第8話 ガロント支部強襲作戦(中編)
ダテカイザーは正義のロボットである。今日も空を飛んだりしてみんなの平和を守る為に戦うのだ。
景色ばかりを見ている訳にもいかないので、降下に入った。自然落下の速度を噴射口で調節しつつ地上を目指す。
「待ってろよ!」
「…」
デイトンは景色の余韻に浸っていた。いつか、あの空の果てまで行ってみたいものだ。そこには何が待っているのだろう。たくさんの国々にたくさんの人が住んでいて、たくさんの生活が送られているのだろう。たくさんのビルに囲まれて暮らす者、花畑の中にある小さなレンガの家で暮らす者、海へ出て魚を捕って暮らす者…。その全てが、デイトンの憧憬の対象である。
[外の世界に、憧れている]
この戦争が終わったら、私はあの空の果てまで行く。自分の目で見て、また焼き付ける。
でも、やっぱり触れたいな。何度でも思う。
空を見つめるデイトンの横顔に、見惚れてしまっていた。こんなに綺麗なヤツだったっけ、と思ってしまう。キャラメル色の虹彩がいつも以上に輝きを内包している。
「もう地上が見えてきたわよ」
デイトンが急にこちらを向いたのでびっくりした。顔を背ける。
「わかってるって…」
「?」
言葉通り地面が見えてきた。そこそこ発展している街が見える。支部の近くだからだろう。敵地が近く、支部を囲むようにして密集していて、あまり広がってはいない。その外は森林やイエストが張った巨大なバリケードなどがある。支部の背面には雄大な海が広がっている。
「さて、あいつらは…」
ガロント支部の正面、真っ直ぐにある程度行ったところに騎士が居た。目にも止まらぬスピードで飛び回り、ナイフで切りかかっている。その攻撃と互角に渡り合うほどの機動性を兼ね備えた機体が、ソリルのサイエビットだ。
サイエビットはエーリシリーズの機体である。片刃のバイブレーションニードルが両前腕に取り付けられており、そこを除いた上半身も色が緑なだけで形状はエーリたちと同じだ。相違点はサブレッグの存在である。足の裏の太股から腱のあたりにかけてがそのサブレッグであり、普段は収納されている。戦闘時にサブレッグを展開し、四脚のメカとなるのだ。機動性が格段に上がるが、足の操縦量が単純計算で2倍だ。そのため、ソリルのコックピットには2本の操作レバーの他に、サブレッグを操作するための足で踏むペダルが10枚ある。
4脚のサイエビットは、下半身が蜘蛛のようになる。本来の蜘蛛の足の本数である8脚は人間には不可能な領域だ。4脚でも卓越した技術が必要であるのだが。
「こいつ、どうなってる…!」
ニーアはサイエビットに打撃を与えられないで焦燥していた。のらりくらりと攻撃を躱すサイエビットに、むず痒さを感じ始めていた。
「それに…」
こいつと共に行動していたロボットの姿がいつの間にか消えていた。多足がジャマー搭載機なのか。…とにかく、今は目の前の相手に集中しなければ。
ナイフを逆手に構えて飛びかかる。くぐるようにして避けたサイエビットへ、反転して右足を叩き込む。左腕の刃で受け止めようとしてきたので、サイエビットの手の甲を踏んづけて宙返りをする。直撃したら装甲が持っていかれる。着地して、即座にナイフを持ち変えた。投擲する。ニーアにしては珍しく、冷静さを欠いた行動だった。簡単に躱されてしまう。ダテカイザーの時のような高揚ではなく、じとじととした不快感。それが自身の機体の動きにも出てしまった。
「ここ数日は初体験が続くな…!」
もう負ける訳にはいかない。アランクスの恩に報いなければ。腐りきっていたイエストから、私を助けてくれたのは彼だったのだから。
ニーアはMD連邦の中枢国家・イエストの出身だった。ニーアはイエストが好きだった。父親はイエストの政務官であり、暮らしに困まることはなかった。ニーア自身も父を誇りに思っていたし、家族が好きだった。そんな平穏が崩れたのは、ニーアがまだ7歳のときだった。
