表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フヨフヨ  作者: 猫田一誠
03 王都
16/236

014 捜査

時は少し戻り、ナナとジル、そしてハンナは、ビフレスト商会敷地内の居住建屋に帰還していた。



「ばあちゃ~ん!ばあちゃ~~ん!!」


ナナは慌ただしくメリルを探す。



「あれ?いねぇな?」


「おばあちゃんは私に会いたくないのかな?」

「むん?ジルに会うのが気まずいだけじゃね?」


そんな会話をしている間にも、ナナの耳栓からはセロ達の通信内容が聞こえてくる。



「これじゃあジルとお話ししにくいな。」


「どうしたんですか?」

「ジル、こっちに来るんだ。」



応接間にやってきた二人。


前の住民が使用していた家具等もそのまま残っているので、大き目のソファーやテーブル、中央の花瓶もそのままだ。



「ジル、ここでばあちゃん待ってるといいぞ。」

「で…、でも…。」


「今な。にいちゃん達が悪者探してるとこなんだ。終わったらばあちゃん探してもらうからな。」



ナナは耳栓の通信具の付与を花瓶に移す。魔力を調整して音量を上げる。


その時、二人の男達がナナの前にやってきた。



「ナナ、商業都市まで転移たのむ。」

「おうよ!」


ナナは転移門を使用し、二人は商業都市へと駆け出してゆく。



「え?転移魔術!?…え?え?」


ジルは大きく目を見開き、目の前の光景に驚きのあまり困惑していた。


「ん?どうしたんだ?ジル。腹減ったのか?あたしもそうだ。でも今は皆頑張っているからな。あたしも頑張る。」



ジルは花瓶から聞こえる会話が、メリルの冤罪に関して調査している者達の会話だと理解していた。

ナナの前でそわそわしつつも、花瓶から聞こえる声の内容が気になる。



「ふんふ~ん♪」


ナナは鼻歌を歌いながら、貝殻のかかったネックレスに何らかの付与魔術を行使しているようだ。


ジルはどちらも気になる様子でますますそわそわしている。



「兄ちゃん、追加の魔道具。一つできたぞ?」

「お、どんなの?」


ナナは花瓶に向かってそう言うと、小型の転移門からセロに幸運の貝殻を渡す。



「兄ちゃん、頑張れ。」

「あぁ。」



用事を済ませてジルに向き直るナナ。

そこでジルは気になったことを一つ尋ねた。



「ナナさんは魔道具が作れるの?」


ナナは真っ青な顔色で驚愕の表情を作っている。


「やべぇ!ジルにばれちまった!!」


「え?え?内緒だったの?なんか普通に話してるし、目の前でやってるから気になって…。」


「ジル。あたしがすごいってことは内緒にしてくれ。」

「はぇ?魔道具じゃなくてそっち?」


(どうしよう?なんか転移術とか魔道具作成とか、物凄い魔術を使ってるのに変な子だよぅ…。)



