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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
10 廃棄場
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過ぎ去りし七色 07

オルガンはゆっくりとその瞼を開いていく。


その眼に映ったのは見慣れた天井。



「体がいてぇ…。」


オルガンは周囲を見回し、自分が住み慣れた自室で寝かされていたことに気付く。



「あれからどうなった…?」


最後に残った虹鬼の首が切断されたところは憶えている。


(脅威は去ったはずだ…。俺が暢気に自分の部屋で寝てたくらいだしそれは間違いねえだろ…。)



まだ体のあちこちから鈍痛が響く。


「いてててて…。」


オルガンは痛みに耐えながらも部屋を出て、誰かいないかと辺りを探しながらゆっくりと歩き出す。




「ジーセック…、これは流石に無理なんじゃないかと思うの…。」


ビフレスト最下層の一室、管理事務所として使っている部屋で、机に向かっていたフラメルはいつもの倍近く積み上がった書類を前に正直な思いを吐露していた。


「地上の人害騒ぎで人も物資も大量に動いたしね…。とにかく僕らはやれるだけのことをするだけさ。」


ジーセックは黙々と事務作業に没頭する。

とにかく手を動かさないと始まらない、そう言って作業を続けるジーセックにフラメルも追従する。


「残った分は全部ラズンに押し付けてやるんだから…。」



部屋の入り口で二人の様子を眺めていたオルガンは、いつも通りの二人に安心したのか、ほっとした顔で中に入って来る。


「よう、おまえら。」



声をかけられた二人は一斉にオルガンを見る。


「おはよう、オルガン。よく寝てたね。」

「オルガン!?もう起き上がって大丈夫なの!?」


ジーセックもフラメルも、仕事の手を止めてオルガンの元へ駆け寄る。


「大丈夫だ。俺はどのくらい寝てた?」



オルガンが虹鬼を討伐してから、丸二日が経過していた。



ジーセックとフラメルはオルガンの身体を心配し、オルガンは二人を安心させるために強がって見せる。


「なんかこのやり取り、オルガンが昔ケルトス様に突っかかってた頃を思い出すね。」

「そういえばそうね。オルガンがケルトス様に毎日にようにボコられて泣いてた時もこんなやり取りをしてた気がするわ。」


「待て…。ボコられていたのは認めるが泣いたりしてねえぞ!?」


ムキになるオルガンに二人はほっとしたような顔で笑う。

事務作業も一時中断し、休憩がてら三人で昔話に花を咲かせていた。



そんな時、部屋の入り口から声がした。


「そのケルトス様だけどよ。俺らの味方になってくれるってさ。」


タイミングよく帰ってきたラズンはそう言って三人に合流する。



いくら頑張っても減るどころか増える一方な書類案件のおかげで事務作業がすっかり嫌になったフラメルが立ち上がった。

ラズンの姿を目にしたフラメルは待ってましたと言わんばかりに文句をつける。


「ラズン!!何なのよこの書類の山は!!いくらなんでもおかしいんじゃない!?」

「いやあ、楽園での交渉事を纏める時間が欲しくてさ、俺の案件もそっちに回しちゃったんだよ。わりぃな。」


ラズンに仕事を押し付けたことに対する反省の色は皆無だった。

フラメルは怒りのあまりラズンに掴みかかる。


「この童貞!!よくもやってくれたわね!!書類が無くならないのはあんたのせいだったって訳ね!!」


「フラメル、落ち着いて…。ラズンだって遊んでた訳じゃないんだし…。それよりもラズン、ケルトス様が味方にって本当かい?」


ジーセックはフラメルを宥めながらも、ラズンの気になる発言に質問を返していた。



「ああ、本当だ。すんなりとはいかなかったけど、ケルトス様も外界への憧れは捨てきれなかったみたいだ。」

