第21話 今だけの正義でも
ダテカイザーは正義のロボットである。ツィス団の活躍により、皇帝の麾下は壊滅状態に追い込まれた。しかし、その母艦が突然変形を始め…。
「有り得ない」
アストルが言ったのをカイは聞き逃さなかった。通信が開いたままでも聞き取れないほど小さな声だったが、確かにそう言った。
「有り得ないってのは、あの変形がか?」
白銀の楕円体が起き上がる。真っ直ぐ見ると、やはりラグビーボールのような形だ。そのラグビーボールの下半分が、真ん中の縦の分割線から、2つに分かれる。その2つに分かれた下部の背面から、折り畳まれていたモノがそれぞれ展開される。脚だ。
「う、うん…」
アストルはカイに生返事をした。歯切れが悪い。
次は上半身となる部分の変形が始まった。ラグビーボールの上半分が下と同様に2つに分かれ、それぞれ外側に90度ほど回転する。肩の装甲だ。両肩の内部から腕がせり出す。通常のそれとは違う、巨大なマニュピレータが現れる。
「…化け物か…!」
白銀の飛行船は、カイ達の機体を優に越える、巨躯のロボットへと変貌した。
異常なサイズだった。騎士を駆るニーアの通信が、その事実を裏付ける。
「全長…150メートル…」
さすがのニーアも、動揺が声に現れている。
150メートル。例を挙げるならば、ダテカイザーが5メートル弱の機体であり、その30倍のサイズと言うことになる。
「こんなの相手に…どうやって…」
デイトンは言葉を失った。船の時と比べて、その威圧感は桁違いだ。今度こそ、終わりだと確信させられる。これまで戦った強敵も、ここまでの戦力の差を見せつけられたことはない。無理だ。直感的に、思った。
「デカさに惑わされるな!!!」
カイの声だ。
「奴には、勝てる」
これもカイだ。だが、何か違った。側にいたデイトンは、その異変にいち早く気付いた。どこか、冷徹で、いつもより複雑な…。
今のカイの中に、寂しさを見出だせずに、狼狽えた。
「さっきのエーリの超質量砲は奴に通用した。直感だが、前面の装甲には通用しないだろう。関節部分も同様だ」
「あっ…」
グレイはつい先ほどのナンバー1との戦いで、関節部分に超硬度ナイフが効かなかったのを思い出した。
「おそらくあの関節は装甲と同じ素材でできていて、それならば摩耗に弱い。巨体ゆえに、あまり動かさなくてよいと踏んだんだろう」
「確かに、装甲部分を関節に使うなんてのは…。こんな規格外のモノは初めてだから、有り得なくもないかもね」
アストルがふむ、と言って船とダテカイザーが映ったモニターを見つめた。
「…」
グレイは考える。ナンバー1は母艦が近かったからこそ関節に件の素材を用いたのではないか。摩耗したら艦に戻り、取り替える。非現実的だとも思ったが、ナンバー1ならば、とも思った。
「もしその話が本当だとして、どうする?」
「…もうすぐ弾幕が張られる。避けながら通達する!散開!」
「カイ…そのテンションどうしたの…?」
ローラーンの質問には答えなかった。
砲弾が、サイエビットの横を通り過ぎる。
「これじゃあ近付けないな…!」
「そりゃ、弾幕ってそーゆーもんだからな」
飄々としているムーアと違い、ソリルは焦っていた。カイから伝えられた作戦が、なかなか実行できない。
『さっきやろうとしてたことと同じだ。白兵戦。もう入り口はローラーンが開けてくれた。俺たちはサポートに回る』
『…カイは行かなくていいの?』デイトン。
『それだとバランスが崩れるだろ。とにかくそういうことだ。決して勝てない相手ではないと言ったろ。…これ以上の仕掛けがないなら、な』
「それにしてもカイの奴、急に大人ぶっちゃって、さ!」
ローラーンのエーリRと、ミリアのエーリLも、弾幕の真っ只中にいた。
「お姉ちゃん…前みて」
ミリアが心配そうに言う。
「分かってるってー!」
もうすぐカイが指定したポイントだ、とローラーンは思う。
自分たちの役割は、ソリルとグレイと同様に、ニーアとイエスターズの援護だ。突入ルートを確保するために、弾幕の露払いをする。先ほどエーリが開けた穴から突入するのだ。
『つまりお前たちの役割は、マラソンのゴール直前の沿道から銃をぶっ放すってことだ』
『なにその例え…』
『しかしランナーには当ててはいけない。分かるな?』
『カイ…なんかムカつく!!』
「やっぱり、カイの様子…おかしかったよね」
ローラーンがぼそりと呟く。
「総員のポイント到着を確認した。行動を開始しろ」
カイがそう言うと、ツィス団のロボット達がそれぞれ動き出した。
リリド、ルルド、レレド、そして騎士が巨体の後ろへと回り込んむ。その迅速さに、巨体は4機を捉えられていないようだ。何も行動を起こそうとしない。それに合わせて、超質量砲、クルツ5、エーリRとL、サイエビット、最後にダテカイザーが移動を開始した。
「カウントの後に、4機は突入、残りは援護。3」
「2」
デイトンはカイの横顔を見つめた。一瞬、カイが別の人間に見えた。が、瞬きをすると元に戻っていた。ただの見間違いだろう。どこからどう見ても、いつものカイの顔だ。
「1…突入!!」
4機が一斉に前進する。最大出力で、目にも止まらぬスピードだ。
「援護!」
残りの機体が射撃を始める。4機に飛来するミサイルや質量弾を撃ち落としていく。船の砲門の数と同じく、迎撃する弾丸も数多だったが、ダテカイザーのキャノン砲で広い範囲をカバーでき、なんとか撃ち漏らさずに済んだ。
順調だ。徐々に距離を詰めていき、今にも船に到達しそうだった。しかし、ローラーンが何かに気付いた。
「…!こっちを狙ってきてる!」
接近する4機を狙っていたミサイルが、こちらへと方向を変えたのだ。
「援護の方をやるつもりか!」
その発見に間髪入れず、悲鳴が上がる。
「うわぁぁっ!!」
「超質量砲、キアちゃんが被弾!」
「カイ、どうする!?」
デイトンが慌てて訊いた。
「…今は援護が先決だ」
「それって…見捨てろってこと!?」
「…そういうことになるな」
デイトンは、衝撃を受けた。カイが、このようなことを言うはずがない。
(あなた…一体誰なの!?)
