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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
09 大砂海
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089 魔都

いつものように出勤し、いつものように机に座る学院長。


そしていつもの業務をこなす傍ら、教育改革の為の書類も処理していく。



「あぁ、こっちの報告書も確認しておかないとね。」


きりのいいタイミングで、一枚だけ提出されている前日の部活動の活動報告書を手に取る学院長。



通常の部活動の報告書は特に何もなければ月に一度だ。


しかし、日冒部だけはその活動内容から、報告書の提出は毎日となっていた。

学院長が手に取ったのも当然、ナナの自信作ということになる。



その内容は変わらず絵日記。


砂漠を表現している黄土色の大地に赤毛の女の子。

その手には茶色の物体を握っている。


異様に大きい太陽。

宙を飛ぶ人体っぽいものが多数。すべてモヒカン。


赤毛の女の子の近くには茶色の物体を握った猫。

白とピンクだからおそらくミケとクルルだろうか。



そしてイラストの下には文章が綴られている。



さばくのすなはあつい。


いきなりみんなまい子になった。


(つまりナナさんがいきなり迷子になったということね。)



あたしモヒカンにからまれた。


いきなりさらわれた。


(ナナさんが誘拐されて…、誘拐!?)



モヒカンぐんだんにかこまれた。


あたしのばくれつけんがさくれつした。


(誘拐犯一味を爆発させたってことかしら…?殺したりしてないわよね…?)



こりこりビスケットうまかった。


(…こりこり?)



かいだんがおちてきた。


(まったく意味が分からないわ…。ブリーズランドの何処かの建物の階段を破壊した?)



かくめいぐんだんにこりこりビスケットをもらった。


あたしもかくめいすることにした。


(えっと…。ブリーズランドの魔人族の国には革命を是とする勢力がいて…、お菓子につられて革命に参加するってこと!!!?)




ガタン!!


勢いよく立ち上がる学院長。


そのまま学院長室の扉を開け、丁度近くにいた職員に声をかける。



「すみません!日冒部の生徒は大至急、学院長室に来るように伝えて下さい!」


ナナ直筆の日冒部の活動報告書を握りしめて頭を抱えるパルムレイク学院長。



「またあの子達は…。どう考えても学生の部活動の内容じゃないわ…。」


いつかと同様のセリフを呟く学院長だった。





急遽呼び出された日冒部一同。


中でも主にロッテが学院長の誤解を解くべく説明する羽目になった。




「話は分かりました。ですが…。」


事情の説明は終わったが、ブリーズランドの反抗勢力に協力するという事実は変わらない。


「他国の革命を成功に導くなんて行為、学生の部活動としてはちょっとおかしいと思います。」



「プリンを知らない国なんて可哀そうだからあたしが革命してやるんだ。」


革命という言葉の意味すら分かっていないナナの発言。


「ナナちゃんは革命って何なのか分かってるの?」

「同じ数字を四つ出すことだ。大富豪が負けたらいきなり大貧民になるんだ。今まで弱っちかった奴らがいきなり強くなったりするんだぞ?」


そしてジルの質問に対するナナの返答は意味不明。



「ナナさんは絶対に何かと勘違いしていますわ…。」



そのままジルとエトワールにナナを任せて、ロッテが学院長の説得にかかる。




「王国に進軍した勢力の中で休戦が成立していない唯一の勢力を放置してはいけないと考えます。」


ロッテの言葉だ。


(王国の包囲侵略に呼応しての進軍だったから、休戦が成立した今、もう攻めてこないだろうとは思うけど。)


セロはその隣に立って沈黙を守っている。



「現在は精鋭五千がティータさんによって排除されています。革命を成功させるなら今は好機です。」


(魔人族の戦士団よりもむしろ魔王ブロアが厄介だってのは言わない方がいいよな…。)



「魔王ブロアが悪しき為政者であることは間違いありません。放置すれば王国にも害を成す可能性が高いと思われます。」


(まぁ、そう聞いただけでベルフェン氏族の現状を確認するのはこれからだけどそういうことにしとこう。)



