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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
03 王都
17/236

015 入学試験

「う~ん…。」


ロッテは歩きながら難しい顔をしていた。



「どうしたの?ロッテ。」


「親分があんな感じだと調子が狂います。」

「確かになぁ。」


セロも同意見だ。




王立学院の白い校舎が眼に入る。



いつものナナなら大騒ぎのはずだ。

なのに真っ青な瞳で前方をヨタヨタして歩いている。



「すっかり元気がなくなっちまったな。」


(友達ってなんなんだろうな。)


ナナ同様にセロも友人というものを知らない。



「ロッテ、まだ試験までは時間あるんだろう?」


当人同士で。そう言うロッテの意見は尊重したい。


「けど少し背中を押すくらいなら。それくらいの手助けはいいんじゃないかな?どう?」



セロはそんな思いを口にしていた。



「いいんじゃないでしょうか。」


ロッテも賛成してくれた。



「やってみるか。」


しかしセロは生まれてこの方、傷心の女の子を慰める、元気づける、そういった事柄を経験していない。


セロはぶんぶんと首を左右に振る。


ナナはただの女の子じゃない。


妹だ。

家族だ。

元気になるまで何度でも背中を押す。



セロはそう思って、前方のナナを背後から抱っこする。


「ん?兄ちゃん。どうしたんだ?」


ナナの声からは明らかに元気が感じられない。



「ナナ、ジルと友達になれなかったのかな?」

「うん、あたし、ふわふわらしーんだ。」


(ふわふわってのはなんだろう?よくわからないけど…。)


「友達になりたかった?」

「うん、なりたかった。」



セロはナナににっこりと微笑み、ならそうすればいい。そんな気持ちをぶつけるかのように言い放った。


「ん?なりたかった?なんで過去形なんだ?ジルのことは終わったことなのかな?ナナ。」

「むん?」


(あ、過去形とか言ってもわかんないか。)


「ナナがね、なんかもう終わったみたいに話すから兄ちゃんおかしくって。ナナはいつからそんな諦めのいい女になったんだ?」


「!?」


ナナは小さく反応を示した。



「あたしは諦めの悪い女だからな。なんてことをいつも言ってなかった?一回でやめちゃうのかな?」


「ぬぬ?兄ちゃん、友達って何回もなれるのか!?」


(お?少し元気になったか?)


「いや、兄ちゃんも友達って知らないんだよ。ロッテ。こういうのって何回もやっていいもんなの?」



グッと親指を立てたロッテがナナにエールを送る。


「ジルは決して親分を嫌いな訳ではないと思います。それなら何回でも好きなだけ頑張っていいんじゃないでしょうか。」


「なら何も問題ないなぁ。なんかおかしいと思ったんだよなぁ。」


「?」



「いつものナナなら、何度ソデにされようと地獄の底まで追いかけ、食らいつくはずだ。」

「おおっ!ジルはあたしに食べられたかったのか!?そうなんだな!?」


(さらに元気になってきたな。よしよし。なんかおかしな返答だった気がするが聞かなかったことにしよう。)



しかし真面目なロッテはちゃんと修正しようとする。


「食べちゃダメです。親分。」

「うまいものは何度でも食べたい。友達もそうなんだな!?」


(ナナの瞳に活力が戻ってきたぞ。うまくいったか?なんか妙な解釈になってるようだがここは復活優先でいこう。)



