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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
10 廃棄場
171/236

過ぎ去りし七色 20

楽園のとある場所に存在する光都教会。


その奥の部屋で金髪のイケメンが提出されたレポートに目を走らせていた。



それは、魔術研究室より提出された、ある人物の魔術技能に関するレポートだ。

魔術研究室からのレポートではあるが、研究室でその内容を知る者は誰もいない。



対象者はメランとなっている。



現在の魔術研究室は、メランが自身の技能を知り、習熟する為だけに特化した研究室となっているのだ。


研究室長はメラン、そして何人かいた研究員は全てメランの魔術技能の実験台となっており現在は誰もいない。

全員がメランの操り人形となって、それぞれが命令に従って行動している為だ。


研究よりも、メランに従うことこそが最優先となってしまったのだ。



そこはまさしくメランの為だけにある研究室だった。



作成されたレポートはメランが自身の技能についての詳細をエルンストに報告する為の資料となる。



「ふむ。よくまとめられていますね。」


しかしそれを読んでいるのはエルンストではなくヴォロスだった。




【対象者】メラン


【恩恵】付与魔法:魅了


【抽出技能】付与術:魅了



【付与対象】


対象は生物。

現時点では虹人、それも男性に対してのみ効果を確認。



【成立条件】


術者であるメランより高レベルであり、そのレベル差が著しい場合は付与が成功しない。

レベル差が小さければほぼ確実に成功するが、対象が高レベルになればなるほど成功率は減少傾向にある。


付与対象が術者に対し情欲を抱いていることも条件の一つとなる。

その気持ちが強ければ強いほど成功率は上昇する。


一度でも付与が成功した対象であれば、現在のレベルや精神状態に関係なく無条件に魅了状態にすることが可能。



【魅了効果】


基本的には魅了効果は隷属効果によく似ている。

対象が術者の意のままに動くことなどは隷属効果そのままだ。



術者の姿を直視する。

術者の匂いを嗅ぎ取る。

術者の声を聴く。

術者と触れ合う。


などといった、術者本人に関連する何かで対象は強烈な快楽を得る。

術者が近くにいなくとも、対象は勝手に術者の事を考えて快楽を得る傾向が見られる。


この状態では、術者に敵意を持つ者に対しては過剰な敵対心を示す。

術者に攻撃が加えられれば危険を顧みずに術者を守ろうと動き、攻撃者には苛烈な反撃を行う。


基本的に術者の命令には絶対服従。

それは対象自身の生存本能よりも優先される。



効果範囲については直線距離で300メートル程度離れたところで効果の消失を確認。

このことから、地下で活用する分には効果範囲の問題は起こらないと思われる。


仮に効果範囲から出て正気に戻ったとしても、廃棄場という閉鎖環境下においてはそのまま逃走される可能性は皆無。

再付与も容易であると考えられる。



有効時間は魔力量によって変動する。

術を使用する際に消費した魔力量に比例して有効時間は長くなる。

これは効果時間内に術者が魔力を供給することで無制限に延長が可能。


逆に、最小魔力での付与であれば効果は一瞬。

この最短付与は、後に狙ったタイミングで確実に魅了状態にする為の下準備として運用できると思われる。

対象に最短付与によるマーキングを施しておくことで本人は自覚のないまま、いつでも操り人形に変えることができる。



効果範囲を出るか、魔力供給がないまま有効時間を経過するか、術者が意図的に術を解除することで魅了効果は消失する。



なお、魅了状態にある対象は、その状態にある期間の記憶を保持しない。

魅了効果が消失すれば、魅了状態にある時の記憶や経験は完全に忘却する。



隷属効果との違いは、術者を第一とした自立行動と効果中の記憶の有無だといえるだろう。




一通り読み終えたヴォロスはレポートを横に置き、部屋にいるもう一人の人物に声をかけた。


「これから彼らに降りかかる悲劇も、この付与魔術を十二分に活用した結果ということですね、メラン。」


「少し急ぎ過ぎた感はありますが、いかがだったでしょうか?先生。」

「十分に及第点だと思います。結果は分かっていましたがなかなかどうして、面白い見世物でした。」


「後は捕らえた四人の処置と泳がせてあるオルガンへの対処を残すだけになります。」



ヴォロスはメランの報告をうけ、僅かに思案する。



「四人についてはお任せします。ですがオルガンについては一つ注文をつけたいのですが、構いませんか?」

「もちろんです。先生の言われることであればそちらを優先させていただきます。」



メランはヴォロスより追加の指示を受け取り、全てを終わらせるべく教会を出て行った。





