086 教育改革
日冒部の面々は様々な事情により数日の間学院を休んでいた為、今日は久々となる学院の登校日だ。
中途退学を考えていたロッテも今日は一緒に登校している。
ロッテは学院長に退学についての話を伝えていないので、それについての相談も行うつもりだった。
「ふぬぬぬぬぬぬ…。」
そしてナナは魔導車の助手席で唸っていた。
「どうしたんですか?親分。難しい顔をして。」
逆側の助手席を指定席としているロッテが心配そうにナナを見る。
「ロッテ、親分は新しい付与術を会得しようと頑張っているけどうまくいかないんだ。何でだ?」
「何でって言われても…。そもそもどうして今この時に新しい付与術なんですか?」
「フゥ…。ロッテはアホだな。重大な事を忘れているぞ?あたしは出来る子だから迫りくる脅威に対して対策の為に新付与術を習得中なんだぞ。」
(迫りくる脅威?親分は一体何を…?いえ、そんなことよりも親分にアホ扱いされたことの方がショックです…。)
ロッテが考え込んでいると、ナナは会得しようとしていたオリジナル付与術についての解説を始める。
「休みの後の学院は宿題が出るんだぞ。だからあたしは宿題付与を会得してジルとくるくるにあたしの宿題を付与するんだ。」
「アホは親分です!!!!そんな付与魔術があってたまりますか!!!!」
学院に到着した後、日冒部のメンバーは最初の授業を免除。
学院長室に全員呼び集められることになった。
「あたしだぞ!!」
ナナはノックもせずに唐突に扉を開けて中にずんずんと入っていく。
「親分!?ノックを忘れています!それにそこはあたしだぞ!じゃなくて失礼しますとか…。」
ロッテは慌ててナナを捕獲して学院長に謝罪する。
「すみません、学院長。騒がしくしてしまって…。」
「大丈夫です。皆さんをお呼びだてした時点でこうなるような予測はできていますよ。」
学院長の返答に、ロッテはますます申し訳ない気持ちになっていく。
「話は主に公爵領とシャルロッテ様についてなのですが、皆さんも仲間のことは気になるでしょうから全員来てもらうことにしたんです。」
そう言って立ち上がる学院長。
「それでは会議室に向かいましょうか。ここでは手狭ですし、レギオン宰相もそちらでお待ちになっていますから。」
「小父様が!?」
ロッテは素直に驚いている。
「ロッテの現状についての相談だけじゃなくて、他にも話がありそうだね。」
セロの言葉にナナを抱っこしたロッテも頷き、会議室へと移動する。
普段は職員会議等で使用される会議室には、レギオン宰相と数名の文官が待っていた。
「来たか。すまんな、授業を休ませてまで呼び出してしまって。」
挨拶もそこそこに皆が席につく。
免除された授業が苦手とする算数の授業でなかったことに不満を洩らすナナはロッテの膝の上に座ることになった。
「まずはシャルの現状についてだ。セロから報告を受けて、俺なりに考えたんだが…。」
レギオン宰相はロッテの多忙と、退学まで決意するに至った現状についての対処を最優先で片付けることを議題とした。
「できれば退学は思いとどまって欲しいというのが俺の素直な気持ちだ。」
レギオン宰相は若者が学ぶ機会を増やしていきたいと考えている。
「国の事情でそれを奪い取るなどあってはならない。シャルの場合は王国を守る為の発案で自らの時間を失う羽目になっているからな。」
「でもレギオンさん、現実的な対処はどうするの?公爵領の各地は通商協定の準備でみんなすごく忙しいんだ。」
そしてそれらの準備には領主であるロッテの指示や認可が必要となる。
「停戦交渉時に王城の会議室に詰めていた文官達は協定の内容も熟知している。彼らを公爵領の各地に派遣する。」
セロの懸念に対して、レギオン宰相はあらかじめ考えていた対策を説明する。
「各地で発生した案件は俺が処理する。どうしてもシャルの判断が必要になる案件のみ、通信で連絡させてもらう。」
これはロッテの負担の大部分をレギオン宰相が肩代わりするというものだった。
「ですが小父様。それでは公爵領の為に小父様の負担が…。」
「シャル。これは元々王国の為に公爵領がその矢面に立ってその負担を一身に受けているということなんだ。このくらいはさせてくれ。」
ロッテにかかっている負担は元々王国が背負うべきものなのだとレギオン宰相は言う。
「むしろシャルにこれほどの負担を背負わせてしまっていることを詫びねばならん。すまない、シャル。」
レギオン宰相はロッテに向かって頭を下げる。
「そんな…、小父様、頭を上げて下さい。」
レギオン宰相の申し出が実践されればロッテの負担は大幅に減少することは間違いない。
「ついでという訳ではないのですが、学院内における改革案件についてもご意見を頂けますか?」
今度は学院長からの発言だ。
「元々、幼年部、少年部、成年部という年齢基準のクラス分けには疑問の声が上がっていたんです。」
年齢を基準としてより高度な教育を受けられるというシステムは能力の個人差が大きい現状に適していない、とする意見だ。
