第5話 みんなの意志、みんなの決意
ダテカイザーは正義のロボットである。今日も両腕が別の機体になりつつも愛と自由の為に戦うのだ。
倒された!体勢を崩したダテカイザーに、青い機体は追い打ちをかける。右手と違い拳がある左手で、胸部に一発パンチ。くの字状態でダテカイザーは吹っ飛ばされた。針葉樹に激突し、葉が揺れた。驚いた鳥が飛ぶ。
「俺を鹵獲してどうすんだよ!」
スピーカーの音量を大にして叫ぶ。同時にハウリングが森一帯に響いた。
「教える義理はない」
つんけんとしている。
青い機体の後方から灰色の機体が飛んでくる。2対1となると、流石に不利じゃないか。緑の機体は行動不能のようで、起き上がろうとする気配はない。
「ミューエル、ひやひやしただろ?」
そう言うのは灰色の機体のパイロットだ。ミューエルというのは緑の機体のパイロットらしい。
「僕もとうとう終わりかと思ったよ…」
柔和そうな声が聞こえる。オープンスピーカーで話している訳ではないので、カイには会話は聞こえなかった。だが、仲良しであることは伝わったらしい。
「こんな奴らが人を殺せるなんてな…」
「機体の動き見ただけでそんなこと分かるの?」
意識を擬似的に共有しているカイには分かるのだろうか。本気でデイトンは思ったのだが、そうではないらしく。
「どう見ても仲良しこよしの助け合い!友情があるだろ!」
「友情まで見えるの!?」
「見えないけど!感じる!!」
フィーリングか。デイトンは呆れつつも安心した。いっつも通りだ。いつもと言ってもまだ1日の付き合いだが。
飛び上がったダテカイザーは、早速青い機体に真正面から殴りかかる。換装したダテカイザーの腕は長く、同時に相手が殴ってきても当たると踏んだ。しかし青い機体はそれを躱すと、そのまま滞空した。
「ドリルチューン」
青い機体のパイロットが呟く。操縦桿を操作する。そして、壁のスイッチを3つ指で跳ね上げた。機体の足首から先が前へ倒れ、爪先立ちのような状態になる。すると踝にある装甲が90度回転、爪先までを覆った。チュイイと駆動音がする。回転している。両足がドリルになっているのだ。
「ど、ドリル!」
奴が何をしようとしているかは分かる。このままダテカイザーに突っ込む気だ。カイはとっさにしゃがみ込む。頭の上を風が切った。
「トンファー!」
カイはビームトンファーを駆動させた。相手が突っ込んで来た時に当たる可能性がある。つまり、超高速な攻撃の抑止だ。
「座標修正。対象の兵器を無力化する!」
そう言ったのは灰色の機体だ。背負っていた折り畳みのライフルを展開する。ノズルが起き上がる。マニュピレーターをライフルへ接続する。
「行くぜ!ロングレンジ・超硬度小型質量弾砲!」
見えない程小さい弾丸が射出される。それは一直線にダテカイザーの下腕部へと飛んで行き―――
「右ビームトンファー損傷大!パージするわ!」
まさかと思った。昼のカタセ程の名刀の持ち主であればまだしも、こんな小さな質量の弾丸でダテカイザーの強固な武装が破られるなんて。外の世界は怖い。デイトンはまた考え事をするのだった。
「まだだ、左側がある!」
次弾は、すぐに来る。青い機体ほど巨大な弾丸ではない。左側も破壊しようとするだろう。だが、この状況は逆手に取ればチャンスだ!カイは体内時計をコンマで刻む。0.3、0.2、0.1…
「今だ!」
突如ダテカイザーが反転した。左腕を突き出す。当たった。装甲へとめり込んで行く。青い機体の右肩を貫いていた。
「なんだと!」
加速した勢いで、そのままトンファーが深く刺さって行く。右腕だけ置いていかれてむち打ち状態になった青い機体へ、右フックをぶち込む。
「ダテ、顔面パンチ!」
小さい頭を吹き飛ばした。遠くの地面へと突き刺さる頭だったもの。
「マーク!」
灰色の機体のパイロットが叫ぶ。マークというのは青い機体のパイロットのようだ。
「いいかお前らよく聞け!」カイが大きく息を吸った。
「俺たちは正義の味方、爆天砕地ダテカイザーだ!!お前らが人を殺すってんなら容赦しねぇ!!」
