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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
02 公爵領
11/236

010 公爵令嬢

ここは迷宮都市で最も大きく、そして最も高級な宿、黄金の夜明け亭

当然、金額もそれに見合うものなのだが、そこで豪遊する奇妙な集団がいた。



「その肉はあたしのだ!おっちゃんはさっき食べただろ!」

「バカ野郎!俺は体がでかいから肉もいっぱい必要なんだ!おめぇはちっこいんだからミルクでも飲んどけ!」


騒がしい赤毛の小娘とごつい筋肉男が何やら言い争いをしている。



「ミルクって何だ?うまいのか?」

「なんか飲むとでかくなるらしいぞ?おっぱいもな!」


そう言って親指を立てるオルガン。


「なにぃ!?ほんとか!?おっちゃん!」


ない胸をペタペタしながら驚くナナ。



「ヘイ、マスター!ミルクくれ!」


ナナの注文に、引きつった顔のウェイターが対応する。



「追い出されなきゃいいんだけど…。」


その様子を眺めるセロは、心配そうな表情を見せている。

そんなセロの元に、ウェイトレスの尻を撫でながらオルガンがやってきた。


「おう、セロ。明日は俺とお前とナナで迷宮探索だ。」


「え?」


「なんだ?おっちゃんもあたしと遊びたいのか?」

「まぁな。こっちで暴れてる魔物ってのがどんなもんか興味があってな。」


迷宮、魔物。興味がないと言えば嘘になる。


セロもまた、まだ見ぬ迷宮に思いを馳せながら食事をつついていた。

そんな時、宿の大扉が静かに開かれ、入ってきた老齢の執事が酒場を見回す。



「弱そうなじじいがこっち見てる?」


ナナも気になったようだ。

執事はオルガンの姿を認めると、まっすぐに歩いて来る。


そして一礼。



「昼間は失礼いたしました。私は公爵家の家令を務めておりますスタンと申します。」


「あぁ、あいつらの親玉は公爵か。で、俺らになんか用か?」


オルガンが執事の挨拶に応える。


「公爵様はこの試練場の安寧を守るお方。街にやってきた強者の動向を無視できないのでございます。」

「知りてぇんならコソコソしねぇで堂々と来い。」

「はい、公爵様もそうおっしゃり、こちらをご用意させていただきました。」


そう言うとオルガンに招待状を渡す。オルガンはそれに素早く目を通した。


「ほぅ、宴か。うめぇもん用意してんだろうな?」

「それはもちろん。」


そして今度はセロを見る。


「雷の少年というのはあなたですね?」

「俺はセロだ、その妙な呼び名はやめてくれ。」


無造作に招待状を受け取る。



「そしてあと一人。」


見つめるのはミルクをがぶ飲みしているナナだ。



「あなたが赤い屁をこく少女ですね?」


盛大にミルクを噴き出すナナ。


「おならじゃない!レディーになんてこと言うんだ!」


「おやおや、これは失礼いたしました、レディー。」


ナナはぷるぷると震えている。



「勝負しろ!じじい!!」


そして喧嘩を吹っ掛けていた。


オルガンは腹を押さえたまま、うずくまって震えているためナナを止められない。

溜息をついたセロは立ち上がり、ナナの元へ移動する。



「ナナ。落ち着いて。」


背後からナナを抱っこする。

そしてヒートアップして両手をぶんぶん振り回しているナナにそっと耳打ち。


「失礼なことを言ったお詫びに、美味しいものを食べさせてくれるってさ。」


ピタっとナナの両手の動きが止まり、執事に目を向ける。


「あたしは味にうるさい女だぞ。グルメなんだからな?わかってるな?」

「ご満足いただけるものをご用意させていただきます。」



「あ…。」


セロが明日の予定を思い出してぽつんと呟いた。


「俺達、明日は迷宮の探索に行く予定なんだけど…。」