「ナナ、ジルはここの学生らしいからな、せっかくだ。友達になるために牽制しとくか。」


「けんせい?兄ちゃん、あたし何すればいいんだ?」


セロはナナのために作戦を考えることにした。



「そうだな、例えばだが、今からの試験でジルの度肝を抜くような成績をとる。当然合格。ジルがそれを見てればなおいいな。」


「そんで?そんで?」



「学校で再会したジルは、ナナの凄さに驚いて、ナナのことが気になって仕方ない。」

「そんで?そんで?」



「ジルはナナに興味深々だ。それなら友達になるのも成功しやすいかも。けど方法は俺わかんねぇ。脅すくらいしか思いつかん。」


そう言ってロッテに援護を求める。


「ロッテ、続きお願い。」


「セロさん、脅しちゃダメです。」

「え?そうなの?」


「当然です、そこはお願いするとか、口説くとか。」




ここで大事な記憶が思い起こされる。


そして、セロの脳裏にとある筋肉男が現れた。

その筋肉男はセロにこう言った。


「いいか、セロ。お前には今後も様々な困難に立ち向かうことになるだろう。そんなお前に一つ助言を与えよう。」


筋肉男はニヤリと笑う。


「相手がいるならまず、脅せ。あらゆる困難の八割は脅しで切り抜けられる。憶えておけ。」


筋肉男は片手を上げて、セロの脳裏から去って行った。



「って言ってたよ。脅せばいけるんじゃね?」


セロはロッテに同意を求める。


「切り抜けられません!それはオルガンさんのような変態さんのダメダメな思考です!」


ばっさりと切り捨てられるが、ナナは何かを掴んだようだ。


「わかった!地獄の底まで追いかけてジルを脅しまくるぜ!!」


ナナの中で、このようにまとめられたようだ。

セロはそんなナナに笑顔を返す。



「あ~、結局オルさんの方法を採用しちゃうんだね。」


(けど、ナナも無事復活したことだし、これでいいか。)


セロは元気になったナナを見て安心する。



(まさか実行しませんよね?大丈夫ですよね?)


対してロッテは、不安になってオロオロしている。


「駄目ですよ?親分。脅したら駄目なんですよ?」

「うへへへ、あたし、決めセリフも考えたんだ。これならいけるぜ!」



元気になったナナは、ロッテの言葉も聞こえていないようだった。

そのまま三人で試験会場まで歩く。




「校内敷地の端にある闘技場が試験会場になりまーす。」


そんな案内の声が聞こえる。



セロはそちらに目をやると、円状に建てられた高い壁に囲まれた施設を視認する。


どうやら闘技場というのは屋外のようだ。


中に入ると、壁の内側が階段状になっていて、観戦者を多数収容できる形になっている。

階段状なのは、後方の者の視界を確保する為のもののようだ。


「へぇ、なかなか考えられているんだな。」


セロは闘技場の内部の造りに感心している。



「きゅるるる~。」


ナナのお腹の音が聞こえた。


「兄ちゃん、あたし昨日遅くまで魔術の練習してたから腹へった。食べていい?」


「いいんじゃね?ナナ、俺にも干し肉一つくれ。」


「セロさん、親分。校内は指定された場所以外での飲食を禁じています。」

「大丈夫だ、ロッテ。禁止されてても、親分いい方法知ってる。」


ロッテはそんな方法が!?と真面目に驚いている。



「いい方法って?親分、教えて下さい。」


「知らないのか?ロッテはバカちんだ。脅せばなんとかなるんだぞ?」

「なりません!」


(ああ、ナナさんがどんどんオルガンさんの影響を…。このままでは変態っ子になってしまいます。)


ロッテはナナの将来がものすごく心配になっていた。


(いえ、あきらめては駄目です!私の妹になるかもしれない大事な子です!変態の魔の手から死守しなければ…。)


そしてこんなことを考えていた。




試験会場にて受付をする三人。


「試験受ける人っていっぱいいるの?」


セロは受付嬢に何気なく探りを入れる。


「いえ、今回は急でしたので少数です。希望者は四名でした。あなた方三名が飛び込みで受付されるのであれば七名となります。」

「いつもそのくらいなの?」


「いえいえ、通常の試験時は数百人もの希望者が試験を受けますよ。数日がかりの試験になりますね。」

「今回七名って少なすぎない?」


「やんごとなきお方のたっての願いで開催されることになりまして。合格すれば皆さんは中途入学という形になります。」

「ふ~ん。そうなんだ。まぁ、入学できるならなんだっていいよ。」


「自信があるようですが、今回の試験は特例です。その分、合格ラインは厳しいものになりますよ?」

「たぶん大丈夫。」


セロは楽勝で合格できると高を括っている。

対照的に、ロッテは密かに緊張しまくっていて、ナナは何も考えていない。



セロ 14歳

シャルロッテ・カールレオン 16歳

なな 8さい



皆、名前を記入し試験の内容について説明を受ける。



持ち点が0からスタートし、10点で合格。

全ての試験を受ける必要はなく、10点を超えた時点で合格となる。


通常時と違い、今回は特例の入学試験につき合格ラインは15点となる。



1)鑑定試験…自らの鑑定結果を試験管に示し、レベル、恩恵、技能の三項目で評価を受ける。


2)筆記試験…筆記テストの受け、その結果で評価を受ける。


3)魔力試験…単純に魔力の量を測る。多ければ多いほど評価が加算される。


4)戦闘試験…1対1の戦闘にて、戦闘能力の評価を受ける。


5)魔術試験…得意とする魔術を行使し、その魔術技能を評価する。



以上である。通常の者は全ての試験を受けてもかなり合格率は低いらしい。



セロとナナは自分が落ちることなどまったく想像できないでいた。

ロッテだけはひたすら緊張している。


(二人の合格は確定なんです。ここで私だけ落ちたりしたら…。)


