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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
10 廃棄場
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過ぎ去りし七色 14

造鬼実験の日がやってきた。

ラズン達にとっては脱出決行の日でもある。



ジーセックはいつも通りのマイペース。

フラメルは何度も荷物の中身を確認し、落ち着きがない。



「あおおぉ~~~ん!!!!」


早朝から響くオルガンの愛人の奇声が鬱陶しい。



オルガンは愛人達とのヤリおさめだと言ってひたすら交尾に励んでいる。



「一応、脱出決行の日ってことになってたはずなんだが…。」


ラズンはオルガンの交尾部屋に視線を送り、呟いていた。



こんな時であってもオルガンはいつも通り自分の欲望に正直だった。



(畜生…、なんで俺は未だに童貞なんだ…。こんなに頑張ってるのに…。)


オルガンに呆れつつも羨ましくも思う。

外界に出れば自分だってモテモテになる、ラズンは自身にそう言い聞かせて交尾男を思考の隅に追いやった。




ビフレストの外、地下街の方から大勢の人間の気配とともに話声が聞こえてくる。

おそらく地上で実施する実験を行う者達なのだろう。


やってきた研究者の集団の中からメランが抜け出し、ラズンの元へやってくきた。



「おはよう、ラズンさん。今日は実験の日ですよ。準備は出来ていますか?」


(とは言っても実験には同行しないんでしょうけど。適当な理由をつけて後から追いかけるとかって言うつもりなのかしら?)



「準備は万全ですよ。でもヴォロス先生や被検体、楽園の王の姿が見当たらないが、遅れているのかな?」


(いくらなんでも王が楽園を離れることを確認せずに決行に踏み切るほど馬鹿じゃねえ。まずは確認してからだ。)



「この一団は準備があるので先に行きますが、王や先生はもう少しすればやってくると思います。」


(警戒しているわね。まぁ、王が実際にこちらにくれば少しは安心するでしょう。でも…。)



「楽園の王か。俺はお会いしたことはないのでどんなお方なのか、楽しみだ。」


(王の外見についての情報はない。ケルトス様が確認したのは鑑定板だ。つまり本当に王であるかの判断が出来なければならない。)



「お顔などは私も見たことはありません。大きな水晶の飾りをいつも身に着けておられます。寡黙なお方ですから会話は難しいかもしれません。」


(当然貴方は替え玉であることを疑うでしょうね。けどそれはこちらも対策済みよ。」



話しているうちに、先行してやってきた研究者達はメランを残して地上へと移動していった。



ラズンは楽園の王の判別についても当然考えていた。


何年も前に北方の虹獣の巣の調査を行った時以来、まったく目撃すらされない王だ。

鑑定板だけの存在、そう考えたことも一度や二度ではない。



ケルトスは楽園の王のことを門番であると言った。


抗えない絶望の象徴のような能力を示す鑑定板、それは本人がいなくとも門番の役割を果たすだろう。


鑑定板という確たる証拠は多くの者が外界へ抱く希望を諦めさせてきたはずだ。


だがその力を振るう者がいなければ門番として不完全だ。

実際にそれでも脱出を強行する者が出現すれば、一枚の板きれにそれを防ぐことはできないのだから。



姿はなくとも確実に存在する。


それがラズンの出した楽園の王についての結論。


そして姿のない王を判別する方策をラズンは一つしか思いつかなかった。



遅れて来た者達がビフレストに到着した。


ヴォロスを先頭に、派手な青いローブに大きな水晶の装飾品を身に着けた巨漢とその従者らしき執事の格好をした老人。


その三名だけで被検体と思しき人物の姿はない。



ラズン、ジーセック、フラメル、そしてメランの視線は楽園の王に集中していた。



氷の魔王、そう称される楽園の王の恩恵を象徴するかのような大きな水晶の飾りが音を立てる。


その瞬間、楽園の王はビフレスト最下層の者達を威圧した。



バン!


