第七話 俺、その喧嘩買います。
唐突な俺のアイドル活動宣言。俺達の間には、妙な間が生じていた。
その間を破ったのは、ロゼの言葉だった。
「いや、ミコ。貴女はその【ウィイドゥー】活動ではなく、冒険者として活動するべきだろう」
ロゼが、困ったような表情を俺に向けていた。
「そうですね。私共のギルドとしましても、その【ウィイドゥー】活動の協力は出来かねると思いますし」
メアリさんも眉を潜めて言った。
ここで、一つ気付いたが、日本語で発声した、【アイドル】という単語。こちらの世界の人によっては非常に発音がしづらいものなんだな。
確かに、こっちの言葉とは、随分違うもんな。【ウィイドゥー】ってなんだよって思っちゃったよ。
「ミコ。あまりふざけてはいけない」
ロゼが、窘めるように言った。
別にふざけたつもりはなかった俺は、毅然とした態度で言った。
「あ、はい。すみませんでした」
……毅然としていなくてごめんなさい!
実のところ先程の発言は深い思考によるものではない。ぶっちゃけノリで言っただけなんで!
……確かに意味分からなかったよな、と俺は反省した。
「……というか、確認しておいてなんですが、ミコ様のクラスは神語りですよね?」
呆けた表情から、平時の柔和な表情を取り戻したメアリさんが、俺に言った。
いや、そうは言われても偶像って書かれているし。
俺はカードの内容を確認する。
ギルドカードのスキルリストの中には、確かに神語りのスキル名がある。
このリストを見ているとき、スキルがどういったものなのか、理解をすることができた。
これも、俺が有する〈解析〉のスキルのおかげだろう。自分の有するスキルと、一度見たスキルの効果を本能的に理解できるようになっている。
他にも、自分がスキルを保有していると意識してから、これまで分からなかった事が分かるようになった。
環境適応のスキルは、これまでと違う環境に置かれても、心身ともに悪影響を及ばさないままになじむことができるというものだった。
これと、どのような言語でも瞬時に理解し、読み書きすらできるようになるという〈言語理解〉の便利スキルのおかげで、俺はこの世界にも一日とかからずに適応できたのだろう。
そして、スキル〈神語り〉は……俺にとってはあんまり意味のない物だった。
生命の危機に瀕した時、神の力にも等しき力が扱えるようになるといったものだ。
それは、知力以外のステータスが99,999になり、数多くのスキルを操れるというものだ。
そして、スキル偶像は、数多くのスキルを操ることと神の力に等しきステータスを常時得られるというものだ。
偶像は神語りの完全上位互換といえる。
だが、説明をして分かってくれるとも思えないのだが。
「では、〈神語り〉とクラス登録しておきます。問題は有りませんね?」
メアリさんの言葉に、俺はまぁそれでもいいかと思って頷く。
「さて、これでミコも冒険者の一員だな。これからはこのギルドでクエストを受けて賃金を稼ぎながら家族の情報収集をしておくといいだろう」
隣から、ロゼの言葉が聞こえる。その声には、どこか名残惜しそうな感情が見えていた。
「そうするよ、ありがとうロゼ。お前のおかげで、本当に助かった」
俺の礼の言葉にも思わず熱がこもる。
二日に満たない短い時間とはいえ、ロゼには多くのことを教わり、親切にしてもらったのだ。感謝の念が尽きることは無い。
「いいや、私はただ、当然のことをしたまでさ。……さて、最後に、ミコの受けるクエストを見繕うのを手伝おう」
ロゼはそう言って、メアリさんへと向かい、何やら話し合っている。本当にこいつは、良い女だぜ……。
俺の心のちんぽが上向きになっているその時、ロゼとメアリさんの会話が聞こえる。
「この薬草収集のクエスト、難易度も低くミコが始めるクエストにはちょうどよさそうだな。メアリ殿。このクエストの成功報酬はいくらか?」
「クエスト表の下部をご覧ください。そこに記載されているとおり、3イェントが成功報酬となります」