「ふむ。その探索は長期に及びますか?宴は明日の夕刻より開始となりますが。」


「そうだな。朝から迷宮で遊んで、飽きたら戻ってくるつもりだ。なら夕刻にはここに帰ることにするか。」


オルガンは明日の予定を宴に合わせることにした。



「それでは夕刻にはこちらの宿に迎えを寄越しますので。」


そして執事は皆に一礼して、去って行った。



執事が去った後は、公爵家の宴の話題にシフトして、黄金の夜明け亭の一階酒場の喧騒はまだまだ続きそうだった。





城に帰還した執事を、玄関で待っていたシャルロッテが呼び止める。


「スタン、お父様に聞きましたよ?謎の高レベル集団の頭目を城に招くって。」

「耳がお早いですね。今しがた招待状を渡してきたところです。お嬢様が遭遇した例のお二人にも。」


シャルロッテが息を飲む。


「そ、そう。それで彼らは招きに応じるのでしょうか?」

「えぇ、明日は午前中は迷宮で遊んで、夕刻には城に入城いただけるとのことです。」

「迷宮で遊ぶ?」


迷宮の内情を知るシャルロッテは青ざめた顔でなにやら考え込んでいる。


「迷宮も、彼らにとってはただの遊び場。彼らはそれ程の強者なのでしょうね。」


そう言うと執事は一礼して去って行った。


シャルロッテは去りゆく執事に気付かずそのまま考え込んでいる。


(確かに彼は強いです。でも…、でも……!)




そして翌朝、都市のはずれにある迷宮区画。


そこはちょっとした広場になっていた。



都市の最も外輪にある区画のさらに南端。

コーンウォールに巨大な穴が開いていて、その入り口に大きな門が据えられている。


門の脇には都市の門衛が二人。広場の様々な場所に冒険者の姿が見える。


そして迷宮探索を前に準備や打ち合わせに余念がないのか、かなり騒がしい。


そんな広場の入り口に奇妙な三人がいた。



「さて、ここの狩場はどんなもんか、楽しみだぜ。」


そう言って腕をまわす巨漢に、少年と少女。


しかもオルガンのグローブとセロの背負った大剣以外は装備らしい装備も持っていない。

三人共私服姿で、ナナに至っては完全に丸腰。バックパックすら背負っていない。



「おい、なんなんだあいつら?」

「三人だけ、しかも戦えそうなのってあの大男くらいじゃねぇか?」

「その大男がとんでもなく強いのかもよ?」


入口で待ち合わせをしている複数の冒険者パーティーから囁くように声が聞こえる。

三人は周囲の声を完全に聞き流し、迷宮をナメきっていますと言わんばかりに歩を進める。


そんな時、セロとオルガンは背後から人が走ってくる気配を感じた。



「はぁ…、はぁ…。」


息を切らせて広場に駆け込んできたのは女性の冒険者だった。


まだ15かそこらか、いかにも駆け出しであるというのが一目瞭然。


長い緑髪を三つ編みにまとめて、眼鏡をかけている。

その顔立ちは非常に整っていて、なんというか、冒険者の格好をしていても非常に目立っていた。



そんな彼女はセロたち三人を見つけるなり足早に近寄ってきた。


「あの、すみません。」

「あん?なんかあんのか?」


返事をしたのはオルガンだった。


「ひぃっ!」


当然びびる。尻もちまでついて動けなくなっているようだ。



「オルさん、脅かしちゃ駄目だよ。」


セロはへたり込んでいる女性冒険者に手を差し伸べる。


「あ、ありがとうございます。」


セロの手を握り、起き上がった女性冒険者はそのままセロに用件を伝えた。


「私をあなた方のパーティーに加えていただけませんか?」

「え?」


セロはさすがに驚いた様子でオルガンに目線を送る。


どうしよう?

目がそう言っている。


「このパーティーのリーダーはナナだ。参加したけりゃリーダー様に聞け。」


めんどくさい。

態度でそう言いながらナナに丸投げするオルガン。



しかしナナの方はそうではなかった。


あたしがリーダーだったのか!?

