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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
09 大砂海
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106 偽魔王

地下都市ファラビアの調査を終えて一度王都に帰還したナナ達は翌日の学院の授業の後、もう一度魔都を訪問していた。



こりこりこりこり…。



魔都下層区の砂塵公主本店で、ナナは音を立ててコニークを齧っていた。



「ベルフェン氏族との戦力差はどうにもならず、さらにアルタヤ・カナン氏族国の侵略も確実か…。」


サンドラのメンバーは捜索を続けていたのだが、戦力差を吹き飛ばすことを期待された嵐には遭遇することができなかった。


「まぁそれはいい。問題なのは南下してくる亜人族だ。」


このままベルフェン氏族の支配下にあっても、革命が成功して奴らを排除できたとしても、どちらの結果であっても亜人族の侵攻によってひっくり返される。



「交易商人に聞いた話だと、アルタヤ・カナン氏族国の保有戦力は十万を超えるそうだ。さすがに戦力差が大きすぎる…。」


オーファンは明らかに落胆している。


「ティータさんかエメラダさんの協力が得られるのであればこの状況も覆せるんだろうけど…。」



おそらくティータはすでにブリーズランドを去っているとセロは考えていた。

エメラダに至っては元々所在不明だ。


(いや、ティータさんはともかく、エメラダさんについては俺の努力不足、怠慢と言い換えてもいいか。)