「あくまでティータさんを味方につけることができたらの話です。自分達で危険に飛び込むつもりはありません。」


(成功するかどうかは分からないけどティータさんが味方なら確実に勝てるしね。元々それが目的でもあったし。)



「革命が成功すれば、それに協力した王国と有効な関係を築くチャンスになるかもしれませんし。」


(なら成功するまでは俺達が王国の人間だってのは秘密にしといた方が?ってもうドルファンさんにはばれてるから遅いか。)



「おっしゃりたいことは分かりました。それに私は一般生徒ならともかく皆さんの行動を制限する権限を持ちません。」


王国の勇者、筆頭付与術士、そして第一王女に現大公をも含む一団に対してその行動を強制することはできない。


それが学院長の返答だった。



(俺らって一般生徒じゃなかったの!!?)


セロは今更こっそりと驚いていた。



「ただし、いくつか約束して欲しいことがあります。」


絶対に無理はせず、危ない時はすぐに撤退すること。

オルガンに事情を伝えて、いざという時には援護を頼めるようにしておくこと。


学院長からはそれだけだった。



現在の王国にはセロとナナを上回る戦力は存在しない。

学院長もそれが分かっている為、王国側からの護衛の追加等はしないそうだ。


「でも私達に可能な援助を惜しむつもりはありませんから、何かあればすぐに連絡を下さい。」



皆は学院長室から退室し、それぞれの教室に戻って行った。





その頃、魔都ベルフェレスの上層区の奥、山岳地帯の中腹にある古城。



城門の前に突然の突風が吹きつける。



「魔王とやらがいるのはここだな。」


虹色の翼をはためかせ、一人の翼人が固く閉ざされた門の前に降り立った。



「おい、門を開けろ。」


ティータは閉じた門扉に向けて堂々と開門を要求する。



そして二秒後。

瞬時に開門を待つことが面倒になったティータは向こう側の状況を無視して扉を破壊した。



吹き飛ばされた門扉が宙を舞い、ティータの背後では上層区の者達が破壊音を聞きつけちょっとした騒ぎになっていた。



「面倒なことはさっさと終わらせて酒場で一杯やるとするか。」



古城の奥の玉座へと悠然と歩みを進めるティータ。



「な、何者…!?」


腰を抜かして動けなくなっている数人の使用人がティータの姿に恐れおののく。

幸い、怪我人等はいないようだった。


ティータは彼らを無視してさらに歩く。


そして一際豪華な意匠の施された大扉の前で一瞬だけ足を止めた。



「うん、ここみたいだな。」



ティータの選択した行動は、扉を開けるではなく、扉を吹き飛ばすだった。

面倒、早く一杯やりたい、そんなティータの感情が素直に反映されていた。


吹き飛んだ大扉は玉座に腰かけた赤髪の大男に向けて飛来し、男はそれを指先から炎を迸らせながら左腕で払いのける。



玉座の間の隅に転がって炎上する木製の大扉を完全に無視して二人の魔王が向かい合った。



「お前がこの国を牛耳っている魔王か?」

「そうだ。ブロアという。」


ティータの問いかけに少し緊張した様子のブロアが返答する。




同時に古城の外ではベルフェン氏族の戦士達が上層から殺到している所だった。


「城門が破壊されているぞ!!」

「急げ!王の安否を確認するんだ!!」



慌ただしく城門に駆け寄る戦士達。


「待つのじゃ。戦士達よ。」


古城の中から現れた人物が戦士達の行く手を阻む。

赤い法衣に頭部を黒い球体で覆った人物だ。



戦士達はその人物のことをよく知っていた。


教会の枢機卿、老師としてではなく、ブリーズランドの支配者を補佐する存在として。



「魔王デアボリカ。この惨状は一体どういうことでしょうか?」


デアボリカと呼ばれた老師は淡々とした様子で戦士達に応じ、そして冷たく言い放った。


「城内では魔王ブロアが訪れた嵐と相対している最中じゃ。お主らの出る幕ではない。下がるがよい。」

「しっ、しかし!!」


戦士達もまた、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。