「……3イェント? ああ、薬草1ケーグラム当たりの納品につき、という事か。ううむ、割が良い仕事とは言えないが、仕方ないか……」
「ちょっと良いか、ロゼ?」
ロゼがクエスト表から顔を上げる。俺は一つ質問をする。
「物の相場が良く分からないから教えてほしい。1イェントで、どんなことができる?」
ケーグラムっていうのが、日本でいうところのキログラムなのは理解できる。イェントが通貨の単位であることも。しかし、1円と1イェントにどれくらいの価値の差があるかは知っておかなければ。
ロゼは俺の質問に、手の平を打ってから答えた。
「それを教えるのが先だったな。100イェントだと、一食分のパンが買える。1000イェントで、ちょっと豪華な昼飯。3000イェントで宿屋に一泊、晩に酒を飲んでつまみを食べることができる。一日3000イェント稼げれば、生きることはできるだろう」
……大体、1イェントが1円と考えてよさそうだな、分かりやすい。
「そっか。わかった、ありがとう。でも、もう少し危険でも、稼ぎの良いクエストを受けたいのだけど」
俺が言うと、ロゼが目つきを険しくして反論をしてくる。
「いいや、駄目だ。薬草収集は確かに地味で効率よく稼げるわけではないが、何よりも安全なんだ。それに、半日も働けば3000イェントも稼げるだろう。……あまり欲を掻いてはいけない。私は、貴女のことが、心配なんだ」
厳しい口調のロゼだが俺のことを大切に思っていてくれるのが、良く伝わる言葉だった。こんな風に思わ
れるのは、いつぶりだったか? 俺はちょっと気恥ずかしくなって、指で鼻の頭を掻いた。
「それに、クエストは冒険者様の格によって受けられるものが変わります。最高のSクラスであれば、そのすべてに高額な成功報酬が約束されますが、最低のE級であるミコ様に、危険度が高く稼ぎの良いクエストは受けられませんよ」
メアリさんが、システム面での補足説明をした。
つまり、最初はコツコツ稼ぐしかないのだろう。
だったら、今回はロゼの顔を立てて、薬草収集のクエストでも受けようかな、と思った時だった。
「おいおい、〈神槍の麗嬢〉様じゃねぇか。一体、俺達のギルドに何の用だぁ?」
ギルドの入り口近くから、野太い男の声が聞こえ、そちらを振り向く。
順番待ちの列が左右に割れ、ゆったりと歩んできたのは分厚い筋肉と革製の防具に身を包んだ、精悍な顔立ちをした大男だった。
ロゼの目前に立ち、ガンを飛ばすその大男。
「ここは自由を愛する冒険者が集うギルドだ。あんたみたいな国の番犬ちゃんが来るところじゃ、ねぇんだが。ああん?」
「王国騎士がギルドに訪れてはいけない、などというおかしな決まりごとは無かったと思うが?」
「っか、決まりだ何だと押し付ける、糞みてぇな奴の糞みてぇなセリフだなぁ、おい。良いぜ、言ってやるよ。そのすました顔が気に食わねぇから、ここから出ていきな、今すぐに……これでいいか?」
「なぜ私がお前の言葉に従わなければいけない?」
「ああ!?」
ロゼと大男は、互いににらみ合っている。
ロゼは腕が立つ。あの男と戦っても、きっと勝てるだろう。そんな風に楽観視していた俺の耳に、周囲の野次馬の言葉が届く。
「おいおい、呆れたぜ。バルバロスが〈神槍の麗嬢〉に絡んでいやがる」
「S級の性ってやつか? 強そうな奴に喧嘩を吹っ掛けるのは?」
「いいね、こいつはどっちが勝つか分からねぇ。どうだ、野郎ども! 俺はバルバロスが勝つのに一杯かけるぜ」
「なら俺は神槍に三杯賭ける!」
「言ったな、てめぇ。酔っていたから覚えていない、は無しだぜ!」
野次馬達が二人の勝負を対象に、賭けを始める。
話を聞いていると、評価は五分といったところ。
……何この筋肉だるま、噛ませっぽい登場シーンの割に、S級とかいう実力者なのかよ。
「……バルバロス様。店内での荒事はご遠慮ください」
メアリさんは静かに、バルバロスに告げる。
きっ、と振り返った後、
「へへ、そうだよねメアリちゃん。ごめんね、荒事になるときはちゃんと外に出るから」
とデレデレした表情でバルバロスは言った。
……は?