ナナは床を転がりながら、唸っていた。




「ネメシス宰相…、アロウズ侯爵…、」


そんなナナをソファーに座らせつつも、ジルは呟いていた。



「ナナ、隠形を頼む。」


ナナはやってきた別の男二人に付与魔術を行使する。

隠形の効果で見えなくなる二人。



「え?ええ?」


ジルは初めて目にする隠形付与の効果に驚くが、花瓶から聞こえる状況は聞き逃さない。



「ごめんな。ジル、忙しくして。今な、ばあちゃんに酷いことした悪者を探してるんだ。」


「ナナさん達はどうしてそんなことを?」

「ばあちゃんをいじめたからだ。」


即答だった。


え?他に何が?と言いたげな顔を見せるナナ。

その時、ナナの表情が真剣なものへと変化する。



現在ナナの視界は五つに分割されていた。


中央の視界にジルを映し、残りの4つは捜索活動中の者が持つ映像送信具の映像を、自身の受信付与で受け取っていたのだ。

そこに目的の人物の一人、ゼルマがいた。



「みんな、ゼルマ鑑定したぞ。屋敷がいっぱいのとこだ。」

「おし。」


「毒薬の恩恵も持ってるな。こいつ処刑だったんじゃないのか?」

「ナナ、すまない。貴族区のメンバーの所に回ってくれるか?」



セロからの連絡だ。


ナナは小さい転移門を開き、頭を突っ込んでいる。


そして頭を抜いて、門を閉じ、もう一度転移門を使用。

再度頭を突っ込んで、転移先に待機していた諜報組に伝える。


「あの茶髪に白いマントのやつ。今、屋台で串焼き買ってるやつな。」

「よくやった。ナナ。」


即、ゼルマ確保に動く捜索者。



ナナはジルの元に戻り、映像付与を解除。そしてまた転移門に頭を突っ込む。


「兄ちゃん、あたしジルのところにもどるな?」


すでに戻っていたのだが報告はしっかりと行う。


「あぁ。ありがとう、ナナ。」



ナナはようやく部屋で一息ついて、映像付与を一旦解除する。


「ふぅ、やっと目が普通になった。」



ジルはおそるおそる、ナナに尋ねた。


「あの…、ナナさん。」

「ん?なんだ?ジル。ジルもあたしと友達になれて嬉しいのか?」


そんな会話の最中、ロッテが戻ってきた。

ジルを見つけると、そこに駆け寄りジルの両手を握りしめる。


「ジル、お久しぶりです。シャルです。ああ、すっかり大きくなって。」

「シャル様の方が大きいです。私は…。」



そこでジルは言葉を切る。


「どうしたんだ?ジル?」



その間も花瓶からはセロ達の調査の進行が報告されてくる。


「王城の厨房、食堂、問題ありません。」

「国王に食事を運ぶ者、口にする食事を作る者、食事の内容、これもクリアです。」


「治療院ですが、輸入した晶血水は全て止血剤として加工済です。」



ここでセロが追加の指示を出す。


「なら直輸入ではなく、一度どこかの都市をクッションにしているのかもな。」


「どうしますか?」


「済まないがもう一度王城に戻り、メリルさんの事件後から今現在までで城を出た人間をリストアップしてくれ。」



さらに報告は続く。


「近衛騎士団ですが、メリルさんの事件には関与しておりません。」

「一人もか?近衛騎士団に退職者は?」

「メリルさんの事件後でしたらおりません。」


「ロッテ、そこにいる?」

「はい、只今もどってきました。」


「近衛騎士団の指揮系統について聞きたいんだ。」

「近衛騎士団は王城と王族の守護が任務です。近衛騎士団長への命令権を持つのは王族を除けば宰相のみとなります。」


「ありがとう。ロッテ。」



ジルがロッテに向けて何か言いたそうにしている。


「どうしましたか?ジル。」

「シャル様、この人たちは一体…?」


そんなジルをナナはじっと見つめている。

ジルを鑑定しているのだ。



「あれ?」


「どうしましたか?親分。」


様子のおかしいナナにロッテが声をかける。


「兄ちゃんたちは証拠ってのを探してるんだろ?」

