113 地雷
廃棄場の密林、その北側の領域の何処かには虹獣の巣と呼ばれる場所が存在する。
過去に行われた調査によってその位置は特定されていて、密林の南側の断層付近にあるビフレストからすれば真北の位置となる。
「実際に巣の調査を行ったかつての楽園の王の残した記録は俺も見た。」
オルガンの言う楽園の王とは、氷の魔王リブラである。
正確にはリブラの死体を利用していた何者か、となるのだがここではあえてリブラと呼ぶことにしていた。
リブラやエルンストのことから、アルカンシエルのメンバーのいずれかに死体を操作する類の技能を持った者がいる。
ここでセロは死体操作人について考えてみる。
(普通に考えれば先生の付与魔術がそれを可能にしている、とは思うんだけど…。)
実際にセロは少し前までその推測を疑ってはいなかった。
しかし今になって考えてみると、現時点で断定するのは早計かもしれないと思い直していたのだ。
その付与魔術が仮に自分や他人の精神を別の肉体に付与する恩恵であるとする。
(恩恵は肉体に宿るものだ。死体に残留する恩恵がそれを証明している。なら先生が自分の精神を別の肉体に付与した時点で精神付与術は使用できなくなる。)
この場合は付与術を行使したのは別の人物ということになる。
(その人物がエルンストという肉体にあった先生の精神をヴォロスという肉体に付与した?)
今はまだ、その人物を特定するのは難しいかもしれない。
ブリーズランドの中継都市シャハール、そこの砂塵公主という店で店主のドルファンが言っていたこと。
彼が子供の頃のブリーズランドは氷の魔王によって支配されていた。
それからある時にエメラダがリブラを討伐。
エメラダはブリーズランドを離れ、魔人族はその帰還を待った。
真なる魔王であるエメラダが帰還しないまま、ブロアが仮の王として立つ。
それから内乱、そしてブロアによる王位の簒奪。
現在のドルファンはその外見から50は超えているだろう。
どう考えてもリブラの死亡は何年か前とかじゃない。
もっと前、二十年か、三十年か…。
ということは死体操作の技能を持ったメンバーはアルカンシエルのメンバーでも結構古株、ということにならないか。
しかしただでさえ分かっていることの方が少ないような組織についてのことだ。
メンバーの参加時期なんてセロにはわからない。
セロにとってはロッテの父、ウィランがその候補から除外される、くらいしか特定できることはない。
(古参なのかどうか、それについてはデアボリカさんがいるんだから見た目の年齢なんかはあてにならないと考えよう。)
分かることは少ないが、実際にビフレストで活動していた先生は今はヴォロスと名乗る別人になっている。
この事から、ヴォロスは死体操作という結果を示す何らかの付与魔術を付与された側の者とセロは考える。
けどどんな効果が死体を動かしているのかは分からない。
エルンストのことを考えているうちに、セロは一人の人物について思い出していた。
(そういえばあの女の人…。先生の研究助手って言ってたっけ…。何て名前だったかな…。)
普段は楽園での研究活動に従事していると言っていたとある女性。
セロは幼いころに数回見かけた程度だったが、そもそも楽園の人間がビフレストに来ることは珍しく、印象に残っていた。
「ねぇ、オルさん。エルンスト先生と一緒にいた女の人って見たことある?」
「ん?あぁ、そういやぁ、似たような白い服を着てた女と一緒に歩いてるのを見たことあるな。」
エルンストと大して交流を持っていなかったオルガンにはそれ以上のことは分からないようだ。
(あいつらなら色々と知っていたんだろうけどな…。)
オルガンは今はもういない誰かの事を思い浮かべている。
「今の時点では答えは出ないか…。」
死体を操作する技能を所持した者。
それについては色々と情報も足りない為、セロの考察はここまでとなった。
しかしオルガンは密かに考え続けている。
氷の魔王リブラ本人はずっと以前にブリーズランドで森の魔女エメラダによって討伐されている。
ならばオルガンの知る楽園の王はリブラ本人ではないということになる。
長きにわたってビフレストの支配者として君臨していたオルガンにとって、それは軽視できる疑問ではない。
(これを有耶無耶にしたままじゃあいつらが浮かばれねえ。)
オルガンと楽園、それに王。
これまで語ることはなかったが、オルガンはここにきて当時起こった悲しい出来事を思い返す。
そしていつか必ず真実に辿り着くことを自らの心中に住まわせている誰かに約束する。
(なぁ、王よ。てめえは一体、誰だったんだ…?)
