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「夢Ⅱ」

 私は水晶の森を歩く。高く聳え立つそれらは青く透き通り、底無しの海のような絶望を思わせる。風は無い。呼吸の音さえ耳には届かない。ここでは、息をする必要がないのだから。


 ふと空を見上げると、天は重い搗色に染まっていた。歩を進めると、白群に輝く宝石が台座の上で浮いていた。息をするように点滅している。大きさは人間の頭ほどだ。尖った心の臓のような形のそれをよく見ると、金の模様が掘られている。模様の意味はよくわからない。きっと意味なんてないのだろう。


 宝石が私に向かって語りかける。


「此処に漂流した者の行く末を知っているか」


 私は「知らない」と答えた。


「此処は抜け殻の土地。やがておまえも溶け消え果てる。己を探し出せ。個を取り戻せば現実に還ることができるだろう」


 宝石はそう言うと、点滅するのを止めて輝きを淡く保った。


 いずれ私はこの世界に溶けてなくなる。その事実に、特に危機感は覚えなかった。しかし、私の中身のことは気になった。


 卯花色に輝く一つの珠が、水晶に食い込んでいた。今にも呑み込まれてしまいそうだ。それに指先を触れてみると、珠は小さな花弁を舞い上げ、私の体を突き刺した。少し痛い。


 更に歩を進めるが、相変わらず褪せた藍の柱ばかりが地を覆っている。……少し気になる水晶を見つけた。他の水晶よりも色が重い。近づいてみると、その水晶の根本には蘇芳色の液体が流れていた。私は跪き、その液体に向かって舌を伸ばした。舌先が触れた瞬間、鉄の味が脳天を突き、液体は無数の氷柱となって私を撃った。痛い。


 氷柱が消えた後も、胸には痛みが残った。この感情はなんだろう。


 重い足を無理矢理前に進める。水晶の闇は深みを増していた。ある行き止まりに、白藍の光を放つ水晶があった。水晶そのものが光っているわけではない。その中にある何かが助けを求めるように輝いているのだ。私は光に向かって手を伸ばすが、水晶がそれを許さない。私は何度も水晶を叩く。手の痛みなんて気にならない。


 やがて水晶にひびが入り、破片が私の手に刺さった。血が溢れる。


 もう少し、もう少しで手が届く。消えたくない。そうだ、この胸の痛みは“生きていたい”気持ち。生き物の本能だ。私はまだ死にたくない。


 あと、もう少しで――――




 なんだ、夢か。目が覚めて初めて見たものは、白い天井だった。

 深呼吸をして記憶を整理する。私は夢の世界で生きたい気持ちを思い出した。しかし、現実にはろくな思い出がないことも、今、ここで思い出した。やっぱり死のう。


 優しい朝日を浴びながら、私は風に身を任せた。


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