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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
10 廃棄場
130/236

111 貧民街

「セロ!」


地下の転移部屋から中庭に出て来たセロ達を見つけた父アーキンが駆け寄ってくる。



「お帰り。通信で連絡を入れようとしていたところだったんだよ。丁度良かった。」


何か用があるらしい父は、セロとナナを見つめる。


「今日は部活動は休みにするって言ってただろう?本店と2号店で販売していた魔道具があっという間に売り切れてしまってね、ナナに追加を頼みたいんだ。」



魔道具販売についていろいろと話を進めていたロッテの父ウィランはもういない。


ナナが大量に製作していた一般販売用の魔道具も、いつまでも在庫にしておいてもしょうがないということで少し前から販売に踏み切っていたのだ。



「予想通りではあるんだが物凄い売れ行きでね、かなり高めの価格設定にしてあるんだがそれでも飛ぶように売れていくんだよ。」


ただでさえ廃棄場の素材で莫大な利益を叩き出していたビフレスト商会は、魔道具の販売によって更にその資産を膨れ上がらせていた。



商品は以前いろいろと試作していた魔道具を量産した物だ。


種類としては、着火具、消臭首飾り、障壁腕輪、幸運アクセサリーに祝福アクセサリー、防護マントに発煙筒となる。



「せっかくだから今後は商品をいくつか追加しよう。」


小さな筒に細工を加えた物を照明の魔道具としたハンドライト。

ガラス細工を照明の魔道具として、それを様々なタイプの据え付け型に収めた照明魔道具。


食料等を低温で保存したり、打ち身等の患部を冷やしたりと、様々な用途に使用できる冷却付与の魔道具である保冷布だ。



アーキンには、在宅時にナナに出来る範囲で魔道具の製作を再開することを約束した。


「ベースとなる品物は用意しておくから、無理せず、ゆっくりで構わない。」



魔道具の製作の再開が決まり、アーキンは仕事に戻っていく。



父を見送ったセロは仲間達に振り返った。


「貧民街に行く前にまず、ロッテとエトワール、それと俺とナナはその立場がバレるといろいろと厄介なことになりそうだ。」


トラブルの原因となる可能性もあるが、一番の懸念は住民に警戒されることだ。

できれば自然な状態の貧民街を視察できたほうがいいだろうとの考えから出た言葉だった。



ロッテは普段から変装している。

髪の色と眼鏡だけの簡単な変装だが、意外と効果を発揮しているので、このままで。


残りの三人については、ナナの変色付与で髪の色を変えるだけにした。


そして全員に隠形付与。選んだ追加効果は誤認だ。


認識の内容は普通の街人。



当然、魔導車は使用せず、徒歩での移動となる。



「魔導車で乗り込んだらビフレスト家の者だってすぐにわかっちゃうからね。」



ドランメル要塞ではそれなりに話し込んでいたが、日没まではまだまだ時間がある。


