クロス・S・エリカ
彼女の居場所はどこにも無い。縦4m、横6m、高さmの長方体の部屋。窓は無く、明かりも一つしかない。机が一つ、椅子が二つ、ベッドは無く床にタオルを敷いて、寝るらしい。だがそれでも、鎖はついたまま。彼女はここで兵器の設計図を書くだけ。書いた設計図を基にほかの研究員が来て、兵器を作るそうだ。彼女ができるのはその兵器が完成するのを鎖で繋がれながら見守ること。まるで囚人だ。これがあの世界の英雄の娘とは、とても思えない。まさに牢獄だ。
だがそんな環境が俺は好きだった。いつも来ると彼女が待っている。彼女との会話は楽しくは無かったが、唯一まともに会話ができた。同じ囚人だからだろうか、呪いは効いていなかった。俺は毎日彼女と会話をした。それ以外行くところもなかったし、知り合いとは、会うなと命令されている。俺たちは共に不自由で、孤独だった。
「あらあら、N風情さんと、クロス家の汚点さんじゃない。お似合いだこと」
「それはどうも。で、何の用でしょうか、クロス・S・ラフレ様」
もう俺は、ヤツの前では敬語を使うようになっていた。どんどん俺の意思が消えていく。
「あなたに用は無いわ、N風情、あなたにあるのは汚点、あんたよ」
どうやら俺に用は無いらしい。汚点さんとは彼女、クロス・S・エリカのことだ。
狭い部屋の中でヤツは銃を机にたたきつけた。
「この武器、壊れたわ。やっぱり汚点さんが作る武器は壊れやすいわ。でもって、弱い、こんなゴミ銃じゃ私戦死しちゃうわ。私が死んだらあんたのせいなのよ」
ヤツは彼女の目を見て言った。あれは怒っているのか。いや、怒ってはいない。ただプレッシャーを与えて彼女を困らせているだけだ。しかし彼女はヤツに目もくれずただ銃を見つめていた。気にしてなどいないのだろう。ヤツが死んでも、彼女には関係ないからだ。銃を点検しながら彼女は言った。
「あなた、相当無茶な戦闘をしたようね、そりゃ壊れるわ。そんな中あなたが死んでどうして私のせいになるのか、ぜひ教えてくれるかしら」
「なめんなよゴラア!!」
「ああ!!」
ヤツは彼女の首を絞めて床に叩き付けた。止める権限を持たない俺は黙って見るしかなかった。
「私は世界の英雄クロス・N・グリッドの娘なの、分かるでしょ!私が死んだらどれだけの人間が悲しむと思ってんのよ!!」
「あああ!!!」
ヤツは彼女をもう一度床にたたきつけた。頭から血が出ているのが分かった。それでも俺は何もできない、何もしない。奴隷である俺には何の権限もなかった。彼女の悲鳴をただ聞いていた。
「もしそうなったらあんたのせいよ!武器の作ることしかできないこのクソ無能が!」
見たことのある光景だ。そうだ、思い出した。前世でも同じようなことがあった。『このクソ無能が!』
ああ、そうだ俺はこの台詞を何度も聞いた。そうだ、俺は...。
「それ以上手を出すな、手を出したら私が許さない」
「ああ?てめえ誰に口を聞いて...!?」
「もう一度言う彼女に手を出すな、彼女から手を離せ」
呪いは効いていなかった。というか別人になったようだ。自分でも分かる、この体は今、奴隷の『ドット・N・フリーズ』ではなく、あの日、ヒロシマで死んだ俺が、死んだはずの私がたっていた。 「くっ!ほらよ!」
「あっ!」
「今回のことは無かったことにしてやる。おい汚点野郎、てめえは三日以内にその武器を直せ、わかったな!!」
ヤツは内心おびえていた。そして俺はいつの間にか元の「ドット・N・フリーズ」に戻っていた。そして部屋は静間に帰った。とても狭い部屋の中に静寂が俺たちを包んでいた。
「大丈夫か。すまないもう少し早ければ、こんな怪我を負う必要はなかった」
「いえ、大丈夫よ。机の中に包帯がある。止血して、直さないと」
彼女は何もなかったかのような顔をしていた。きっとこれがいつもどうりなのだろう。彼女は机の方へと歩いた。
「いや、いい。俺がやる」
「いいよ、これくらい慣れている」
「だめだ、ここで安静にしてろ」
俺は机から包帯を持ってきて彼女の頭に巻いた。
「首は大丈夫か」
「ええ、問題ないわ、ありがとう」
彼女の首は傷だらけだった、いつもいじめられていたのだろう、いつもいつも。
昔の自分を思い出す。
「今夜は俺も一緒にいる」
「いや、そこまでは...いいえ、分かった。お言葉に甘えさせてもらうわ。ありがとう」
「気にするな。俺も昔、そうだったから」
「え?」
そうだ、いつも助けを求めていた。いつも誰かにいてほしかった。でも誰も助けてくれなかった。俺みたいな人間は、助けが絶対必要なんだ。そのとき、手を差し伸べるだけで一気に救われる。泣いて喜ぶ。だれも助けなかったら。絶対に抜け出せない悲しみの中に閉じ込められるだろう。だがそれは、彼女ではない。彼女は自由になるべきだ。彼女は助けるべきだ。
「早く寝ろ、電気、消すぞ」
「あなたは寝なくていいの?」
「俺はいい、またあの女が来るかもしれない」
「それはないわ。あの人、夜はぐっすり眠っているはずだから」
「そうか、ならいい」
「あの、こっち、そばに、いてくれるかしら」
彼女は恥ずかしそうに俺に頼んだ。別に一人になりたくないなら普通に頼めばいいのに。
「分かった」
俺は彼女のそばで寝た。少しでも、少しでも彼女を一人にさせないために。俺は寝た。
「ありがとう...。」