「おい、オルガン。起きろ。」


数時間後、楽園にて大扉を監視していたオルガンは変化のない現状に耐えきれず、いつのまにか眠っていた。


「あん…?誰だ…?」


寝ぼけ眼のオルガンの頬をぺちぺちとやっていたのはラズンだった。



「何だ、ラズンか。どうしたんだ?」

「どうしたんだっておまえ…、居眠りしていたことについては何もなしか…。」


「馬鹿野郎。ジーセックの奴はあの大扉の奥だ。おかげで俺はひたすら大扉を監視する羽目になったんだぞ?」

「おまえがやっていたのは監視じゃなくて居眠りな?…まあいい、とりあえずここを離れるぞ。」


「何?監視はいいのか?」


ラズンの真意がわからないオルガンは疑問の声をあげるが、監視には飽き飽きしていたこともあって大人しくラズンと一緒に移動を始める。



「おまえが眠りこけてる間にいろいろと進展してな。うまくすりゃあ今晩、遅くとも深夜には脱出が決行できそうだ。」


オルガンは一気に覚醒した。


「マジか…。」



二人で楽園を歩きながら、オルガンはラズンに現在の状況を尋ねる。


「悪いが詳しいことは言えない。管理側がどんな方法で情報を抜き取っているのかわからねえしな。」



今現在の仲間達の動きはラズンが個別に指示を出した結果だ。

ジーセックのように、情報を抜き取られる可能性を考慮して現在の脱出計画の内容はラズンを除いて仲間内でも把握している者はいない。


情報が管理側に漏れないようにする為の処置であるとラズンが明言した訳ではないが、オルガンはそうであると考えていた。



「俺はこの後どうすればいい?」


「地下街で待機だ。しばらくして楽園で騒ぎが起こる。それをすべて無視して物資搬入路に突入して途中で皆と合流、そのまま脱出だ。」



(よくわからねえが、そうすることですべてうまくいくんだろう。俺はこいつの立てた作戦通りに動くだけだ。)


作戦通りに動かずに居眠りしていたオルガンは作戦の詳細を知ろうともせず、今度こそラズンの言うとおりに行動することにした。


頭脳労働が苦手なオルガンは頭のいいラズンに丸投げすることに何の疑問も抱いていない。

下手に自分が口出しすることは、ラズンの足を引っ張ることになるとまで考えていた。



そしてオルガンはこの時の選択を何年にも渡って後悔し続けることになる。



「俺は他の奴らとの段取りもあるからここからは別行動だ。」


ラズンは楽園に戻り、オルガンは楽園を出て地下街の楽園にほど近い位置に陣取った。


「あとは待つだけか、って俺何もせずに待ってるばかりじゃねえか?」



結局、監視対象がジーセックから大扉、そして楽園とシフトしていっただけだ。

オルガンは何もせずに見守るだけの状況にぼやきながらも大人しく身を隠してその時を待つことにした。





楽園に戻ったラズンは管理局近くの大扉へ。

中にある階段を下り、研究区画へと移動していた。



「…。」


ラズンは無言のまま、ノックもなしに虹素研究室の扉を開く。



以前にラズンが見学と称して訪れた室内には誰もいない。


ぐるりと室内を見渡したラズンはそのまま奥の扉へと進み、中に入って行く。



そこは巨大な部屋だった。

奥行きも高さもかなりのものだ。


そんな大部屋の天井近く、壁に沿うように設置された金属製の歩廊の上にラズンは立っていた。


金属製の手摺に手をかけ、見下ろせば部屋の中央に設置された寝台に一人の男が拘束されている姿が見えた。

それは老人の方の楽園の王に捕縛されたケルトスだった。



「…!!……!!?」


ケルトスの拘束は革製の拘束具の上から鎖で厳重に繋がれている状態だ。

拘束は顔の部分にも及んでおり、ケルトスは周囲を見ることも声を出すこともできないようだ。


ケルトスは時折必死に身をよじらせ、寝台が軋み、鎖はガシャガシャと音を立てている。


その周囲には大勢の白衣を着た研究員達がせわしなく動いているのが視認できる。



「…。」


ラズンは無言のまま、カンカンと音を立てて金属製の歩廊を歩き出す。

そのまま階段を下りてケルトスの近くへと歩み寄るが、ラズンは拘束された仲間を一瞥するだけで声をかけるようなことはしない。




「そろそろ実験を始めましょうか。」


しばらくして、大部屋の奥から白衣を着た女性がやってきた。

研究員達が女性に注目し、恍惚の表情になる。


それはラズンも同様だ。



白衣の女性、メランはまずラズンの手足を鎖に繋ぎ壁側に固定し、続けてケルトスの拘束の目隠しだけを外す。



「んん!!んんんんんん!!!!」


ラズンの姿を見つけたケルトスは唸り声をあげて一層激しく暴れるがその身を縛る拘束はびくともしない。


そんなケルトスの姿を見て微笑みを浮かべるメランはラズンにかけた付与効果を解除した。



「うっ…、ここは…。」


少しの間ぼんやりしていたラズンだったが、暴れるケルトスの姿を視認する。


「ケルトス様!!!」


ガシャン!!


