笑顔、そして涙
この女はまったくこりてなかった。
いや、確かに前のようないたずらはなくなったが、風呂、飯、全部俺が付き添いだ。
「いい加減こりろこの馬鹿」
「ええ、だからこりたわ」
「それは俺の膝の上で読書してるお前が言える台詞か」
「ああ、そう父上から休暇をもらった。一緒に海に行かない?」
「お前人の話を...いま何といった」
休暇?海?奴隷である俺にヤツがそんなこと。
『やあ、ドット・N・フリーズ元気かな?』
クロス・N・グリッド?なぜここの無線で!?
「休暇とはどういうことですか?グリッド様」
『君の呪いだよ、どうやら回避する方法を見つけたらしいね。そうなると、他の軍人に私の計画を喋る可能性が出てくる。一人が動くと面倒なことになる。だから休暇だ、少し休むといい。私の庭なら貸してやる、海もあるし彼女と遊ぶならもってこいと思わないかね?』
ああ、まったくだ。
「俺はともかく、彼女が逃げ出す可能性があるぞ、それでもいいのか」
『問題ない。彼女には魔術強化された手錠をつけた。私の庭から抜け出すと電流が流れ気絶する。そうなった場合回収は君に任せる』
「了解しました」
休暇か。最近はかなり休めているがさらに休みを与えるとは、いったい何を考えている。
「じゃあ、行きましょう。あなたのP38で、場所は分かっている」
「おい待て、俺のP38の定員は一名のみだ、お前を乗せるわけには行かない」
「大丈夫よ、そんなときはいつものアレよ」
ふざけた女だ。
「フリーちゃん行くわよ」
「そのあだ名やめろ気持ち悪い」
「じゃあ、N風情?」
「そのほうが落ち着く気がしてきた」
「だめ!フリーちゃんで決定ね」
そして彼女を乗せるときはやはり、膝に乗せて座らせた。
「クソ!窮屈極まりない」
「ごめん、さすがにこんなに狭いとは思わなくて。この戦闘機、心臓みたいな音がするわね」
「当たり前だ、コイツは兵器ではなく生き物だ。魔力を機体全体に送り出す心臓がこの戦闘機にある。その音だ」
狭くて暑い中で彼女に説明した。
そういえばコイツは10歳から、あそこに閉じ込められたといっていた。
「戦闘機乗るの、これが初めてか?」
「ええ、そうよ。中ってこんなに暑いんだね」
「夏だし当たり前だ、もういい離陸するぞ」
いつものようにエンジンを鳴らしP38は空へと飛び立った。
彼女は初めて動物園に来た子供のような目で、戦闘機の羽を見つめていた。
「すごい、こんなに飛ぶんだ」
彼女は世界について何も知らない。まさに井の中の蛙だ。
「ああ、あれが軍基地!すごいこんなに広いんだ!」
「お前は子供か」
「だって、8年間閉じこもってたし。私何も知らなかったし」
だろうな。
空を飛んでいるときれいな砂浜が見えた。
「あれか」
「ええ、そうよ。あれが父上の庭」
そこは誰もいない静かな島だった。小さいが、休暇には最高な場所だ。
「あれ何?生き物?」
「魚だ。そんなことも知らないのか」
「うん、父上が読ませる本はいつも兵器のことばっかりで、こういうことは何も知らないの。あ!あれは何?」
まるで自分の子供を見ている気分だ。楽しそうに笑いやがって。
(やはり何も感じない)
「あれはイルカだ、正直俺も見るのは初めてだ」
「へえ、海やっぱりきれい」
本当に、馬鹿な女だ。
「いま、笑っていたよ?」
「なに?」
「笑顔よ。素敵だったわよ一瞬で、マスクでほとんど見えなかったけど」
俺はいま、笑っていたのか。自覚がない。この女の影響で感情がどんどん戻りつつある。
俺にとって彼女は必要なものになっているのかもしれない。
「さっさと飯を食うぞ。遊ぶのはそれからだ」
「ええ、分かったわ」
母も同じように海に連れてってくれた記憶がある。あの海はもう見れない。
「...」
「あなた、泣いているわ」
「ああ、そうだな」
笑って泣いている。こうも変わるものなのだろうか、人は。
(母にも見せたかったのかもな、この海を、イルカを、魚を)
俺は何もできなかった。あの日、すべてを奪われ、ここに立っている。
だから、すべてを取り戻す。感情、家族、自分を、この女となら、取り戻せる気がする。
「まったく、馬鹿な女だ」