扉を破らんばかりの勢いで裸のオルガンが部屋から飛び出した。



まるで強大な力を持った魔獣に睨まれているような感覚。


目の前には巨大な咢がせまり、これから確実に捕食される。

ラズンはそんな感覚に襲われて身動きができない。


ジーセック、フラメル、そしてメランも同様の状態に陥っていた。



「あれが楽園の王か。どうやらたいした化け物みてえだが。」


オルガンはラズンの隣に立ち、フルチンのままで呟いていた。


「せめてパンツくらい穿いてこいよ…。」

「馬鹿野郎、この状況で今更穿く方が格好悪いだろうが。俺はイケメンだ、堂々としていれば常に格好いいはずだ。」


強大な威圧に対する反射的行動だったのは分かってはいるが、ラズンは言わずにいられなかった。


「ふっふっふ。」

「オルガン、うっとりしてるとこ悪いがポーズをとるな。キモい。」



そしてこれによって、楽園の王の判別が終了した。



ラズンが考えていた方法は、オルガンのよくわからない強者を感じ取る力。

強者センサーによる判別ただそれのみだった。


しかし実際に相対してみれば、ラズンであっても楽園の王からの威圧を感じ取る事ができた。


食う者と食われる者、生物としての力の差が圧倒的なものであることがラズンにもよくわかる。



「リブラ、威圧を少し抑えて下さい。皆さん怖がっていますよ?」


ヴォロスの声と同時に威圧感がふっと消え去り、皆は身体の自由を取り戻した。



ラズンは隣にいるフルチンの交尾男に小声で呟いた。


「オルガン、予定通りに頼む。」

「おう。おめえは?」


「俺はあの化け物から目を離すわけにはいかなくなった。それに先生に話したいこともあるしな。俺は実験に参加する。」


(確かに楽園の王は情報通りの力を持っているようだが…、ヴォロス先生のあの態度…。)