「キアちゃーーんっ!」
「お姉ちゃん!」
エーリRがキャノン砲による射撃を中止し、キアの元へと向かう。その背後にも、ミサイルが迫っている。
「お姉ちゃん、危ない!」
エーリLが長距離ライフルを放つ。ミサイルに直撃し、回りのミサイルも巻き込んで誘爆を起こした。上がったのは爆炎ではなく、黒い煙だ。
「煙幕…!」
「クソっ!」
カイがコックピットの壁を叩き、ドン、と鈍い音がする。
「やられた…!こうなったら誰か1人でも突入させて…!」
「…」
デイトンが心配そうな目でカイの方を見る。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!大丈夫!?」
ミリアが必死に呼び掛ける。
「大丈夫!キアちゃんも無事!それより、そっちは…」
「煙で何も見えないの…」
「ミサイルの場所は分かるの?」
「それが…レーダーが作動しなくて…」
エーリLのコックピット。レーダーを砂嵐が覆っている。
「ジャマー…か…。とにかく、危ないから煙から抜け出して!」
「うん…わかった」
エーリLが降下する。
「アストル。外側から見た状況を教えてくれ」
アストル号は、現在カイ達が戦闘している場所より遥か後方に滞空している。
「エーリRL、超質量砲は一時離脱したようだね」
「突入する4機は?」
「こちらでも捕捉できていない…すまないな」
答えたのはアランクスだ。どうやら二人が同じ場所にいるらしい。
「…ソリル、俺たちも一時離脱する」
「ああ。分かった…」
ダテカイザーとサイエビットが後方へと下がる。
「頼むぞ…」
一方、突入する4機はなかなか入り口へと辿り着けないでいた。突然弾幕が止んだと思えば、最接近した途端にまた復活。援護射撃は煙幕で遮られているらしい。とにかく、弾幕を避けるのに専念していて、突入する暇がないのだ。
「…これじゃいつかやられてしまう」
悲観的な事を言ったのはミューエルだ。
「確かに、そいつじゃあ少し鈍重かもな…」
ムーアが指したそいつ、というのは、リリドとルルドが装備しているアーマーユニットのことだ。火力が高いが、その分体重が重くなり、スピードが遅い。しかし、アランクスに修理されたレレドは、それを装備していない。
「…先に俺が突入する。そしたら突入ポイントから援護するから、急いで入ってこい」
提案したのはムーア、レレドのパイロットだ。
「心配だが…それに乗るしか道はないようだね」
「了解」
「ムーア」
ニーアだ。
「なんだよ?」
「いや…やっぱり後でいい。終わったら聞きたいことがある」
「…はいはい。分かったっての!」
「ノロケなら通信を切ったらいいんじゃないかな?」
ミューエルが微笑みながら割って入ってきた。
「違う」ニーア。
「バーカ。そんなんじゃねぇ」
レレドが脚と胴体を折り畳み、飛行モードへと変形する。
「気を付けろ。飛行モードは最大スピードが出る。しかし、小回りが効かない」
マークが落ち着き払ってそう言った。
「分かってる。マーク、突入コース指定は頼むぜ」
「了解。データを送る」
「露払いはするよ。危なくなったら逃げること!」
ミューエル。
「お前ら、心配しすぎだ…こんなの、あの一つ目に比べりゃ大したことはねぇ」
一つ目。カタセの駆る狐月・宵のことだ。王都での戦闘時、コックピットのみを残してやられてしまった。
(…その時に、ニーアと出会ったんだっけな…それはいいとして!)
あの時の戦いで、自分は多数の命を奪いそうになった。だが今回は違う。この戦いも終われば、自分はまた命を奪うことを命じられるだろう。妹のために、断るわけにもいかない。
今この一瞬でも、正義を行えるのが、純粋に嬉しかった。
だから、
「ムーア・クルーズ。レレド、行くぜ!」
俺は、飛ぶ!
ご拝読ありがとうございます。
自己満足ですががんばります。
マニュピレータって使いたいだけです。