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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
10 廃棄場
170/236

132 外民

「十年前、失敗に終わった俺達の脱出計画。知りたいのはそれに関してのことだ。」


目の前に着席した白衣に仮面の男に対し、オルガンは堂々と言い放った。



「ふむ。確かにオルガン君は脱出計画に関わったメンバーでありながら蚊帳の外でしたからね。知りたいと思うのも無理はありません。」


「どういうことだ?」

「貴方が楽園の王であった氷の魔王リブラに敗北し、その脱出計画は失敗に終わった。ですが実際には貴方が脱出を決行する前に勝負はついていた、ということです。」



ヴォロスは同じテーブルについていたロッテを見る。


「シャルロッテ嬢、申し訳ありませんが先日記録を取っていた脱出事件の資料を出せますか?」

「は、はい。」


突然声をかけられたロッテは少し焦った様子で情報枠を展開する。

そこに映し出されているのは、記録枠によって保存された資料の内容だ。


「では私の知る十年前の出来事について語るとしましょうか。信じる信じないはお任せしますよ。」


これから話す事の多くはそう報告を受けたというだけで実際に自分の目で確認した訳ではない。

そんな未確認の情報が多分に含まれるということを念押ししてからヴォロスは話し始めた。



「芽の月、三週六日目。脱出を決行と簡単に記録されていますが、実際にオルガン君が地下道に侵入したのはこの日の深夜だったはずです。」


「そうだったか…、俺はよく憶えてねえが…。」


廃棄場で暮らしていたころは、光が射さない環境下なだけあって多くの者が時刻を気にすると言う習慣がない。


目覚めた時が朝、覚醒時が昼、眠気を感じたら夜、そんな感じだ。

よって多くの住民が眠っているであろう時間帯が深夜となる。



ヴォロスが言うには、その時点ですでに他の四人は捕縛された後だったそうだ。



「あいつらは…、どうなった?」



オルガンの仲間達は皆死亡した。


実際にそのように知らされたし、それは十年も姿を見せない事からも明らかであると考えていた。



しかしヴォロスの答えはほんの少しだが違っていた。


「少なくとも ケルトス君。それと少し後になりますがラズン君の死亡は確実です。ジーセック君とフラメル君に関しては断言はしません。生存は絶望的だとは思っていますがね。」



オルガンは僅かに目を見開いていた。


(生きてるってのか?いや、生存は絶望的って言ってるじゃねえか。期待はしねえ方がいい。)



「ジーセック君とフラメル君は死亡確認がされていないということです。彼ら二人はビフレスト住民から除外され、咎人として再登録されていましたね。」


「咎人?ただの外民でなく咎人だと?」

「ええ。当時の管理者代行は脱出に失敗して捕らえられた彼ら二人の命を奪わなかった。捕縛後に抵抗を見せたケルトス君とラズン君は残念でしたが…。」


まず、抵抗を見せたケルトスは楽園の王によって殺害され、ラズンはしばらくの間は処分が保留されていたが後に死亡が確認された。

無抵抗だった二人はその身分を剥奪され地上に送られたのだという。


咎人とされたのはビフレストでの不正居住がその理由として記録されていた。


この辺の情報は、ラズンによって持ち出されてしまっていて存在しない当時の光都教会の管理者の業務日誌からのものだそうだ。



「あの、ヴォロスさん。資料の内容と少し違っていますが…。」


ロッテはオルガンの仲間達の顛末について事実と食い違っていることを指摘する。


「結果報告より引用、という部分ですね。それは資料の作成者が事実確認をとれなかった部分となっています。」


続けてヴォロスは事実確認をとれなかった理由を語った。



「造鬼実験については知っていますね?一応私が責任者として主導していた実験なのですが。」


セロとオルガンは揃って頷き、セロから簡単に聞かされていたロッテもそれに続く。



「この日、楽園の地下のとある場所で虹鬼が発生するという事件が起こっています。」


簡単に言うと、虹鬼騒ぎのおかげで当日の楽園はそれどころではなかったということらしい。

資料の作成者である警備隊の者は皆、楽園の人間の避難誘導で大騒ぎだったのだ。


セロは廃棄場を脱出する前、たしかにオルガンからその話を耳にしていた。

十年前という符号は一致するものの、同日に起きた出来事だというのは初耳だった。


オルガンはそれを知っていた筈だが、当時を語ることを避けていたのだろう。



「ただ、当日に実験を行ったという記録はありませんし、私もそのような許可は出していません。」


ヴォロスはここでオルガンに視線を移す。


オルガンにもヴォロスの言いたいことがなんとなくわかったようだ。

ここにきてオルガンは、ヴォロスとの会話から連鎖するように少しずつ当時の記憶を思い出していた。



「ラズンは何故だかは知らんが人間を虹鬼と変じさせる秘薬を持っていた。これを知っていたのは俺とケルトスとラズンの三人だけだ。」


出来れば使いたくはないが、もしもの時には三人の誰かが虹鬼となって強さを得る、ということになっていたのだと説明する。



「この日、楽園で発生した虹鬼は実験によるものではなく、ラズン君が所持していた秘薬を使用したケルトス君です。」


ヴォロスは氷漬けのバラバラ死体となっているケルトスを確認したらしい。



「…。」


オルガンは唇を噛む。


自分の知らないところでケルトスは人間を捨ててまで戦っていた。


その頃自分は何をしていた?