「すごいな。ケルトス様が味方になってくれるんならもしかして…。」


王の打倒が叶うのではないか。


ジーセックのセリフの続きは容易に想像できた。



「いや、それは無理だ。」


ラズンはジーセックに最後まで言わせることをせずに否定する。



「どういうことだ?ラズン。何か分かったのか?」


王を倒して目的を果たす為に自らを鍛え続けているオルガンはラズンに問いかけた。



「オルガン、よく聞いてくれ。」


ラズンはケルトスより入手した楽園の王の情報を包み隠さず話した。



「そのレベルは100を超える。さらには氷の魔王の恩恵を宿し、強力な凍結魔術を行使するらしいぞ。」


「…。」


オルガンは素直に驚き、ジーセックは王の強さが想像できない為、きょとんとしている。

そしてフラメルはラズンが仕事を押し付けたことを誤魔化すためのギャグであると判断した。



「ラズン…、とうとう童貞が頭に回っちゃったの?レベル100とか魔王とか、そんなのいるはずないでしょう?」


酷い言われようだった。

フラメルはラズンの持ち帰った情報をまったく信用していないらしい。


「童貞は病気じゃないんだ…、ちょっと出会いに恵まれていないだけなんだ…。」


何気にラズンは童貞童貞とこき下ろされてダメージを受けている。



「ラズンに宿っている恩恵が実は永遠童貞って恩恵でした、とか言われた方がまだマシね。」


「ふざけんな!何が永遠童貞だ!それもう恩恵じゃなくて呪いか何かじゃねえか!!」


フラメルとラズンはむきになって言い争いを始めている。



「わかったわかった、いい加減落ち着け。真面目な話をするぞ。ラズン、その情報は確定なのか?」


皆の外界への脱出という最終目的を達成する為には、王の強さは重要な判断材料となる。

王の打倒こそが自分の役目であると考えていたオルガンにとっては大事な事だ。



「いや、ケルトスさんは実際に鑑定するところを見た訳じゃない。鑑定済みの鑑定板を見たってだけだ。反抗を抑止する為の欺瞞情報って可能性もある。」


未確定の情報であることにオルガンは密かに安堵する。

王の強さがレベル100を超える魔王であると確定してしまえば自分にはどうすることもできないからだ。


(魔王の恩恵を加味すれば同レベルでは勝てないと考えるべきだ。少なくとも今の俺の倍近くレベルが必要になる。)


「欺瞞であることを祈るしかねえか。」

「いや、欺瞞であるかどうかを確定させるべきだ。真実だったならそれならそれで別の作戦を考えればいい。」


ラズンはフラメルをあしらいながら器用に返事を返す。


「別の作戦?」


突っかかっていたフラメルは作戦内容に興味を持ったのか、その動きを止めた。


オルガンもジーセックも同様にラズンに注目している。



「まだ形になっている訳じゃないんだけどな、王との接触を回避して外界に逃亡するという作戦も考えるべきじゃないかって思ってな。」


「まあ当然ね。」

「むしろそっちの方がいいよ。危険は少ない方がいい。」


ジーセックとフラメルは戦闘自体を避けるという選択肢を前々から考えていたようだ。

ラズンの言葉にも特に驚いているような様子はない。



「…。」


しかしオルガンだけはそれを考えもしなかったようだ。

ケルトス同様、オルガンは王をぶっ倒して外界に出るという選択が唯一の方法だと考えていた。


(冷静に考えてみりゃあ…、確かに戦闘を避けた方が楽だな…。チャンスがありゃあ今のレベルでも実行できるしな…。)



「おし。なら作戦は両方だ。できれば戦闘は回避の方向で。俺は万が一の為にも狩りは続行する。」


王の強さが誇張されたものである可能性と、王以外にも敵側に強者が存在する可能性。

戦闘回避を選択しても、戦う力は持っておいた方がいいとオルガンは判断した。


(もともと俺はそっちのが分かり易くていいしな。)