「ロッテ、緊張してるな?落ち着け。親分がついてる。」

「親分…ありがとうございます。」


「緊張すると屁が出るんだ。だから落ち着かないとロッテが屁をこいちゃうんだ。」

「おならなんてしません!!」



騒ぐナナとロッテの隣でセロは真面目に試験内容を吟味しているようだ。



「俺もナナも、鑑定と筆記はないな。無理だ。」


断言するセロ。


まぁでも残りの3つで余裕だろう。そんな雰囲気を見せている。



「逆にロッテは鑑定と筆記で10点に届かなかったら、厳しいかもね?」


ロッテは使える魔術もなく、戦闘力も皆無だ。

魔力試験で多少の加算はあるかもしれないが、やはり鑑定と筆記でどれだけ点を取れるかが勝負だろう。



「やばいな、ロッテ。解説の試験があればよかったのに!」


(解説の試験って…、親分ひどいです…。)



「付与魔術の扱いはどうなの?ナナがロッテに祝福かけたら不正になるの?」


ロッテの合格の確率を上げるためにとセロは提案してみる。


「はい、残念ながら、第三者からの支援は禁止となっています。」



「やばいのはロッテだけだ。頑張ってくれよ。ロッテ。」

「解説なら勝てるのに。」


(親分。私泣いてしまいそうです…。)




そして試験がスタートする。

最初は鑑定試験からだ。



まずはロッテのみ鑑定を受ける。


鑑定結果を確認した試験官は内容を吟味した後、ロッテに声をかけた。


「これはシャルロッテお嬢様。当校に在籍なさるのですか?」

「はい。合格できたらここで学ばせていただこうと思っています。」



お嬢様補正がついたのか、鑑定試験でのロッテの点数は7点だった。


セロとナナは顔を見合わせる。


「この試験意味あんのか…?」

「雑魚いロッテでいきなり7点…。」


かなり酷いコメントをする兄妹に、ロッテはしょぼんとしている。


実際は話術の上位恩恵である交渉術が評価された結果なのだが、セロとナナには分からない。

評価の内容までは告知されない為、高得点の理由については不明なのだ。



一次試験結果


マルカ・コバン…2点

ボーマン…3点

シーラ・カンス…2点

エトワール・グランス…6点

シャルロッテ・カールレオン…7点

セロ…0点

ナナ…0点



「あ!そうだロッテ。さっきの付与魔術の話だけど、付与術士が自分に付与するのは?違反になる?」

「いえ、自己強化は認められています。」


「そっか。よかった。ナナ、自分の恩恵だけでも隠蔽しておくんだ。隠形で隠せるんだろ?習得できてる?」


念の為の用心だ。

セロはともかく、ナナの恩恵は秘匿しておきたいとの考えから出た発言だった。


「ぬかりはないぜ!あたしは常に万全を期す女だからな!」


ナナは自分とセロに抗魔効果の隠形を付与する。

鑑定を阻害する効果だ。




筆記試験が始まった。


こちらもセロとナナは辞退し、参加はロッテのみだ。



ロッテの筆記試験は先程より高得点の8点だった。


出される問題はかなりハイレベルなものらしく、通常は10点満点中5点も取れれば学院側が騒ぎ出すレベルらしい。

そうなるとロッテの8点というのはかなりの高得点である。


ロッテの学力の高さがよくわかる結果となったのだが、試験をナメきっている兄妹はまったく気が付かなかった。



そしてこの時点でロッテの合計点は15点だ。

気付いたらロッテは合格第一号となっていた。



「あれ?なんかロッテ合格しちゃったな。つくづくこの試験って意味あるのかな?これ落ちる奴いないんじゃ…。」


(うぅ…、セロさんまで…。)


素晴らしい結果を出したはずのロッテはこれ以上ない程にしょぼんとしている。



「あ…、ロッテ、ごめんな。」


涙目になっているロッテに謝るセロだった。



二次試験結果


マルカ・コバン…1点、計3点

ボーマン…2点、計5点

シーラ・カンス…2点、計4点

エトワール・グランス…4点、計10点

シャルロッテ・カールレオン…8点、計15点

セロ…0点

ナナ…0点




続いて、魔力試験。


ロッテはすでに応援だけになっているので、参加はセロとナナだった。


受付順で試験を受ける為、兄妹の出番はかなり後だ。


セロは一度トイレに。

ナナが順番を待っていると、少し前から職員達のどよめきが聞こえる。



「王女殿下だ。」

「え?あの小さいのが?」


「まだ10歳だからなぁ。でもその魔力は本物だぜ。幼年主席候補だな。」



どよめきを耳にしたナナがロッテに質問する。


「ロッテ、幼年主席ってなんだ?」


「学院は幼年部と少年部、成年部に分かれてるんです。12歳以下は幼年部、13~16歳が若年部、17歳以上は成年部です。」


「主席ってのは?」

「各、年部ごとに、最も優れた評価を得た学生を主席、その次を次席。と称するんです。」


「じゃあ、あたし主席になるぞ!そしたらジルもあたしがふわふわじゃないって思うかもしれない!」


やる気になったナナは主席候補と目される王女を視認する。



エトワール・アルデアット・フィル・グランス(人間)