「嵐の機嫌を損ねては儂らまでも危ういからのぅ。ハクビよ、こやつらが押し入ってくるようであれば斬ってよいぞ。」


背後に向かって声をかけた魔王デアボリカは城内に引き返していく。


呼びかけに応じて門前に現れたハクビと呼ばれた女性はデアボリカにぺこりとお辞儀をする。


そして城内に戻るデアボリカを見送った女性は入れ替わるように戦士達の前に立った。



その女性は着物に高下駄。その肌は異様な程に白く、青みがかった黒髪を派手な簪で後ろにまとめている。

そして長尺の棒のようなものを布にくるんだ物体を所持していた。



「ハ…、ハクビ様…。」


戦士達は身動きがとれなくなっていた。


目の前のハクビは魔王デアボリカの護衛を務めている人物。

戦っている姿を目撃したことはないが、自分達がかなう相手ではないことは容易に想像がつく。


さらに、ハクビに刃を向けるということはデアボリカに対する叛意に等しい。

魔人族は通常、たとえ別の氏族であったとしても、魔人族の魔王に対して逆らえない。


魔王に挑めるのは魔王だけ。

絶対ではないが、そのような風習があるのだ。




「無粋ぃな横槍はぁ、あきまへんぇ。」


それは奇妙な話し方だった。

ハクビの言葉遣いは魔人族のどの氏族にも該当しないものだった。


ブリーズランドにおいて類を見ない外見も同様だ。



それらはハクビが魔人族ではなく、ブリーズランドの外から来た者だという事実を示している。


しかし、デアボリカに重用されている人物であることに変わりはない。



戦士達は大人しく引き下がり、上層区へと戻って行った。


そして戦士達と入れ違いに、一人の修道女がやってくる。

鮮やかな緑色の髪をのぞかせ、顔を薄布で隠している。


シュトリーゼン大司教の元にいたメルトだった。



「ん~?メルトはん~?こないなとこにぃ、来ぃはるなんて珍しぃおすなぁ。」


そう言ってハクビはやってきたメルトに笑顔を見せる。



メルトはハクビの耳元で何かを囁いた。



「確かにぃ、老師ぃに伝えますぇ。」



メルトの顔は見えないが、その口元はハクビの返答に対し確かに微笑んでいた。


二人は互いに背を向けると、メルトは上層区へ、ハクビは老師を追って城内へとそれぞれ去って行った。





「そうだな、まずは…。王国へ戦力を派遣したのはお前でいいのか?今後は王国に手出しはするな。これが一つ目の命令だ。」


玉座の間にティータの声が響く。


対して、玉座にあったブロアは下座まで降りてきて床に膝をついていた。


「わかった。今後はそのように計らうこととしよう。」




魔王ブロアは従順だった。


少し前、ティータと相対してからというもの、すぐに低頭して命乞いをした。


「貴女に逆らうことはしない。だから我々を殺さないで欲しい。」


それに対するティータの反応は、僅かに怪訝そうな表情を見せただけだった。




「もう一つの用件は、地下都市ファラビアについてだな。どこにある?」


ティータは自身の目的地であったファラビアの情報を求めた。


「通常時は行き来出来ないようになっているが、その都市は確かにこのベルフェレスの地下に存在する。」


ブロアはその問いにあっさりと返答し、その内容はティータも予想していたようだった。



「やはりそうか。シャハールって街にはここの奴らを除けばほぼすべての魔人族が集うと言う話だったからな。」


シャハールの者が知らないのであれば、その所在はシャハールとの交流の少ないベルフェレスにあるのではとの予想だった。



「そのファラビアには旧文明の遺産たる機械設備が残っているという噂だが…、真実か?」


続けてティータはブロアに問いかけた。


「ふむ…。その機械というものについては俺は知識を持たないが…。確かにファラビアの一部にはいつの時代のものかよくわからん遺跡があるな。」


ブロアの返答はティータにとっては満足のいくものだった。



「入口は上層区にある戦士団の駐屯区画の奥だ。貴女が通れるように手配しておく。いつでも好きな時にその目で確かめて欲しい。」


他にも望みがあれば可能な限り要望に応える。