そもそもデアボリカやシュトリーゼン大司教に居場所を訊ねてすらいない。

明確な所在が回答として得られなくても、会話の中からそのヒントを拾うくらいのことはできたかもしれないのだ。



「希望者だけでも東への亡命を伝えてみるしかないか。状況を伝えればおそらく大多数が東への亡命に賛成するだろう。」


いずれブリーズランドに魔人族の生きる場所は無くなる。

そしてそれはもはや回避できない。


アルタヤ・カナン氏族国の侵攻がそれを確定させてしまった。



「なんか規模が大きくなっちゃって亡命というより移民と言った方がいいかもしれませんね。」


ロッテにはそっちの表現の方がしっくりくるようだ。



「国中の同胞に連絡してから移動の準備に入る。ベルフェン氏族の追跡があるかもしれないし、それなりにまとまって移動しないとな。」


実際に東への移動が開始されるのは少し先になりそうだった。


オーファンはどこか納得がいかないような顔をしていたが、他に選択肢は残されていないと自分に言い聞かせている。



「それが無難な選択だと思いますわ。」


エトワールもうんうんと頷いている。



「そうだ、オーファンさん、朗報って訳じゃないんだけど、魔王ブロアって大して強くなかったよ。ナナが顔面をぶっ飛ばして気絶させちゃった。」


「はあ!?お前等上で何やってきたんだ!!?」



ブロアとの交渉が決裂し、デアボリカと交わした会話もオーファンにはすでに伝えてある。

しかしナナが玉座の間に特攻してブロアの顔面を爆破したことは伝えていなかった。



「あたしの爆裂拳で赤毛の雑魚をぶっ飛ばしたんだぞ。あたしはすごいんだ。」


ナナはコニークを齧るのを中断して偉そうに自慢する。



こりこりこりこり…。



そしてすぐにこりこりを再開した。



「あれならナナに火属性無効の障壁を付与して貰えば割と簡単にやれそうだよ。」



デアボリカはブロアが氏族国に対する抑止力になっていると言っていた。


「あの強さじゃそれも疑わしい。実際はブロアが氏族国に従順な間は侵攻しない、ということなのかもね。」



セロとナナはまるでブロアが弱者であるかのように発言しているが、現実にはおそらくサンドラにブロアを倒すことはできないだろう。

ブロアが高レベルであることに変わりはないのだ。この場にいる中ではセロとナナ以外はブロアに遠く及ばない。



「亡命が成功した後で、もし望むのなら俺がブロアを倒しに行こうか?」


流石に今それをやると東への移動に支障をきたすおそれがある。

騒ぎを起こすなら逃亡の後が望ましいだろう。



「いや、いいさ。野郎を倒したところで大した意味はない。俺達は国を出るんだからな。」


今後の方針が決定したところで、慌てて砂塵公主に駆け込んでくる魔人族の青年がいた。



「大変だ!!オーファンさん!!」


おそらくサンドラの構成員と思われる青年は息を弾ませ、肩を揺らして下を向いている。


全力で走ってきたのだろう。

皆、そんなに慌てるような事件でも起こったのかと疑問に思いながらも報告を待っている。



「おいおい、落ち着けよ。一体何があったんだ?」

「とりあえず山門まで来てくれ。直接見て貰った方が早い。中層のやつらも無反応だし、なんか妙だってみんな不安がっているんだ。」


「訳が分からんな。なら行ってみるか。」



オーファンが立ち上がり、セロ達を一瞥する。


「俺達も行くよ。なんか気になるし。」


セロ達も立ち上がる。



こりこりこりこり…。



「親分!いつまでこりこりやってるんですか!!」

「ロッテ、こりこり屋でこりこりするのは当然のことだ。むしろこりこりしないのは失礼だぞ?こりこりを作ったこりこり屋さんに謝らないといけなくなるからな。」


「そんなに何回もこりこりこりこり言わなくても…、そのお菓子はコニークで、ここはこりこり屋さんじゃなくて砂具店です…。」


ロッテはこりこりをやめないナナを抱きかかえてそのまま連れて行くことにした。





中層区へと続く山門には人だかりが出来ていた。



「魔王ブロアに天罰が…。」

「森の魔女の仕業…。」

「ベルフェン氏族はどうするんだ?」


集まった野次馬は口々に呟いている。



「おい、すまんがちょっと通してくれ!」


オーファンは人垣を割って進み、セロ達もそれに続く。



人混みを抜けたオーファンはそこにある物体を見て硬直していた。


「どういうことだ…?」



人だかりの中央には死体が一つ横たわっている。


「あれ?何でこいつ死んでるの?」


セロは思わず思ったことを口に出していた。



それはブリーズランドの支配者、炎の魔王ブロアの死体だった。


死体となったブロアの身体、眼や鼻、口。

その穴と言う穴から奇妙な植物が顔を出していた。



「私達が地下都市に移動してから何かあったんでしょうか?」


ナナを抱いたロッテは死体をなるべく見ないようにしながらセロに問いかける。


「そういえば昨日、螺旋階段を下りている時に上の方で何かあったみたいだったけど…。」


セロはブロアが怒りのままに暴れているのかと思っていたが、認識を改めた。


「兄ちゃん、こいつあたしの爆裂拳が凄すぎて死んだのか?あたし人殺しになっちゃったのか?」

「それは違います、親分。あの時は気絶していただけだったのは皆が見ている筈です。」


ロッテは不安そうにしているナナを安心させようと頭を撫でる。



「ナナ、ブロアは顔面から変な草が生えてるし、干乾びてる。爆裂じゃこうはならないよ。こいつをやったのは…。」


セロは黒いローブの女性を思い浮かべていた。




エメラダが地下都市でブロアの心臓に撃ち込んだのはとある植物の種。


生物の血液の中で発芽し、そのままその血液を養分に成長する。



エメラダが生み出した植物であり、特に名前はないのだが本人は便宜上、吸血草というそのままの名前を付けていた。


この植物は、ブロアの殺害が森の魔女の手によるものであるとするささやかなメッセージだ。

そしてそのメッセージは魔人族の者達には正確に伝わっていたようだ。



「これは森の魔女エメラダ様だ。昔、氷の魔王率いるクローチェ氏族とエメラダ様の戦いの時にも似たような死体を見たことがある。」


一人の見物人が正解を口にして、セロは驚いていた。


(え?何で?エメラダさんが今になってブロアを排除するって…。)



実力的にも、エメラダにはいつでもそれが可能だった。

しかしエメラダは搾取される他氏族を放置してブロアに対し行動を起こさなかった。


(なら民草の為の行動じゃない。他の理由で…、ってことはエメラダさんは少なくともこれまでの状況を見ていた…?)