「オルガンさん、セロさん、浄化具の設置終わりました。」
声をかけられたことで、オルガンの考察も終了となった。
「ありがとう。少し休憩したら索敵を始めようか。」
セロとオルガンは立ち上がった。
そこは密林に点在する地上に露出した高層建築物の一つ、その屋上だった。
ここは大型広場から割と近い場所にあり、拠点として使用することにしたのだ。
浄化具の設置。瓦礫や植物の撤去に簡単な清掃。
拠点の準備が整うまで休んでいて欲しいとの皆からの要望により屋上でセロとオルガンはお喋りしていた、ということになる。
「道標設置しといて良かったな。」
目的地である大型広場までは、徒歩による移動であればかなりの距離がある。
大型種は巣の近辺が生息区域となるので、それなりに北上する必要があるのだ。
転移枠による移動は、暗い密林の中正確に目的地を指し示すことが難しいので使用を控えている。
「毎回この距離を進むのも大変だからね。ナナの付与魔術にはほんと助けられてるって思うよ。」
二人が屋上から降りて来ると、一階の大広間にはすでに皆が集まっている。
狩りの前の打ち合わせが始まった。
「この狩場では中型種がメインになると思う。蜘蛛と蛇だ。それとここはもう巣も近いから豚も頻繁に出るかもしれない。」
影豚の即死ガスは危険なので、風魔術が使えるセロが対応することになった。
「あとは大型害獣なんだけど、どんな奴が来るのか不明だ。前に先生に見せてもらった資料にあった大型種は虎と獅子しか記載されていなかった。」
鋼虎とその上位種、凍虎。鋼虎の方はエッフェ・バルテに出現した害獣だ。
焔獅子とその上位種、嵐獅子。こちらはセロも実物を見たことはない。
「先生が言うにはどちらも虹化率が低いけど密林で繁殖して個体数は増加しているって言ってたよ。」
それでも虎と獅子については元が少数なのだから遭遇率は低いだろうと予想している。
「他の大型種については情報なしってことか。」
廃棄場の環境で生き残れる種は然程多くはない。
大型種についてもそれは同様で、
とりあえず大型種の接近を確認した場合はセロとオルガンが処分するということになった。
個体差の激しい害人についても同様だ。
続けて、戦闘時の配置を決める。
実際に広場で害獣と戦う前衛。
アランはここに配置された。
広場の周辺警戒と、複数の害獣が広場に侵入した場合の足止め等を担当する遊撃班は商会の戦闘員のみで構成されている。
援護に特化した後衛は日冒部員の女性陣とニャンニャン達だ。
エトワールとクルル、トラは遠隔攻撃の手段があるので戦闘時の援護射撃。
ロッテとジルは索敵が主となるが、ロッテはナナの監視、ジルは治療も担当する。
ミケは肉球による後衛の守りと遊撃班の足止めの援護を行う。
そして最後にナナはいつものように付与魔術による援護だ。
全員に各種強化を施した後は爆裂付与を使った武器や罠の補充。
さらに遠距離からの自在障壁を使った爆破は許可されている。
複数の害獣を相手取ることになった場合はナナの爆裂で素早く数を減らすことが推奨された。
「で、その肝心の親分が見当たらないんですが…。」
ロッテは行方不明のナナを探してきょろきょろと辺りを見回している。
「ほう、気合十分だな。」
アランの声だ。
「当然だぞ?あたしはリンリンを倒すためにいっぱい戦って強くならないといけないんだ。」
ナナは何故か前衛組に混ざっており、執拗にシャドーを繰り返しやる気をアピールしていた。
「親分、一応聞きますが何をするつもりなんですか?」
「パンチだ。」
ナナは正直に答えていた。
しかしロッテにはナナが前衛に混ざってパンチする意味が理解できない。