そんな顔をしていた。



「よ~し!じゃああたしが決めるぞ!」


ナナはそう言って女性冒険者を見る。



シャルロッテ・カールレオン(人間)


レベル 7


恩恵 交渉術


技能


効果 変色



「ダメ~!雑魚すぎる!!めっ!」


ナナは両手を交差させ×のマークをつくる。



「レベル7ってあたしより弱い!」


シャルロッテは小さなお子様にダメ出しされたショックに茫然としていた。



「…え?どうしてこの子は私のレベルを…!?」


それ以上にショックなことに気付いて、すぐに頭を回転させる。



(鑑定された?見ただけで?鑑定の魔眼!?)


セロはオルガンと迷宮内部での立ち回りを相談しているところだった。


チャンスだ!

シャルロッテはそう判断し、ナナに小声で囁く。


「ナナさん、私の本名について、あちらのお二人には秘密にしてくださいませんか?」


「ん~?なんでだ?」


「しかるべき時に必ず自己紹介させていただきますので今はどうか。お願いします。」



シャルロッテは自分よりはるかに年下の少女に対し、必死に、そして真剣に頭を下げた。

思いが伝わったのか、ナナは頭を上げようとしないシャルロッテを見る。



「名前だけ内緒にすればいいのか?」

「今日だけでかまいません。お願いします。」


ナナはしばし考える。


「わかった。今日だけな。明日は駄目だからな!」

「ありがとうございます。」


そう言って笑顔でナナの手を握るシャルロッテ。



「私のことはロッテと呼んで下さい。」

「わかった。ロッテ。あたしはナナだ。」


「よろしくお願いします。ナナ。」

「うむ、遅れずについてこいよ、ロッテ。」


「はい、頼りにしています。ナナ。」


駄目って言ったのにいつのまにかパーティーに参加しているロッテに、ナナはまったく気付いていなかった。



「こうなるような気がしてたんだよね。」


そう言いながらセロとオルガンがこちらに来る。


実は二人とも、ナナとロッテの会話を完全に聞き取っていたのだがそれは言わなかった。


オルガンがセロに目配せする。


おめぇに任せる、そういう意味だ。

セロはそれを正しく理解し、了承のサインを送った。



「じゃあロッテ。前もって確認しておきたいんだけど。迷宮に入る目的は?」


あなたが心配なんです。

と言えないロッテは咄嗟に取り繕う。


「経験を積みたいんです。自分が弱いのは承知しています。だから分け前も要りません。」



「ほぅ、若いのに感心だな。」

「ありがとうございます。」


オルガンに対し頭を下げるロッテ。



「俺らのパーティーを選んだ理由は?」


質問を続けるセロ。

当然真実を話せないロッテはさらに咄嗟の言い逃れ。


「昨日、あなたが勇者様を屠る姿を拝見しておりました。そして、あなたからなら私が必要としている何かを学べると思いました。」


真実、ではないが嘘でもない。

交渉術の恩恵によるものか、ロッテは淀みなく返答する。



「どうだ?セロ。」


「あぁ、勘、としか言えないけど、ロッテのことはある程度信用してかまわないと思う。」

「おめぇがそう言うなら大丈夫だろ。」


「うむ、あたしがリーダーだからな。ロッテはあたしの子分だぞ。」

「はい、よろしくお願いします。親分。」


ナナとロッテが仲良くお喋りしながら歩き出す。


それについていこうとしたセロの肩をオルガンが掴んだ。


「セロ。勇者を屠ったってなんだ?ん~?」

「い、いやぁ、はははは…。」


オルガンに問い詰められつつ、四人は迷宮に入っていった。



「今の素人パーティーの女、見たか?」

「ちょっとありえねぇくらい上玉だったな。」