「貧民街の視察も今日の内に済ませておこうか。」



準備としてはナナが付与魔術をかけるだけなので然程時間もかからない。

早々に変装を済ませた一行は、貧民街のある王都の南西に位置する居住区へと出発した。



「ニャニャ、貧民街ってどんニャところニャ?」

「貧乏人がいっぱいいるところだ。モヒカンもいるかもしれないから注意するんだぞ?」


「ニャニャ、貧乏人って種族はどんニャ種族ニャ?」

「お小遣いが貰えない種族が貧乏人なんだ。悪い子はお小遣いが貰えなくて種族が変わっちゃうんだぞ?」


ナナはミケとクルルと手を繋いで、間違った知識を披露しながら歩いている。



「ジル、そうニャのかニャ?」

「全然違います…。」


会話を聞いていたトラはジルに確認している。



「ナナさん、貧乏人というのは種族ではなくて、お金を持っていない人のことですわ。」


見かねたエトワールはナナに貧乏人について説明する。

しかしナナは貧乏人云々ではなく、友人達のお小遣いの方が気になったようだ。


「そういえばあたし今まで気にしてなかったけど、くるくるはお小遣い貰っているのか?どのくらい貰ってるんだ?」


「うっ!?」


ナナの問いかけが予想外のことだったのか、エトワールは反応に困っている。


「ジルは?ジルのお小遣いはどうなんだ?いっぱいか?たくさんか?」


ナナの目線はジルとエトワールの間をせわしなく往復する。



「私は月に銀貨一枚貰ってるけど、これって多いのかな?他の子は銅貨を三枚とか、多い子でも五枚って言ってたけど…。」


ジルの言う他の子というのは、全て平民の子供だった。

貴族の子であれば基本的に小遣いではなく、付き添っている家人に言えば大抵の物は買ってもらえる。


一応、貴族ではあったが貧しかったジルは小遣い等は貰っていなかった。

父であるエルクがビフレスト商会で働くようになってから、ラスターニ家の生活に余裕が出来た為に貰えるようになったのだ。



「私はお小遣いなどというものは頂いておりませんわ。何か必要な物があれば城の者に購入するように言うだけですので。」

「なんだ、くるくるは貧乏人なのか。あたし分かってた。くるくるもあたしのように出来る子にならないとお小遣い貰えないぞ?」


ナナとエトワールはいつものように騒ぎ始める。

そんな中、ジルは後ろからついてきているセロ達に質問していた。



「あの、セロさん、ナナちゃんってお小遣いとかどうなってるんですか?」


「ナナには基本的に現金を持たせないようにしているから、お小遣いは何か欲しくなった時に必要な分だけあげるようにしてるよ。」


商会の方針として、ナナが何か欲しがった時には、その対象に特に問題がなければ何でも買ってあげるべしとなっていた。


セロが話し出すと、騒いでいたナナとエトワールも静かになり、ナナのお小遣いの話に聞き耳を立てている。



「つまりナナちゃんのお小遣いの金額は無制限ということですか…?」


ナナはまだ子供だ。

際限なく物を与えるのはどうなのだろう?