ロッテはパンチの部分をスルーして、ナナの教育を始めた。
「親分、いいですか?パーティーだとかチームだとかで行動する時は、全員がそれぞれの役割をこなすことが大切なんです。」
「親分くらいになると役割以上の役割を果たしてしまうからな。ロッテも親分の背中を見て学ぶんだぞ?」
(うぅ…。いつも通りの分かっていないのに何故か自信たっぷりな親分の返答です…。ならここはいつもと趣向を変えて…。)
「親分、すみません、私、皆さんの役割がよくわからなくて…。親分に教えて欲しいのですが…。」
ロッテは一転してナナに教えを乞う。
どうやら違う角度から攻めてみようという作戦のようだ。
「むん?ロッテはしょうがない奴だ。親分が特別に教えてやるぞ。」
ロッテはナナに役割を教えるべく奮闘を開始した。
「親分、ジル達の班はどういった役割を?」
「観客だ。応援は大事だからな。それにあたしの凄さを見て大騒ぎすることもジル達の役目だ。」
(やっぱり親分は話を聞いていませんでした。後衛の役割が観客って…。)
「親分、広場の周りをぐるっと囲むように遊撃班の人たちが移動しています。あちらはどんな役割を?」
「もちろん観客だ。あたしが戦うんだから観客はいっぱいなんだ。」
(重要な役目を担ってるはずの遊撃班の皆さんまで観客扱い…。)
「ランバージャック・デスマッチみたいに広場の中の奴が外に出ようとしたら、中に押し戻すのも役目なんだぞ?」
ナナは遊撃班に意味不明な名称の役割も追加する。
「押し戻す時に技をかけるのもありなんだ。みんな味方だから技をかけるのは害獣が逃げようとした時だぞ?」
(名称については分かりませんが、その役割は確実に間違えています…。)
「親分、さっきまで親分やアランさんがいた前衛ですが、彼らにはどんな役割があるんでしょうか?」
「もちろん戦うんだ。親分は害獣をたくさんやっつけるんだ。どんな奴だってあたしのパンチでぶっ飛ばすんだ。」
(さすがに前衛の役目は分かっているみたいです。けど後衛を守るとか、戦闘の対象は蜘蛛と蛇だけだとか、戦う以外の部分が疎かになっています。)
「親分、もしもの話ですが、仮に肉弾戦が得意なフォボスさんが味方になってくれるとしたら、どのチームに入ってもらうのがいいでしょうか?」
「当然ジルのところだ。ジルのチームが動物担当班だからな。ボスは牙狼なんだからジルのところだ。」
(せっかくのフォボスさんの近接戦闘能力がまったく生かされない配置です…。しかもミケさん達がいるからそこが動物担当班って…。)
「親分、仮に付与術士であるワンダー・リンリンちゃんが味方として参加するとしたら、どのチームに入ってもらいますか?」
「リンリンは強いんだからアランのところだな。あたしと一緒だ。パンチするのが役目だぞ?」
(リンリンちゃんは付与魔術をメインに使用する付与術士ですから通常は後衛、ですが所持技能からすれば遊撃が最も適していると思います。)
「親分、最後になりますが、体力や腕力は人並み以下、ですが魔力には自信あり。ただし考えるのは苦手。そんな付与術士さんだったらどのチームに?」
ロッテが最後に尋ねたのはどこぞの自称美少女付与術士のことだ。
「付与術士ならあたしと一緒で前衛だ。魔力しか取り柄のない雑魚付与術士だとパンチもしょぼいだろうしな。キックを追加しても許すぞ。」
しかし力も弱くて頭も悪い、取り柄が魔力だけなんてそいつはとんだ雑魚付与術士だな。
誰の事を言っているのかも知らずにナナはそんなことも呟いていた。
(あれ?もしかして親分は付与術士を前衛職だと思っていませんか?どう考えても後衛ですよね?というか役割云々以前の問題だったんじゃ…。)