セロ達がいなくなった後、とあるパーティーの間でこんな会話がなされていた。

彼らは試練場に一攫千金を求めて遠方からやってきた者達だった。


「攫うか?やばそうなのってあの大男くらいだろ?」

「おし、追跡だ。今日はいい夢が見れそうだ。」


すでに脳内でロッテを凌辱しているらしい男達の下品な笑い声が響いていた。



セロ達は入口近く、人のあまり寄り付かない玄室の一つにいた。


コーンウォール内部の迷宮だけあって、壁の色は黄土色。

壁自体に発光の付与術がかけられており、ほのかに光っている。迷宮の光源はこれだけだ。



「コーンウォールを造ったと言われてる女神様は何を考えてこんな迷宮を造ったんだろうな?」


オルガンが唐突に呟く。

答えたのはロッテだった。


「コーンウォールは神造の大壁ですが、この迷宮は人造の迷宮です。」

「何?人造?これが?」


「はい。壁を構成する石材のブロックの大きさや形は均一ではありません。この壁には隙間が無数にあるんです。」

「へぇ、そうなんだ。」


セロも会話に参加する。

少し嬉しそうに見えるロッテが続けて説明する。


「大昔の人間達が、無数の隙間を利用し、失われた技術でもって創造したのがこの迷宮である。と言われています。」


「詳しいんだね。さすが迷宮都市の住民。」

「いえ、そんなことは。迷宮が創造された目的なんかはわかりませんし。」



セロに褒められてロッテは顔を赤くしている。

そこに作業を終えたナナが戻ってきた。


「兄ちゃん、終わったぞ。褒めてくれ。」

「あぁ、よくできました。ナナのおかげで帰りは楽ができそうだ。ありがとう。」


そう言ってナナの頭を撫でるセロ。



「何をされてたんですか?親分。」


ロッテの質問に、気をよくしているナナは素直に答えてしまった。


「あたしが作った魔道具の設置だ。あたしはすごいんだ。」

「え?魔道具を作った?」


ロッテも当然、魔道具がいかなるものか、基本的な知識はある。



(どういうこと?この子が数百年の間現れなかった魔道具製作者だと言うの?)



オルガンは天を仰ぎ、セロは引きつった笑い顔を浮かべている。



「言っちゃったか。」


それだけを口にしてオルガンを見る。


「信用できるんだろ?引き込むか?」

「それには賛成なんだけど、ちょっとずつ慣らしていくのがいいんじゃないかな?」


「まぁ、それもセロに任せるわ。」

「え?え?」


どう考えても会話の対象は自分だ。

何かされるのかとロッテが脅えていると、セロが捕捉説明する。


「ロッテ。今ナナが作成した魔道具はね、道標って効果が付与された魔道具なんだ。」


「道標?聞いたことがない魔術効果です。」


「そうなの?ロッテが知らないんだったらやっぱり珍しい効果なんだね。」


「どのようなものなんですか?」

「転移魔術の補助効果、かな。迷宮探索の帰りはここにナナの転移魔術で移動して帰る予定なんだ。」


「!!!!?」


驚きの余り、口をポカンと開けたままのロッテは、おそるおそる質問する。


「その魔術は離れた距離を一瞬で移動する。というものですか?」


「へぇ、さすがロッテは物知りだね。知ってるんだ。なら転移魔術は割と有名なのかな?」

「有名ではあるのですが、行使できる者、となると旧文明の時代までさかのぼらないと厳しいです。」


「ふふふん。感謝しろよ、ロッテ。あたしみたいなすごい親分はなかなかいないんだからな。」

「え、えぇ。本当ですね。親分はすごいです。」



四人は玄室を出て移動を開始した。


「ナナ、祝福をお願い。」

「おうよ!」


当然ロッテも、自分にかけられた強化魔術がとんでもないものだと理解する。


(なにこれ?なんかすごい力を感じる。)