「例えば、ナナさんは学業に関しては幼年部の授業ですら逃げ出す体たらくですが付与魔術に関しては並び立つ者がいない程の腕前です。」
「ふふん。」
ナナは学業に関しては…、の部分は完全に聞き流しているようだ。うんうんと頷いている。
年齢が基準となる現状では、ナナは実力はあるのに何時までたっても上級魔術の授業を受けられないという事態になってしまっている。
「ここで能力を基準としたクラス分けであれば、ナナさんのクラスは間違いなく最上位のクラスとなるのでしょうが…。」
「ふふん。」
ナナは当然だろう?とでも言いたげな顔をしてさらにうんうんと頷いている。
しかしこちらのクラス分けだと掛け算と割り算ができないおねしょ継続中の最上級生が誕生してしまうということになる。
これに対しては、日冒部のメンバーを特別クラスに編成してはどうかという案も出たらしい。
「ですがそれは私が却下しました。彼らの提案は一部の生徒に対して腫れものを扱うような対処であると思えたので…。」
「あの…。学院長、能力を基準としたクラス分けとなった場合は、選定基準はどのようなものになるのでしょうか?」
ロッテからの質問である。
「鑑定結果の評価によって判断されることになると思います。」
学院長の返答を受けてロッテは思考する。
「鑑定結果には個人の知識量や知能に関しての能力は反映されません。両者を完全に分けてクラス分けをしてはいかがでしょうか?」
皆の注目がロッテに集まり、ロッテは説明を始めた。
「まず、能力に関してのクラスを、高い能力を持った者から順に、1、2、3と分けます。」
能力の高い者は1組、低い者は3組。そういったクラス分けである。
「そして幼年部、少年部、成年部の振り分けは学力を基準とします。」
例えば、高い能力を持つが学力に関しては幼児並みのナナは幼年1組となる。
「能力の個人差が大きいという点に関しては私も同意します。ですので、さらに授業を選択制にするというのはどうでしょう?」
受ける授業を生徒側が選択するというものだ。
易しい内容の授業はどのクラスも選択可能。
そして難度の高い授業には参加者にクラス制限を設けるというものだ。
これによって各個人が自分の身の丈に合った内容を学び取ることが出来るように、との配慮だった。
「成程…。よく考えられている。これなら…。流石はシャルロッテ様だ。」
ナナとミケとクルルはすでに鼻風船を膨らませて夢の世界に旅立っている。
それ以外の会議に参加した面々はロッテの発案に感服しているところだった。
しかし、それに対してロッテの様子が明らかにおかしい。
「どうしたの?ロッテ。」
ロッテの顔は紅潮し、なにかもじもじして落ち着きがない。
「いっ、いえ!何でもありません!」
そうは言いつつもどう見ても挙動不審だ。
授業の選択制。
そんな提案を口にしたあたりからロッテの挙動はおかしくなっていた。
(うぅ…、言ってしまいました…。どうかばれませんように…。)
「あぁ、成程。そういう狙いがあったんですね。」
パルムレイク学院長がポロリと洩らした一言。
無情にもロッテの企てはあっさりと露見していた。
ロッテは赤面したままで瞳をうるうるさせて学院長に何かを訴えるかのような表情を向けている。
少し遅れてレギオン宰相もロッテの真の狙いに気が付いたらしく、豪快な笑い声をあげ始める。
「うぅう…。」
(ばれてしまいました…。学院長、小父様。お願いですから口にしないで…。)
「学院長、俺はシャルの提案は非常に素晴らしいものだと考えるがどうだね?」
レギオン宰相は満面の笑みでロッテをチラ見しながらの発言だった。
「そうですね。私もそう思います。一人の恋する乙女から素晴らしい提案を頂いたと職員会議で検討してみようかと思います。」
学院長もロッテを見ながらにっこりと微笑む。
「うぐっ!」
ロッテは自身の膝の上で眠りこけるナナを抱きしめ、その後頭部に顔をうずめて羞恥に耐えている。
そんなロッテの企みとは、授業が選択できるようになればクラスが離れてもセロと共に学べるようにというものだった。
学院の問題を解決しつつ自身の望みも叶える。
そんな手段はないかと模索した結果の提案だったのだ。
授業を選択、などといったところで、現在の学院には三クラスしかない。
学門関連の授業があるとする。
ロッテの提案が通れば、初級学問、中級学問、上級学問の三つの授業が開催され、生徒はそこから選択することになる。
幼年部であるナナは初級授業以外選べない。
少年部の人間が選べるのは初級と中級の二択。
対して、学力に関してロッテは成年部となることがほぼ確定だ。
ロッテは好きな授業を選べるということになる。
そう。ロッテはこの方式であれば好きなようにセロと同じ授業に参加できるという訳だ。
能力基準となる実技授業の方は、ロッテには流石に最上位の1組となる自信はない。
しかしセロは実技の授業にはあまり興味を示さない。
頼めば指導という名目で自分の授業に来てくれるのではないかという計算も働いていた。
これでロッテは全ての授業でセロと一緒ということになる。
(恋は戦いなんです!綺麗事ではないんです!!)