レベル 8


恩恵 火魔法:火球+1

   魔力強化


技能 火魔術:火弾

   火魔術:火球


効果 火魔強化



「ん~。王女なのに弱い。あれが候補ならあたしが主席になるの簡単そうだ。」


ナナは正直に感想を口にした。



ビクン!


ナナの声を聞き取ったらしい王女エトワールが振り返り、ナナを発見する。


「ちょっとあなた。何か言いまして?」


そして絡んできた。


「ん?なんだお前は?変な喋り方だぞ。それに何だその頭は。くるくるしやがって。」

「なんですって!?無礼ではありませんこと!?」


「だから変な喋り方だから何を言ってるのかわからん。何なんだこの頭の悪いくるくるは。」



ガーン!と擬音が聞こえてきそうなくらいの衝撃を受け、わなわなぷるぷると震えるエトワール。



「あなたのおっしゃるそのくるくるっていうのは、もしかして私のことですの?」


「そうだぞ?なんか頭がくるくるしてるから、くるくるな。」



「そういえば珍しい髪型だね、俺そんなん初めて見るよ。」


トイレから戻ってきたセロが会話にはいる。

兄妹はエトワールの左右に纏めてある螺旋状の髪が気になっている様だ。



「さっきから黙って聞いていれば、人の頭を…。」


エトワールは今にもキレそうだ。


「何言ってんだ?くるくる。おまえ全然黙って聞いてないぞ?」



そこで状況に気付いたロッテが飛んでくる。


「エトワール王女殿下。お久しぶりでございます。カールレオン公爵が娘、シャルロッテにございます。」


焦った様子でナナとエトワールの間に入るロッテ。



(王女殿下?)