「うまくいけば、かな?明確な証拠を残すようなアホなら楽なんだけどね。回収できるのは情報のみ、じゃないかな。」


ナナ達のやり取りを通信で耳にしていたセロの返答が返ってきた。



「ジルの魔術でそれ探すとよくね?探知魔術、これ探す魔術なんだろ?ジルいっぱい持ってるぞ?」


「!!!」


いきなり自分の名がでて驚くジル。



「え?そうなの?もしそうなら助かるなぁ。ナナ、ジルさんに協力頼めないかな?」


ジルははじかれるようにテーブルに身を乗り出していた。


「あ、あの。私でよければ是非、お手伝いさせて下さい。」


「ごめんな、ゆっくりしてるとこ、駆り出すみたいになっちゃって。」

「いえ、大丈夫です。私も何かしたかったので。」



ナナは今度はロッテをじっと見ている。


「どうしました?親分。」

「あたしは当然として、ジルもこれから活躍する。これはロッテは今日も解説だな。って親分思ったんだ。」


「ほっといて下さい!!」



ここで追加の報告が届いた。


「指定期間内に王城を退職した者は三人。」



執事のラスターニ氏。

それと王城内の蔵書庫を管理していた司書。

そしてメイドが一人、行方不明になっていた。



「行方不明?」

「なんかいつのまにかいなくなってたらしいですよ。」


「この司書ってのは?」

「かなりの高齢だったみたいで、身体的理由により退職。となってましたね。」


「メイドの名前は分かる?」

「えっと、イリアさんとなっていますね。」



花瓶の向こうから、セロの声が響いてきた。

今度はナナ達に向けての用件のようだ。



「早速、聞いてみてもいいかな?ジルさんの探知魔術はどれくらいの範囲をカバーできる?」

「使用した魔力量で増減します。王都全域くらいなら簡単に。王国全域となると、私の魔力量だと数回しか探査できません。」


「え?ほんとに?すごいな。早速頼んでもいいかな?まずはメリルさんの位置。それとメリルさんを取り調べた調書。これを。」

「はい!」


「あぁ、それと行方不明のメイドのイリアさんも頼む。」



ジルは探知術:検索を行使。条件はメリル。

結果が出たのは一瞬のことだった。


「セロさん、王都内にメリルの名を持つ者は二ヶ所です。」



一人は中央通り第三交差点の武器屋さんの横で営業している屋台の脇に座っています。

もう一人は、軍政区の聖壁騎士団の演習地で槍の訓練をしています。


それだけ伝えると、セロは探知魔術の性能に息を飲む。



「中央通りだ。誰か迎えに。確認したいことがあるんだ。」



ジルは続けて探知術:条件を行使。


条件は三つ。



一年以内。


事件調書。


非正規。



そして探知術:検索を追加で同時行使。

検索条件は、国王、暗殺、未遂、毒物。



「王都内で三件です。」


ひとつは王城内。アロウズ侯爵の書斎。鍵のかかった引き出しの中です。


もうひとつはネメシス宰相の貴族区にある私邸。

そこの倉庫の中、槍棚の脇に積んである木箱の上から二番目。その中です。


最後は居住区、貧民街大通り七番地と八番地の境目、建物の間から奥へ進んだ先の小屋。

中にある小さな本棚中央の赤い本に挟まっています。



ジルは淀みなく報告する。


「す…、す…、すげ~~~!!!今のどうやったんだ?ジル!!」


「本当だな。こんなにあっさり。よし、それぞれ回収を頼む。」


「それとイリアさんですが、居住区の調書のある小屋の中に一人いますがこの人ではないでしょうか?」

「よし、この人も連れてきて。」



ロッテはジルの頭を撫でると、気になったことを尋ねていた。


「ジル、もしかして事件のこと、調べたりしてた?魔術の条件設定に迷いがない様子だったけど。」

「はい、実は。おばあちゃんが国王様を毒殺なんてするはずないって。絶対に何かの間違いだって。」