ロッテは握り拳をつくって自身を正当化、そして鼓舞している。
いつの間にか退学云々は脳裏から消え去っていた。
「シャルロッテ様。ちゃんと会議の席では私の支持も伝えますから、期待して下さいね?」
学院長は意味ありげにロッテに対して微笑んでいた。
「学院長、俺も支持していることも伝えてくれ。シャルには幸せになってもらいたいからな。」
レギオン宰相もまたロッテの提案を後押しする。
「あら。そうなると決を採るまでもなく決定しちゃいそうですね。」
ロッテは二人の生暖かい視線に晒され、顔を赤くしてただ俯いていた。
短時間の休憩をはさむことになり、の後、最後の案件についての話し合いが始まった。
学院長が立ち上がり、話を進めるべく喋り始める。
「最後の案件となる国家規模の教育改革に関してなのですが、皆さんは停戦交渉で白銀帝国のバルディア女史が教育について語られたことを憶えていますか?」
どうやらこちらの改革案はバルディアの発言が引き金となって発案されたのだそうだ。
「国民の平均的な能力の底上げは所得の上昇だけでなく、様々な部分でプラスに働くと思われます。」
「指摘されてきた王国の人材不足についても同様だ。」
学院長の言葉にレギオン宰相も追従する。
「バルディア女史が語られた通り、これは長期的な計画となるでしょう。ですが確実に効果が見込めます。であればすぐにでも着手すべきと考えます。」
改革案の具体的なところとしては、まず王立学院の規模の拡大。
こちらは学院長が主体となって進めていくらしい。
そして主目的となるのが王国内の都市部全てに教育機関を設置することだ。
「まず、メルク・リアスとエッフェ・バルテについてはマリアス侯爵とブランギルス伯爵より、よい返事を頂いています。」
そちらの二都市では近いうちに計画がスタートするのだそうだ。
「ここに皆さんをお呼びしたのは公爵領の各都市にも教育機関を設置する。その了解を得る為でもあります。」
迷宮都市ラビュリントス、衛星都市ロマリア、商業都市ラッセンがその対象となる。
「シャル、よければこれに関する実務もこちらに任せて貰いたいんだが、どうだ?」
レギオン宰相はこちらの案件でもロッテにかかる負担を可能な限り減らそうという考えのようだ。
ロッテは申し訳なさそうにレギオン宰相を見つめ、宰相は力強い頷きを返す。
「小父様に全てお任せいたします。よろしくお願いします。」
そう言ってロッテは深く頭を下げた。
「むにゅ。」
ロッテが頭を下げた拍子に、後頭部に重みを感じ取ったナナが目覚める。
「公務のせいで乙女の恋路を邪魔する訳にはいかんからな!」
「小父様!!?」
上機嫌なレギオン宰相は盛大に笑い声を上げ、ロッテは激しく顔を紅潮させる。
「むっ!ロッテのその顔面の色は発情色だな!?エロッテか!?エロッテなんだな!!?」
背後にあるロッテの顔を見上げながら寝起きのナナが騒ぎ出す。
「発情なんてしてません!そしてエロッテでもありません!!親分は人聞きの悪い事を言わないで下さい!!」
ロッテの反論を聞き流したナナは溜息をついた。
「フゥ…。まったくロッテは手のかかる子分だ。しょうがないからあたしが彼氏付与を会得して兄ちゃんを付与してやるから安心しろ。」
「お、おお親分!?なんてことを言うんですか!!?それにそんな付与魔術はありません!!!!」
ナナの発言に動揺するロッテはさらに顔を紅潮させてまくしたてた。