そう考えたジルはナナのお小遣いの仕様に驚いている。



「実はね、ビフレスト商会の人間で個人的な資産で比較すると、ナナが一番お金持ちなんだよ。」


セロとナナ以外の皆が一様に驚愕していた。

商会で最大の個人資産の保有者というと、皆はビフレスト家の現当主であり商会長であるオルガンを想像していたのだ。


「ナナが商会の仕事を手伝った分はちゃんと報酬として支払われて、そのお金は父さんが管理しててね、ナナのお小遣いは俺が預かっているんだよ。」


ナナに不自由な思いをさせないようにと、セロは十枚程度の金貨を常備しているのだ。

しかもそれは何かに使用されれば即座に補充される。



「金貨十枚!?子供のお小遣いではありませんわ!!」

「私も流石に多すぎると思います…。」


ジルとエトワールの反応もおかしなことではない。


金貨十枚もあれば、単純な計算で平民一家が何年も暮らせる。

物資に溢れた王国の物価は安いのだ。


「ふふん。あたしがそれだけすごいということなんだ。仕方ないんだ。」


ナナは多いと言われて自分の何かがすごいと評価されているくらいにしか考えていない。



「いや、でも実際にはほとんど使ってないんだよ?ナナが欲しがるのってその辺で買い食いするくらいだし…。」



そして移動中の会話の内容は、ナナの個人資産についてのものにシフトしていった。


「狩場への転移による往復、獲物の収納による運搬、商会で使用している装備も全てナナの魔道具だ。」



ナナがいなかった場合、廃棄場までの往復や獲物の運搬に、どのくらいの労力、費用が要求されるか。

それを考えれば、ナナへの給付金はかなりの金額になってしまうのだ。


成果を出した者へはしかるべき報酬を支払う。

オルガンはそれを当然の事として決定した。


その結果、ナナは最も高額の報酬を受け取っているオルガンをもさらに上回る報酬を得ているのだ。

しかしナナ本人はその事実をまったく知らない。



「魔道具の販売も始まったからね、ナナの報酬はさらにすごいことになりそうだよ。」


元は売り物にすらならないような道具が、ナナの付与魔術によってその価値が跳ね上がり、大量の金貨で取引される。

ビフレスト商会の利益は凄まじいことになってしまうので、これに関してはナナへの報酬をケチることはできないのだ。



「兄ちゃん、あたしはお金持ちだったのか?」

「そうだよ。だから欲しい物があったらちゃんと言うんだよ?」


ナナはエトワールを見た。


「貧乏なくるくるにあたしがお小遣いあげてもいいぞ?」

「私は貧乏ではありませんわ!!」


二人はまた騒ぎ始めた。

エトワールは必死になってナナに自分が貧乏人でないことを説明するが、ナナにそれを理解させることは難しかった。



「これはますます親分の教育に力を入れないと…。大金を持った親分がとんでもないことをしでかす前に…。」


ロッテは小声で呟き、ナナの再教育を決心していた。



喋っているうちに、一行はいつのまにか居住区を横断していた。


今いるのは居住区の西端、王都の外壁沿いの区画だ。

ここが王都において貧民街と呼ばれる街区となっている。



一見すると、その街並みは他と全く変わりないように見える。


しかし、所々には木材で造られたボロ小屋や高く積み上げられた木箱の被せられた布、その奥から人の気配がする。

さらに、細い路地の奥からも多くの視線を感じる。


そこには好意的な視線など一つもない。

猫を連れた子供達にしか見えないナナ達は貧民街の住民にとって格好の餌なのだ。



「住居を持てない人ってこんなにいたんだね。」

「兄ちゃん、あたし知ってるぞ。こいつらはホームレスって言うんだ。家なき子なんだぞ。」


セロは向けられる視線に気付いているが、隔絶した実力差からなんの緊張感も感じていない。

ナナは単純に何も気付いていないのと、セロの傍にいることで安心しきっている。



「親分は緊張感が無さすぎです。貧民街は貧乏人だけじゃなくて怖い人もいっぱいいるんですよ?」


ロッテはそう言いながらセロの横、ナナの逆側にくっついている。


「ロッテはモヒカンが怖いのか?親分がいるんだから安心なんだぞ?」


複雑な気分だったが、怖いのかと問われて否定できないロッテは大人しかった。



脇道に入り、さらに奥の通りへと足を進める。


そこまでくれば、道端に座り込む多くの貧民達が嫌でも目に入る。

少し前に見た、ブリーズランドの地下都市ファラビアの住民と比較すれば、遺跡に暮らしていた者達を多少マシにしたくらいだ。



「王都にこんな暮らしをしている者がいたなんて…。」


どうやらエトワールは貧民の存在を想像だにしていなかったらしい。


「王国は裕福で平和な国だけど、どんなところにもはみ出し者はいるってことなのかな?」

「むん?兄ちゃん、こいつら何かはみ出てるのか?尻か?」


セロの言葉にはナナが即座に食いつき、見当違いの言葉を返している。


「親分、はみ出し者っていうのはそういう意味ではなくて…。」

「ふふん。親分はホームレスには詳しいんだぞ?ロッテはあたしの子分だから特別に教えてやる。」



ナナは青い布を被せられたとあるホームレスの住居を指差した。


「ロッテ、あの青いのはブルーシートと言うんだ。そんでブルーシートを使った家に住んでいる奴はブルーシーターと言って…。」


さらにナナは茶色の継ぎ接ぎだらけの箱を指差す。


「あれは厚紙でできた家なんだ。あそこはダンボーラーの住処なんだ。」


(ブルーシーター?ダンボーラー?訳が分かりません…。)