丁度セロの元へやってきたメリルは、情報集積用の大音量通信具から聞こえるジルの声に、顔を覆ってしまう。



「ばあさん、聞きたいことは二つだ。ばあさんを取り調べたって近衛騎士のこと。それと自殺したって旦那さんのこと。」


「はい。」


「仮説なんだが、ばあさんの旦那さん、暗殺計画に加担させられていた可能性があるんじゃないかって思って。」


ジルの顔が驚愕に染まる。


「え?おじいちゃんが?」

「あ、ジルさん、あくまで仮設だよ?それに自殺ってのもあやしい。スケープゴートとして利用されたのか、それとも…。」



メリルは質問に正直に回答する。


「取り調べに来た近衛騎士は、名を名乗りませんでした。必要最低限の会話以外は終始無言。兜すら取らなかった。」


「ふむふむ。」


「話は聞いていたようでしたが、私の調書は白紙のまま。恐らくは後から書き加えられたのでしょう。」

「その近衛騎士は恐らく事件とは直接関りがない。もしくは旦那さんが近衛に変装していたのか?」



調書の回収に出向いていた者たちが帰還してきた。


まずはネメシス宰相の保有するもの。


予想通り当時宰相に仕えていたベルゼンの調書。

取り調べを行ったのはネメシス宰相本人。


茶番であった。


ベルゼンが薬品庫で不審な行動をとるメリルを発見。

毒物を保有していた。そんな文章がつらつらと列記されていた。



続けて、アロウズ侯爵の保有するもの。


これはメリルの夫の調書。

これも取り調べ人はネメシス宰相。


調書の内容も、似たり寄ったりだ。



「またまた仮説だけど、アロウズ侯爵が宰相陣営に放ったのがコールなら、宰相がアロウズ侯爵に放ったのがばあさんの夫。」

「セロさん、これって…。」


「間抜けだよね。もしかしたら裏で結託していた可能性があるかもしれない。不仲だってのはカモフラージュ。」



ロッテがセロにまさかとでも言いたげな目を向ける。


「お互いに牽制し合い、お互いに失敗して足を引っ張りあっている。互いの家から毒物が出るなんてまさにそうだ。」


セロは宰相や大臣達の状況から、新たな結論を見出していた。


「おそらく黒幕は別にいるってパターンかなぁ。ネメシスとアロウズは躍らされた。もしくはそわざとそうした。」


「兄ちゃん、結局誰が悪いんだ?」


「そりゃあ悪いのは黒幕さんだろうけどそれだけじゃない。結局ネメシスとアロウズもその企てに乗ったんだから」


セロは黒幕の存在を完全に断定していた。


「実行犯はネメシスとアロウズ両者ってことになるのかなぁ。ばあさん、旦那さんについてはどう?」



メリルはゆっくりと顔をあげる。


「夫はなにも話してはくれませんでしたから。けれど一つだけ言われたことがあります。」


「それは?」


「事件の少し前、夫から言われたのは、薬品倉庫に奇妙な薬剤がある。時々でいい、確認して、不要な物なら処分して欲しい。と。」

「てことはベルシもグルだ。三人結託して間抜けを演じつつ国王の命を吸い上げる計画。だったんじゃないかな?」


「愚者を装う?」

「それも無意味だと思うんだよな。だとすれば、こいつら本当に阿呆なのかな?もう三馬鹿でいいような気がしてきた。」



ロッテは疑問を口にする。


「なぜそこでベルシ財務大臣が?」


「暗殺の凶器である毒物を管理していたのがベルシじゃないかな?ゼルマの毒薬精製は隠れ蓑で実際はベルシが供給していた。」


セロはベルシの邸宅にあった書類等を検分して、薬品倉庫含む、王城の備蓄の全てが財務局の管理下にあることを語った。


しかし、肝心の対象となる晶血水の記録はない。

表向きは当時の薬品倉庫の在庫状況にも不備はない。



「でもベルシがいかにして毒物を供給していたかはわからない。黒幕さんかなぁ?」



ナナが何気なく発言する。


「じゃあ毒で殺すとみせかけて撲殺だ!これしかねぇ!」


セロはそんなナナに苦笑をもらしつつも考える。


(毒じゃない…、か。…ん?毒ではない?)