ロッテはこれまで長々と遠回しに質問してきた各チームの役割についての話が完全に無駄だったことに気付いてしまった。
ナナはそもそも各チームの役割以前に付与術士の役割すら理解していなかった。
(親分の理解は私の予想を大きく下回っていました!まずは簡略化して前衛、後衛についてだけでも…。)
「親分、剣士さんって前衛と後衛どっちが向いてると思いますか?」
「兄ちゃんみたいなのだな?当然前衛だぞ?」
「では射手さんではどうですか?弓が得意な人です。」
「後衛だな!攻撃の距離が長い奴は後ろなんだ。」
(攻撃手段の射程距離を重視しているんでしょうか?なら…。)
「治癒術士さんはどうです?」
「攻撃する時はパンチになるからな!前衛だ!」
(むしろ射程距離しか考慮していなかったんですね…。というか何故パンチでしょう?通常の術士さんであれば魔力発動体として杖とかを装備しているんじゃ…。)
「親分、治癒術士さんは使える防具も少ないので防御力に不安があるんです。守りが弱い職種は後衛がよいのでは?」
「そうなのか?なら後衛でもいいぞ?」
(よし!親分が防御力を考慮してくれました!ここで…。)
「親分、能力の強化付与術が得意な付与術士さんだったらどうしましょう?」
「付与術士?なら前衛だな。常識だぞ?」
(親分の中では付与術士は有無を言わさず前衛なんですね…。)
ロッテはがっくりと肩を落とした。
「親分、実は…、付与術士は後衛職なんです…。」
「ロッテは何を言ってるんだ?後ろに下がったらパンチが届かないぞ?」
「付与術士なんですから付与術を使うのが付与術士のお仕事なんです。むしろ嬉々として敵に殴りかかる付与術士というのは敬遠されるのではないかと。」
(親分が将来大きくなって付与術士として活動する時にパーティーを組んだ人から地雷付与術士なんて不名誉な称号を貰わない為にも…。)
ロッテはナナの為と思って説得を試みる。
「親分、付与術士のお仕事は付与魔術による味方の強化や敵の弱体といった援護です。後衛職なんですよ?」
「ということはつまりあたしは付与術士と言う枠を超えた付与術士ということになる…。」
しかしナナの回答はロッテの期待した方向に向かっていなかった。
「殴り付与術士…。いや、ここは素直に付与拳士…。いや、地味すぎる。あたしにふさわしくねえ。ロッテはどれがいいと思う?」
ナナは自分の戦闘スタイルを新たなスタンダードとするべくその呼称を考え始めていた。
「うぅ…、このままじゃ本当に親分が地雷付与術士になってしまいます…。」
「ほぅ。地を走る稲妻のように敵を殴り倒す付与術士、地雷付与術士か。あたしみたいに強くてかっこいい名前だぞ。悪くないな。」
「いえ…、親分、この場合の地雷というのはそのような意味ではなくてですね…。」
「ロッテのくせになかなかの閃きだぞ。あたし褒めてやる。」
やはりナナは聞いていない。
「ということは雷を出す兄ちゃんも地雷勇者ということになる。あたしと合体した時は地雷兄妹と名乗るのもいいかもしれねえ。」
「親分、違うんです。この場合の地雷というのは当たり外れ的な意味で…、実害を被る外れと言えばいいのでしょうか…?」
それに地雷勇者とか地雷兄妹とか止めて欲しい。
ロッテは必至に説得を続けるが、ナナにその効果が表れる様子はない。
「ロッテもちゃんと地雷子分と名乗るんだぞ?本当は雑魚なんだけど敵がびびるかもしれない。」
「誰が地雷子分ですかっ!!!!」
ロッテはナナを抱きかかえてジル達の元へ連れ去った。
まったく説得の通じないナナに実力行使に出たのだ。
「こらっ!ロッテ!!親分を何処に連れて行くんだ!?」
「地雷親分は後ろで大人しくしてて下さい!!!!」




