128 光都教会
「どうぞ。」
戻ってきたイルマはナナ達の前に果実水とお菓子を配膳していく。
ナナの要望によってお茶は果実水に変更されている。
出されたお菓子は、地上の密林での特産品であるレダの実を使ったケーキだった。
シャイセの手によって均等に切り分けられたケーキがナナ達の前に出された。
「うまそうだぞ!もう食べてもいいのか!?」
シャイセとイルマは頷き、ナナは遠慮なくケーキにフォークを突き立てた。
「ナナ様、食べながらで構いませんので私達と少しお話をしましょう。」
ナナはケーキをもぐもぐやりながらもシャイセとイルマを見た。
ごっくん!
「何の話をするんだ?あたしケーキを食べたら探検で忙しいんだ。」
「ナナ様は探検でお宝をお探しなんですよね?それはどんな宝なのでしょうか?」
もぐもぐもぐもぐ…。
シャイセとイルマは特に急かすでもなく、ゆったりとナナが食べ終わるのを待っている。
ごっくん!
「あたしが探しているのは見つけたら兄ちゃんが喜ぶやつだ。兄ちゃんがあたしを褒めてなでなでしてくれるやつがいいな。」
途端に訳が分からなくなったことにシャイセとイルマは顔を見合わせる。
もぐもぐもぐもぐ…。
そしてナナは食事を再開させた。
「とりあえずナナ様がお探しのお宝は一つではなく複数存在しており、価値や種別も様々。中でもお兄さんが好む物をお探しである、と。」
ナナはシャイセの解釈にもぐもぐやりながらうんうんと頷いている。
「それと、宝と言うのは文字通りの財宝の類ではなく、その希少度を示す表現であると見ました。この場合の宝が何を指しているのかが分かれば…。」
今度はイルマが自分の見解を述べる。
そしてそのままナナ達を見る。
もぐもぐもぐもぐ…。
ナナ達はケーキを食べるので忙しく、今は返答できないようだ。
シャイセとイルマは慌てることなく付近の椅子に腰を下ろし、のんびりと待つ。
「ごめんなさい、待たせてしまいました。」
ナナの取り扱いについてお伺いを立てに行ったルーンが戻ってきた。
「どうでしたか?」
シャイセとイルマも気になっていたようだ。
すぐにルーンに結果を尋ねている。
「結論から言うと、そのお嬢様がグリンガル枢機卿に許可を得ていることは真実であると保証していただきました。」
ルーンは続けて、シャイセとイルマに顔を近づけて小声で話す。
「ですが外部の人間に見せられない品物の片付けが終わっていません。猊下より今しばらく時を稼ぐようにと。」
ごっくん!
ナナはケーキを完食した。
そのままナナの目線は三人の修道女と空になった皿を行ったり来たりしている。
時を稼ぐ、つまり修道女達はまだまだナナをこの場所に拘束せねばならないのだ。
なのにその為に有効となる方策が思い付かない。
「シャイセ、どうするの?このままじゃ…。」
「分かっているわ。けどイルマ、私にもどうすればいいのか…。」
困り果てたシャイセとイルマはルーンを見る。
シャイセもイルマも年齢は二十代半ば、修道女としてそれなりに経験を積み、熟練の修道女と言ってもいいかもしれない。
そんな二人ではあったが、目の前の少女ナナは枢機卿から許可を取り付けることができる程の上位のお嬢様であると認識していた。
この光都教会は聖洞教会と並ぶ優先度を与えられている秘密教会だ。
枢機卿の許可を得てそこに足を踏み入れている時点で彼女達からすれば高い地位にある人物であるということが想像できてしまう。
そんな人物に対し礼を失することなく、この場に拘束するというのは無理難題に思えた。
二人の視線の先にいるルーンは若い修道女だ。
年齢は16。
若いが修道女としての経験はそこそこで、見習いではない。
「シャイセ、イルマ。私に任せて下さい。」
ルーンは前に出るとナナに一つ提案する。