「でた、メアリちゃんには決して逆らえないバルバロス!」
「きっと神槍に喧嘩を売ったのも、S級の性とか関係なく、メアリちゃんにいいところを見せるためだぜ!」
ぎゃはは、と野次馬たちの間で笑い声が上がった。
なんかあの筋肉達磨、男子小学生みたいなやつだな。
「う、うるせぇぞ、てめぇら! 先にぶっ飛ばされてぇのか!」
その叫びに、誰もかれもが視線を泳がせる。
どうやら、馬鹿っぽいし男子小学生並みの煽り耐性しかないみたいだが、これは利用できそうだ。
「じゃあさ、俺から先にぶっ飛ばしてみてくれよ」
ロゼとバルバロスの間に入った俺は、宣言した。
「……あ、何言ってんだ、ちびっこ?」
「だから、俺の相手をしてくれって言ってるんだよ」
バルバロスの顔が、強張る。きっと、俺にコケにされたと思い、怒っているのだろう。
流石に、こんなプリチーな女の子(俺)が真正面から戦ってくれと言っても、引き受けてはくれないだろう。しかし、今の興奮状態ならば、乗ってくれるはずだ。
「いいぜ、ちびっこ。まずはお前からだ……いまさら謝っても、許してやらねぇぞ?」
「はん。上等!」
俺は、拳を鳴らすバルバロスに挑発の言葉を告げる。
……この戦いは、この世界で俺がどの程度の強さを持つかをはかる戦いになる。
S級冒険者ならばきっと、相当な実力者なのだろう。俺はステータス上ではほとんどの項目がカンストしているが、実際の戦闘ではどれほどの強さなのか?
そして、実戦でスキルをどの程度操れるのか。それを試すには、丁度良い機会だ。
……万が一、ぼこぼこにされるようだったら、ロゼに助けてもらえるだろうし。というかっこ悪いにもほどがある打算も、あるにはあるのだが。
「何を言っているんだ、ミコ!? やめるんだ」
俺に向き直って、ロゼが強い口調で言った。
「畏れながらミコ様、私も同意見です。バルバロス様のクラスは狂戦士。〈超越〉のスキルを使い、素手で魔獣を引き裂くほどの、尋常ならざる力を発揮します」
同じように、メアリさんも俺に考え直すように言っている。
メアリさんがバルバロスの強さを語ったからか、奴は満足そうに笑っていた。
いかんな、もしこれで戦うのがお流れになってしまったら、元も子もない。そう思い、俺は一つ、メアリさんに提案する。
「ねぇ、メアリさん。こいつに俺が勝ったらS級のクエスト受けさせてくれる?」
俺の宣言に、ギルド内の空気が凍った。
きっと、S級冒険者に対して喧嘩を売るだけでなく勝利宣言までしちまった新人を見て、憐れに思っているのだろう。
「良い度胸してるぜ、ちび……」
怒髪天を衝く。バルバロスは怒り心頭の様子だ。
「ミコ!? 私の話を……」
俺は、ロゼの話を途中で遮って、バルバロスの前に立ちはだかり、もう一度宣言する。
「それに俺、ロゼを馬鹿にされて、ちょっとイラッとしちゃったんだよね」
「は、はぁ!?」
俺の言葉に、ロゼが顔を赤くして取り乱した。
「俺の恩人馬鹿にした礼をさせてもらうぜ。表に出やがれ、噛ませマッチョ!」
噛ませマッチョことバルバロスも顔を赤くし、上目遣いに俺を見てい……ないな。こっちは普通に睨んでるだけだった。
「おいちび。女だから手加減される、なんて思っていたら、後悔するぜ?」
バルバロスの、怒気が篭もった言葉が耳に届いた。
俺は、その言葉を聞いて、笑う。あるいは、それは嘲笑と言えるものだったかもしれない。
「女、だと? 舐めんなよ、馬鹿野郎! いいか、俺の心にはな……いつだってそそりたつ一本のちんぽがあるんだぜ!」
自信満々に宣言する俺に、ギルド内の人間の冷ややかな視線が集まったのは、気のせいだと願いたかった。