セロはその単語を無視できなかった。

明らかに不機嫌そうな表情を見せている。



ふぅ、ふぅ、と必死に怒りを抑えてロッテに返答するエトワール。


「あらシャルさん、お久しぶりですわ。まさかあなたとここで会えるなんて。合格第1号、おめでとうございますわ。」


「お。ロッテ~。大変だぞ。親分が弱っちぃくるくるに絡まれたんだ。こいつぶっ飛ばしていい?」


「!!!!?」


「お、親分。ダメです。王女殿下にそんな口を聞いては。」


焦りまくるロッテだった。



「ん?おうじょでんか?む?ただの弱っちぃくるくるだぞ?」


そしてナナは怒りに震えるエトワールにさらなる燃料を投下する。



「なんですって!?あなた、覚悟はできていますの!?」


そう言うエトワールを無視してもう一度鑑定するナナ。



「むおおおおっ!!なんだこのくるくるは!!鑑定結果おかしいぞ!?こいつ!」



何かに驚くナナを見て、得意そうな顔になるエトワール。


「くるくるとかこいつ呼ばわりは頂けませんが、やっと少しは実力というものが分かったようですわね?」


そう言って、エトワールは少し機嫌を取り戻している。


「兄ちゃん!こいつ名前が四つあるぞ!?何だこいつは!」


ナナは名前とか完全にスルーしていて見てなかったようだ。

セロは眼を細めてエトワールお見ている。


「王族か。ナナ、よせ。相手にするな。こいつら、偉そうにしといて冤罪で処刑されるばあさんを守りもしないカスだ。」


セロは冷たい視線でエトワールを睨む。

エトワール個人は冤罪とは無関係であることは分かっているのだが、エトワールの尊大な態度からか、怒りの感情が漏れ出していた。



「なっ、なっ、私を誰だと…。」

「知るか。少なくとも俺はお前は知らんが、お前の親父がクズの中のクズだというのは知っている。」


セロもまた容赦がなかった。



前日のメリルの件で王族というものに嫌気がさしてきていたのも手伝い、セロは辛らつな態度でエトワールの前を去ろうとした。



「お待ちなさい!!!!これほどの屈辱、生まれて初めてですわ!!」


激昂するエトワールもまた、セロを呼び止める。


「なにが屈辱だ。屈辱で済んでることに感謝しろ。しかも生まれて初めてだと?ただの温室育ちのポンコツじゃねえか。」



セロはナナを抱き上げ、ロッテに目配せする。



「ナナ、ロッテ。さっさと試験を済ませて帰ろう。」



そんな時、試験官から呼び出しの声。


「エトワール王女殿下!計測どうぞ!」


何かを言いかけていたエトワールは一度それを飲み込み、別のセリフを口にした。


「そこの二人、計測の後で話がありますわ!逃げられるなどと思わないことですわ!」


エトワールはふんっとはなを鳴らして計測用の宝珠に手を伸ばす。



「なんかあのくるくる、えらそうなやつだ!」

「あぁ、まったく気分が悪い。みろよ、たいした記録もでねぇってのにあの態度。バカみたいだ。」


もちろん完全にそれが聞こえていたエトワールは肩を震わせ、屈辱に耐えていた。



ロッテは天を仰いで現実逃避中のようだった。



「はああああああああああああ!!!!」


エトワールの裂帛の気合が会場に響く。


「兄ちゃん、なんだあれ?は~ってやったら魔力増えるのか?」

「ふえないよ、恥ずかしいからナナは真似しないようにな。」


「わかった!あたしは恥を知る女だからな!」


この会話も当然エトワールに聞こえている。




計測が終わり、試験官がエトワールの記録を読み上げる。


「王女殿下。魔力値45!!」


フン!とでもいいたそうな目で見下ろすエトワール。


「ロッテ、45ってすごいの?」


セロはそんなエトワールを完全に無視してロッテに話しかけている。



「は、はい。この国の大人の魔術士でもせいぜいが30くらいだと言われていますから。」

「え?平均が30で45しかないのにドヤ顔!?頭おかしいんじゃないの!?」


エトワールも当然それを耳にしている。


「なんですって!?それなら、そういうあなたはさぞかし高い数値を出せるんでしょうね!?」

「おまえらが不正行為とかしないんだったらな。」



「あぅ……。」


もはやロッテは言葉を口に出来ずにいた。




そしてセロに順番が回ってきた。


「この珠に魔力を流すといいの?」


「はい、全力でお願いします。」

「全力ねぇ、俺はともかくナナには加減させたほうがよさそうだ。」



そして計測宝珠に手を当てる。


「よっ。」


まるで、まったくやる気がない、そう態度に出しまくっていた男の、まったく気の入っていない測定だった。

なのに試験官の様子がおかしい。声が震えている。


「ま、魔力値675になります…。」



「はぁ!?」


最初にくってかかったのは当然エトワールだった。


「おかしいでしょう!?675なんて人間の数字ではありませんわ!」



「めんどくさ…。」


溜息をつきながらセロは呟いていた。



次はナナの番だったのだが、エトワールが邪魔で計測ができない。

セロの記録に納得できないらしく、試験官にぎゃあぎゃあと怒鳴っている。



「おい、くるくる!お前邪魔だ!どけ!」


ナナも容赦がなかった。



「本当に邪魔だな。」


そう呟いたセロは、わざとエトワールに聞こえるように話す。



「自分の記録がしょぼかったからって宝珠の不具合を主張し、他者の測定を妨害する。酷い王族もいたもんだ。」


エトワールは真っ赤な顔でツカツカとこちらに歩いて来る。


「よし、ナナ、今のうちだ。今なら恥知らずはいねぇ。」


セロは自分がエトワールの相手をしているうちにナナの計測を済ませようという考えだった。


「おうよ。幼年の部の主席はあたしになるんだからな!」



ピタッ。


エトワールは思わず足を止めた。


セロに何か言いに来たはずだったのだが、自分の横をたった今通り抜けて行った無礼な小娘が自分と同様、学院最強となることを口にした。



(なんですって!?)