ブロアの行動の何かが原因となってエメラダはブロアの排除を決断した。

なら少なくともこちらの状況を監視していたのは間違いない。


(下手をするとエメラダさんはブリーズランドに滞在していたって可能性もあるんじゃ…?)



セロは再びエメラダの捜索を行わなかったことを後悔していた。


(やはり魔人族が移住に踏み切るまで追い詰められた原因には俺の怠慢も含まれる…。出来る限りの協力をしないと…。)



悔しそうな顔をしているセロを見て、ロッテは抱いていたナナを離しセロに声をかけようか悩んでいる様子だ。



そして自由になったナナは行動を開始した。


てくてくとブロアの死体に接近し、まずは死体が装着している抗魔の効果を持った魔道具であるネックレスを外すとそのまま収納する。



「おい、君、何をやっているんだ?」


近くにいた魔人族の男がナナに声をかけ、ロッテが状況に気付く。


「親分!?」



「こいつこの首飾りで鑑定を防いでるんだぞ?だからあたしはそれを外して鑑定するんだ。」



実はこの時のナナの目的は炎の魔王の恩恵を確認してそれを奪い取ることだった。

しれっと勝負パンツの強化を考えているのだ。



「氷パワーと炎パワーの二つになればリンリンに勝てるかもしれないぞ。すごい作戦だ。あたし自分の賢さが怖くなるぜ。」


ナナは思ったことをそのまま口にしながらブロアを鑑定する。



ブロア・ベルフェン(魔人)


レベル 88


恩恵 火魔法+3

   魔力強化+2

   身体強化+3


技能 火魔術:火球

   火魔術:炎爪

   火魔術:炎鞭


効果



「あれ!?こいつ魔王じゃないぞ!?期待させやがって!!嘘つきのなんちゃって魔王だぞ!!」


ナナは癇癪を起こし、ナナの言葉を到底見過ごすことはできないオーファンは確認する。


「すまん、ナナ。この男は魔王ではないのか?」


訊ねたオーファンは信じられない、といった顔つきだ。



ナナはブロアの懐をごそごそと物色しており、オーファンの声は聞こえていない。

代わりにセロが鑑定板をオーファンに渡して頷いた。



「…、まさか魔王であるということすら偽っていたのなら…。」


オーファンは呟きながらブロアを鑑定する。



ブロア・ベルフェン(魔人)