そのように語るブロアはどこまでも従順だった。



「そうか。なら明日にでも向かうとしよう。」


ティータはそう言ってブロアに背を向けた。

そのまま歩き、玉座の間を出る直前に足を止めて呟く。


「あぁ、そうだ。もう一つ質問があるな。」


「俺が知っていることであれば答えるが…。」


ブロアは片膝をついたままでティータに応じる。




「お前のその従順な態度…。知っていたな?私のことを。その情報、どこから手に入れた?」



普段のブロアであれば、ティータのこの質問に平静を保つことはできなかっただろう。


自らを補佐する立場であるとされる魔王デアボリカ。

情報源であるこの魔王は、実際にはブロアの上位者となる。


よって、ブロアはデアボリカの名を出すことはできない。



しかし老師こと魔王デアボリカはティータのこの質問を予測し、その回答をすでにブロアに伝えていた。



「貴女が王国の王都で戦った黒いローブの女は鑑定の魔眼を所持している。」


各国の為政者や、ある程度の規模の情報網を保有している者等、ティータの情報を知る者は少なくない。



「ああ、そうか。そういえばあの女、私を鑑定していたな。お前はあの女の知り合いか?」

「直接話したことはないが、貴女の情報は実はそれなりに広まっている。」


ティータはその結果を予想していた為か、それ以上は聞かなかった。



そしてブロアの回答を特に疑うことなくティータは玉座の間を後にした。





「昨日の街とあんまり変わってないぞ?」


ナナ達は魔都ベルフェレスに到着していた。

いつものように転移枠を使用してその下層区に来ていたナナの感想はこうだった。



中継都市シャハールと似たような石造りの街並みが続いている。


ただし、その背後には巨大な山岳地帯が広がり、下層区の奥には大きな山門が見える。



「兄ちゃん、あのでっかい扉を探検しよう?な?な?」


ナナは山門の威容に興味を引かれたらしく、早速セロの服を引っ張ってねだっている。


「「ニャ?ニャ?」」


ミケとクルルもナナの真似をしてセロの服を引っ張りおねだりしている。



「そうだなぁ…。なら転移でいきなり魔王の城へってのをやめにして正面突破するか。」


何気ないセロの発言に他のメンバーはぎょっとした顔になっていた。



「セロさん…?冗談ですよね?まさか本気じゃありませんよね?」


ロッテは心配そうにセロの顔を覗き込んでいる。



「え…?いや、その…、やっぱり駄目?」

「駄目に決まっています!!!」


珍しくナナではなくセロがロッテにお説教されていた。


ナナの願いを叶えることが基本行動方針となっているセロは結構本気で発言していたのだ。



「こらっ!ロッテ!兄ちゃんをいじめるな!!」


ナナが騒ぎに加わり、すぐに収集がつかなくなる。



魔都に到着して早々、騒がしい集団だった。



「とりあえずは山門よりも先に、ドルファンさんの言ってた砂塵公主の本店を探してオーファンさんに紹介状を渡そう。」


ブリーズランドの活動におけるリーダー(仮)となったエトワールを見ながらセロが提案する。



「そ、そうですわね。異論はありませんわ。魔都の情報もいろいろと入手できるかもしれませんし。」


エトワールは緊張し、すこし自信なさげに返答した。



「くるくる、大丈夫か?あたしがリーダーやるか?」


ナナはそんなエトワールに心配そうに声をかける。



「くるくる、危なくなったらあたしが助けてやるからな。」


そのまま続けてそんなことを言いながらナナはエトワールの手を握った。


「私はエトワールですわ…。」


エトワールは少し頬を赤らめてナナの手を握り返し、下層区の通りを歩く。



「ナナちゃん、エトワール、砂塵公主はあっちだよ。」


探知魔術で店舗の位置を確認していたジルが目的地の場所を示す。



三人、そしてそれに続く三匹が砂塵公主本店へと歩いていく。


セロとロッテ、そしてアランは少し後ろからそれに追従していった。

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