エトワールは計測に向かうナナの背を見つめていた。



「ふ~ん♪ふ~ん♪ふふん~♪」


ナナは鼻歌を歌いながら、ぺとっと宝珠に触れる。そしてすぐ戻ってくる。

魔力を込めたのかどうかすら定かではない、一見、ただ触れただけのようにしか見えない計測だった。


「ちょっと、あなた!やる気ありますの!?」


当然、全力を尽くしたエトワールはナナの適当な態度に腹を立てる。


「だって、はあ~~~~!とかやって45だったら恥ずかしいだろ?お前恥ずかしくないのか?」


ナナはさらに燃料を投下した。


「ななななんですって!?あなた私を誰だと思っていますの!?」

「くるくるだと思っているぞ?」


ナナは正直に返答した。


「くるくるではありません!エトワールですわ!ちゃんと名前で呼びなさい!!」

「くるくるじゃない?エテ公でいいのか?めんどくせぇ。おまえはくるくるだ!」


ナナは目の前の王女殿下をくるくると命名した。


「エ、エテ公ですってええええぇええぇ!!もう怒りましたわ!怒りましたわ!!」



騒ぐお子様達をよそに、試験官が膝を地面につく。


「馬鹿な…、ありえない…。」


それを目にしたエトワールは試験官に駆け寄る。


「あの無礼者の魔力はいくつですの!?」


エトワールは測定結果が表示されるパネルに目を奪われた。



「………982?」



そして試験官へ詰め寄り、さらに騒ぎ始めるエトワール。



「まためんどくせぇのが騒いでる。今のうちに次いこう。」


セロとナナは放心するロッテを連れて次の会場へ移動する。



「何なんですの?あの二人は…。」


エトワールは去っていくセロとナナの背中に、そんなことを呟いていた。



三次試験結果


マルカ・コバン…魔力値16、3点、計6点

ボーマン…魔力値14、2点、計7点

シーラ・カンス…魔力値11、2点、計6点

エトワール・グランス…魔力値45、9点、計19点

シャルロッテ・カールレオン…0点、計15点

セロ…魔力値675、135点

ナナ…魔力値982、196点




そして戦闘試験会場にて。


ナナとセロは完全に目立っていた。


合格は決定していたが、セロは学院生のレベルを知る為、ナナはジルにアピールする為。

それぞれの目的のために戦闘試験に参加することにしたのだ。


そして引き起こされた惨状にロッテは真っ青になって遠くに目をやり、またも現実から逃避していた。



次の戦闘試験では、基本的に在校生が相手となる。


しかし在校生達はナナの鑑定で即座に能力を暴露され、ダメ出しされ続けていた。


「弱すぎる、もっとましなのにしてくれ。」

「雑魚い!めっ!!」


「おいおい、この学院には雑魚しかいないのか?」

「ロッテ並み!めっ!!」


ナナとセロはひたすら鑑定とチェンジを繰り返していた。




その頃、王立学院の校舎では。


チェンジされた生徒が教室に戻り、そして怒りのままに壁を殴りつけていた。


「何なんだ!あのガキ共!!」

「どうした?荒れてるな?」


ダメ出し生徒は怒りの感情のままに闘技場での出来事を説明する。



「そのガキら、そんなに強いってんなら見せてもらおうじゃねぇか。」


そう言ってゾロゾロと教室を出ていく生徒達。


他の学生達の間でも騒ぎとなり、やがてジルの耳にもそれが届くのだった。



教室で自習の最中だったジルは窓の外、闘技場の方角に目線を送る。


「ナナちゃん?」


そしてぼそりと呟いていた。




自分たちのことを、弱い、弱すぎる。そう言いまくる二人に、在校生達は今にも襲い掛からんばかりに殺気立っている。


結局、セロの相手は、王立学園最強の剣士とされる、教官だった。



「君が今、弱いと断じた生徒は騎士団の部隊長クラスと同等の力を有する有望株だ。君はその言葉に見合う実力があるのかね?」


そう言った教官は今、セロの足元で地べたに這いつくばり、痙攣している。


「はぁ…、つまんね。」


セロが嘆息して会場を出ようとしたところ、一人の男が声をかけてきた。

エトワールの護衛をしていた男だ。



「そんなに退屈かい?」


「あぁ、つまらないな。王国の人材のしょぼさは、分かっちゃいたつもりだったんだけどなぁ。現実はもっと酷かった。」

「言うねぇ。」


苦笑しつつセロに声をかけた男が自己紹介する。



「私は聖壁騎士団団長、デュラン・ローグリア子爵だ。王女殿下の護衛として来たんだがね。」


そう言うや、試合場に足を踏み入れる。


「ここには、いや、この国には私以上の剣士はいない。今日のところは、私で我慢してくれないかな?」


ローグリア子爵は、セロの強さを認めつつも、自分には及ばない。そう評価していた。


王国最強の剣士であり、個人の強さであれば勇者ヴィンセントを上回る。

そんな自分なら、この少年にお灸をすえてやることも可能。そう思っていた。



そこに、よってきたナナが子爵を鑑定する。



デュラン・ローグリア(人間)