「悲しいね。分かってもらえないと知ってても…」
「ミューエル。俺たちだって覚悟を決めたろ」
「うん…」
「アサキメスの連中は、許しておけねぇ。たとえイエストの手駒だろうが」
「僕たちは、戦う」
「まーた仲良しこよしか!俺の話聞いてんのか!?」
灰色の機体がオープンスピーカーに切り換える。
「すまなかった。今回は俺たちの負けだ。退却させてくれ」
「とかいってどうせまた殺しをするんだろ!」
「お前…!まぁいい、今だ!」
「了解」
青い機体は右腕をパージすると、ダテカイザーの胴を蹴って逃げ出した。飛んで行く。
「ミューエル、マーク。行けるか?」
「僕は行けるよ、ムーウ」
「俺もだ」
3機が滞空している。突然、青い機体のパイロットがカイへと喋りかけた。
「俺はマーク・ディンス。この機体はリリド」
「自己紹介か…。じゃあ俺はムーウ・クルーズ。こいつはレレドだ」
2人に続いて、緑の機体のパイロットも口を開いた。
「…ミューエル。ミューエル・ウィルウィ。これはルルド」
それに答える形で、
「俺はカイ!こいつはダテカイザーだ!」
と言った。
「まだやり合おうってのか!」
「いーや」ムーウが言う。
「上が退却しろってよ」両手を挙げ、やれやれ、というようにするレレド。
「了解。マーク・ディンス、退却する」
「了解」「了解!」
青い機体に続き3角形の隊列で飛んでいく3機。
「行ったね…」
「…あいつら、きっと何か隠してる」
それはデイトンにも分かっていた。人が悪い感じはしなかった。あんな人たちが他人を殺せるのか。自分の狭い知見では分からないだけで、極悪人なのかもしれない。でも、自分の心がそうではないと言っているようだ。
―――心なんて、AIの私にはないのかもしれないけれど―――。もうすっかり日が暮れて、辺りは真っ暗だった。
意外とコックピットは快適なものだ。カイは思う。温度調節も勝手に行ってくれる。願わくば自動操縦を付けて欲しかったが。またビスケットをもさもさと食しながらデイトンと言葉を交わす。
「今日1日、濃すぎ…」
「俺も疲れちまったよ」
デイトンの方を見ると、レーダーの上に座っている。グレーのスカートから、両足が覗いている。
デイトンもこちらを見て、目が合った。視線を下方へ逸らし、デイトンが口を開いた。
「私、嬉しかったんだ。カイが連れ出してくれて」
「ダレストアのAIなのに」
「そうね…私も失敗作だったみたい。でも、外の世界に出たかった」
コックピットのモニターから外を見つめている。
「1人が嫌で、嫌で嫌で、たまらなかった」
「…」
「だから、嬉しいの。カイと出会えて。ダテカイザー…ってまだ認めてないけど。まぁこの機体に載ってたこと、はじめて嬉しいと思った。けど」
「けど?」
「―――直接見て、直接触れたかった。外の世界にも、あなたにも」
そこから先は、覚えていない。どんな話をしたっけ。これからの展望についてだろうか。ただ、彼女の顔が寂しそうだったのだけは覚えていた。
俺と、同じだ。
気付けばもう朝だった。寝ぼけ眼を擦る。痒くなりそうだから止めておいた。デイトンには寝るという概念があるのかどうか知らないが、取り敢えず声をかけてみた。
「おーい、起きろー」
「ん…」
どうやらその概念はあるらしい。カイの膝の上で――といっても直接触れているわけではないが――眠っていた。
「おはよう…」
「今日はどうする?」
目が半開きだ。間の抜けた顔をしている。
「そうね…」
よくよく見るとデイトンは涎を垂らしていた。おいおい、そんな機能必要あるのかよ…。
「もうちょっと寝ましょ…」
確かにそれもいいが、なんだかおかしいぞ?カイは何かを感じ取ったようだ。
「なにがよ…とにかく現在地はここ、エラントから…はぁ!?」
レーダーが指している現在地は、アサキメスでも、イエストでもない。海の上だ。
