100 方法
「三回勝負だと?何ガキみたいなことを言ってやがる!」
エトワールの発言にイラついたブロアは声を荒げていた。
「あら?私子供ですのよ?他の何に見えまして?」
「本気でうぜえ…。俺はガキの戯言に付き合っている暇はねえんだ。さっさとママのところに帰れ。」
エトワールはブロアの挑発を意に介さず、逆に笑ってみせた。
「何もしないで惰眠を貪るだけの愚か者が忙しいだなんて笑わせないで下さるかしら?」
そして挑発に挑発で返していた。
「このガキ…。」
ブロアは内心では今すぐにエトワールの首を刎ねかねない程に激怒していた。
しかしデアボリカの前でそれをやれば粛清の対象となることも忘れてはいない。
(ぶっ殺してやりてえが今は駄目だ。逆に俺がハクビに殺されるのは目に見えてる。今は我慢だ…。)
ブロアが必死に怒りを抑えている間に、意を決したエトワールが口火を切った。
「ブロアさん、一つ聞かせて欲しいのですけど。」
「…何だ。」
「貴方が他氏族の冷遇を止めず、サンドラと和解しないのはそうすると国が滅ぶからだと仰いましたわね?」
「言ったがそれがどうした?」
「国が滅ぶ前に他氏族が滅ぶとは考えませんの?搾取するだけのベルフェン氏族は他氏族の生産が無くなれば結局共倒れになるのではなくて?」
ブロアは盛大に溜息をついた。
「そうならないように調整はとっている。余計な口出しはするな。」
「その調整がとれていないからこそサンドラが存在するのではありませんの?」
「いいや違う。きっちりと調整がとれているからこそ奴らは強硬手段をとれねえんだよ。」
エトワールは確信した。
魔王ブロアをはじめとするベルフェン氏族は他氏族を救うつもりなどない。
エトワールの要求はこの男には決して通らないということが分かってしまったのだ。
「私が間違っていましたわ。」
このままブロアと会話を続けたところでどうにもならない。
「この男は他氏族を救えないただの無能。最初からそれができる人間と話すべきでした。」
エトワールはブロアから完全に目を離し、玉座の間の側面に控えているデアボリカに向き直る。
そんなエトワールを睨みつける無能扱いされたブロアの形相はすごいことになっていた。
「私が本当に話し合わねばならなかったのはこの男ではなく貴女ですわ!デアボリカさん!!」
ビシッとデアボリカを指差すエトワール。
デアボリカの表情は分からないがハクビの口元は微笑んでいるようにも見える。
「儂と話がしたいのかの?王女様は。」
「えぇ!是非お願いしますわ!この男はお話しになりませんし、そもそも私達の要求を叶える力を持っているのは貴女ですわ!!」
「何だと貴様!!!」
エトワールは怒鳴るブロアを完全に無視している。
ブロアとの討論でネックとなっていたアルタヤ・カナン氏族国の侵攻。
この部屋にはそれをどうにかできそうな人物が一人だけいるのだ。
「確かに儂は氏族国の代表氏族会議においてもそれなりの発言権を有しておるが、何の見返りもなく侵攻を止めることなどできんぞ?」
「それは分かりますわ。けどそもそもこんな砂だらけの土地に侵攻してどんな見返りがあると言うのですか?何か侵攻を決めた理由でもおありなんですの?」
エトワールの行動を後ろで見ていた三人は小声で話し合っていた。
「そうくるか。デアボリカさんを相手取るってのは俺も予想外だったよ。」
「そうですね。それに氏族国の侵攻の理由を問うのはとても良い手だと思います。」
セロとロッテはエトワールの機転に感心している。
「セロ君、シャルちゃん。そろそろいいのではありませんか?」
ルーシアは嬉しそうに言った。
「そうだね。エトワールはよく頑張った。俺達も手伝おう。」
相手がデアボリカとなれば、流石にエトワール一人に任せる訳にもいかない。
三人はエトワールに並び立った。
「確かにブリーズランドを攻めとっても氏族国にはさしたる利益はない。目的は別にあるのじゃがそれを口にすることは出来んのじゃ。」
