第30話 復活!そして…
イエスト郊外。草原に、ぽつりぽつりと廃屋が点在している。その中心。
煤だらけのロボットが前進する。ギ、と関節の擦れる音がした。「ホントにさ、それでやるつもりなんだ?」
「うるせぇ…」
「じゃ、遠慮なく」
一つ角のロボットが攻撃を仕掛ける。ナイフを振るい、マントを切り裂く。マントが風に流れていく。煤だらけのロボットの全身が現れた。青と白のボディ、しかし関節などの部分部分が高貴のものであり、見る者に違和感を感じさせる。
「あれ…?どっかで見たことあるなあ、その機体」
「…」
「無視?」
振り上げた足がが命中し、青い体が倒れ込む。砂ぼこりが起こった。
「僕のこの機体は黒曜。君のは?」
「こいつは…」
言い淀む。その隙に黒曜が肉薄する。
「ま、何でもいいけどさ」
ナイフが肩関節に射し込まれる。火花が散った。金属音がする。
「どうよ。僕のロボット、カッコいいだろ」
「…何のために、お前はそんなものに乗ってる?」
「人の話を聴こうよ。僕のロボット、カッコいい?」
馬乗りになり、顔面を殴打する。スコープが歪んだ。ナイフは刺さったままだ。何度も殴打する。首の装甲が剥がれ始めていた。
「もう無理でしょ。逃げる?死ぬ?」
「…まだ…早いだろ…」
「何いってんの」
「甘いんだよ…こいつが退化しただけと思ったら大間違いだぜ…!」
「はぁ?」
黒曜のパイロット、エイニは呆れた。何一つ、逆転できる要素はない。
「こっちが見えてるかどうかも疑わしいのにさぁ」
「何を言ってるの?」
「へっ…見てろ!」
自信のこもった声だ。
「ま、それまでに壊してやるよ」
ナイフを肩から引き抜く。それを顔へと突き刺す。スコープが割れ、後頭部まで貫通した。
「もう、終わりだね」
突然、突き刺した頭部が揺れ始めた。カタカタと小刻みに動いて、まるで生きているようで気持ちが悪い。
「…自爆か」
そう結論付けた。ならばこの頭を投げ捨てるだけでよい。後方へと投擲する。視界から消えた。
「さあ、とどめを刺してあげるよ」
振り返った瞬間、カメラが落ちた。コックピットが暗闇に包まれる。
「な…なんだ?」
胸部の予備カメラに切り換える。すると目の前には、コックピットのハッチを開いた、煤だらけのロボットがいた。
「何をしたんだ…お前…!」
「驚くんじゃねぇぞっ!」
「こいつの頭が吹っ飛ぶと…コックピットの蓋に仕込まれたレーザーが飛ぶんだよ!」
「はぁ…?」
何言ってるんだ、こいつ。こう思うのは三回目だ。反撃しようとしたが、腕を押さえつけられているようだ。素直に話を聴くことにする。
「見たか!必殺秘密武器だ!」
「…何?レーザー?それで僕の黒曜の頭をぶち抜いたの?」
「ああ。さっき見てろって言ってた時は狙いをつけてた!」
「レーザーとか、ないでしょ」
「…」
なぜそこで黙り込むのか、不思議だ。
「…でさ、カメラがないから直接開けてんの?コックピット」
「蓋が飛んでくんだから自然にこれになるんだよ!」
「予備のカメラとかさ、あるでしょ」
「…こっちのが、良いかなってよ…空も見えるしな…」
「はぁ」
呆れた。何一つとして理由にはなっていない。
「まぁいいや。で、僕にとどめを刺すの?」
「いや」
否定した。
「教えてくれ。何のためにお前はそれに乗ってる?」
「知りたいのはそれか…てっきり、バレてたのかと思ったよ」
「バレた?何がだ?」
「まあ、遅いんだけどさ。僕は合流しに行ってたわけ。クーデター、っていうのかな?」
「クーデター…だって?!」
驚いた様子だ。まあ、無理もない。
「ま、アサキメスの方で何かあったおかげで、目立たずに輸送できたみたいだね…」
「遅いって…じゃあ」
「もう運び込まれちゃってるよ、ロボット…ホントは僕も間に合わせるつもりだったのになぁ」
「詳しく教えてくれ!それは誰がやろうとしてることなんだ?どこでやるつもりなんだ?何のためなんだ?!」
「落ち着いてよ…もうすぐ、分かるからさ」
「カイさん!」
通信に少女の声が割り込んできた。
「な…ミイツ!今は大事なとこなんだからよ!」
「こっちのが大変ですよ!クーデターです!丁度アサキメスの王とイエストの元首が会談してる時を狙ってたみたいで…」
「イエスト・イエスターはどうしたんだよ!?」
「それが…アサキメスに出動して三機ともテロ組織の機体にやられたって…」
「ああ昨日の…ってもうメチャクチャじゃねぇか!」
「ね、言ったでしょ?すぐ分かるって」
エイニを気にせずに少女は続ける。
「だいぶ不味いみたいです…どうしてみんな世界平和の邪魔をするでしょう…」
エイニは「世界平和」という言葉を反芻する。
「みんな、本心で邪魔したい訳じゃないさ…」
「お前…」
「…僕らやCSAHも、割り切れてないんだろう。きっと」
