悲しみ
最近、クロス・S・エリカがおかしい。
自分が感情を失なっていることを話した日から急に俺に駄々をこねることが増えていた。おそらく俺の感情を取り戻したいのだろう。しかし...。
「いや、待て。もう風呂は勘弁してくれ」
「なんでよ~別にいいでしょフリーちゃん」
最近はこういう感じだ。なぜかあだ名までつけられている。
「ちゃん付けはやめろ、それから、俺の膝に座るのはやめろ!重い!」
「だめよ。クロス・S・エリカとして命令します」
この女!
もう二週間はこの調子だ。そのうち10回は一緒に風呂に入った。もうやめてほしい。
さらに俺の呪いまで使うようになってきた。
「はあ、分かりましたよ。また風呂、もうさすがに慣れた気がするぞ」
「じゃあ、私にご飯食べさせて、というか食べさせなさい」
あ?それくらい自分でやれ、と言いたい。
「はあ、アーンしろ。さっさとしないともう二度とここにこないぞ」
「じゃあ、命令します。あなたは毎日ここに来なさい」
ふざけすぎだ。この小悪魔め。
「あらあら、ずいぶんと調子に乗ってるじゃないクロス家の汚点」
クロス・S・ラフレ、もう彼女が一周回って天使に見えてきた。
「あらおばかさんじゃない、また銃の修理ですか?」
前の彼女はどこに行ったのか。と思ったら、どうやらそうでもないらしい。
(...コイツ、まさか)
「いい加減にしなさい!この汚点!!」
彼女が膝に乗っているからだろうか、彼女が内心おびえているのが分かった。
「彼女に手を出すなら、容赦はしないぞ。クロス・S・ラフレ」
「!?またコイツ、呪いを...」
確かに俺はクロス・N・グリッドの奴隷だ。だがこの女の奴隷ではない。ヒロシマのときの俺を思い出すと、俺は強くなれた。
自分でも理解はできていない。呪いをこうも簡単に回避できるとは思ってもいなかった。
「もういいでしょ。おばかさん、さっさと銃直してあげるからそこに置いといて」
「くっ!この!」
動いた。手が。ヤツの前で俺はとっさにリボルバーを構えられるようにまでなった。
呪いを完全に回避できていた。
「覚えてなさいよ!」
あ!もったいないことをしてしまった。
「さすが、ヒロシマのあなたは違うわね」
「!?なぜそれを知っている」
「呪いの回避方法をあなたに聞いたのよ」
「...やめろ」
「え?」
「いい加減にしろ!貴様は俺の主ではない!俺の過去を勝手に聞くな!」
ふざけるな!もう我慢の限界だ。
ヒロシマのことは思い出したくもない。この小悪魔いや...。
「悪魔め!!」
「あ...その...」
すぐに滑走路に出た。我慢の限界だ。P38の整備をしよう、あの女とは話したくない。
怒りは戻った、完全に。だが彼女に対する怒りが増えた。
今日は8月、季節の流れはあまり日本と変わらない、とても暑い。
「クソ!あの馬鹿は!」
整備しながら何度このことを口にしたか。
戻るとそこに彼女がいた。鎖をつないだいつもの彼女が。
「ごめん、あれ...思い出したくないことなんだよね。だからいつもマスクをしている」
「ああ、そうだ!ヒロシマのあの日地獄をみた!終焉の100年だと?なんの終焉だ!俺にとってこんな戦争、終焉でもなんでもない!あの日見た怪物共や死体!あれと比べたらこの世界なんてちっとも終わってなどいない!知っているか!ヒロシマの死体は赤い!真っ赤な死体を眺め俺は死んだんだ!そんなことも考えられないのかこの悪魔め!」
怒っている、いや、俺は悲しんでいる。こんな馬鹿に振り回され、掘り起こされた俺の黒歴史に。
分かる、俺は悲しい。また一つ感情を取り戻した。だがそんなものはどうでもいい。
ヒロシマ、あれがどんなつらい日だったのか、伝えたいだけだ。
この馬鹿に。そして理解してほしい。戦争なんて本当はしたくないと。
「ごめんなさい。もうわがままはやめる。今までの命令はすべて取り消す。あなたがどんな過去を見たのか私は知らない。でも、その苦しみを胸にしまって、一人で抱え込むのはやめてほしい」
馬鹿が、俺一人の問題だ。このくらいのこと一人で何とかする。
「本当に、ごめんなさい」
「いや、俺もすまない。お前のことを悪魔だなんて呼んで」
雨が降り始めた。夏の暑さは一気に吹き飛びいきなり涼しくなった。
「帰るか、風呂、入るんだろ」
「え?いいよ、私も少し恥ずかしいし」
「黙って入らせろ。すごく疲れた」
「う、うん」
どこの世界でも同じだ、女はウザイ。こういうふざけたやからもいるし、傍観してるクソ共、そしてみんなの意思に便乗し、一緒になって蹴落とすクソ共。
前世で見たあの光景と何一つ変わっていない。
世界なんて、人生なんて、どの世界でもクソッたれだ。