「すみません、デアボリカさん。ならどうして氏族国は魔人族と交易を?それをしなければブリーズランドを簡単に手に入れられるのではありませんか?」
氏族国との交易はブリーズランドの生命線になっているとブロアは口にした。
ロッテはそこが気になったようだ。
「なるべく多くの魔人族を生かしたままで目的を果たす為。言えるのはこのくらいじゃな。」
「さぞかし俺が邪魔な事だろうよ。俺が居なけりゃすぐにでもブリーズランドの制圧に動くはずだ。」
ブロアはふてくされたような態度で話している。
「いや、それはないんじゃないの?」
セロはすかさずブロアの発言を否定する。
「デアボリカさんはその気になればいつでもブロアさんを排除できるはずだ。実際は魔王ブロアは脅威でも何でもない。」
「小僧、てめえ…。」
以前、ブロアが氏族国に対する抑止力になっているという話があった。
しかし考えてみればそれはおかしなことだ。
氏族国側に所属するデアボリカはブロアなどどうにでもできるのだ。
本人は戦闘力は持たないなどと言っていたが、エメラダでもフォボスでも呼んでくれば済む話だ。
「そうじゃな。それは認めよう。しかし儂はブロアの排除を行わない。理由は語らぬこととしよう。」
(アルカンシエルが排除に動かないから抑止力として機能する。ということなのかな…。)
「殿下、どうやら氏族国の侵攻を止めるのは難しいようですね。」
ロッテは小声でエトワールに伝える。
アルタヤ・カナン氏族国の進行が止められないのであれば、どちらにしろ詰んでいるのではないか。
仮にブロアが他氏族の冷遇をやめ、サンドラと和解できたとしても最後には大国に攻め落とされる。
「ぐぬぬぬ…。一体どうすれば…。」
「方法はあるぞ?」
エトワールの呟きにデアボリカはさらりと答える。
「アルタヤ・カナン氏族国の侵攻を防ぎ、魔人族の諍いを解決する。そんな結果が保証される手段が一つ。達成は困難じゃがな。」
悩みに悩んでも答えを出せなかったエトワールに、デアボリカはそれはあると口にした。
「じゃがエトワール王女が求めておるのは他氏族の救済じゃろう?それだけでよいのなら他にも選べる道はある。」
「方法が…、ある?しかも複数?」
エトワールはさらに悩んでいた。
「デアボリカさん、一度休憩を挟んでもよろしいですか?」
エトワールの様子を鑑みてのロッテの発言だった。
「構わんよ。相談したいこともあるじゃろうしな。」
デアボリカとハクビはその場から動かずに返答する。
全員が玉座の間を出ていくと、玉座では憤怒の感情に支配されたブロアが拳を握りしめて震えていた。
玉座の間を出ると、丁度ドタドタと音を立ててナナ達がやってきたところだった。
「むっ!ジル!丁度くるくるが部屋を追い出されたところみたいだぞ!負けくるくるだ!」
「ナナちゃん、待って…。」
思い悩み、俯くエトワールの姿がナナには敗北してがっかりしているように見えたらしい。
「くるくる、あたしが仕返ししてやるからな!泣くんじゃないぞ!?」
「泣いていたのはナナさんですわ!!それに私の方はまだ決着はついていませんのよ!?」
状況を勘違いしているナナを見て、皆があっけにとられている一瞬の隙をつき、ナナは玉座の間へ特攻していった。
「親分!?」
ロッテは慌ててナナを追いかけようと振り返る。
そんなロッテが目にしたのは、玉座の間の手前で一旦停止してこっそりとティータの幻像を生み出すナナだった。
「ムフフ。あたしとチータはなかよし作戦だ。」
ナナはそんな呟きと共にティータの幻像を確認している。
「よし!そっくりだぞ。」
幻像の出来栄えに満足してうんうんと頷くナナ。
「虎の威を借る狐作戦です…。」
ティータの姿を見ただけで皆にはナナの計画が丸わかりだった。
「あの大男はチータにびびってぺこぺこしてたらしいからな。これでびびらせてがつんと言ってやるんだ!」
ナナは予想通りの作戦内容を口に出している。
「あの…、セロさん、親分が玉座の間に突撃しようとしていますが…。」
ロッテはナナの背中を指差しながらセロに確認している。
「そうみたいだね。まあブロアに突っかかって行く分にはいいんじゃないかな?」