レベル 37


恩恵 剣術:細剣


技能 剣技:精密刺突

   剣技:曲刺


効果 強化:剣技



「このおっちゃんはレベル高いな。剣の恩恵もある。」


ローグリア子爵はナナがやったことを即座に見抜いた。


「驚いたな。鑑定の魔眼か、本当に君らは何者なんだ。」



セロは王国最強の剣士と向かい合う。


そしてその光景を、会場の隅からエトワールは爪を咬みながら、悔しそうに凝視していた。



そして結果は、最強と評されるローグリア子爵であっても、30秒と持たなかった。



開始の合図だ。

子爵は剣を抜いて、悠然と歩いてくる。


いい加減イライラしていたセロは、抜刀と同時にいきなり魔剣技:断空刃で子爵の持つ業物の剣を両断。

セロの剣筋にまったく反応できなかった子爵は、突然自分の剣が両断されたように感じた。


「何!?」


ほんの一瞬、切断された自分の刀身に目がいき、セロから目を離してしまう。

子爵がセロを視認した時、セロは白雷を片手上段から振り下ろそうとしているところだった。


そのまま魔剣技:大爆雷で試合場ごと叩き潰した。

もちろん刃を当ててはいない。が、子爵は衝撃と感電により完全に失神していた。



驚愕し、無反応となっている試験官に対し、次はこいつな。そう言ってナナを送り出す。



やっと出番だ。

ウズウズしていたナナは、機嫌よく試験官に声をかける。


「試験官のおっちゃん、ちゃんと強いのをよこしてくれよ!!」


そう言って試合場で魔力を開放するナナ。

祝福を付与しているのだ。そして身体障壁を展開。



それを眺める観戦者達の間では、様々な声が飛び交っている。


「おい、なんだあのガキは!?子爵様が負けちまったぞ!?」

「ありえねぇ!あの魔力値で剣術も規格外だってのか!?」


さらに、いつのまにか観戦者の数はものすごいことになっていた。

戦闘会場での出来事は、学院中で騒ぎになっていて、在校生たちまでもが全員で試合場を囲んでいた。



「ジル、見てるかなぁ…。」


そんなことを呟きながらナナは相手を待っている。


そして誰も名乗り出ないことに業を煮やしたのか、20代後半くらいのすらっとした体形の女性が試合場に上がってきた。



エスト・パルムレイク(人間)


レベル 41


恩恵 土魔法:大岩


技能 魔眼:鑑定

   土魔術:飛岩

   土魔術:岩壁

   土魔法:石礫


効果 障壁

   欺瞞



「むん?おばちゃん、レベル高いな。41か。得意なのは土魔術だな。」


「せめてお姉さんとかにしてほしいわ。はじめましてお嬢ちゃん。当校の学院長を務めるパルムレイクです。」

「がくいんちょう?偉いのか?貴族なのか?悪者か?」


(ほんとに何なのかしら?この子。とりあえず桁違いの魔力を保有し、鑑定の魔眼を所持。そしてこちらの鑑定は阻害される、か。)


「とりあえず悪者ではない、と自負してはいるわね。」


(それにあの障壁、かなりの強度ね。受付には8歳ってあったけど、どう考えてもおかしい。まさか魔人の子供?)


エストがいろいろとナナの正体を勘繰っている間に、ナナはエストに対抗するべく準備していた。


「土魔術ならフヨフヨはこれでいいな。なぁ、お姉ちゃん。あたし、手加減したほうがいいか?」

「さすがに8歳の子供に手加減を願う訳にはいかないけど、これは試験だからね?相手を殺害するような魔術はダメよ?」


(それほどに自分の強さに自信があるというのかしら?まったく、何者なんでしょうね、このお嬢ちゃんは。)


「ねぇ?私さっきからお嬢ちゃんを鑑定しているのだけれど、何だか阻害されてうまくいかないのよ。何かしてる?」


「うん、してる。いい女は秘密が大事なんだ。でもあたしだけ見るのはズルって言われるかもだから…。」

「教えてくれるの?」



ナナは大きく頷く。


「あたしナナ!レベル16の付与術士だぞ!」

「あら、本当に教えてくれるなんて、親切ね。」



そして戦闘開始の合図。


エストが片手を上げる。すると周囲に複数の魔法陣が現れ、巨大な岩塊が浮き上がってくる。


「準備はいいかしら?」

「ばっちこ~い!!」


(大岩は目くらましの寸止め。びっくりした所に石礫をコツンとやって気絶狙いでいきましょうか。)


エストが上げた手を振り下ろすと、滞空している岩塊が猛烈な速度でナナに飛来する。


「ぎゃあ!飛んできた!!!」


岩塊がこっちに来る。そう考えていなかったらしいナナは焦りまくり、慌てて土魔術吸収の領域障壁を展開。

障壁に接触した部分から、岩塊が魔力へと分解されてそのまま吸い込まれるように消失。ナナの魔力へと還元される。


「ふぅ~。びっくりしたぜ。」

「ウソでしょ?なんでレベル16の障壁で私の岩塊が止められるの?」


(それに今のは止めたというより吸収か無効に近かったように思えた。おかしい、たまたま属性が一致したとでも?)