「ナナ、俺には爆裂パンチも頼むぜ。」

「おうよ!」


「ロッテには障壁も付与しとこう。念のため道標も。はぐれたら大変だからね。」

「おうよ!」



しばらく移動して、唐突にロッテがしゃべり始める。


「親分は付与術士だったんですね。」


「うへへへ。驚いたか!」

「えぇ、とっても。オルガンさんは格闘術、セロさんは大剣術の使い手のようですし。」


「おっちゃんと兄ちゃんは前衛なんだ。あたしは後衛だ。ロッテは雑魚いから解説役な!」


「解説…。」



しょぼんとするロッテ。そこにオルガンの声がかかる。


「お、あれが魔物か?どうだ?ロッテ。」


前方にナナと同じくらいの体躯の小鬼が数体見受けられる。


「あれはゴブリンですね。私でも1体ならなんとか…、よい偶然に恵まれれば…、倒せるかもしれません。そのくらいの強さです。」


「ロッテ…。親分はダメな子分も見捨てないから安心しろ。」

「ダメな子分…。」



お子様に慰められて、またしょぼんとするロッテ。



「ナナ、そのゴブリンのレベルはどのくらいだ?」

「レベルは9とかだな。恩恵とか技能はもってないぞ。」


「雑魚すぎる…。」


「ほんとだね。楽しみにしてたのに。」



「あっ、セロさん、下の層に降りれば強い魔物もいますから。」


残念そうなセロを見て、ロッテは思わず声をかけていた。



「ほんと?よかった。でてくるのがこんなのばっかりだとロッテも経験積めないだろうし、さっさと下に降りよう。」


連続で爆音が響く。

ゴブリン達はいつのまにか爆裂パンチの餌食となってバラバラになっていた。


「え?」


あまりにも簡単に処理されたゴブリンにロッテは思わず声を出していた。


「その、ロッテ。言ってなかったけど、俺らって実は結構強いんだ。」


そう言って自身の鑑定板に魔力を流し、それをロッテに見せる。



セロ(虹人)


レベル 51


恩恵 剣術:大剣:双剣+7

   身体強化+9

   風魔法:風刃:電撃+5

   耐性:炎熱+1

   耐性:氷結+1

   耐性:電撃+3

   耐性:毒

   耐性:麻痺


技能 剣技:斬鉄

   剣技:流水

   魔剣技:風刃

   魔剣技:爆雷

   風魔術:風壁

   風魔術:風刃

   風魔術:放電

   風魔術:稲妻

   


効果 浄化

   解毒



ロッテは自分の眼をこすりながら、視線は鑑定板とセロを何度も往復している。


(結構強いんだ。なんてレベルじゃないと思うんですが!?)


ついついセロを見つめる目がジト目になってしまうロッテ。



「これは結構どころじゃなくてとんでもなく強いんじゃないかと思うんですが…。」


開き直ったのか、口に出していた。


「でもオルさんはレベル75だよ?俺なんかまだまだだって。」

「75!?」


(そんなレベルの人間が存在するはずがありません。この人達は一体…?)



入口から走る、大きい通路に戻ってきた。


迷宮第1層は、入口から真っすぐに伸びる大通路の最奥に第2層への階段がある。


途中に多くの小通路への分岐があるが、それぞれの通路の先は様々な魔物の巣へと繋がっているらしい。

魔物のレベルは5~15程度。駆け出しや低レベルの冒険者の稼ぎ場である。


しかし、セロとオルガンにとってはただの雑魚。さっさと第2層へ降りるべく、大通路を直進する。


ナナはロッテとのお喋りに夢中だ。


「なぁ、ロッテ。そのプリンっていうやつ、そんなにうまいのか?」

「はい。とっても。親分はきっと気に入ると思います。」

「む!なら今日の宴にプリンでなかったらじじいぶっ殺す!」

「じじい?」


ナナはロッテに、昨夜、公爵家の執事に招待状をもらったことを話した。


「あのじじい、あたしのことを屁こき虫ってバカにしたんだ!レディーなのに!」

「災難でしたね。親分みたいな素敵な女の子に失礼な人です。」

「そうだろ?ロッテは話の分かる女だ。一の子分にしてやるぞ!」


そう言いながらロッテの顔は引きつっていた。


(スタンに今夜の宴に必ずプリンを出すように伝えないと。)