「ナナ様がお探しのお宝がどのような物なのか、私に教えてくださいませんか?」
「むん?あたしのお宝に興味があるのか?」
「ナナ様がそれを捜索するお手伝いができるかもしれません。」
ルーンは自分達三人の修道女は、ここ、光都教会での生活も長く、物探しをするのであればきっと役に立つとアピールする。
しかしナナはきょとんとして首をかしげている。
ルーンの提案は伝わらなかったのだろうかと不安な表情になる修道女達。
「むぅ、お宝探しも大事だけどそれは後でやるんだ。」
少し前まで探検、探検と騒いでいたナナはすっかりその目的を変えているようだった。
ナナはシャイセの元へ、空になったケーキ皿を持っていく。
「おかわり。」
そしてケーキのおかわりを要求した。
とりあえずこれでケーキを食べている間だけはナナの拘束が叶う。
シャイセは迷わず残りのケーキを切り分け、ナナの前に配膳した。
「ムフフフ…。こいつもうまそうだ。」
ナナは上機嫌にケーキにフォークを突き立て、どこか安心した様子のイルマはナナのコップに果実水を注いでいた。
ルーンはナナの向かい側に移動し、席に座る。
「ルーン!?何をやっているの!?」
シャイセとイルマは思わず声を上げていた。
上位者の了解も取らずに下位者が同じテーブルにつく。
それは王国内の教会では失礼に当たるのだそうだ。
「大丈夫です。ナナ様はそのようなことで目くじらを立てるようなお方ではございません。それにナナ様とお話をするにあたってはやはりこの位置でないと。」
もぐもぐもぐもぐ…。
ルーンの言うお話と言うのは、先程ナナに対して行った質問、その続きのことだ。
しかしケーキを貪るナナは会話の内容を完全に忘れている。
結局、食べ終わったナナにルーンは同じ言葉をもう一度繰り返すことになった。
「あたしが探しているお宝はな、兄ちゃんが楽園の秘密って言ってたぞ。」
ルーンはナナのこの発言で、宝というのが何を指すのか看破していた。
「宝というのは情報です。つまりナナ様は価値のある情報を求めてここにいらっしゃったということになります。」
シャイセとイルマにも自身の気付きを説明する。
そしてナナが求める物を理解した三人の修道女は自信に満ちた顔つきを見せた。
ここ、光都教会は総本山と呼ばれる大教会を除けば世界で最も険しい場所に存在し、同時に世界で最もその存在を知る者が少ない教会だ。
その役目は、第一に廃棄場で暮らす虹人達の管理。
聖洞教会との物資のやり取りや、ビフレストと地上集落の維持管理も含む。
とは言っても管理の実態は完全な放任である。
そんな光都教会のもう一つの役目。
それは、厳しい立地条件による堅い守りと認知度の低さによる安全性を利用しての、教会の保管庫としての役割だ。
総本山に保管する程ではない、そんな評価の品物や、各種資料等は膨大な量となる。
それら全てが光都教会の地下保管庫に保存されており、一応関係者以外立ち入り禁止となっている。
「ナナ様、必要とされている情報がどんな秘密か、いつ頃の秘密か。そして誰の秘密か。言って下されば私共が準備いたします。」
「ふむ。でもあたしもどんな秘密がいいのか知らないんだ。ちょっと聞いてみるぞ。」
この小娘は欲しい情報が何なのかも分かっていないにも関わらず探検、探検と騒いでいたのか。
途端に無表情になった修道女達の中に奇妙な達観と諦めの気持ちが芽生えていた。
「ロッテ!ロッテ!親分だぞ!!」
「はい、どうしましたか?親分。」
早速通信を使って子分を呼び出すナナ。
「親分な、探検してるのはいいんだけど、何を探すのか知らないぞ?」
ナナの今更の発言にも、ロッテは慣れたものだった。
「親分、欲しいのは資料です。できればその時そこで何があったのか分かるような物がいいですね。」