「ラズン、戦闘回避案についてはお前に任せる。ジーセックとフラメルはラズンの時間を作る為に書類地獄続行な。」


「ちょっ!?オルガン!?そこは私達にも協力を依頼するところじゃないの!?」


オルガンの宣言にフラメルは反論し、ジーセックはがっくりと肩を落とす。


「うむ。脱出作戦の為に書類の山を片付けるのを協力してくれ。」



「そんな…。まだこれが続くの…?」


フラメルは崩れ落ちた。





楽園、某所。


メリューンを伴ったエルンストは迷いなく歩みを進める。



「光都教会まではもう少しです。到着したら貴女にはプレゼントを差し上げる予定ですよ。」

「プレゼントですか?」


「メリューンはこれから我らの同志として尽力してくれるのでしょう?その見返りの一部を前払いしますよ。」



楽園と称される場所は主に光都デルフィナスの地下鉄駅の構内がそれにあたる。

その規模は広大で、慣れない者はまず迷う。


通路は複雑に入り組んでいるが、その殆どが奥へ行けば瓦礫や土砂に埋まって行き止まりになっている。

外界と物資のやり取りを行っている路線と、普段は施錠されている非常階段のみが通行可能となっていた。



楽園もまた、ビフレスト同様に光都デルフィナスの建築物を再利用した居住区となる。


しかし、ビフレストと楽園ではいくつかの決定的な違いがあった。



「これは…、ビフレストの内部にも驚かされましたがこの楽園を見てしまうと…。」


メリューンもその決定的な違いに感想を洩らしている。



楽園では潤沢な浄化と照明の魔道具である浄化灯が使用されており、廃棄場の中とは思えない明るさだった。

各所に設置された家具等も、外界から運び込まれた物の中で最も程度の良い物が使われている。


ビフレストに送られる家具は、楽園で不要とされた物や壊れて廃棄される予定の物なのだ。


それは当然食糧や嗜好品にも適用される。


楽園には廃棄場で最も質の良い物資が潤沢に溢れていた。

外民として地上の集落に暮らしていたメリューンからすればまさにここは楽園だったのだ。



「私が…、これからここで暮らせるんですか…?」


「ええ、そうです。一応、施設の管理業務と私の実験助手をお願いする予定ですが、無理のない範囲での労働であることは保証しましょう。」



それはまさに夢のようだった。


害獣や虹毒に脅えることもなく、自分に暴力を振るう者もない。

望まぬ性行為からも解放され、これまで口にしたことのないような食事に柔らかな寝床が待っているのだろう。



メリューンは自分でも分からないうちに涙を流していた。


「泣くには早いですよ、メリューン。我々からのプレゼントがまだですから。」


これ以上まだあるのかとメリューンは驚いた顔でエルンストを見る。


「こちらです。」


さらに奥へと進むエルンストについて行くうちに、光の女神を象った装飾品で飾られた大扉の前へとやってきた。


「この先はデルフィナスの地上部分、ビフレスト最下層から通じている場所とは別の区画に通じています。」

「光都デルフィナス…、すごい都市だったんですね。私にはこの巨大な建造物がどのように造られたのか想像することもできません。」



エルンストは扉を開け、中の階段を登っていく。

階段は地下にも通じているようだったが、目的地はそちらではないようだ。


「ここから先は教会関係者のみしか入れないことになっています。」



階段を登りきるとそこはビフレストとは別の高層建築物の内部だ。


全ての窓は土砂で塞がっていて、上層部分も密林の木の根と泥で埋まっているそうだ。



「埋まっているという割には…。」


土砂はきちんと清掃されており、窓には経典に記された神話を題材にした絵が描かれたタペストリーが掛けられている。

密閉空間の筈が、流れる空気はひんやりとして清浄だ。



「おかえりなさいませ、エルンスト様。」


数人の修道女が二人を出迎えた。



エルンストは修道女に一瞬だけ目をやると、そのまま建物の中央部の広間へと向かう。

メリューンもまたその背後に続いた。



広間の奥には簡素だが祭壇のようなものがあり、女神像が設置されている。

床には絨毯が敷かれ、置かれた椅子は楽園の物よりさらに高級な品。



「ここが教会の廃棄場支部、光都教会です。これより貴女の住まいとなる場所でもあります。」

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