オルガンは脱走直前の自分を思い出し、ふがいない自分への怒りで拳を握りしめる。



「脱走は重罪。それを犯した者は死罪となっても文句は言えない。それが廃棄場の決まり事となっています。こちらから押し付けた一方的なルールですがね。」


教会からの援助なくして廃棄場の暮らしは成り立たない。

その援助物資は外界からのものだ。


だからこそ外に迷惑をかけないよう許可なく外界に出ようとする者には厳しい罰則が設けられている。



「ですがそれは建前です。そこで生まれただけのオルガン君やセロ君達には咎などない。外界への脱出を制限する本当の理由は別にあります。」


オルガンの仲間達を殺したルールを建前であると言い切ったヴォロスに皆が注目する。



「実際には外界への未浄化虹素の流出を万が一にも許さない為の管理体制の結果そうなっている、ということになりますね。」


浄化の光に晒さなければ虹素はその毒性を維持したまま簡単に持ち出すことが可能だ。


ヴォロスに言わせれば、オルガンの仲間達が死んだ理由としてはこの管理体制を維持する為、となる。



「先生、なら王国に虹鬼や害人を放ったのは?あれって流出にならないの?」


虹化体の流出はともかく、南部開拓地や王都で虹化した者達に関してはそれを実行する為に濃虹水が使われていた。


「残念なことではありますが、当時は教会の管理体制が維持できておりませんでした。君達が脱出した時、楽園は無人だったでしょう?」



セロ達が脱出する少し前に、咎人の集落から楽園へと続く通路を使っての赤鬼と青鬼の襲撃によって楽園は機能していなかったのだとヴォロスは語った。


「そっか…。」


(俺達が脱出を決行する以前から鬼が楽園に侵入していた?そんな様子はなかったような気がするけど…。)