イエスト・イエスターの結成。それはイエストが勢力を拡大しようとする思惑があってのものだ。ニーアの父は反対派であり、排斥されたのだ。左遷された先は、ミーデスの連邦領事館。辺境の国で、温かみがある。ニーアもそこでの暮らしを気に入った。それさえもが崩れたのは、アサキメスとミーデスのサムライ戦争を発端とした、イエスターの最初の介入であった。
戦争が始まった理由は、ミーデスがアサキメスの領国となるのを拒んだことだと言われている。しかし、実際はそうではない。ニーアは知っている。ミーデスとアサキメスは、昔から友好的な国家同士であったのだ。それに、14代アサキメス王は、なぜかミーデスだけは侵攻しなかった。だから、一触即発を避け、ミーデスは沈黙を貫いていたのだ。そこへ、ミーデスが攻撃を受けていると一方的に決めつけ、イエストがイエスト・イエスターを出動させた。おそらく、アサキメスや世界に対して国力をアピールしようとしたのだろう。間もなくして、イエスターはミーデスの近辺のアサキメス兵を攻撃し始めた。
こうして、ミーデスは巻き込まれたのだ。イエストの一方的な思惑に。アサキメスがミーデスへの侵攻を開始した。ニーアは飛び交う銃弾やロボットの足音に震えた。早くイエストに帰りたいと思った。だが、イエストは迎えを寄越してはくれなかった。イエストへの憎悪は、日に日に大きくなった。その憎悪は、領事館が爆撃されてピークに達した。
夜のことだった。夜になると攻撃が止む。久しぶりに外へ出たかったのだ。帰ろうとしたその時に、爆撃が起きた。それは、イエスターの撃ち漏らしだった。
戦争が終わっても、ニーアの希望は失われたままだった。街の跡地をさ迷い続けて出会ったのが、アランクスだ。まだ15歳であった。その頃から軍の指揮を希望していたアランクスは、戦争の跡地へ視察に来ていた。
「君は…」
希望のない瞳で、コックピットを開いたアランクスを見上げた。燕尾服の1世代前の機体で、無骨な見た目をしている。
「…つらかっただろう、もう大丈夫だよ…」
それが初めて彼にかけられた言葉だ。
「だから…!」
「もう、負けない!」
左手のナイフを投擲する。サイエビットは軽々と躱した。
「今だ!」
駆け出す。滑り込んで足を掴む。一発でも喰らったら終わりだ。脛を殴る。ひたすら殴った。刃を避ける。殴る。少しだけ開いた膝間接と装甲の間にマニュピレータを無理やり捩じ込んだ。肘から先をパージする。
「こいつ…何をしようとしてる!」
ソリルは急なニーアの行動に焦った。ペダルの操作と思考を両立出来なくなる。
「まさか!」
「…起爆する」
ソリルはサイエビットの下半身をパージした。爆発の影響をコックピットまで及ばせないようにする為だ。噴射口を噴かせられるか確認する。噴かせられる。噴射口が噴かせられるということは、どうやらアストル号は近くにいるようだ。空へと上がる。
ソリルは遠くなる地面を見つめた。
「まさか初戦でやられるとはね…」
情けない。これではローラーン達に格好がつかない、と思った。
「覚えとくぜ。貴族の騎士さんよ」
一方グレイはガロントのほぼ目の前まで来ていた。ニーアの後方で待機していた高貴たちを破竹の勢いで蹴散らし、そのまま直進している。さっきまでぼんやりしていた建物の影がもうはっきり見える。
(この戦争を終わらせる、第一歩だ)
アサキメスは、グレイにとっては親の仇でもある。アサキメスの侵攻が、木星計画の居住ブロックに取り残される原因となったのだ。だが、大局を見たならば、悪いのは巨大国家双方である。それに、アサキメスは彼女の故郷でもある。ほとんどを居住ブロックで暮らしてきたものの、生まれた地である事実は変わらない。
「だから、私は全てを平等に見るんだ」
自分に言い聞かせるようだった。戒めにも聞こえた。
グレイのクルツ5はイエスターの前世代機の改造機である。イエスト・イエスターらの最新鋭機とは違い、普通のイエスターは空を飛べない。造形は似ているものの、本体色は黒と灰のみの地味な色で、武装は超硬度弾ライフルや白兵戦のための超硬度ナイフ、90mm口径の小型銃の3つだ。アサキメスの高貴と比べ運用がしやすく、物量戦を得意とする。クルツ5も、外見的な差異はあまりなく、両肩が紫色で塗られているくらいである。