セロは暗殺の手口を唐突に理解した。思わず笑みがもれる。


「あぁ、なるほど。そういうことか。考えてみれば当たり前のことだった。常識で考えればそりゃそうだって思うよなぁ。」

「セロさん、何かわかったんですか?」



ロッテは気になっているようだ。


「ああ、ロッテ。俺も隠れ蓑に囚われていたみたいだ。ゼルマの存在は、この気付きを妨害するためでもあるのかもしれない。」


セロは皆に指示を出し、ベルシ邸より頂戴した資料を調べ始めた。


「ロッテ。国王のみが口にするとか、特別に好んでいる食べ物もしくは飲み物、酒や葉巻みたいな嗜好品。そんなものってある?」

「はい、私の知るものであれば、ラビュリントスで醸造されているワインで迷宮の虹という銘柄があります。」


他にも、南の海都メルク・リアスの地酒、海王。

北の騎士団領、アムドシア要塞を要する城塞都市ラムドウルの火酒、フリージア。

そして辺境都市エッフェ・バルテの特産品である葉巻、エメラルドホライズン。



「ロッテ、おそらく毒物は、何かに偽装されて供給されている。」

「え?」


普通に考えて、毒が毒と分かる状態で持ち込んだりする訳がない。

今更そんなことに思い至った自分に対してセロは失笑する。


「国王の体内にはいった時に初めて毒素を放出する。おそらく毒を混入させた状態で王都に持ち込んでいる。」


もちろん産地で混入させるなんてことはしていないだろう。そんなことをすれば、製品を調べればすぐに足がつく。

おそらく今あげられた品物がすべて揃う場所であり、王都は目の前、商業都市あたりが毒薬の混入場所。


セロはすぐさま、確証を得るべく諜報員を派遣する。



「それならメリルさんは…。」


「薬品倉庫はまやかし。毒薬精製のゼルマもまやかし。それらは真実を隠すヴェールであると同時に、他にも役目がある。」


「セロさん、それは?」


「体調をおかしくするであろう国王を見て、調査を始める獲物を釣り上げる為の餌。そして本当の毒物の内容を誤魔化す為。」


「本当の毒物?」

「おそらく目的は殺害じゃない。宰相たちはそうかも知れないけど、黒幕の目的は別だと思う。」



「ばあさんを薬品倉庫によこしたのは旦那さんだ。真面目にその毒薬が本命と思って処分を頼んだかもしれない。」



やはり旦那さんは自殺じゃない。


勘だけど、何らかの理由、例えば本当の毒物の存在を知ったとか。

知られてはいけないことを知り、三人の誰かに消された。


セロはそう自分の予想を口にした。


そして、知らない声がそれに答えた。



「申し訳ございません。その理由は私です。」


最後の調書を携えた者がやってきた。

一人の汚い身なりの女性を連れている。


答えたのは彼女のようだ。


調書はメリルの物。

前の二つと内容はほぼ同じで取り調べ担当者は宰相。


内容は事実とは異なる。

証拠とする為に保管することにした。


そして向き直り女性に問いかけるセロ。



「あなたが元メイドのイリアさんかい?」

「はい、私がイリアです。」


「国王暗殺未遂事件に関わった?」

「いえ、直接は関与しておりませんが、王城にいることに危険を感じて逃走いたしました。」


「それは何故?」


「宰相様とアロウズ侯爵様、ベルシ侯爵様の密会の現場に居合わせてしまいました。」

「それはどこで?」


「王城地下にあるワインセラーで。」

「ワインセラー?」


セロの眼が鋭い眼光を放ったかのように見えた。



事件から四日程前、シフト通りに作業を進めていたイリアはワインセラーの清掃をしていた。


そこに宰相と外務大臣、財務大臣の三名がぞろぞろと降りてきて、なにやら話を始める。

声もか細く、よく聞き取れなかった部分もあったのだが、かろうじて聞き取れた部分をイリアは完全に記憶していた。



「こうしゃくの…、だんどりに……。」