これまでの会話で、ブロアよりもデアボリカが格上であるのは十分に分かる。
ブロアはただの飾り。
実際に力を持っているのはデアボリカ。
エトワールの機転のおかげなのか、話をつけるべき相手はデアボリカであるということがよくわかった。
それと同時に、デアボリカがナナを傷つけることを許容しないことも把握していた。
(そうでなければブロアはとっくに襲い掛かってきただろうしな。)
「なら親分がデアボリカさんに突っかかっていかないように見ておきますね。」
「ありがとう、ロッテ。」
二人が話している間にナナは玉座の間に突入してしまっていた、
「おい、おまえ。よくもくるくるをいじめたな?あたしが仕返ししてやるぞ!」
玉座の間からナナの声が聞こえてくる。
ティータの幻像は玉座の間の入り口手前、中から見えない位置に待機している。
「うぜえ…、今度は別のガキかよ…。」
ブロアは心底うんざりした顔でナナを見ている。
「わかっておるじゃろうが、傷つけてはならんぞ、ブロア。」
デアボリカがぽつりと言った。
それはナナを傷つけるなということだ。
そしてそのままデアボリカとハクビは玉座の間を出て行った。
「チッ…。」
ブロアは舌打ちしつつナナを睨みつける。
「何だその態度は!!おまえ生意気だぞ!!」
ナナは手足をばたつかせて怒りをアピールする。
「てめえに言われたくねえ!!俺はブリーズランドの王だぞ!?小娘が何をほざいてやがる!!!」
ナナとブロアはしばらくの間罵り合っていた。
「ふふん。馬鹿め、調子こいていられるのも今のうちなんだぞ。」
魔王を前にしているはずのナナは調子こいている。
「チータ!あたしピンチだ!この生意気なおっさんをやっつけるんだ!!」
かつてフォボスと戦った時にも口にしたそれは召喚の合図だ。
「てめえ…。」
傷つけはしない、だがちょっと脅してやろう。
そう考えたブロアは立ち上がり、そしてその直後、その顔は驚愕に染まる。
入口で心配そうに中を覗き込んでいたジルとエトワール、ロッテ。その足元にはミケとクルル。
皆が道を空け、そこからティータの幻像が入ってくる。
「ふぅ…。」
ティータの幻像は溜息をつく。
幻像に下手に喋らせて正体が露見しないよう、あまり大きな行動をとらせないことにしたようだ。
「なっ、何でここに…。」
狼狽するブロアは半歩後退し、ガタンと音を立てて自ら腰かけていた玉座に躓いた。
動揺したブロアだったが、それ以上の反応を示さないティータに違和感を感じ取った。
「ん…?何だ…?空の魔王の幻影…?」
体勢を崩しながらも、ブロアはすぐにティータの姿が幻であると看破した。
そして同時に、自分の視界の右前方に何か違和感を感じる。
ぺとっ。
ブロアの右側頭部に何かが張り付いた。
それは不可視化した障壁だ。
もちろんナナお得意の爆裂が付与されている。
「ほぁちゃ!!」
ドゴン!!!
「ぐお!!」
ブロアは玉座を破壊しながら斜め後方に吹き飛び、柱に衝突して崩れ落ちた。
がつんと言ってやると意気込んでいたナナはどごんとブロアの顔面を爆破していた。
「…。」
ロッテを先頭に、皆は顔面蒼白になって絶句していた。
つんつん…。
ナナは倒れて動かないブロアをつついている。
「フ…。ワンパンで気絶してやがる。あたしの勝ちだ!!」
ブロアの横でナナはぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表現していた。
「親分…?」
そんなナナの背後にロッテが立っている。
「フ…。じゃありません!親分は何をやっているんですか!!」
がしっ。
「ふぬぬぬぅ!!!」
ナナはいつものようにロッテに顔面を挟まれて連行されていく。
「あたしが親分だぞ!!それに勝ったのに何でだ!?」
「他国の王様の顔面をいきなり爆破してはいけません!!」
ロッテはナナを外に連れて行き、お説教が始まっている。
(このままだと親分はついうっかりで殺人事件とか起こしちゃうかもしれません!ここはしっかり教育しないと!!)
