葉を話さなかったか!?」


兵士達は動揺しながらも、雪の上に残る小さい足跡を追う。



「くそっ!やりにくいな!」

「何で見えねえんだ!?」


咄嗟に隠形によって姿を隠して逃亡したことがよかったのか、兵士達は足の遅いナナであっても追いきれないでいる。

広場に残された巡回兵士の足跡の中に混ざっている小さい足跡だけを頼りに目に見えない動き回る物体を捕獲するのに手こずっているのだ。



「何でこいつらあたしの場所がわかるんだ!?見えなくしてるのに!!」


ナナの視点では、実はナナと兵士達の距離はそれほど離れていない。

ピンチに焦っているナナは足元の状況にまったく気が付かないでいた。



「また声が聞こえたぞ!!」

「近くにいるな!?」


「ぎゃあ!怖い顔がいっぱいだ!!」


さらに追い詰められるナナ。



やがて涙目になってきた透明状態の赤い猫に兵士の手が届こうとした時、強い風が吹いた。

風は舞い上がった雪と一緒に兵士達の顔だけを叩く。


「痛っ!!」

「ちっ!雪が目に…!」



明らかに自然風ではなく、まるでナナを助けるかのように吹いたその風の発生源は、ナナから直線距離で約90メートル離れた空き家の中にいた。




「まったくっ!ナナったら何やってるのっ!?」


部屋の中でぼやいている派手な装いの少女、ワンダー・リンリンは何もない壁に向けて両目を閉じている。

その壁の向こう、何軒もの建物を跨いだ先にパニックになっている赤い猫がいた。


互いに視認できない位置関係なのだが、ナナの位置はワンダー・リンリンの魔術射程内だ。

ワンダー・リンリンはこの場所からでもナナの状況を正確に把握し、視認できる場合と大差ない精度で付与魔術を放つことが可能だった。



「このまま放置して眺めてるのも楽しそうだけどっ!ナナが泣いちゃいそうだしねっ!」」



突如としてナナを追いかけまわしていた兵士達の周りだけが濃い霧に包まれた。


視界を奪われた兵士達は動揺して足を止める。


「何だ!?霧!?」



必死で逃げるナナには振り返る余裕などないため、後方の異常に気付かない。


さらにナナのつけた足跡が時間を巻き戻したかのように元の状態に復元されていく。

当然、ナナはそちらにも気付いていない。



兵士達を覆っていた濃霧は短時間で消えて行ったが、それはナナがある程度の距離を置くには十分な時間となった。



「駄目だ。足跡がもうわからねえ。見失ったな。」

「くそ…。逃がしたか…。」


「しょうがねえ。一応、奇妙な喋る猫がいたことは報告するぞ。」

「そうだな。猫も妙だったがあの不自然な霧も怪しいな。もしやクラウンズが絡んでんじゃねえか?」


「警戒を強めるよう連絡を回そう。もしクラウンズの仕業なら俺達じゃ対処できねえしな。」



足跡の追跡ができなくなった兵士達は奇妙な赤い猫の捕縛を諦めて詰所に戻って行く。




そして守備隊の詰所付近で身を潜めていた仲間達からも、ナナの所在はわからなくなってしまった。

ナナは普段から抗魔と対抗の効果を切らさないようにしているので、探知魔術にかからないのだ。


しかも姿を消しての逃亡、さらに足跡は何故か消えているとあっては、残された者達はナナがどっちに逃げたのかすらわからなくなっていた。



「シャル様。ナナちゃんが迷子になっちゃいました。」


ジルは正直にロッテに残念な報告を入れた。



「親分…。」


帝都に来て早々に問題を起こしたナナに肩を落とすロッテ。

しかし今は問題行動よりも、見知らぬ土地で迷子になったナナの身を案じて、その顔色は蒼白になっている。



「ナナ?何かあったの?」


報告を耳にしていたセロはナナに通信を送っているが、パニックになっているナナにはうまく指示が伝わらない。


「ふおおおおお!!!」


その言葉は凍った地面で足を滑らせて転がるナナの叫びにかき消される。



その時ナナが走っていた石畳は、これまでと同様に積雪していたが、雪の下は凍結していた。

その辺りは足元が少し窪んでおり、水が溜まりやすく、気温が低い帝都では常に凍結している場所だ。


帝都民は都市にいくつか存在するそういった場所の知識もあるが、ナナには知る由もない事だ。



そんな場所をナナのようにパニックになって我武者羅に走り回れば当然滑って転ぶ。

だが身体障壁によって守られているナナには転倒による痛痒や衝撃がまったくないので、その逃走も止まらない。


それでも諦めずに呼びかけ続けるセロだったが、その声はナナには届かなかった。


転がったりしている間にナナは通信の魔道具であるネックレスを落としていたのだ。



「ひゃあああ!!!」


ナナは滑ったり転がったりしながらも逃走を続ける。

その姿を第三者が見ることが出来たなら、物理法則を捻じ曲げたようなありえない軌道をとって転がって行く赤い猫の姿を見ていたことだろう。



足元の氷が突然ジャンプ台のような形状になって、転がるナナが大きく跳ねたり。


空中のナナを狙ったかのように襲ってきた突風が赤い猫の体を押しやったり。



滑ったり転がったりしている時を狙ったさりげないワンダー・リンリンの干渉によって、ナナはその行き先を操作されていた。



やがて、あまり大きくもないとある民家の壁に激突することでようやくナナはその走りを止めた。


「ふぎゃっ!」


ナナの体当たりの衝撃で、民家の屋根に積もっていた雪がナナの頭上に落ちて来る。

雪の塊の下敷きになったナナは、障壁で守られて痛みはないのだが思わず反射的に声を上げていた。




「誰?」


民家から出て来た小さな少女は声のした方に注意を払う。