そしてナナはルーンと相談し、求める資料を示す指針となる情報をロッテから入手することにした。
時期は十年前。
関係者名は、オルガン、ラズン、ジーセック、フラメル、ケルトス、エルンスト。
関連キーワードとして、ビフレスト、楽園、搬入路、地下道、楽園の王、虹鬼、逃亡、脱出、実験。
このあたりの指針があれば資料が探しやすくなるから、とルーンに言われてロッテに調べさせた条件だった。
資料の捜索は、保管庫の状況に詳しく捜索に慣れたシャイセとイルマが向かった。
「あとは待っていれば二人がお探しの物を見つけてきますよ。」
「あたしは探しに行ったら駄目なのか?待ってるのは退屈だぞ?」
「なら待っている間は私と遊びましょう。」
ナナ達とルーンは広間でゆっくりと二人の帰りを待つ。
その頃、大扉の前で向き合っていたセロとアラン、そして鬼達も、話す内容もなくなってしまいその場を離れていた。
しかし鬼達はあくまで大扉を視認できる位置からは動かずに休息をとっている。
セロとアランは大扉の解放を断念して、司令部に戻ってきていた。
「結局あいつら、大した情報持ってなかったな。」
労力を支払っただけで何の成果もあげられなかったことにアランは気落ちしている。
「なんか別人と話してる気分だったよ。」
「お二人とも、お疲れさまでした。」
ぼやきながら戻ってきた二人をねぎらいつつ、ロッテはナナのことを知らせることにした。
「セロさん、親分がどこか資料らしき物が保管されている場所を見つけたみたいなんです。」
少し前に、どんな資料を探すのかと問い合わせがきたことを話す。
「どうやら親分はそこでケーキをご馳走になって、その場所にいた人に今資料を探させているようです。」
「はぁ!?ケーキ!?」
ナナ達の状況に、皆一様に驚いた顔になっていた。
ケーキを食べているという状況だけでも意味不明なのだが、全ての住民がいなくなったにも関わらず残っていた人間がおり、ナナがその人物と接触している。
セロはナナの現状を確認するべく通信を飛ばした。
「ナナ、今どこにいるの?」
「ここはケーキ屋だ。兄ちゃん、あたしおかわりしちゃったからお金を持ってきてくれ。」
「違いますよ、ナナ様。ここは光都教会です。」
通信の向こうで、ナナの間違いをフォローする聞き覚えのない女性の声が聞こえた。
「おい…、今、光都教会って言ってなかったか?そこに行く道を鬼共が塞いでるんじゃなかったか?」
何故かナナ達が鬼達の守っている大扉の向こう側に辿り着いていることが分かり、皆が頭を抱えている。
「どうやって通過したのかは不明だけど、本当にナナがそこにいるんならチャンスだ。転移で鬼達を躱して教会に入れる。」
鬼達を怪しませないように、殆どのメンバーはそのまま作業を継続する。
ナナのフォロー、そして教会の資料の記録要員としてロッテ。
それと護衛としてセロが転移することになった。
「ナナ、転移で俺達をそっちに招待してくれないかな?」
「わかったぞ。」
ナナは一度外に出て目立たない場所に道標を設置。
これはまた後日、ケーキを食べにくることを可能とする為の措置だ。
「ルーン、あたしの兄ちゃんと子分がこっちに来たいって言ってるから呼ぶな。」
一応、付いてきていた修道女ルーンに断りを入れてからナナは転移門を設置した。
そこからセロとロッテが現れ、ナナと一緒にいたルーンにお辞儀する。
「初めまして、ナナの兄、セロです。妹が世話になったみたいで申し訳ない。」
「二人の友人のロッテです。」
「ロッテは子分だぞ?親分は心が広いから、ロッテが一の子分って名乗っても許すぞ?」
ナナはロッテの挨拶に口を挟み、ロッテは肩を落としている。
「では代表者としてセロ様に光都教会での注意事項について説明しますね。」