ラズンはヴォロスの立ち振る舞いを見て、密かにある決断を下していた。



オルガンはラズンの言った実験に参加するという言葉を反芻し、自分の役割を理解する。


ラズンは他の者には内密に、確実に内通者ではないとされたオルガンとケルトスにだけ状況に合わせた複数の計画案を伝えていた。

そして決行する計画案を伝える為の符丁として、実験参加を口にしたのだ。



「あの、ヴォロス先生、俺、本当に同行しても大丈夫なんですか?」


おそるおそると言った感じにラズンは楽園の王の元へ移動する。


「ええ、そういう約束ですからね。ですが本当によろしいのですか?」


ヴォロスはあえてもう一度問うことによってラズンに意図を伝え、ラズンもそれを理解する。


「そういう約束ですから。是非とも俺に実験を見せて下さい。」



ジーセック、フラメル、そしてメラン。

三人だけがラズンの予想外の発言に驚いているようだ。



「メランさん、こちらは大丈夫ですので。」


ヴォロスはメランに声を掛け、メランはそれに反応して我に返る。


「あっ、はい、わかりました。無事のご帰還をお待ちしています。」

「エルンストにも、留守を任せてしまってすまないと。あと礼はするとも伝えておいて下さい。」



ヴォロスと楽園の王は上層への階段へ向かい、ラズンもそれに続く。


王の従者であった老人のみがその場に残り、楽園の王の背に頭を下げている。



やがて三人が階段の向こうへ消えると老人は頭を上げた。



「戻りましょう、従者殿。お供いたします。」


メランは老人に声を掛け、連れ立って楽園へと戻って行った。



「俺らも行くぞ。」


服を着たオルガンはジーセックとフラメルに呼び掛けた。


「え?行くってどこに?ラズンは上に行っちゃったけど?」


案の定フラメルは混乱し、ジーセックも平静を装ってはいるが難しい顔になっている。



「急なことで事前に伝えられなかったんだがな、まあこれも予定のうちだ。とりあえずお前らは俺の指示で動けばいい。」



オルガン達三人もメラン達に少し遅れて楽園へと向かった。





ヴォロスとラズンは並んで階段を登り、少し後ろを楽園の王がついてきている。



「ラズンさん、お聞きしてもよろしいですか?」


しばらく無言で階段を登っていた三人だったが、ここでヴォロスが口火を切った。


「今日は脱出を決行なさる日ではなかったのですか?貴方が犠牲になったところで楽園の王は止められないことは理解されていると思いますが?」


ラズンはヴォロスの言葉に一瞬だけ驚いて見せる。


「いやあ、そのつもりだったんですがね?どうも無理っぽいんで俺は一抜けさせてもらいます。やっぱり命あってのって言うでしょう?」



今度はヴォロスが驚いた顔を見せた。



「地下道、何か仕込んでるんでしょ?」


楽園の王がここにいることがその証であるとラズンは確信している。


「今脱出を決行すればここにいる王様以外の何か、もしくは別の楽園の王が行く手を阻む。そんなところですよね?」

「クフフフ。確かに仕込んではいます。それは地下道ではありませんがね。しかしラズンさん、罠があると知っていてお仲間を行かせたんですか?」


二人の会話は遠慮のないものへと変化していた。


ラズンは脱出を画策していたことを隠そうともせず、ヴォロスもそれを妨害していた管理側の人間であることを隠そうともしない。



「やっぱりそこはどんな罠なのか知っておきたいじゃないですか。今後の為にも少しでも教会の手札を確認しておかないと。」

「その為にお仲間には犠牲になってもらうと?いいえ、貴方はそのような選択はしないでしょう。どうやらそちらも仕込んでいるようですね?」


ラズンとヴォロスは自然と微笑みを交わしていた。


「もちろん。大事な仲間を捨て駒になんてしません。元々情報だけをぶんどるつもりでしたから。」


「成程、私達はすっかり騙されてしまったようですね。お見事です、ラズンさん。貴方が評価に値する人間であることを私が認めましょう。」

「ありがたく受け取ります。これからも頑張りますんでよろしくお願いします。」


一見、皮肉のように聞こえるラズンの返答を、ヴォロスは別の意味で受け取った。


「オルガン君達の脱出計画、発案者は貴方のようですが、どうやら貴方の考える脱出計画はありきたりな逃亡ではないようですね?」


それはラズンついさっき決断した、仲間にすら伝えていない脱出方法だった。


「ありゃ?先生、鋭いですね。流石にこれだけの会話でそこに突っ込まれるとは思っていませんでしたよ。」


ラズンはヴォロスの言葉を否定しない。

そのことからヴォロスは、ラズンの本当の計画をある程度推測していた。



「廃棄場の管理組織である教会にその能力を認めさせ、外界への通行を許可させる、といったところですか。」


そしてヴォロスはラズンに揺さぶりをかける。



「地下道からの脱出は不可能。地下道を除けばよほど特殊な技能でも持たない限り外界との行き来はできない。それが俺が出した結論でした。」


ラズンはあえてそれに応じて語り始めた。


「廃棄場は閉鎖環境にはあっても、外界との物資の流通はある。それはここの水や空気も同じだ。道がない訳じゃない、けど通常の人間には使えないんでしょうね。」


外界との物資の流通を担う地下道が楽園のどこかに存在する。

ならば水や空気を流動させている何かも廃棄場のどこかに存在する。


その推測がラズンの脱出計画の始まりとなった。



「その推論は間違ってはいません。ですがおっしゃる通り人間が通行できるような造りにはなっていませんね。」


海門や風門の存在を知るヴォロスはラズンの言葉を肯定した。



「水の流れる道は虹海の大型害獣が、風の通る道はその地形が障害となります。空でも飛べなければ行き来はできません。」

「だからこそ、皆は脱出の希望を地下道に集約させるのでしょうね。けどそこには楽園の王という障害が配置されている。」


ラズンは楽園の王を配置されていると表現した。

そこに込められた意図は正確にヴォロスに伝わり、ラズンの脱出計画の骨子となる脱出方法はヴォロスの知るところとなった。


「成程。そうやって貴方は持たざる者が外界と行き来する為の唯一の方法に辿り着いたと言うわけですね。」


「仲間達は否定するかもしれない。オルガンなんかは男のやり方じゃねえとか言いそうだ。けどそれしかないと俺は思いました。」



人間が通行できる唯一の道である物資搬入用の地下道。


ある者はそこを押し通ることを選択して楽園の王によって排除された。


またある者は秘密裏に通行することを選択し、それが発覚して捕らえられる。

今回のラズン達のように、王の不在を利用しての通行を試みた者もいただろう。


「楽園の王による虹獣の巣の調査。よくよく考えればその時に脱走者が出ていないのだから、王を移動させても脱出は叶わないんじゃないか、とも考えまして。」


楽園の王が不在であっても脱走を許さない仕組み。

ラズンはそこから王が一人ではなく複数存在すると仮定し、それでも脱出の方法を模索した。



そしてラズンが選んだ脱出の方法は、許可を得ること。


管理組織である教会の中でもそれだけの権限を有した上位者の許可こそが唯一の鍵であると結論付けた。



「ここでそれを話したということは、私がそうではないかと思ったのですか?」


ラズンはそれを半ば確信しているようだった。


「先生が楽園の王と一緒にいるところを見れば、俺でなくとも分かると思いますよ。」



ヴォロスの楽園の王に対する態度。

その名を呼ぶ時もリブラと呼び捨て。


そしてヴォロスが前を歩き、楽園の王はそれに付き従うかのように後ろを歩く。

現在の配置を見れば、どう見てもヴォロスの方が上位にあるようにしか見えなかった。



「先生がそちらでどんなお立場なのかは俺には分かりませんが、少なくともそこに繋がる糸口にはなるかもしれない。失礼だとは思いますが、正直な気持ちです。」


「クフフフ。構いませんとも。ではいろいろと明かしてくれた礼替わりに私からも情報をプレゼントしましょうか。」


ヴォロスは自分こそが光都教会における最高責任者であり、最大の権限を有する者であることをラズンに提示した。



「ラズン君、貴方の求める通行許可ですが、それを与えることのできる者は私を置いて他にはいないと断言しましょう。」

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