ナナは自身の透明化だけを解除して雪から這い出そうともがいていたところだ。




ぽこん。



雪山から赤い猫の顔が飛び出し、少女と見つめ合う。



「…え?赤い猫?」


疑問の声を上げる少女の顔は、先程のいかつい兵士達と違ってまったく怖くない。

安心したナナは堂々と立ち上がり、少女に接近する。



「ニャ~!!」


そして猫のふりをしつつ少女の家にずかずかと入って行った。


「猫さん!?勝手に家に入ってきちゃ駄目だよ!?」



家の中に入ってきた赤い猫がきょろきょろして中を観察していると、奥の部屋から少女の姉と思われる女性がやってきた。


「何か騒がしいけど、どうしたの?マイン。」


どうやらここは二人の姉妹が暮らす家のようだ。

やってきた姉は挙動不審な赤い猫に驚いて声を上げる。


「ちょっと、マイン!猫が入ってきちゃってるよ!?」

「ご、ごめんなさい、お姉ちゃん。」


「あたしは猫じゃないぞ?ニャンニャンだ。だから追い出したら駄目なんだぞ?とりあえずまずは茶菓子を出せ。飲み物は温かくて甘いのがいいぞ。」


直前のナナの猫のふりがこの瞬間、まったくの無意味になった。


「「喋った!?って茶菓子!!?」」



言葉を喋り、偉そうに茶菓子を要求する赤い猫に姉妹が衝撃を受けていた頃。

ジルは探知によってナナが落とした通信魔道具を発見していた。


通信の声がナナに届かないことから、セロが探知を頼んだのだ。

常に鑑定と探知を阻害しているナナが身に着けていなければ探知も可能ということだ。


ややこしいのだが、隠形付与は対抗付与と違って付与対象自身と、その者が身に着けた物品にも効果が及ぶ。

透明化等はそうでなくては機能しないからだ。


そして隠形の派生効果である鑑定や探知を阻害する抗魔もそうなる。

これがナナが身に着けている物が探知できない理由だ。




姉妹の家では、姉であるアネットが茶菓子を、妹であるマインは雪解け水をコップに入れて持ってきた。

燃料がないので火を起こせず、温かい飲み物は出せないのだ。


「猫さんは喋れる猫さんなの?」


マインはおそるおそるといった様子で、偉そうに椅子に座って茶菓子を待っている赤い猫に聞いてみる。


「あたしはナナだ。今は猫に化けているけど本当は天才美少女なんだぞ?外を歩く時に怖いおっさん達に見つからないように変身してるんだ。」


ナナが隠形付与の誤認効果を解除すると、アネットとマインにはナナが着ぐるみを着た赤毛の女の子に見える。


「女の子になった…。しかもあたしよりも小さい…。」


ナナの体格はマインよりもさらに一回り小柄なのだ。


「なんでこの子着ぐるみなの…?」


アネットはナナの格好の方が気になる様子だ。



元の姿になったナナはアネットの持ってきた茶菓子を口に入れながら、仲間達の事を思い出す。


「む!このお菓子はなかなか美味いぞ!」


出されたお菓子はナナのお口に合ったようだ。


「丁度いいからここをあたし達の秘密基地にするぞ。」


それと同時にナナはふとした思い付きをそのまま口に出していた。



((秘密基地!?))


姉妹の顔にはありありとそう書いてあるのだが、聞くのが怖くて聞けなかった。





「兄ちゃん、あたし秘密基地見つけたぞ?」


発言の後、返答がないことからナナは通信魔道具を落としていたことに気付く。


「むん?あたしの魔道具無くなってるぞ?」


しかしナナには商会関係者に持たせてある装備に付与された道標の効果を感じ取って、仲間達の居場所が分かるのだ。

そのままその道標に向けて小さな転移門を開き、そこから顔を出したナナがセロに報告する。


「兄ちゃん、あたし通信魔道具落としちゃったみたいだ。どうしよう?」


「ああ、ナナ。無事だったのか。心配したよ。通信具はジルが拾ってくれてるよ。」


セロとロッテはナナの無事な姿に安堵する。

障壁を展開したナナを傷付けられる者などそうそういない筈なのだが、わかっていても心配してしまうのだ。


「親分?私も心配したんですよ?迷子になったとか報告を受けましたし…。」



仲間達は一旦合流していたらしく、セロの周りには全員が揃っていた。

ナナはジルから魔道具を受け取り装着しながらロッテに返答する。



「親分が迷子になるわけがないぞ?顔が怖いおっさんから逃げてたんだ。そしたらな、逃げた先で秘密基地を見つけたんだぞ?」



顔だけ転移している状態だったナナは一度戻り、アネットとマインに断ってから転移門を開いて仲間達を招き入れる。


やってきた仲間達に、ナナは家主である姉妹を紹介する。

姉妹は突然の転移魔術に驚いて固まってしまっているようだ。



「こっちの大きいのが姉だ。そんで小さいのが妹だ。」


ナナの紹介に個体名は含まれていなかった。



「私が姉のアネットで、こっちは妹のマインです。」


アネットとマインは、姉妹ともに赤茶色の髪にソバカスという共通点があり、それがそのままチャームポイントになっている感じだ。

年齢はアネットが20でマインが10。



「あたしはナナだ!」


真っ先にナナが名乗りを上げる。

それに続いて仲間達も簡単に自己紹介を。


そのままセロが自分達が依頼を受けて王国からやってきた一団であることと、その来訪の目的を姉妹に説明する。



「申し訳ないんだけど、お願いが二つあるんだ。」


説明の後、セロはさっそく貴重な情報源である帝都民の姉妹にお願い事を口にした。

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