第15話 胎動
ダテカイザーは正義のロボットである。今日も正義のため戦うのだ。
そう長くは聞き出せなかった。ダテカイザーへ向けて、巨大なラグビーボールが砲門を向けている。雲に隠れきれない巨体に動きがあると、目立つ。
「おいおい…あいつら、仲間ごと撃つ気か?!」
「ま、仕方ねぇことだ」
バーリッシュのリョーキがうんうんと頷いた。バーリッシュはコックピットブロックだけしか残っておらず、ダテカイザーの右手に掴まれている。
「これだから価値観がおかしい奴らはよ!!」
ダテカイザーが飛んだ。
「砲弾の軌道予想、算出完了!」
「よぉーし、全部避けてやるぜ!!」
「避けた後はさすがに帰艦するわよ!」
上方で爆発音が鳴った。砲弾が射出されたのだ。それに合わせ、ダテカイザーは右、左、前、後ろと滑空する。
「ミリア達は大丈夫か?!」
「アストル号に帰ってってるから大丈夫!」
「よし!俺たちも早くここから抜け出すぞ!」
「もしかして、私って捕虜か?」
リョーキが首をかしげた。
「そういうことに…なるかな」
「はぁ…ま、仲間に撃たれて死ぬよりかマシか?」
「仕方ねぇとか言ってた癖によ!」
砲弾がダテカイザーのすぐ右を落ちていった。イエスト・イエスターがよく用いる質量弾とは違い、先端でも引っ掛かれば爆発する。
砲弾の雨は、一向に止む気配を見せなかった。
飛行船内部。
「…鹵獲が目的ではなかったのですか」
眼鏡の男。
「彼ならば必ず避けられる。この攻撃はダテカイザーを逃がさないためだ」
陶器のような白い肌。アサストルだ。
「随分と信用しておられるようですが」
「当然だ。信ずるに足る運命を彼は持っている」
「…よく、分かりませんが…」
弾は無尽蔵なのだろうか。延々避け続けている。
「なんか…暇だな」
カイは暇だった。弾の軌道が分かっているので、それに合わせて動くだけだからだ。
「この状況で暇って…世界で何人が言えるかしらね」
「なんだぁ?そっちのパイロットは何かしてんのか?」
リョーキだ。
「何でそんなこと話さなきゃなんねーんだよ」
「私と初めて会ったときはあんなに喋ってくれたじゃない」
「あれはお前を説得しようとしてだな…」
「また柄にないツッコミをしようとしてる…」
「うるせーよ!」
機体が斜めに傾いた。
「ちょっと!しっかりしてよ!」
「す、すまん!」
「何か…お前よくわからん性格だな」
「どういうことだ?」
「バカみたいに明るいときと今みたいに無気力さが出てきたり」
「考えたこともなかったぜ…」
「いや、多分考えても何もないよ…」
そろそろ弾が尽きないだろうか?
指定のポイントに、小型の輸送機が到着した。扉のついた小さいコンテナに羽がついている粗末なものだ。アランクスの連絡から30分ほど後だった。
「やぁ」
中から出てきたのは、アランクス本人だった。
「そちらが、イエストの?」
「はい。拘束しています」
「話は聞いているよ」
「あんた、アサストルに付くつもりなのか?」
ムーアはアランクスの言葉を無視し、訊いた。
「いや…潮時だ」
弾丸の雨が止んだのは、少し後になってからだった。でかいラグビーボールことアサキメスの飛行船が、何かから攻撃を受けたようだ。
「大体予想はついてるけど…あのお披露目でやられた仲間の敵討ち…かなぁ」
「おい、誰のことだ?」
カイは分かっていない。
「私にも教えてくれよ!」
リョーキも分かっていない。
「あんた達…もう!イエスト・イエスターに決まってるでしょ!」
「ああ!そういえばカタセのおっさんにやられてたな!」
「思い出した!…でも、やられた方のやつは死んでないよ」
リョーキが断言する。
「なんで分かるの?」
「カタセが手を抜いてたように見えたから」
「ふぅん…」
デイトンには、よく分からなかった。
「…んじゃ、今のうちにトンズラしますか」
「もうカナン姉妹はアストル号に帰艦したって」
「じゃあ、カタセは捕虜じゃねえか!」
「お前もだよ、リョーキ」
噴射口を強く噴かす。アストル号の方向だ。
「敵前逃亡とは…ダテカイザーも情けねぇ!」
「あんなおっきな船が相手じゃ無理よ、出直し出直し」
「でもよ」
カイが神妙な顔つきになった。
「徴兵を止めさせるには、あいつを落とすしか方法はねぇ」
「…近日中に、大きな作戦になりそうね」
「こっから先は遠さねぇぜ!」
でかい声だ。スピーカーの調整をミスしているに違いない。
「この声…高貴に乗ってたアホだな!」
「違う!俺はシュバールツだ!皇帝の麾下の斬り込み隊長だぜ!」
よく見ると、シュバールツが乗っているのは高貴ではない。故・リークスが乗っていたステリアと同じ形だ。狐月・宵が装着していたような飛行ユニットが装備されている。それに、1機だけではない。無数のステリアが、隊列を組んでいる。
「皇帝の麾下の主力機はあれってことか…」
「ガロント支部で高貴をあんなにダメにしたのに…!」
大国アサキメスといえども、ロボットの生産には時間がかかる。カイたちは、ガロント支部での作戦で、180機もの高貴を破壊した。これは大きな打撃となるはずだったが、こんな隠し球が用意されていたとは。
「しかも、新装備もこいつらには使えねぇ…」
1対1以外の状況では、電磁波砲を制御しきれない。パイロットを殺めてしまう危険があるから、カイにはできない。