世界地図で言うと、イエストとアサキメスは対極におり、地続きである。西がイエスト、東がアサキメス。おおまかに分けるとそうなる。それは本当におおまかであり、間に大きな湖や海、山脈や川が存在している。
エラント支部は、支部の中でも立地的に高く、ダレストアをはじめとした多数のMD領へと攻め込める為、重要な拠点であったのだ。
それにしても、一体ここはどこなのか。コックピットのハッチを開ける。格納庫のようだ。
「でかい…要塞か?」
「それはちょっと違うねえ」高い男の声。下からだ。
「ようこそダテカイザー。我らが同胞、正義の味方よ」
眼鏡をかけた白衣の男が、こちらを見上げていた。
…?既視感。
「…で、お前らは世界を救うスーパーなロボット禁断だと」
「その通りだよ!」
また高い声だ。どうやらここは巨大な飛行船らしい。
「木星計画って知ってるかな?僕はあれの主任科学者でね」一気に喋るから、聞こえにくい。
「そのときの開発用の船、それがこのアストル号なんだよ」
「いいから、なんで俺たちをここに連れてきたか教えろよ」
「おや、そうだったね」
絶対覚えていたはずだが、忘れていたようにおどけて話した。
「僕らはザッツジャスティス団!略してツィス団だよ!」
「…」これには流石のカイも閉口した。
「木星計画で僕は宇宙に置いてけぼりにされてねぇ。それでその理由が戦争だっていうんだ!実に下らないね!」
「下らないってのは同意だけどよ…」
男は話を聞いていないようで、続ける。
「それで自力で地球に帰ってきた僕は正義のロボット軍団を作ってメンバーを集めてるってわけ!」
「あんた以外には誰かいるのか?」
「もちろん!そもそも僕はロボットには乗れないからねぇ…」
本日2度目の閉口。まだ起きたばかりだというのに2度も。
「僕以外にロボットのパイロットが4人。その内2人は姉妹。呼んできてあげよう」奇妙な足どりで走って消えていった。
「…」無言でコックピットに戻る。
「ねえ、カイあの人…」
「ああ、多分頭がおかしい」
あの男を信用していいのだろうか。食料やエネルギーなどの支給はしてくれるらしいが、果たして奴やそれ以外の奴らの正義は正しい正義なのか。カイはカタセの言葉を思い出した。
『お前の戦いをしろ』―――自分自身の戦いに協力してもらうということ。つまりそれは背中を預けるということだ。だが、カイは自分の正義を貫くと決めた。自分の考える正義を。そこに相違があれば、背中を預けることはできない。
「おーい!」下から男が呼んでいる。
「彼女が、ミス・グレイ」
「グレイ・アルセです。搭乗機はクルツ5です。よろしくお願いします」
グレイという女は、まだ若い学生のようにも見えたが、どうやら二十歳ちょうどらしい。長身で、カイと同じかそれ以上くらいだ。髪は黒く、肩に少し余るくらいの長さで、薄紫の虹彩。黒目が目立つ。
「ミーデスの古い学生みたいね…」
確か服装の参考にしたときにネットワークで見たことがある。
「私、ミーデス人とアサキメスのハーフなんです」
柔和な喋り方をする。
「こちらへはどのようにして?」デイトンは尋ねる。
「私も木星計画で取り残されたんです」
「あの時はまだ6歳だったねぇ~」
「それでよ…他の人は?」
「…」
押し黙ってしまった。まずいことを聞いたようだ。
「僕とグレイくんの2人だけさ。色々あって運良く生き残ったんだ」
「それで…私は両親の仇を討つと決めたんです」瞳が輝く。
「す、すまん!余計なこと聞いた!」カイは頭を下げて謝った。
「いいんです」
グレイは諭すような笑顔を浮かべる。心が包みこまれるようだ。そんな彼女でさえ、復讐に燃えている。
「しかしよ、仇…ってのはちょっとな」
「…私が憎いのは人個人ではありません。この長い飽和状態の戦争自体です」
「…」
男は顔を歪ませた。眉がハの字になっている。慈悲を向けているのか。
「だから、人は殺しません。約束します」
彼女からも強い意志が感じられる。だが、カイは危なさも同時に感じた。
「じゃあ、次の人を紹介しようか」
メンバー紹介続きます。
読んでいただけると幸いです。