クルツ5を含む前世代機は5つしか作られなかった。それらが製作されたのは2年前、グレイが地上に戻ってきた時だ。アストルが手に入れてきた。どのようなルートで手に入れたのか、グレイは知らない。
また、このクルツ5には特殊な装備がある。
支部の前に待ち構えていたのは、No.5、リークスだ。長い得物を右手持ったそのロボットは、堂々たる風格があった。全身を堅牢な鎧に覆われており、その銀に光が反射する。
「イエスター…先日目撃された最新型とは違うな」
ならば量産機を奪って改造した賊か。リークスは必死に考える。ニーアがデータを送ってきた機体とは違う。だがもう1機いるということも同時に伝達されていた。レーダー不良が起こったとも伝達してきた。この肩が紫の機体は複数での戦闘を前提とした機体で、ジャマーを使用して進んできたということか。しかし、それが有用なのは3機以上の物量戦のみである。ジャマー搭載機が1体だけで何が出来る。何かあるのか。
「このガーステリアでいけるか…」
海岸沿いの部隊が来るまで、あと20分になっていた。
先にクルツ5が動き出した。小型銃を放つ。連続して撃ち続ける。だが、堅牢なガーステリアの装甲はびくともせず、小さな傷がついただけだ。ガーステリアが得物を振りかぶる。
「遅い!」
クルツ5は後方に飛びはね、超硬度ライフルを展開する。
「鎧の隙間は…」
ロボットは可動する機械だ。どこかに隙間が生じるはず。走りながらスコープを覗く。膝の裏か。首か。項か。
一方のガーステリアは、動きを止めていた。クルツ5にとっては絶好の的だったが、余裕がある。
(ステリアで止めを刺す)
動きはもう見切った。ガーステリアでは倒すことが不可能であることも分かった。ならば不意打ちだ。リークスはクルツ5の動きを窺っている。
「首に撃つ…!」決めた。
ライフルから弾が飛び出して、ガーステリアの兜が飛んだ。…兜?
気付いた瞬間、クルツ5は首を締め上げられていた。ガーステリアの中から、もう1機、痩身の機体が現れたのだ。
「これが伏兵、ステリアだ」
後はコックピットを潰すだけだ。ステリアの胸部にあるバルカンが回転し始める。
「100発、全て叩き込む」
回転音が鳴り、銃弾がクルツ5に放たれる。身動きがとれない。装甲が歪み、へこむ。コックピットの中のグレイには、装甲が歪む音がだんだん大きくなるのが分かった。恐怖が増幅していく。
「私…こんな…!」
「ダテ・正義の爆天キィィーック!」
急に掴まれていた手が離れて、クルツ5は地面へ倒れた。ステリアは、向こうの方で突っ伏している。
「大丈夫だったか!」
「カッコつけちゃって…」
楽しそうな声が聞こえてきた。
「来てくれたんですね!」
「おう!…なんか付いてきちまったがな」
…騎士が追い付いてきていた。右の前腕がなくなってはいるが、支部には戻らずまだ戦うつもりらしい。
No.5が戦っているから退けないという理由ではない。
「また会ったな…ダテカイザー!」
「げ!こいつ…あん時の!」
目当てがいたからだ。
「双方が負傷した機体を1機ずつ抱えての戦闘か…」
リークスは状況を鑑みる。この機体、ダテカイザーが合流する予定があったから紫の機体は1機で進んできたのか。いや、タイミングが遅すぎる。…紫の機体にはまだ何かがある?
(それよりも、今は戦力の確認だ)
海岸沿いの部隊到着まであと15分。ニーアの騎士は右前腕を欠損しているものの、まだ戦えるはずだ。
「ニーア、まだ戦えるな」リークスが訊いた。
「当然です」
強い物言いに少し圧された。
「な、ならいい」
「…4機確認」
トライアングルの隊列で飛ぶ3機のロボット。先頭が青、後ろの2機が緑と灰。先頭が雲へ潜ると、後ろの2機がそれに続く。
「イエスト・イエスター、攻撃を開始する」
リリドが通り過ぎた雲の隙間から、日が射し込む。空が青い。
「…青」
マークが呟いた。
閲覧していただきありがとうございます。
この戦いはもうちょっと続きます。
損傷部分をパージしたりするのが好きです。