そんな話をしながらも、前方ではセロとオルガンに多数の魔物が一蹴されている。


「ナナ~。こいつらちょっと鑑定してくれるかい?」

「おうよ!」


セロに呼ばれて前方に駆けていくナナ。

それを優しい眼差しで見送るロッテが、後方に一人になる。


「元気で可愛い女の子ですね。」


そう呟いた口を突然何者かに塞がれ、ロッテは枝分かれした小道の一つに引きずり込まれていた。


「ん~!んん~!!」


小道を少し進んだところにある一つの玄室に連れ込まれる。

そこには三人の男達。ロッテを拉致した二人とあわせて、五人の男が情欲に満ちた目でロッテを見る。



「ひゅ~。ほんとに上玉だぜ!」

「あぁ、これほどの女はめったにお目にかかれねぇ。」


ロッテは猿轡を咬ませられ、声が出せない。

そこで五人の中でもリーダー格らしき男が前に出る。


「最初は俺。あとは順番だ。」


男は短刀をちらつかせる。


「妙な真似をすれば、その綺麗な顔が傷物になるぜ?わかってるな?」


そう言うと、ロッテの衣服を脱がそうと手をかける。


「んん~~!!」


ロッテの顔が恐怖に染まる。



しかしそこで男の手が止まった。ロッテの背後に突然出現した紫色の幕のようなものに、目が釘付けになっている。


「クズのやることはどこでも一緒か。」


そう言いながら、紫幕の向こうから現れたのはセロだった。


「て、てめぇ!なにも…。」


セロはその瞬間、問答無用で男の両腕を切り飛ばした。



「ぎぃああああああ!!」


リーダー格の男は床をのたうちまわっている。


セロは男を冷たい視線で一瞥し、ロッテの猿轡をはずす。



「大丈夫だった?ロッテ。」


反射的にセロにしがみつくロッテ。その体はぶるぶると震えていた。


「怖い思いさせてごめん。もう大丈夫だからな。」


セロはそう言ってロッテの頭を撫でる。



続けて紫幕からオルガンとナナが出てくる。


セロとロッテを見てにやりと笑うと、オルガンは残りの四人に向けて歩き出した。



「大丈夫かロッテ。もう親分がきたから安心しろ。」


ナナがそんなことを言っている間に、四人はオルガンにボコられていた。



「ありがとうございます。もう大丈夫です。」


徐々に落ち着きを取り戻してきたロッテが皆に礼を言う。



「ん~?で?そのロッテちゃんはいつまでセロに抱き着いてんのかねぇ?」


四人をボコって戻ってきたオルガンはニヤニヤしている。



「い、いえ、その、これは…、すみません!」


顔を真っ赤にして慌てて離れるロッテ。



「行こうか。」


セロが出発を促し、歩き出す四人。



「なぁセロ。ロッテの抱き心地はどうだった?」


そして歩きながらオルガンがニヤニヤして尋ねる。



「なんかロッテはいい匂いがした。もうちょっと抱っこしててもよかったかも。」


素直に返答するセロに、ロッテはまた顔を赤くして俯いていた。



「いい匂い?」


そう言ってロッテに抱き着いて、くんかくんかと匂いを嗅ぐナナ。


「親分、くすぐったいです。」


そしてされるがままのロッテ。



「あたしも匂い嗅ぐんだ!」


ナナはロッテのおなかのあたりに顔をうずめてすんすんしている。



「セロさんの言っていたのは体の匂いじゃなくて髪だと思います。」


「髪の毛から匂いだしてるのか?ロッテ。」

「いえ、髪を洗う洗料に香りがついているものがありまして…。」


ナナとロッテのお喋りが再開された。


そうしているうちに、第2層への階段がみえてきた。



「セロさん、第2層は入り組んだ構造になっています。地図がありますので使って下さい。」


「ほんと?助かるよ。第2層も最短で通過しようと思ってたから。」

「あ~、それがいいな。魔物もどうせ雑魚だろうしな。」