ナナがこの場で障壁をカスタマイズしている。などと夢にも思わないエストは混乱していた。

そして、ナナは大量の自在障壁を展開すると、そのままエストに前進。



ナナの周囲に、手鏡サイズの自在障壁が大量に舞っている。


「あれは何?わからないけど、嫌な予感しかしないわね!」


エストも岩壁で防御する。周囲に巨大な岩壁がせり上がり、ナナの歩みを止めようとする。


「とりゃ~!!」


ナナの周囲に展開していた自在障壁群が迎撃に動き出す。


それぞれがペタペタと岩壁に張り付くと、凄まじい爆音とともに岩壁が簡単に爆散していく。

迎撃に成功した障壁群は素早くナナの元に戻り、その周囲に侍るように展開している。



「おお、あたしの思った通りだ。このフヨフヨは使える!」


嬉しそうに自分の周りの小型障壁を見るナナ。



「なんなの、この子は。ありえないでしょう、いろいろと。それにさっきから、フヨフヨって何なのよ!!」


(あの魔術は一体何?付与術士って言ってたけどあんな付与術、見たことも聞いたこともない。まずいわ、勝てる気がしない。)



エストの前方20メートルあたりで足を止めるナナ。

そしてナナの前に隊列を組むように配置される自在障壁群。


「くっ!」


エストは障壁を自身の前面に展開。円盤障壁だ。


ナナは構わず術を行使する。

こちらは発煙。色は赤色で追加効果はなし。ただの目くらましだ。


「え!?赤い煙!!?」


何かの攻撃がくると身構えていたエストは意表を突かれ、回避できずに煙に巻かれる。


煙の量はわずかで視界不良は短時間であったが、煙の消失時にはすでにエストは障壁群に包囲されていた。



「どうだお姉ちゃん。あたしはすごいんだぞ?強いんだぞ?」



エストの体から力が抜ける。


「えぇ、本当ね。降参よ、私の負け。爆発させないでね?」


(たしかにすごい子ね。負けたのは悔しいけど、いろいろと話を聞きたいわ。先程の少年にもね。)



「あたしの勝ち!」


ナナは飛び上がって喜びを表現している。



「あぁ、元気になったみたいだ。よかった。」


セロは安心した表情を見せている。



(全然よくありません…。)


ロッテは無言でひたすら首を左右に振りまくっている。


(やりすぎだよナナちゃん…。)


そして観客の中には、ロッテと同様の反応を示すジルの姿もあった。



最後に、悔し涙を流しながら会場を後にするエトワール。


(何なんですの!?あの二人は!!ありえませんわ!!ありえませんわ!!!)



四次試験結果


マルカ・コバン…敗北、0点、計6点

ボーマン…善戦、1点、計8点

シーラ・カンス…互角、2点、計8点

エトワール・グランス…不戦、0点、計19点

シャルロッテ・カールレオン…不戦、0点、計15点

セロ…圧勝、評価点不明、135点超過

ナナ…圧勝、評価点不明、196点超過



そして会場では、さらに騒ぎが大きくなっていた。


先程、凄まじい威力を見せた自在障壁群。

それを多数展開したナナが観戦していた学生達の集団に突っ込んでいた。


ジルの姿を発見したようだ。



「わあああああああ!!」

「俺達を爆破する気か、あのガキ!!!」

「きゃあああぁあ!こっちに来てる!」


会場はもう大騒ぎだった。



「ジルううぅぅぅ!!!待てやああぁぁ!!友達になれこらああぁぁぁぁ!!!」


ナナは絶叫しながらジルを追いかけていた。


「ひいぃぃ!ナナちゃん、やめてえぇぇえ!!」


ジルも必死に逃げ惑っている。



「あたしは!!ジルがッ!!友達になるまで!!!脅すのをやめないッ!!!!」



ナナはさらに叫んでいた。


どうやらこれが決めセリフのようだったが必死なジルの耳には入っていなかった。



「なぁ、ロッテ。あれでいいのか?」

「うぅ…、ダメかもしれません…。」


苦笑するセロと、がっくりと項垂れるロッテだった。




騒ぎの後、五次試験が実施されたようだが合格者は現れず、エトワール、ロッテ、セロ、ナナの四名が合格となった。


こうして王立学院の入学試験はここに閉幕となる。

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