ラズンはケルトスの元へ駆け寄ろうと大きく鎖を鳴らした。



「お目覚め?ここは研究区画の奥、虹化実験を行う場所よ。」


自らを拘束する鎖に舌打ちするラズンを上機嫌に眺めるメラン。


「メランさん、この拘束外してくれないか?」

「ダメよ?これから行う実験の邪魔をされたくないもの。」



(俺はメランの術にかかって捕縛された。ここが研究区画だと言うのなら助けは期待できない。)


会話しながらも、魅了される直前の記憶からラズンは素早く状況を推測していた。

どうにかして状況を打破しなくてはならないのだが、完全に身動きが取れない上にメランの魅了付与術の対策は何も考えつかない。



「俺達はこれからどうなるんだ?それに実験ってのは?」


「予定している実験は二つ。高レベル者を魅了する為の試し、それと魅了した者を虹鬼とした場合に魅了効果がどうなるかを確認するわ。」



ラズンもケルトスも知らないが、メランの魅了付与は自分よりも高レベル、さらにレベル差がある相手にはかかりにくいのだ。

事実、これまでにケルトスに対しての魅了付与は成功していない。


その実験に成功し、ケルトスが魅了状態になればそのまま次の虹化実験へと移行するつもりなのだろう。



「実験台として拘束されている彼には私の魅了付与が効きにくいのよ。どうすればかかりやすくなるかっていう実験ね。」


最初の実験となる試し、その内容をメランは聞かれてもいないのだが嬉しそうに喋り出した。


「例えばそうね、彼は私よりも遥かに強いでしょう?それが弱くなったとしたらどう?魅了されやすくなるかも、と思わない?」



周囲にいた白衣の研究員達が多種多様な医療器具の載せられた台車を押して来る。

メランはその中から鋭利な刃物を選択し、極上の笑みを見せた。



「まずは両腕と両足の健を切除しましょうか。それで駄目なら血液や内臓も。死なない程度に弱らせて術をかけてみるわね。」


手に持った刃物を隣にいた研究員に渡すメラン。

刃物を持った研究員は無言のまま前に歩み出る。


その研究員は、白衣を着込んではいるがラズンとケルトスのよく知っている顔だった。



「んんんんんん!!!!」


「よせ!ジーセック!!」


ケルトスは激しく身をよじらせ、ラズンは必死に叫ぶ。

しかしジーセックは恍惚の表情のまま、まるで反応を示さない。



「それじゃ、お願いね、ジーセック。」


ジーセックは心地よさそうにメランに頷き、ケルトスの肉体に刃を沈めた。


「~~~~~~~!!!!」


鮮血が噴出し、ケルトスが声にならない悲鳴を上げる。


「ジーセック、終わったら知らせに来て。」


グロシーンを見ることを避けたのか、メランは一度退室するようだ。

ラズンから見えない位置にある控室へと移動していった。



その控室の窓からは、二人の男が実験の様子を観察していた。


一人はこの虹素研究室の室長であるヴォロス。

もう一人は楽園の王と呼ばれている老人だ。


実験に虹鬼への虹化が含まれている為、万が一に備えて待機しているのだろう。

造鬼実験に楽園の王が立ち会うという安全対策は今回もきっちりと守られていた。



メランが控室に入室し、ヴォロスは笑顔でそれを迎えた。


「なかなか面白い実験ですね。実に興味深い内容だと思います。」

「ありがとうございます、先生。」



「…。」


老人は無言のまま、苦痛にあえぐケルトスを見ている。



「これからも先生のお役に立てるよう、私の技能の利用価値を高めるための実験です。」


「確かに。この実験が成功すればその目的は現実のものとなるでしょうね。」

「何故だかはわかりませんが、私、何かうまくいくような気がするんです。」



歓談するヴォロスとメランの背後、窓の向こうではケルトスが拘束された寝台を中心に血飛沫が舞っていた。


そして苦痛に対して激しい怒りを覚えたケルトスの瞳の色が赤く変色していることにヴォロスだけが気付いていた。

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