記憶
体の激痛で目を覚ますとそこは何もない真っ暗な闇の世界だった。
手には手枷がはめられていた。
そして床は冷たい鉄で、独特なにおいがしていた。
僕は鳥肌が止まらなかった。
「…っ」
手枷を取ろうあがいてもびくともしない。
今すぐにでもここから抜け出したい!!
その一心で震える体を落ち着かせた。
…大丈夫、僕は人間。
僕はふらふらと立ち上がり、あたりを見回した。
どこまでも続く闇、闇、闇。
それを見て僕は気力がなくなった。
僕はサーティスによって捕らえられ、施設に運ばれたんだ…。
ここはどこだろう、みんなは無事なのか?
いや、それよりここから抜け出さなきゃ…!
僕の頭の中はめちゃくちゃだった。
頭痛と吐き気と悪寒と動悸と…何もかもが辛かった。
僕は無気力にしゃがみこんだ。
もう嫌だ、帰りたい…!
でもどこに帰るの?
僕に帰る場所なんて…ない。
僕の頭の中ではある一つの施設の記憶がよみがえっていた。
僕は当時、R-3だった。
記号は管理番号を意味し、数字は今行っている実験の階級を現していた。
施設の人たちは僕たちのことをもっと細かく分けて管理していたが、僕たちはその簡易な記号と番号だけで呼ばれていた。
今日もまた注射を二回討たれ、同じ部屋の人間が3人死んだ。
この部屋はとても小さい部屋で、窓もなく、男女関係なく人がみっちりと詰め込まれていた。
僕たちは皆ボロボロな服を着ていた。
僕はいつも部屋の隅で座っていて、じっと扉を睨んでいた。
唯一の楽しみは食事の時だった。
手のひらほどの乾いてかたくなったパンを食べる時が、生きていることを実感できる方法だった。
だが、人数分しかないパンを一人で二つ食べる奴が出てきた。
そうなると僕は隅っこで大人しくしているのでパンは必ず当たらなかった。
別にお腹がすいてるわけでもないのでいつも黙っていた。
そんなある日僕にもパンが回ってきた。
「はい、あげる」
見知らぬ女の子が笑って僕にパンを差し出してきた。
僕はなぜそんなことをするのかわからなかった。
だから何も言わないでじっとその子を見つめた。
「…はい!」
僕の手に無理やりパンを押し込めると彼女は隣に座った。
「ねぇ、私はD-3。でも本当の名前はサクラっていうの」
彼女は自分で持っていたもう一つのパンを食べた。
そして僕の方を見て首をかしげた。
「食べないの?」
僕はやっと彼女の方を見た。
「食べていいの?」
食べる、という言葉に僕は心を躍らせた。
彼女が頷いたので僕はパンをかじった。
「いつも食べてないから心配してたんだよ?」
僕は食べ終わり、また扉を見た。
不思議に思った彼女は僕のまねをして扉を見た。
「何かあるの?」
「…光」
僕はこのくらい部屋がとても大嫌いだった。
何もかもを奪われてしまいそうな闇が。
この部屋に比べたら明るい廊下や、実験室の方が好きだった。
「Dは嫌い?」
僕が彼女の記号を言うととても嫌な顔をされた。
「私はサクラ!名前があるの!貴方にだってあるでしょ?」
僕は必死に考えた。
でも思い浮かばなかった。
僕はずっとここにいるからずっとR。
「わからないの?…かわいそうに」
それから彼女はずっと僕といた。
彼女は物知りで、僕にたくさんの新しいことを教えてくれた。
それは言葉というもの。
「私の妹は馬鹿なの。寝ぼけて池に落ちたの」
「ばか?ねぼけ?いけ?」
僕が知らない言葉を言うと彼女は丁寧に教えてくれた。
「馬鹿っていうのは人をけなすこと。でも私は嫌いな奴には馬鹿って言わないなぁ」
何度単語を言ってもすべて答えてくれた。
覚えることは簡単で楽しかった。
だから僕も彼女の言葉をすべて覚えた。
ある時、実験室に連れていかれた僕は役員の人に聞いた。
「僕の名前、何?」
役員は驚いてどこかに行ったまましばらく帰ってこなかった。
そして帰ってきたときには僕にいちまいの紙をくれた。
そこには何かが書いてあって読めなかったが、僕は大事に握りしめ、今日の実験を終わらせた。
あのいやな部屋に帰って彼女にそれを見せた。
「ん~、じぇ、りおす?」
「じぇりおす?」
僕は彼女のまねをした。
すると彼女は笑った。
「うん、きっとあなたの名前はジェリオスっていうんだよ!素敵~」
僕は読めない紙をじっと見つめた。
その後日、僕の実験階級は3から4に上がった。
階級ごとに部屋が変わる。
僕はサクラと離れ離れになった。
新しい部屋でも隅っこに座り、扉を見つめた。
4になると人数は3の半分に減り、部屋が広く感じた。
今日も隣にいた子が突然倒れた。
僕は役員がその子を連れていく時に扉から差し込む光を目を細めてみていた。
「明るい…」
それは僕が7になったときだった。
この施設内で唯一の7階級ということで役員からは異様な目で見られた。
暗い部屋で僕一人。
本当に怖いと感じた。
僕は光を求めていた。
闇に吸いこまれたくない…そう強く願った。
扉を見てもなかなか役員は入ってこない。
だから僕は怖かった。
音も何も聞こえなくて、寂しさだけが僕を取り巻いた。
「誰か…」
その声も届かない。
「誰か!」
いつしか僕はここから出たいと思うようになっていた。
その時扉が開いた。
光だ…。
僕は扉に向かって走った。
役員が僕になれた手つきで手枷をはめた。
移動するときはこれをつける約束になっていた。
僕もおとなしくつけてもらい、電気の下を役員とともに歩いた。
今日はいつもと違う部屋に来た。
広い部屋。
そこに着くと手枷が外された。
「実習を行う。指示が出るまで待機しろ」
そう言われ僕は頷いた。
実習?