「こいつで、やるしかねぇか…!」
バイブレーションニードルを起動させる。振動が操縦桿まで伝わってきた。
「便利だよな、指を使わなくていいのはよ…」
リョーキが呟いた。ニードルは両腕のトンファーの先から出ているため、手に掴んでいるバーリッシュのコックピットブロックを離さずに済むことを言っているのだ。
「よし、ここを突破するぜ!」
ステリア軍団が胸のバルカンを一斉に撃ち始めた。それを躱す。即座に近付いて腕を両断。胸から飛び出したバルカンと両足を切り落として無力化する。それを繰り返す。目の前に来たバルカンの弾を、切り落とす。
「そこまでだぁ!シュバールツ、真っ向薪割りソード!!」
ダテカイザーがトンファーを振るう。上半身と下半身で真っ二つだ。
「覚えてろよ!」
脱出したらしい。パラシュートが見えた。
「さあ、じゃんじゃん行くぜ!」
アストル号の一室。ベッドに横たわる黒髪の少女。ノックの音が響いた。
「…アストルさん?」
「グレイくん、見せたいものがある」
じり貧だ。残りのステリアは僅か3機だが、切りすぎでバイブレーションニードルが鈍くなってしまった。針先は機械油まみれだ。
「トンファーで殴るしかねぇか…!」
針を引っ込め、元のトンファーとして使うことにした。バルカンを躱し、殴る。ステリアの腹部にめり込んだ。しかし、同時にステリアの腕部から何かが発射された。ダテカイザーにくっついて、爆発した。
「これは…煙!」
薄くピンクがかった煙が辺りに立ち込めた。
「予想位置算出!丁度後ろに1機いるわ!」
「おらぁっ!」
しかし、トンファーは空を切った。
「デイトン、居ねえぞ…?」
「そんなはずは…」
少しの空白。デイトンが口を開いた。
「これは…ジャマーだわ!」
気付いた時には、バルカンが目の前で火を噴いていた。
「ぐあっ!!」
最後の最後まで、ジャマー使用を温存していた。物量戦の時には無用の長物であるから、このタイミングでの使用は当然ともいえた。だが、予測できなかった。いや、わざとこの3機を残したのかもしれない。ジャマーを搭載している量産機は珍しい。その意識の裏をかいてきたのだ。木を隠すなら森ということか。
ダテカイザーは残りのステリア2機によって拘束されてしまった。依然としてリョーキは掴まれたままだ。
「くっそ…!」
その時だ。前方から、走ってくる黒い機体。両肩が紫に塗られている。両手を地面について飛び上がったと思うと、片手に握られたナイフで片方のステリアの腕を切った。黒い機体は腕を切ったステリアの胴体を蹴って、また飛び上がり、もう一方のステリアの腰の接続部分を切断した。下半身が糸で吊っているような状態で動かなくなり、地面へと落ちていくステリア。黒い機体もガシャン、と音を立てて着地した。自由になったダテカイザーも着地した。
「来てくれたんだな…!」
「はい!お待たせしました!」
声の主は、グレイ。グレイ・アルセだ。
「その感じだと、もう割り切れたみたいだな」
「はい。…悩んでも仕方ないって分かったんです。あなた達を見て…」
「私たちを見て?」
「アストルさんがあなた達が戦ってるところを見せてくれたんです。諦めずに、常に明るく戦ってて…」
(ねぇ、カイ)
(なんだ?)
(これってさ…通信がバレてるってことだよね?)
(…そういえばそうだな)
(あの貴族科学者め…プライバシーの侵害でとっちめてやる!)
デイトンがシステムをチェックしたところ、アストル号への通信機能が勝手にオンになっていた。即座に遮断する。
「逃げましょう、カイさん!」
「おう!」
ダテカイザーがクルツ5を抱え、空へ飛び上がる。もちろん右手にはバーリッシュのコックピットブロックが握られている。アストル号への方向に、邪魔をするものはもういない。
それにしても、とデイトンは思う。あそこまで落ち込んでいたグレイが、自分たちの戦いを見て勇気を貰ったと言った。そして、決意を新たにした。不自然じゃないか?別の何かがあるんじゃないか?その何か、が分かれば苦労はないのだが。しかし、グレイが無理をしているようにも見えない。まぁ、悪い何かではないのだろうから、いいだろう。少し気になった。
「僕は、アサストルの息子なんだ」
アストルはそう言った。彼の決意は、私の決意と比べられないほど、深くて黒い。グレイはそう感じた。実の親を相手取って戦おうとしている。しかし、復讐ではない。彼はそう続けた。
「親だから許せないんじゃないんだ。あいつは1人の人間として、許せない」
彼の決意に―――賭けてみてもいいんじゃないか、と思った。14年来の旧知であるアストルのそんな決意を知らなかった。そこまでの決意だと、知らなかった。だから、
(私も、戦うべきなんじゃないか)
吹っ切れた。理由はもちろん、アストルの言葉だ。
―――いや、本当のところ、理由は分からなかった。アストルの言葉ではない気がしていた。その理由も分からない。なぜ私は吹っ切ることができたのか?
ただ、漠然とした違和感が心に残った。
「また1人、決定事項が産まれたか…」
ご拝読いただきありがとうございます。
タイトルが厨二なのはこじらせたからです。
ここから盛り上げたいです。