「一撃で気絶…?こいつ弱いな。レベル120ってのはハッタリか。」
セロは横たわるブロアを一瞥して吐き捨てた。
「セロ様、よかったんですの?ナナさんが魔王を倒してしまったみたいですが…。」
「いいんじゃないかな?今となってはこいつに用はないし。むしろいない方が話も早そうだ。」
皆は一度外に出て、城の中庭で休息をとる。
「デアボリカさんが戻ってくる前に作戦会議を済ませておこうか。」
まずは確認からだ。
デアボリカの言う他氏族を救う方法について。
他氏族を救い、同時にアルタヤ・カナン氏族国の侵攻も防ぐ。
現時点で最良と思われる結果をもたらす方法だと思われるが達成は困難であるとも言っていた。
「これはまず間違いなくエメラダさんの協力が得られる場合に選択可能な方法だと思う。」
「達成が困難というのはそういうことですのね。」
「成程。森の魔女の所在を特定し、さらにこちらに協力するよう説得を成功させてここに連れて来る必要がありますからね。」
セロの推測にはエトワールとルーシアが同意する。
エメラダの協力が得られるのならブロアはあらゆる要求に従い、エメラダ自身は本当の意味で抑止力として機能し大国の侵攻を防ぐだろう。
「でも居場所すら分からないエメラダさんを説得するなんて不可能としか思えませんわ。」
デアボリカの達成は困難であるとの言に納得するエトワール。
「ではその方法については除外したほうがよさそうですね。」
お説教を終わらせたロッテが合流した。
「ふにゅぅぅぅうぅ………。」
その腕の中ではナナが顔面を挟まれすぎてぐったりしている。
「とんでもないことをしでかすお子様だな。セロやロッテじゃなくても将来が心配になっちまう。」
アランはぐったりするナナのほっぺたをつんつんとつついている。
「うん、最良の方法は選べない。選ぶべきはせめて虐げられている他氏族の者達だけでも助けられる方法だな。」
セロの発言に皆が頷いた。
「デアボリカさんは方法は一つではないと言っていましたわね。」
「そうですね。まずはそれを考えてみましょうか。」
エトワールとルーシアは方法の模索を始め、皆もそれぞれ思い思いの意見を口にする。
「あの男はもう駄目ですわ。彼との交渉に意味があるとは思えません。」
ブロアの説得がもはや不可能であるのは皆が納得した。
ただでさえもう無理だと考えられたところにナナが完全に止めをさしたことになる。
「兄ちゃん、あたしが勝ったんだぞ?だからあたしを褒めるんだ。」
「親分に必要なのは誉め言葉じゃなくてお説教です!!」
残念ながらナナの望みは叶わず、ロッテに顔面を挟まれている。
「ならよ、拳に聞いてみるのはどうだ?」
ナナによるブロアの一発KOの影響か、アランはブロアとベルフェン氏族の力技による排除を提案する。
しかしそれは氏族国の軍勢が南下した際に抵抗戦力を失うことも意味するとしてあっさり却下された。
「なら今ここで挑戦できそうな方法は…。」
セロには南下する軍勢にも対処できる方法、それを実行できる人物は一人だけしか思いつかなかった。
ブリーズランドとアルタヤ・カナン氏族国、双方に影響力を持ったデアボリカの説得だ。
「どうかな?ロッテ。可能だと思う?」
「難しいと思います。相手がデアボリカさんとなると…。」
デアボリカは実際にはブロアよりも上位の存在である。
ならばその気になれば簡単に他氏族の皆を救えたはずだとロッテは言う。
「デアボリカさんがブロアの悪政を放置していたということは、他氏族を冷遇することに何かの目的があるのかもしれません。」
「それでもデアボリカさんに解決を頼むとなれば、かなりの条件を飲むことになるかもしれないね。」
ロッテはセロに頷きながら続ける。
「そうですね。例えばセロさんと親分がアルカンシエルの構成員になるとか…。」
「いや、それはちょっと…。」
「そうだぞ、ロッテ。あたしも黒タイツはイヤだ。」
ナナはアルカンシエルのことをどこぞの悪の組織と似たようなものと認識しているようだった。
こうしてデアボリカの説得は困難であると判断することになった。
結局、以前ロッテが提案した東への逃亡、そして王国への亡命。
これが最も現実的に選ぶべき方法として最有力とすることにした。
「なら話はこれで終わりということですの?」
他氏族に亡命を勧めるのであれば、もうデアボリカに話すことはないのか。
エトワールどこか物足りないような顔で疑問を声にした。
「いいや、あと一つだけあるよ。」
それは中層区の教会でデアボリカと邂逅した際に口にした言葉。
「デアボリカさんはエトワールのことをダスカールの末裔と言っただろ?」
エトワールもセロの言いたいことをなんとなく察した。
王国の過去、ダスカールの非道についてだ。
「エトワール、答えは出せたかな?」
エトワールは頭を左右に振る。
「デアボリカさんの言う真実を知らねば答えなど出せませんわ。」
デアボリカの発言は世に知られている乱世の歴史は真実ではない、ともとれるのだ。
ダスカールを判断するのはその本当の姿を知ってから。
エトワールはそう考えることにした。
「答えは出せておりませんがデアボリカさんには少し話したいことがありますの。」
そう言ってエトワールは城に向けて歩き出した。