すると天井から声が聞こえた。
その声は言った。
今から出てくる人を殺せ、と。
僕は普段から役員に人を殺す方法を教えてもらっていた。
魔法も覚えた。
僕は部屋の真ん中に立った。
扉が開けられ、僕と同じ被験者が入れられた。
「…ジェリ、オス?」
声に僕は聞き覚えがあった。
それはずっと会ってなかったサクラだった。
「ジェリオスだ、久しぶり!!」
彼女は僕に抱きついた。
それが初めて人の温かさを知った瞬間だった。
ぼくがぼ~っとしているとまた天井から声が聞こえた。
早く殺せ、と。
彼女は寂しそうな顔をした。
「ジェリオス、どうするの?私…」
僕は彼女に近づいた。
「僕はやらなくちゃ…」
そういうと彼女の顔はひきつった。
僕はお構いなしに右手を彼女の目の前に突きつけた。
「ジェリオス…!!」
サクラは両目を閉じて言った。
「ジェリオスの馬鹿!!馬鹿馬鹿!阿呆!!」
僕は魔力をためていたのを解除した。
彼女もそれに気付き、僕を恐る恐る見つめた。
「阿呆って何?」
僕は前そうしていたように彼女に聞いた。
彼女はゆっくりと教えてくれた。
そして説明が終わると僕にまた抱きついてきた。
さっきから天井の声がする。
「ジェリオス、お願いだから人間として生きて…!」
「人間?」
「そう、私たちは人間生きているの。人間はすべての人間の命を大切にして、助けあって、たまに喧嘩しちゃうけど優しい生き物なの!おもちゃじゃない」
彼女は僕の右手を自らの胸に押し当てた。
彼女の鼓動が伝わる。
「わかる?これが人間の証。これが動く限りみんなに優しくしなくちゃいけない。…人間が人間を殺すのは悪いこと。それを忘れないで?」
彼女はそういうと深呼吸した。
「ジェリオス、私との約束だよ?」
「…うん、わかった。忘れない」
彼女は笑った。
「ありがとう。…最後のお願い、きいて?」
僕は頷いた。
「私を…殺して?」
「人間を殺すのは悪いことだよ!?」
「そう、そうだよ!でもお願い、私はもうここにいたくない…。注射で死にたくないよっ。大事な友達に殺された方が私は嬉しい。ジェリオス、お願い」
僕はよくわからなかったが天井の声と彼女の声が重なって聞こえて、右手に魔力を集中させた。
そしてそれを解放した。
「ありがと…」
彼女はそのまま後ろに倒れた。
僕は穴のあいた彼女の胸を触った。
もうどくどくしない。
死んでしまったようだ。
「ねぇ、しんだ人間は何になるの?」
僕が訪ねても答えてくれない。
「ねぇ!教えてよ、分かんないよ…」
僕は目元が熱くなった。
そして目から注射の中身のような液体が流れてきた。
「それは涙っていうの。嬉しい時、悲しい時流れてくるの」
彼女が以前教えてくれた言葉。
彼女も泣いていた。
僕は動かなくなった彼女の上に倒れこみ、泣いた。
それは初めて僕が人を殺した瞬間だった。
しばらくして役員に連れられて部屋に入った。
僕は彼女の言葉を何度もつぶやいた。
「人間が人間を殺すことは悪いこと…」
僕は悪い人間になってしまった。
彼女はどうして泣いてたんだろう?