「あたしはなんでもいいぞ。ロッテ、お話しの続きしてくれ。」

「はいはい。わかりました、親分。」

「うむ、ロッテはいい子分だ。」



第2層は、たしかに入り組んでいた。


地図がなければまず迷う。完全に迷路だった。


ところどころに広間が配置されていて、魔物と遭遇した時はここに誘引して戦闘を行うのだそうだ。


出現する魔物のレベルは15~25。試練場の冒険者の平均レベルが15~20くらい。

ここが試練場における主戦場だった。


前方の広間で戦闘音が聞こえる。

とある冒険者達が巨大な芋虫と戦闘を繰り広げている。


「ナナ、どうだ?」

「冒険者はレベル17~19くらいだ。芋虫はダストキャタピラー、レベル21。」


セロはロッテに尋ねる。


「ロッテ、あの芋虫は?知ってる?」

「ダストキャタピラーは全身の管から弱毒性の塵を放出する魔物です。第2層での平均的な強さだと言われています。」


尋ねられたことが嬉しかったのか、ペラペラと説明するロッテ。



「うむ!解説ご苦労!」


ナナはそう言って、ロッテ以外の三人はずんずんと広間に入っていく。



「通りま~す。」

「通るぞ。」

「通るぜ!」


「通っちゃ駄目です!」



慌てて三人を止めるロッテ。

広間で戦闘が行われている場合は、それが終わるまで待つのが迷宮のマナーなのだそうだ。


「あれ、すんごい激戦やってるけど。しばらくかかりそうだよ?」

「駄目だ。待つとか俺の流儀じゃねぇ。」

「あたしもだ。あたしはただ待つ女じゃないんだ。」


結局ずんずんと広間に入っていく。

そしてオルガンの爆裂パンチ。芋虫が一撃で爆散する。


「おう。始末してやったぞ。」


そう一言。芋虫の体液や臓物を浴びて酷い恰好になっている冒険者達は、あまりの出来事に言い返すこともできなかった。



「他人の獲物に手を出すのもマナー違反です~!」


言いながら、冒険者達に頭を下げつつ三人についてくるロッテ。



セロは地図を確認しながら最短ルートで第3層を目指す。



ラビリンスリザード レベル24。ただの巨大な蜥蜴。爆裂パンチにより爆散。


ヴァンパイアバット レベル16。吸血コウモリ。多数。放電により感電。


ミノタウロス レベル25。牛頭の大男。爆裂パンチにより爆散。



「あたしたち、なんもしてね~な。」

「親分は付与魔術でサポートしてますから。むしろ私…、本当に解説しかしていません…。」


うなだれるロッテ。


「ロッテの解説にも助けられているよ。俺らここのこと何も知らないし。」


フォローを入れるが、ロッテはしゅんとしたままだ。

セロは元気づけようと、話題を変えることにした。



「もしロッテがこれからも俺らと仲良くしてくれるのなら、この国のこといろいろ教えて欲しいな。」


「あ…、わっ、私も仲良くなりたいです。私が知っていることでしたらなんでも聞いて下さい。」

「じゃあさ、王都のこと訊いてもいいかな?俺ら王都が目的地なんだ。」

「王都ですか?王国へ士官なさるのですか?たしかにお二人なら破格の待遇だとは思いますが…。」


そう言うロッテは少しさみしそうだ。


「いや、王立学院ってとこ。ナナが学校行って友達作りたいって言うから。」

「それに士官とかは無理だ。士官ってのは手下みたいなもんだろう?俺は弱い奴に頭を下げるとかできねぇ。」


オルガンも会話に参加する。


「俺は商売ってのをやってみてぇんだ。セロとナナが学校行ってる間はそれをやろうと思ってる。」

「となると、商人ギルドへの登録と、王都でしたら王家が発行する開業許可証。あとは店舗が必要になりますね。」


今度は今までと逆に、ロッテ以外の三人が驚愕の表情を見せている。


「え?私なにか変なことを言いましたか?」


「詳しいんだね。そんなにスラスラと必要なものが出てくるってすごいな。そう思ってびっくりしたんだ。」