そしてロッテが悩んでいる隙にナナは駆け出した。



「お邪魔しまする!!」


ナナはダンボールの家に入って行った。


「わああああぁぁ!!!何だおまえ!!?何で入ってくるんだ!!?」


中にいたダンボーラーの悲鳴が響き渡る。


「あたしはナナだ!!中がどんなんなってるのか気になったから入ってきた!!!」


「親分!!!?」


ロッテはダンボールハウスへと駆け出した。



「おっちゃん、臭いぞ!?ちゃんとお風呂に入るんだ!!あとなんですっぽんぽんなんだ!?」

「やめろ!見るな!!何でもいいから出て行ってくれ!!」


「裸!!?」


ロッテはダンボールハウスの入り口で聞こえてくる会話から中の様子を想像し、踏み込むことができなくなっていた。



「こんな暗くてじめじめした所に引きこもってるから体からキノコが生えるんだ!!あたしが引きこもりをお外に連れ出してやるぞ!!」

「まっ、待て!待つんだ!!それは茸じゃない!!」


「茸!!?」


中には全裸の男性がいる。

しかもナナは見てはいけないものをガン見しているようだ。


しかしロッテは中に踏み込むことができずに混乱していた。



「その股の間に生えてるキノコ、グロくてキモいぞ!?きっと毒キノコに違いない!!すぐに抜いて助けてやるから安心しろ!!」

「ぎゃああ!!やめてくれ!!引っ張らないでくれぇ!!!それは茸じゃないんだ!!!」


「こらっ!暴れるんじゃない!!小さくても毒キノコは危ないんだぞ!!!」

「小さ!?くない!…はずだ……。たぶん……、きっと………。」


ホームレスの男の声はみるみる小さくなっていく。



「!!?」


さすがにこれ以上はまずいと思ったロッテは決死の覚悟でダンボールハウスに突入する。


「すみません、すみません。」


ロッテは男性に謝罪しつつも顔を背け、なるべく見ないようにしながらナナをかっさらう。


「ロッテ、親分まだ毒キノコを抜いてないぞ?おっちゃん死んじゃうぞ?」

「むしろ抜いちゃったら死んじゃいます!!」


問答無用でナナは連れ出されていった。


「小さくない…、俺のは普通サイズのはずだ…。」


ホームレスの悲しい呟きは誰にも聞かれることはなかった。




「ぐあっ!!」


アランに殴られたチンピラが吹っ飛んでいる。


どうやら貧民街で騒ぎすぎたようだ。

案の定、チンピラに絡まれてアランが孤軍奮闘している。


「こんなんじゃ俺の拳は物足りないぜ!」


他のメンバーはセロの近くでアランの戦闘を眺めている。

現在のアランの実力は王都のチンピラの及ぶところではなく、危なげなく多数のチンピラを無力化していった。



「ロッテ、まだか?親分もモヒカンと戦うんだ!アランが全部やっつけちゃうぞ?親分の出番が無くなるぞ?」


ナナはロッテによって強制的に水場に連行され、その両手をごしごしと洗われている。


「親分は変なものを触っちゃったから消毒です!!!」

「毒キノコは危ないけど、親分の手はもう十分綺麗になったと思うんだ。」


手を洗われているナナはそわそわしてアランとチンピラの戦闘を気にしている。


「駄目です!見えない汚れが残っているかもしれません!いいえ、間違いなく残っています!!」



結局ナナはその後もごしごしと洗われてさらに浄化付与まで使用してようやく解放された。



「エトワール、なんかごたごたしちゃったけど、見たかったものは確認できた?」


「いつものことですし、そこは諦めていますわ。それに視察も十分できました。」


あとは貧民街の情報を集めて、その実情を十分に知ってから考えよう。

エトワールは王城に戻ったらルーシアに相談してみることにした。



「なら目的も果たしたことだし、今日は休日の予定でもあるから一度戻って解散しよう。」

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