「割り切れない、って?」
カイが尋ねてくる。
「確かに今は平和に向かってるさ…でも、それまでの犠牲が忘れられそうで、怖いんだよ」
「でもよ、それで新しく犠牲者を出すってのは…」
「…よくないかも、ね。ま、これは僕個人の参加理由だよ。みんながどう思ってるかは知らない」
「…そう、かよ」
「で、僕をどうするつもりだい?殺す?捕虜?」
「それだよな…」
カイは頭を掻いた。エイニにもその動作が見える。
「あっ」
カイが何かを見上げている。
「何さ」
「アストル号…」
「アストル号?」
辺りが巨大な影に隠れ、光が遮られる。
「…ぃさん…」
通信が繋がる。エイニにも聴こえるため、どうやらここ一帯にオープンにしているようだ。
「カイさん、聴こえますか?」
「その声は…グレイ!」
「お久し振りです!捜したんですよ!」
「いやぁ…ちょっとね…」
カイはばつが悪そうに言った。
「とにかく収容しますね。そちらは?」
「エイニ。エイニ・リーサンス。クーデター参加予定だったテロリストでーす」
「うわ…ノリ軽っ」
「そっちこそ。最初の方は「うるせぇ…」とかカッコつけてた癖に馬鹿丸出しじゃん」
「うるせぇ!お前こそ僕の機体はカッコいいだのなんだのと…!」
「ストップです!」
ミイツと呼ばれた少女がまた割り込む。
「あなたは?」
グレイがミイツに訊いた。
「カイさんを暫く預かっていたミイツ・ガインと言います。保護者の方です?」
「ええ、まぁ…」
「まぁじゃねぇよ!?」
「やっとお家が見付かったんですね、カイさん」
「うーんと、そうかもな…」
「何?居候?」
エイニが突っ込む。
「もう分かんなくなるから黙ってて…」
おほん、とミイツが咳をした。
「とにかく。帰る場所と…やるべき事ができたみたいですね」
「…ああ」
「…探してる人も、見つかるといいですね」
「……おう」
「グレイ…さんだっけ?あの二人はどういう関係?」
「知りませんよ…」
アサキメス、ミラティス支部。支部内は大慌てだった。クーデターの軍勢はイエスト。王であるアサストルはあちらにいるというのに、領土外というだけで出動も簡単には出来ない。黙認されているイエスターズほど自由は効かないのだ。だがこの喧騒はパイロット達にはあまり関係ないことで、一室で休憩を取っていた。
「デトミネイター、出撃できないのか?」
そう尋ねたのはイエスターズの一人、ムーア・クルーズだ。
「まだ国連軍ではない。試験段階だ」
アサキメスの騎士、ニーアが答える。
「クーデター、か…」
ミューエルが心配そうに窓の外を見ている。
「そこまでの兵力が国以外に居たとはな。驚きだ」
全く驚いていなさそうな様子で、マークが言った。
「…アランクス様が言っていた。テロ組織に資金援助をしている者がいるのではないかと」
ニーアが言う。本来この情報は隠すべきなのだが、アサキメスの軍人でなければ大丈夫だと判断したのだ。
「そんなひでー奴が居るかもしれねぇのかよ…」
「推測段階だ。もっと詳しく調査したいのだが」
軍人である以上、あまり身動きはとれない。彼らやダテカイザー達のように独立部隊であれば、秘匿せずに調査を行えるかもしれない、とニーアは考える。
「…ムーア」
ニーアだ。
「なんだよ?」
「妹は、どうなった?」
ムーアが狐月・宵に撃墜され、ニーアに拾われた時に海辺で交わした会話だ。
「…拘束は解かれたと聴いた。だが、俺が辞めれば容赦しないと…」
「会えたのか?」
「いや…」
「少しおかしいんじゃないのか、それは」
会うことも許されないのは、不可解だ。
「…だが俺も妹のことはよくは知らない。…昔に別れたきりだからな」
「よくも知らない妹を、お前は護っているのか」
「唯一の肉親、だからな」
「…アランクス様に伝えておこう。解放できないか打診してもらう」
「…ありがたいぜ」
ムーアは俯いて、か細い声でそう言った。
ドアがノックされる。
「どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは軍服の男。アサキメス守護軍の兵士だ。
「もうしばらくで、アストル様がご到着されます」
「了解した」
用件を伝え終わると、男は一礼して出ていった。
「久し振りに、彼らと会えるんだね」
ミューエルが言う。
「ダテカイザーのパイロット。まだ傷を負ったままだろうか」
マーク。
「…さぁな。ちっちゃいお嬢ちゃんのこと、大切に思ってたみたいだからな…」
「…何にせよ、彼らとの合流は必要だ。この状況を打破する鍵となるかもしれない」
ニーアは思い出していた。カイ達と共に戦った時の事だ。
「…悪く、なかったな」
ご拝読ありがとうございます。
大分間が空いてしまいました。
間隔をあまり空けないよう気を付けます。