「これまでどおり…、ひょうめんじょうふなかを……、よそおう。」


「……のせっしゅは……、じゅんちょう。……そろそろだ。」



ここまで聞いて、セロは得心した。


「イリアさん、ラスターニさんのことは?」

「存じ上げております。」


密会の現場に居合わせた後、宰相が使用人のシフトを確認していた。との噂が流れる。


宰相自ら、イリアの顔を確認に現れた。

イリアは恐怖でおかしくなりそうになっていた。



「そこに現れたのが当時執事をしていたラスターニ氏でした。」


イリアはジルとメリル、ラスターニ家の二人に申し訳なさそうな顔を見せる。



「話して下さい。と優しく促すラスターニ氏に、恐怖から逃れたい一心で、私は全てを伝えてしまったのです。」


おかげでラスターニさんは密会を知る者として警戒されていたのではないか。イリアは自身の推測を述べる。


「ラスターニ氏は、私の体調が優れなかったので密会当日のワインセラーの清掃を自分が行った。としました。」


そして事件当日、メリルさんが虜囚となり、国王暗殺という大事件は大きな騒ぎとなった。

その騒ぎに乗じて、イリアは王城地下の水道を通って城外に脱出。貧民街に潜伏していた。


「脱出を手引きしたラスターニ氏は、私の持つ情報が三人を失脚させる一助になるかも知れないから、と。」



そして、自分は妻の元へ戻りますとイリアに告げて、王城へ戻っていったらしい。



「そして、ばあさんの元へたどり着く前に、三馬鹿に捕らえられた。かな?玉座の間にいなかったようだし。」


セロがここで推測を補足する。


「そうか、三人が足を引っ張りあう間抜けに見えたのは、旦那さんが手下のふりをしていろいろ工作してたから、だったのかもね。」


そう言うとセロは急に納得する様子を見せた。


「ああ、そうか。だから旦那さんはばあさんに、薬物を見つけたら報告しろ、じゃなくて処分しろって言ったのか。」


メリルははっとした顔になった。


「私が…、ベルゼンさんに報告などせずに夫の言う通りに毒薬を処分していれば…。」

「いまとは違った未来だったかもしれないな。ばあさん。」



セロは気持ちを切り替える。


「よし、今日の調査はここまでにしよう。イリアさんはこのままここに滞在して下さい。貧民街よりは安全です。」




そして居住建屋にもどり、体を休めるセロ。


時刻はそろそろ夕刻に差し掛かろうかというあたり。

商会の改装にあたっていた非戦組の面々や、雇った職人たちもとっくに家路についている。



セロは休みながらも、いまだ解明されていない事件の闇を考えていた。



「セロさん、今日はここまでって言いつつも、まだ考えていらっしゃるんですね。」


ロッテはそう言ってセロのとなりに腰を下ろす。


「そうだね、まだ手段がわかっただけだ。三人を追い詰めるには正直、手札が不足しているとは思う。」

「そうですね。罪に問うのは難しいかもしれません。」


「黒幕と思われる四人目の公爵だか侯爵だかの正体も確証がない。」

「確証がない?ある程度あたりをつけてはられるということですか?」


「おそらくだけどレギオンはない。となると王国の四方を統べる大貴族の誰かが容疑者となる。そうなんだけどね。」


「どうしましたか?セロさん。」


「そうなると、騎士団領のランゼルフ侯爵か、海都メルク・リアスのマリアス侯爵。そして…。」


「はい、わかります。」

「ロッテのお父さんも容疑者の一人なんだよ?平気なの?」


「私は公爵家の娘ではありますが、今はセロさんやナナさんの味方です。」



セロはロッテを見つめ無言で問いかける。

ロッテはそれに返すべく、喋り続ける。


「もし仮に、セロさん達とお父様が敵対するのであれば、その時は私をあなたの家族の一員に加えて下さい。」


(ん?あれ?今何か変だったような…。)