どこか腑に落ちない感じのセロだったがそれについては追及しなかった。



「話を戻しますが一度オルガン君にも確認しておきましょうか。貴方は仲間達の死に納得していますか?」


オルガンは思いがけない問いかけに虚を突かれたように惚けていた。



「廃棄場での暮らしは過酷です。物資の援助があってもそれだけでは限られた者しか生きていくことはできない。」


危険な地上に出て、害獣を狩り、自らの糧とする。

それができなければ多くの者が飢えて死ぬことになる。



「それはやがて廃棄場において強者が絶対であるとする不変のルールが生まれることに繋がっていきます。」



そこに絶対強者としてビフレストに君臨していたのがオルガンだ。

管理組織である教会を除けば、オルガンに歯向かうことのできる者は廃棄場に存在しない。



「オルガン君もビフレストに牙をむいた外民を処分したことがあるでしょう?」



オルガンはヴォロスの問いかけを否定しない。


事実、ビフレスト上層を襲った外民の武闘派集団等、狩猟隊に外民の排除を指示したことは一度や二度ではない。



仲間達の死、それについてどう考えているのか。

今一度オルガンは自問自答し、それを言葉にする。


「そうだな。たしかにあれは覚悟の上での選択だった。」


脱出に失敗すれば死。


それはわかりきっていたことだった。



自分達は失敗した。

仲間達が死んだのはその結果。



オルガンが納得いかないのは仲間の死ではなく、不甲斐ない自分だ。

何の役にも立たなかった自分だけが生き残ってしまったことに憤っていたのだ。



「何で俺を殺さなかった?」


「殺されるよりも、生き残った方がお辛くありませんでしたか?理由があって貴方の殺害には私自ら待ったをかけさせていただきました。」



その理由とは、オルガンという強者がいなくなることで起こる問題を鑑みてのことだ。


外民に対する歯止めが利かなくなり、ビフレスト内部の狩猟者達もまとまりを欠いてしまう。

そういったことを懸念しての措置であると、ヴォロスは本音の部分もしっかりと伝える。




それなりの時間がたっていたのか、気付けばシャイセとイルマが皆の飲み物を再度配膳している。


ケーキを食べ過ぎたナナとミケとクルルはおなかを膨らませてぐったりしており、ジル達がそのおなかをさすっていた。

満腹になったナナ達は満足そうな顔をしてそのまま眠っていた。



飲み物の配膳を待って、ヴォロスは話を続ける。


「それではお仲間さん達の顛末については一旦保留として、オルガン君が知らないであろう当時の概要について語りましょう。」



ヴォロスの話は、地上集落に暮らす外民についてのものから始まった。


「オルガン君は強者を絶対とする廃棄場の掟に疑問を抱いたことはありますか?」


「ねえな。」


オルガンは間髪入れず即答する。


強さを得る為に様々な代償を支払った者が何もしない者と同列に扱われることはありえない。

今でもその考えを否定するつもりはない。


「そうですね。高レベルの者が優遇されるのは廃棄場に限った話ではありません。ですがそこにはもう一つ、無視できない基準が存在します。」


ヴォロスはまるで問いかけるように皆を見回す。



「宿した恩恵かな?」


外民として生まれながらも、宿した恩恵を評価されてビフレストに移住を認められたセロにはすぐにピンときた。


「そう。ビフレストと外民の関係性に限って言えば、レベルなどよりもそちらの方がよほど重要です。」



外民のビフレストへの移住条件は、内部の強者のコネなどがない限りは恩恵を宿すかもしくは宿した子を誕生させることとなっている。

そのために外民にとってはレベルなどよりもよほど重視される傾向にある。


ビフレストに移住するには恩恵を宿すか、本来であればそれのみだ。


ただし、強者が絶対であるというルールが存在する為、高い地位にある強者に認められることでの移住も可能ではある。

内部の強者のコネというのはこちらを指している。


これは移住に関しては明確な掟破りとなるのだが強者のルールの存在からいくつかの事例が存在していた。


これらの事例はビフレストの内部では暗黙の了解となっていたが、地上の外民達にはまったく知られていなかった。



「例えばそこでぐったりしているナナ君は宿した恩恵を隠したままで移住していますね?」


それはヴォロスがエルンストとして過ごしていた期間に知り得た情報だ。


「ああ。それはたしかに俺が許可したことだ。」


当時のセロの実績はビフレストの狩猟隊の中でも他と比較にならない程大きなものだった。

そのような優秀な人材の家族であれば、とオルガンは簡単に許可を出したのだ。


つまりナナは後者である強者に認められての移住となる。



「他にも、ラズン君やジーセック君、フラメル君もこの事例に当てはまります。宿した恩恵が有効であると認められなければそれはないも同じですからね。」


オルガンの仲間三人も、そしてナナも、本当はビフレストに移住することなど出来ない筈だった。

ビフレストの支配者オルガンが認めたことで強者のルールが適用されたのだ。



「これ、他の外民が知ったらどう思うでしょうね?」



「…何が言いてえんだ?」


「ある一人の外民がどちらの方法でもない、第三の選択によってビフレストに侵入しました。十二年前のことですね。」


「何?俺は知らねえぞ?」


オルガンは素直に驚いている。


長い間ビフレストを支配していたオルガンからすればそれはありえないことだったのだ。



「その人物は自らの恩恵を隠したままで、密かにビフレストに侵入することに成功したのですよ。」


ヴォロスはそのままその人物が如何にして侵入を成功させたのかを聞かせる。



「何の恩恵も持たず、戦う力もない。そんな外民として最底辺に位置していたはずのその人物はある時、強力な恩恵を宿すことになりました。」


あくまでその外民のことは人物としか呼称しない。

どうやらヴォロスはその人物の詳細までは明かすつもりはないようだ。



「外民と一言に言っても、その境遇は様々です。」


集落でもごく一部となるが、上位に位置する者であればそれなりに安全で食うには困らない程度の暮らしは可能だ。

強者のルールが存在する以上、弱者からの略奪を咎める者はいない。


ビフレストにセロの存在と、共に暮らす祖父が浄化魔術の技能を持っていたことで、ナナは比較的優遇されていた立場にあったと言える。

別に強い訳ではないので略奪等はできないが、セロの存在があるために上位者から奪われることもない。



なら奪われる立場の者はどうなるか。


男性であれば、危険を冒しての密林での採取活動が主となる。

食料が得られればよし、得られなくとも木材等の資材はビフレストで食料と交換できる。


そうやって得た食料の殆どは、これからの採取活動に支障がない程度の食料を残して奪われる。


女性であれば、上位者の性的欲求を満たすための人形となる。

運よく恩恵持ちの赤子を出産することができればビフレストへの移住が叶うのだが、それが出来なければただの生き地獄でしかない。


産まれた赤子の恩恵が有効なものであれば、今度は赤子の奪い合いだ。

両親が誰なのかなんてことは鑑定でも判別できないために、立場の弱い女性となると出産直後に殺害されるケースも少なくなかった。



ここまで長々とヴォロスの話を聞いていたが、このあたりでようやくオルガンはヴォロスの言わんとしていることを察する。



「つまり俺達を憎んでいたとある外民が強力な恩恵を発現させてビフレストに侵入した。そういうことか?」


「先に言ってしまえば、オルガン君達の脱出計画がうまくいかなかった最大の要因はこの人物による妨害です。」


ヴォロスはオルガンに頷きつつ返答した。



「何…?」


オルガンの十年前の苦い記憶。


どうしてそうなったのか。

それはオルガンが最も知りたかったことの一つだ。



ヴォロスの口から明確な解答として、侵入者となった謎の外民とオルガン達との関りが告げられた。

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