僕にはわからない事だらけだった。
でも彼女はもういない…。
教えてくれる人はもういない。
僕はひとり部屋の隅でしゃがんだ。
暗い部屋は、大嫌いだ。
「R-9」
僕はくらくらする頭を押さえて声に耳を傾けた。
意識がもうろうとする。
「ジェリオス」
僕は名前を呼ばれてやっと我に返った。
その声は天井から聞こえていた。
放送…。
「おまえを探したんだぞ」
あぁ、今はあのときじゃない。
声は僕の状況に関係なく続いた。
「あの日、施設を破壊して行方不明になった日から1年。どの子からもお前ほどの適合率は現れない」
僕は立ち上がった。
「お前はこの1年で何を学んだ?見せてもらおう」
すると僕の手でカチッという音が鳴り、手枷が外れた。
枷が床に落ちる音と同時に僕の周りにはたくさんの子供が囲むように立っていた。
僕は一瞬で分かった。
彼らは僕と同じ被験者だ…。
あの実習とおなじ。
「サクラ…」
僕は自分の中の魔力をすべて解放した。
空気中の星水が僕の周りで渦を巻いて、風が起こる。
もう、何もかもが嫌だった。
何も見たくない、何も聞きたくない、何も感じたくない…。
「どれだけ暴れてもここは前のようには壊れない、遠慮はいらない」
僕はまず監視カメラとスピーカの場所を探った。
そしてそれらは風の流れや音の出所から発見することができた。
「…うるさい」
そこに向けて魔弾を発射した。
機械が落ちる音が響く。
僕は一歩も動かず辺り一面の子供たちを見た。
無表情の者、怖がって後ろにいる者、強気な顔で僕の前にいる者様々だ。
でも僕には関係ない。
どうせ暗いんだ、目を開けている必要はない。
僕は目を閉じた。
そこには光がなかった。
でも何も考えないことにしたからもう、怖くない。
人を殺すことも真っ暗の中にいるのも辛くない。
殺さなくちゃ殺される、ただそれだけ。
……このときジェリオスは僕の中で死んだ。
目を開けるとたくさんの子供が僕を中心に倒れていた。
さっきまで動いていたのに。
その一人に僕は恐る恐る近づいた。
「死んでる…!?」
僕はものすごい速さで後ろに退いた。
ここからでなくては!
そう思って周りを見るも闇が続くばかり…。
また動機に襲われてその場に倒れるように座る。
僕の体はなぜか疲れ切っていた。
体の中で魔力が勝手に疼いている。
空気中の星水も僕のところに集まっている。
もしかしてこの子供たちは僕がやったの?
そう考えると次に吐き気が僕を襲った。
彼女の顔がふっと僕の頭をよぎ過る。
「サクラ…ごめんっ」
僕は地面に頭を押し付け、そのまま床に倒れた。
ただぼーっと闇を見つめる。
もう何もしたくなかった。
いや、できなかった。
僕の心も体も疲れ果て、動く気さえ起きない。
「暗い…」
闇にどんどん吸い込まれていく感覚がする。
ぐるぐると闇の世界は渦巻いている。
真っ暗で僕の意識はだんだん薄れてきた。
「俺はおまえのお兄ちゃんだぞ、弟を助けるのが兄だろ?」
ドバルの言葉が僕の頭の中に聞こえてきた。
どうしてこんな時に…。
…僕がいなくなってみんなはどうなったんだろう。
ドバルの声を、言葉をたくさん思い出し、僕は意識を何とか体につなげた。
よく考えると僕はドバルに助けられてばっかだ。
いきなり兄弟だと言っても笑顔で受け止めて、僕のお願いは全て聞いてくれる。
どれだけ馬鹿にしても歯向かってきて、それがまた楽しくて…。
ドバルの馬鹿なところが愛おしい。
僕はドバルにとってどんな存在なんだろう?
ジェリオスじゃないR-9としての僕は嫌われてしまうかな?
「ドバル…」
嫌われてもいいドバルの顔が見たい、会いたい。
明るい笑顔で僕を照らしてくれたドバルを、ドバルの光が…。
もう馬鹿にしないから、もっと頼るから。
だから…。
その時扉が開く音がした。
ウジ虫の人か?
でも僕には確認するほどの体力が残っていなかった。
足音はだんだん僕に近づく。
もう、ダメなのかな?
目的を果たせなかった。
それどころか僕は奴らにつかまり、また兵器として使われてしまうのだろう。
やったことは無駄だったのかな?
ううん、そんなことはなかった。
ドバルに会えた、ライルさんやラインさん、ラズさんエリウスさん…そのほかにもたくさんの人に会えて、普通の人間として生活できた。
それだけで僕の、ジェリオスとしての人生は幸せだった。
「もう、いいよ」
僕は目を閉じた。
足音が僕の前でとまる。
「み~つけた」
聞きなれた声、ドバルだ。
僕は頭が馬鹿になってしまったんだと思った。
だから来るはずのないドバルがここにいるような気がするんだ。
「ジェリオス、みっけ♪」
僕は最後に彼の顔を見れるならと目を開けた。
そこには笑顔のドバルがいて、ドバルは僕を見るとさらに笑った。
「お待たせ!探すの苦労したんだぞ?」