ロッテは言い終わった後に自分のセリフを思い出し、真っ赤になってあたふたし始める。


「い、いえ、セロさん、これはそういうつもりではなくですね、その…。」


「ロッテ、ありがとう。」

「セロさん。」


「ロッテが味方になってくれるのはすごく嬉しい。」

「はい、私はずっと皆さんの味方です。」



そう言って、もう一度セロの横に座る。


「なので、セロさんの考察を纏めるお手伝いをいたします。お父様のことはどうか遠慮なさらず。」

「わかったよ」


「まず、疑問に思ったのがね、なんでメリルさんに罪を着せたか。まだ国王は生きている。」


暗殺騒ぎを起こすことは、目的が殺害であれば計画の遅延に繋がる。殺害でなくとも、やりにくくなることは確か。


「そうですね、それは確かにおかしいです。表沙汰にして極刑にするより、こっそり始末するほうがいい。そう思いますよね?」

「そうだね、どう考えてもおかしい。ならばそうする理由があった。そうせねばならない事情があった。」


もしくは、すでに目的の工作が完了していて、それを隠すためにあえて騒ぎを起こした。



「そうかもしれません。でないと宰相達の対応はおかしい。実際に現在の国王は食すものは必ず鑑定しているそうです。」


「そう、明らかに宰相達は暗殺から遠ざかる選択をしている。それに…。密会場所にワインセラーを選んだこと。」


「セロさんはお父様の関与を考えられておいでですか?」


「いや、もしカールレオン公爵が黒幕であるのならば、ワインセラーは絶対に選んではならない選択のはずだ。」


「疑われてしまうからですね?」


「そう、カールレオン公爵がそうであるなら迷宮の虹から毒が検出されることは絶対にあってはならないはずなんだ。」

「ならばそれは、逆にワインセラーを選んだからこそ自分は黒幕ではない。そう主張することもできるかと思います。」


セロはロッテを感嘆の表情で見つめる。


「たしかにそうも解釈できる。自分で自分に疑惑が向くような真似をする者はいない。だから自分ではない。そういうことか。」


「はい、そういうことかもしれません。」


「こりゃあ、わからないな。」


「そうですね。わからないです。」


「ロッテ、推理の恩恵とかってないのかな?」

「私はセロさんの一欠けらくらいでいいので戦える恩恵が欲しいです。解説者はそろそろ卒業しなきゃ。」


セロとロッテは笑い合っていた。


「話を戻そう。仮に目的が果たされている、とするのなら、ヒントは国王の記憶障害にあると俺は思う。」


「国王陛下を人形にして何かを?」

「その可能性もある。そして別の可能性も。」


「別の可能性?」

「ナナの恩恵を思い出してごらん?王の記憶は失われたのではなく、奪われた。その可能性。」


「!!!」


ロッテは驚愕していた。


他者の記憶を奪う。そんな方法が存在するなどとは考えもしなかったのだ。



「それは…。」


「そうなると、三馬鹿はただの道化。黒幕さんに利用され、踊らされた者。となる。今はこれが一番しっくりくるかな。」


「仮にそうだとするなら、黒幕、もしくはその一味は…。」

「事件前後になんらかの形で国王に干渉しているはずだ。今後はそっちも調べるよ。でも最優先じゃない。」


「え?もっと大事なことが?」

「もちろん。最優先はばあさんの無罪を認めさせること。それができれば、後の捜査は王国に任せてもいい。」


「確かに。そうですね。真相が分からなくても、そこだけはっきりさせることができれば。」

「俺達の目的は達成。としてもいいかと思ってる。」



ロッテは笑顔になって、なら今後も頑張らないと。と拳を握る。

そして、思い出したかのようにセロに伝える。



「それに明日は王立学院の入学試験の日です。セロさんも明日から学生なんですから。」


「え!?明日!?俺なにも用意してないよ?試験って何やるの!?」

「いきなりですみません。もともと学院の入学試験って不定期なんですが、明日、急に開催されることになったそうで。」


「そいつはまた…。」


「なんでも、王国の重鎮の子息が急遽試験を、とゴリ押ししたとか噂になってました。」

「まぁ、せっかくだし、待たされずにすんでよかったと思うべきなのか…。」





その頃、別室にて、ナナの表情は絶望に、瞳は真っ青に染まっていた。


「そんな…、バカな…。」


「ごめんなさい、ナナちゃん。私はあなたの友達にふさわしくないと思います。」

「ジルはあたしが嫌いだったのか?」


泣きそうになりながら問いかけるナナ。


「ナナちゃんは、いままで見たこともないような凄い魔術が使えます。きっと私なんて比べるべくもない素敵な友達が沢山…。」


言いながら、ジルの表情はとてもつらそうに見える。



「あたしはジルがいい…。」


そう言ってジルを見つめるナナ。



「うぅう。」


ジルもまた苦しんでいた。



(ナナちゃんを巻き込む訳にはいかない。私はナナちゃんの笑顔を曇らせたくない。あんな思いをするのは私だけでいい。)



メリルは帰宅するジルを送って行った。

そのままジルの両親に挨拶してくるそうだ。



ナナはそのまま、放心状態になっていた。



セロとロッテがやってくる。


「ナナ!大変だ!明日学校の試験だぞ。準備しないと…。」


ナナの様子がおかしい。セロとロッテはナナに近づき、ナナを見る。


「兄ちゃん、ロッテ。ふわわしくないってなんなんだ?あたしには何か足りないのか?」


(ふわわしい?)


セロは首を傾げる。


「あぁ、ふさわしい。ですね?親分。」



「そう、それだ。ロッテ。親分はジルの友達にふわわしくなかった…。」


ナナはふらふらしながら、見るからに落胆した様子でそのまま寝床に潜り込んでいった。





翌朝、いよいよ念願の学校。入学試験に合格すれば友達ができる。



それなのに目標を目の前にしたナナは青い眼の下にクマを作り、フラフラしていた。


「親分、どうしたんですか?」

「ロッテ、あたしな、どうしてふわわしくないのかよくわからんかった。」


「…。」


「だから強くなったらいいのかなって思ってな、昨日付与魔術の練習してた。」


そう言うとナナは、鑑定板をロッテに渡して、弱々しく微笑んだ。



ナナ(虹人)


レベル 16


恩恵 付与魔法:恩恵+6   

   召喚魔法:火:氷+5

   空間魔法:収納:転移+1

   魔力強化+5

   耐性:炎熱

   耐性:氷結

   耐性:電撃

   耐性:毒

   耐性:麻痺+1

   耐性:呪詛

   耐性:石化


技能 魔眼:分析

   付与術:祝福

   付与術:幸運

   付与術:豊穣

   付与術:障壁

   付与術:隠形

   付与術:停滞

付与術:定着

   付与術:認証

   付与術:道標

付与術:通信

   付与術:発煙

   付与術:燃焼

   付与術:指向爆裂  

   召喚術:火焔蝶

   召喚術:氷騎兵

空間術:収納

   空間術:転移門


効果 浄化

   解毒

   障壁




「持ってた属性魔術、付与術に変換できたからな。いらなくなった恩恵外しといた。」


「え?」



そう言うと、ナナは試験会場へヨタヨタと歩いていく。


一歩引いた位置にいたセロがロッテのもとへ。

女の子同士の方が話しやすいことかもしれないと気を使ったのだった。



「こればっかりは、当人同士のことですから。私達は見守るしかありません。」

「そうか…。」




そうして三人は、王立学院試験会場へと足を踏み入れるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