「あぁ、ばあさん以上だ。このまま俺らの専属解説者として連れていきたいくらいだ。」


「すげ~な!ロッテ!実はできる子だったのか!ダメな子分とか言ってごめんな。じゃああたしにも学校で友達作る方法を教えてくれ。」


ロッテはナナににっこりと微笑み、


「友達を作るのに方法なんて必要ありません。でも一人、王都にはおすすめの子がいますよ。」

「いいやつか?強いのか?」


「強くはないですが、とても優しくていい子です。是非、親分に友達になって欲しいと思います。」

「なんてやつなんだ?筋肉あるのか?」


見当違いの質問をぶつけてくるナナに対し、ロッテは苦笑する。



「筋肉質ではありませんが、ジル・ラスターニという名の王国貴族です。」

「あたしは平民だぞ?貴族は平民をいじめるやつだ。あたしは痛いのはイヤだ。」


「大丈夫です。ジルはそんな子じゃありません。私、お手紙を書きますから、王都についたら訪ねてみて下さい。」

「わかった。ロッテがそう言うなら、手紙読んでみる!」


ロッテはさらに苦笑する。


「あの、親分。手紙は読むんじゃなくてジルに渡して下さいね。読んでもいいですけど。」

「わかった!まかせろ!」


ロッテは心配なのか、セロの顔を見つめる。


「まかせて、ちゃんと渡すから。」

「ありがとうございます、セロさん。」




そして第3層への階段が見えてきた。


「ここは勇者様以外の冒険者にとって、未到達の領域なんです。持ち帰られている情報も少なくて…。」



第3層は構造や出現する魔物ともに未知。

勇者の弁によれば、魔物はレベル30を上回る、とのこと。


「レベル30ってことは、上位小型種くらいの強さってことだ。レベル20くらいのやつらにはしんどいだろうな。」


「どうする?オルさん、ナナの転移で部隊呼べると思うけど。」

「ん~?やばそうならそうすっか。まずは俺らで様子見してみようぜ。」


「わかったよ。」



いくつか飛び出した聞き捨てならない単語にロッテが食いつく。


「あの、セロさん、小型種って?それに部隊って言うのはもしかして都市に入った高レベル者の集団のことですか?」

「小型種ってのはね、俺らが元居た場所の魔物、かな。それのサイズが小さいやつね。」


「部隊についてはロッテの予想通りだ。あれは全員、セロの部下だったやつらだ。」


セロとオルガンが質問に答える。


「それは…、すごく強そうですね。皆さんレベル30を超えてるとかですごい噂になってましたし。」

「あ~、やっぱり騒ぎになってたの?堂々と都市に入ったの失敗だったかな?」


「勇者様と同じくらい強い人たちが集団でって、すごい話題になってましたよ。」

「そうなのか。でもあいつらをあの自称勇者如きと同列に考えられるのはちょっとイヤだな。」


「え?実はもっと強いとか秘密があるんですか?」


「考えてみろ、ロッテ。大勢のレベル30がセロの指揮の元、部隊として動くんだ。しかもナナの付与術で能力は跳ね上がる。」

「う…。私にはそんな一団を見たことがありませんから想像することしかできないけど、すごそうだっていうのはわかります。」


「相手が一体ならセロ抜きでもレベル60程度は狩れる。」


そんな集団が都市に入っていることに今更ながら危機感を覚えるロッテ。


(絶対に彼らと敵対しないようにとお父様に進言しなければ…。)



階段が終わり、目の前に第3層の入り口がある。


「そろそろ昼だし、ここらで一度休憩しない?」


セロの提案に皆が賛成し、ナナが収納から食糧を取り出す。


ここでもロッテは大いに驚き、セロが説明し、ナナが得意になる。



そして一行は第3層の探索を始めた。

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