ルーンはナナには少し難しいかとして説明しなかった光都教会のルールを代わりにセロに説明することにした。
1)敷地内での戦闘行為の禁止。
2)立ち入り禁止区画への侵入禁止。
3)光都教会の物品持ち出し禁止。
「以上の三つです。どうかよろしくお願いします。」
戦闘行為の禁止、これはいい。
次の立ち入り禁止区画。
これは、光都教会において闇を表す黒いカーテンでその区画を区切ってあるそうだ。
「ナナ、黒いカーテンが付けられている場所は入ったらいけないよ。」
セロは注意点として理解していないであろうナナに説明する。
よく見ると、上階への階段には黒いカーテン。
地下の保管庫への通路はカーテンで区切られた上に扉は黒い布張りになっている。
「教会関係者以外立ち入り禁止ということだね。」
保管庫は元より立ち入り禁止区画だ。
上階は現在教会関係者の居住スペースとなっているプライベートな場所らしい。
最後に、物品持ち出し禁止。
これは、廃棄場の管理機関としての光都教会に用がある人間にはあまり関係がない決まり事だ。
保管庫に収められた物品に用のある人間の為のルールとなる。
例えば保管庫の資料等から知識を得るのならば、それは記憶するか何かに書き写して持ち出さねばならない。
貴重な物品の紛失を防ぐ為の措置だそうだ。
保管庫は外部の者は立ち入れない為、修道女に目的の品物を持ってきてもらう必要がある。
そして必要な部分を憶えるなり書き写すなりした後は、修道女に品物を返却するという流れだ。
地下保管庫の扉が開き、出て来たのはいくつかの書類の束を抱えたシャイセとイルマだった。
「ナナ様、この資料は十年前の第六次集団脱走事件についての資料です。」
第六次集団脱走事件概要。
首謀者はラズン。共犯者として、オルガン、ジーセック、フラメル、ケルトス。
細部まで詳細に、というわけではないが、時系列順にオルガン達の脱走計画がどうなったのか分かりやすく記されていた。
「当時事件の調査を行った楽園警備隊の者が作成した資料です。」
イルマは資料の概要を説明し、早速ロッテは資料を手に取って、その記録を開始する。
「この事件に関連した資料はあと二つ存在します。」
イルマはそう言った。
しかしシャイセが持ってきた資料は一つだけ。
脱走事件に関連付けられていた資料の一つは、当時の光都教会の管理者の業務日誌。
一般閲覧不可となっているこの日誌は持ち出し許可を得た誰かが持ち去っていて現物がない。
もう一つの資料は、当時楽園に存在した研究部署にあった魔術研究室の研究資料の一部。
こちらも一般閲覧不可の資料で、同様に許可を得て持ち出されている。
「どちらの資料も持ち出された時期と持ち出した人物は同じ、残された記録からはこのくらいしか読み取れませんでした。」
持ち出した人物の名前はラズン。
そして持ち出された日付は十年前の脱走事件の七日後となっている。
「持ち出しの許可を出したのはエルンスト様、となっています。」
セロ達に一通り説明した後、シャイセは疑問の表情を浮かべたままイルマを見つめている。
「ねえ、イルマ。このエルンスト様というのはどちら様?」
「聞き覚えのない名前ですね。持ち出し許可を出せる程の権限をお持ちのお方であれば私達が知らないはずが…。」
シャイセとイルマは困った様子でお互いにひそひそと話し合っていた。
「シャイセ、イルマ、お客様の前ですから…。」
「「すっ、すみません。」」
ルーンの指摘に、慌てて取り繕う二人。
「…。」
セロはそんな二人を見ながら何か考え込んでいた。
(先生を知らない?教会関係者にすら本当の身分を隠していたってことなのかな…?)
「ロッテ、親分が食べたケーキ代を払うんだ。」
ナナはそう言って懸命に資料の内容を記録するロッテの服を引っ張り、作業を邪魔していた。




