怒り
「は?お前今なんと言った」
俺はいつもどうり研究室にいた。狭い部屋で、彼女といつものとうり話していた。
「その...一緒に、お風呂に、入ってくださいますか?」
「もういい、俺は帰るぞ」
くだらん、前着替えを見たとき、いやだといっていただろう。この女は。
「ああ!待って!!」
「グッ!!」
体が動かない!?呪いか、だが彼女といると呪いはなかったのになぜ。
「ど、どうしたの?」
「お前が、待てと言ったんだろ。どんどん呪いの力が強くなっているのか」
クソ!本当に不便だ。
「分かった。好きにしていいわ」
はあ、やっと体が軽くなった。
「お前本当にどうした。急に一緒に風呂は入れとか、頭壊れてんのか」
「違う!その、見ているのよ、あの人たち」
クソ!あの腐れ監視官!そんなに女の裸体が見たいかクソが!
「ああああああ!めんどくさい!!」
「ごめん。分かってる。でもお姉ちゃんには頼れなくて。『豚が服を着ていないのは見ても問題ないからでしょ。あんたも所詮豚なの。見られることくらい慣れなさい。このゴミ野郎め』って」
あの方か。もう仕方がない。
「分かった。すぐに用意...!?」
あの方!?まずい、もう俺の頭はあの女を主として認めているのか。
「どうしたの?」
「いや。なんでもない」
最近は特にひどい。あの女のことになるとすぐに許してしまうようになってきた。どうやらもう俺は奴らの奴隷のようだ。
「あの!今から風呂に入りたいんですが」
机にある無線で連絡をし合っているのだろうか。
『ああ、いいよ。行ってらっしゃい。着替えは置いてあるのでそれを使ってください』
鎖が外れた。鍵はどうやら彼らが持ってるらしい。
笑ってる。おそらく何かたくらんでるな。
「お前ら、本当に着替えを用意してあるのか、コイツが風呂に入ってあるとき着替えをすべて持ってって困らせようっていうのがお前らのたくらんでることか」
『くっ!口を慎め愚か者!これはクロス・S・ラフレも承認したことだ』
こいつら、俺の呪いのこを知っているのか。クソ!口が動かない。仕方がない。
「分かった、もういい。行くぞ」
「え?ああ、うん」
どいつもコイツもゲスばっかだ。
風呂は別に狭くなかった。彼女の鎖は取り外され、少しは自由になったと思ったら。やはり上を見るとあの監視官が立っている。にやけながらこちらを見ている。
「クソ」
「ごめん私のせいで」
「ああ、まったくだ。めんどくさい!」
彼女が除かれないよう俺は後ろを向いてガードしていた。
女と風呂に入るなんて自分でもどうかしてると思うが仕方ない。
「背中、洗ってあげる」
「黙れ。さっさと体を洗ってここをでろ。イライラしてんだ」
そんなことも聞かず彼女は俺の背中を洗い始めた。
(はあ、もういいや)
「クソ!好きにしやがれ!」
ガードしてもやはり見えるのだろうか。監視官はにやけていた。
「すごく、ガッチリしてる」
「黙ってろ。軍人なら当たり前だ」
うっとうしい。こういうとき普通の男なら喜ぶのだろうか。俺にとっては最悪でしかない。
「流すよ」
「ああ」
早くしてくれ。
「終わった。さあ、湯船に浸かりましょう」
「断る」
「何で!」
「お前は男に裸を見られたい趣味でもあるのか!」
「ないわよ!でも、あの人に見られるのは気持ち悪い。ガードしてくれない?」
ふざけるな!だが、それすら命令になる。もはや、命令ではなく頼みなのに。
クソ!不便すぎる!
仕方なく、彼女の横で風呂に浸かった。どうやらもう湯気と俺の体で見えないらしい。監視官は見ていなかった。
「なんか、本当にごめん」
「後で俺のスプリングフィールドを直せ。それでチャラだ」
「そんなんでいいの?ていうか、あなたマスクここでもしているの?」
「ああ、そうだ」
どこにいてもマスク、ゴーグルはしたままだった。この焼け爛れた頬は極力見たくない。
あのヒロシマを思い出すから。
「今日はありがとう」
本当に疲れた。風呂に入っているのに、疲れが取れない。
「もういい、上がる」
「ああ、そうしてくれ」
十分ほどお湯に浸かり俺たちは外に出た。
やはり着替えはなかった。着ていた服もどこにもなかった。
「どうしよう」
「これを使え」
こういうことは大体想像できた。
「これ、女性用の軍服!?」
「ああ、さっさと着ろ」
「何で持ってるの!!」
「知り合いがあの監視官みたいなクソ野郎で女の服とかよく盗んでた」
知りたくもなかったが。偶然向こうから話かけてくれたのは幸いだった。
「そいつに上官に報告されたくなかったら一つよこせと言った」
「ああ、そうなの」
くそくだらない!!何で俺がこんな目に!!
後でスプリングフィールドとP38の整備も手伝ってもらおう、そのくらいのことをしてもらわなきゃ困る!!
「あなた、やっと感情が出てきたんじゃない?」
あ...。
「まえに言っていたよね。感情をもうほとんど失ったって。だから怒りとかなら、普通に出せるんじゃないかなって」
まったくこの女は...いや、いい。もう疲れた。
「それで今日は私といなくていいから、そのありがとう」
「いや、今日もいる。スプリングフィールド、直してもらう」
「ああ、そうだったわね」
散々な一日だ。だが、俺の感情が一つ元に戻った。怒り。
クロス・N・グリット以外の人間に向けることはなかった。こういう人間でも怒るようになったということは怒りは戻ったらしい。
後は喜び、悲しみ、いろいろあるがどれも元に戻る気がしない。やはり俺は殺戮兵器になってしまったのだろう。感情を一つ戻したくらいでは、なんとも思わなかった。