レベル 88


恩恵


技能


効果



オーファンがブロアを鑑定した時にはすでに、ナナによってブロアの恩恵は奪い取られていた。

人前でやってはいけませんという決まり事も、ナナは完全に忘れてしまっている。



「確かにレベルは高い、けどそれだけだ。何の恩恵も持っていない。何が炎の魔王だ、ふざけやがって…。」


高レベルなだけのただの人に成り下がったブロアの鑑定結果を見てオーファンは激しい怒りに震えている。


「き、きっと髪が赤いから炎の魔王なんだ。恩恵がなくなったりじゃないんだぞ?」


少し遅れてやらかしたことに気付いたナナは誤魔化そうとしている。



「掟に従わずにエメラダ様から逃げておいて王を名乗り、魔王であると皆を騙し従わせる…。許せん…。」



オーファンの呟きを耳にした住民の一人が叫ぶ。


「ならベルフェン氏族は掟を破って王位を簒奪したにも関わらず、何食わぬ顔でそのまま特権階級の椅子でふんぞり返ってるってのか!?」


「そうだ!ブロアは魔王じゃない!ならあいつらは何の権利があって俺達から搾取してやがるんだ!!」



ブロアが本当は魔王ではなかったことが山門に集った下層区の住民達に次々と伝わり、誰もが激しい怒りに殺気立っていく。


今にも山門を破壊して中層区に突撃しそうな感じだ。



「ベルフェン氏族は上位魔族ではない!!ならあいつらが不当に搾取した分を取り返すのは当然じゃないのか!?」

「少なくともあいつらに中層区や上層区で贅沢する権利はない!!皆!あの詐欺氏族を引きずり出すぞ!!」


誰もが真実に憤り、声を上げる。

ブロアがすでに死体となっている為か、怒りの矛先はベルフェン氏族の方に向かっていた。



「ま、待て!皆、落ち着け!!」


直前まで皆と同様に激怒していたオーファンだったが、住民達の姿を見て逆に冷静になったようだった。


「各氏族の全戦力をもってしてもベルフェン氏族の方が圧倒的に戦力が大きいんだ!無謀な真似はするな!!」


「でもオーファンさん!!ならあんたは許せるのか!!魔王を詐称するなんて許されることじゃないぞ!!」

「もう勝てるかどうかじゃないんだ!!ベルフェン氏族は絶対にやってはならないことをやりやがったんだよ!!」



山門前の広場は大騒ぎになっていた。


しかし、それにもかかわらずベルフェン氏族の者が様子を見に来る気配はない。



それ幸いにと、何人かは山門を破壊しようと攻撃を加えている。


次々と怒りに支配された魔人族がそれに加わり、そんな騒ぎを聞きつけたのか、さらに追加の暴徒が続々と広場に集まっている。



「やめろっ!やめるんだ!!」


オーファンの懸命な制止の声も、怒り狂った住民達には届かない。



山門への攻撃に参加しようと大勢の下層区の住民が詰めかけたその時、何時からいたのか、山門の上に人影があった。


ある程度、山門から距離を空けた位置にいた者達はそれに気付いて注視する。



その人影はベルフェン氏族ではない。


いつもは中層区の教会にいるのだが、時折下層区にも下りて来る者達。

魔都において各層の移動の自由を許可されている教会関係者だった。


複数の修道女が山門の上に並び、怒れる群衆に向けて光魔術による閃光を放った。



「うわっ!!」

「何だ!?眩しい!!」


それは視力を奪う程の光ではない。


閃光は暴徒達の注意を向ける為の行為だった。



暴徒達もまた山門の上を見上げる。


整列した修道女達、その中央には教会の聖職者の中でも高い位階を示す赤い法衣を着込んだ人物が立っていた。

そしてその人物は頭部をすっぽり覆う黒い球体を装着して顔を隠している。


魔都に暮らす魔人族は、その人物をよく知っていた。



「門への攻撃をやめるのじゃ。」


王族として君臨していたベルフェン氏族よりさらに上位の存在である魔王の声に、下層区の住民は山門への攻撃をぴたりとやめて沈黙した。



「命の魔王、デアボリカ…。」


デアボリカは暴動が一旦治まったことを確認してから、集った者達に語り掛けた。


「魔王の領域の入り口となる山門への攻撃は大罪ぞ。それは魔王が不在であるとしても同様じゃ。お主らは魔王に逆らう者か?」



「待って下さい、デアボリカ様!ベルフェン氏族は上位魔族じゃないんです!俺達は魔王に反抗している訳では…。」

「この山門より先は魔王の領域。そこにいるのが誰であろうとこの門を破ることは反逆じゃ。」


ベルフェン氏族云々ではなく、山門への攻撃自体が魔人族の掟に抵触するようだ。


「当然、中層や上層のベルフェン氏族は全員、掟破りの大罪人となる訳じゃが、お主らもそれに加わるか?」


暴徒たちはあっさりと沈黙した。


その様子に頷いたデアボリカは広場にふわりと飛び降り、オーファンの元へ。


まずはオーファンが手に持った鑑定板に指を触れさせ、自身の鑑定結果を表示させる。



デアボリカ・ブリンスタ(魔人)

           (命の魔王)


レベル 58


恩恵 命の魔王 付与魔法:生命

        生命操作

        彼岸結界

   学術:生物学

   学術:医学

   学術:薬学


技能 付与術:生命

   付与術:再生

   付与術:若返

   付与術:老衰


効果 対抗

   障壁



「命の魔王、デアボリカ様…。」


まずはそれを目にしたオーファンが跪く。


「いちいち疑われても面倒じゃからな。」


ブロアが魔王であるということが偽りであると発覚した直後。

しかもデアボリカは赤い法衣と球体型の仮面でその外見が分からない。


自身の証明には鑑定が最も有効であると判断したのだ。




少し遅れて鑑定板の内容を確認した下層区の住民達は一斉に跪いた。

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