表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/62

最終話 アイドル


 アイドルにあこがれたのは、何故だったか。

 いつか見た、彼女たちのライブを思い出す。

 大きなステージの上で踊る、小さな彼女たち。

 可愛らしい笑顔を崩すことなく、激しいダンスを踊りながら歌を歌うその姿は、彼女らの姿を照らすスポットライトよりもなお輝いていた。


 なぜ、彼女たちはあそこまで一生懸命になれたのだろうか? いくら普段からレッスンをして鍛えているとはいえ、長時間のライブは苦しくないはずがない。

 たとえ、仕事だとしても。そんな苦しい思いを何故我慢できるのか? 1分1秒に全力を尽くせるのは何故だ? 


 俺には、できないことだった。

 本気になれるほど好きになれたものなんて無かったから、彼女たちの気持ちは、想像することもできなかった。


 ……だからこそ、俺は彼女たち〈アイドル〉を、本気で好きになったのかもしれない。

 自分にはできないことを懸命に頑張る彼女たちを、せめて応援だけでもしたいと思ったのかもしれない。


 こう言うとなんだが――彼女らは、けっして特別ではないと思うのだ。

 きっと探せば、俺が夢中になったアイドルよりもスタイルが良い子や可愛い子は、みつかるだろう。

 でも、特別になろうと頑張っている彼女たちよりも魅力的な女の子なんて、きっと探してもいない、とも俺は思うんだ。

 

 誰かの特別になろうと、誰かを照らせるほどの輝きをみせようと懸命に歌い、踊る彼女たちの姿は、生来特別な人間よりも、よっぽど価値がある。


 俺は、そんな風に思う。



「にゃにをそんにゃに難しい顔をしているにゃ?」

 思案する俺に、フィノが声を掛けてきた。

「全く。せっかくここまでこれたというのに……まぁ、緊張するのも無理はないか」

 こわばった表情でヨージョが告げる。


 俺は頭を振って、先程までの感傷を振り払う。

「確かに、獣人と人間が協定を結んでからの初めての、そして記念すべきライブで緊張してるけど。大丈夫だ。ただ、昔のことを思い出していただけさ」

 そうだ、人間と獣人は以前の俺たちのライブがきっかけで、敵対関係を解消する協定を結んだのだった。

 

 あそこでライブを聞いていた人間は、一部を除いて完全に戦意を失い、戦うことがなかった。そして、その一部の人間であった大臣は、ヨージョの言葉で正気に戻った兵士たちに拘束をされることになった。

 現在、人間側のトップはヨージョとなっている。――やはりアイドル活動と国の指導者としての立場の両立は難しく、お飾り的な立場に変わりは無かったが。

 それでも、環境は随分と変わった。

 役に立たない近衛兵はヨージョが選出したロゼ・シーナ・ディアナをはじめとした、ヨージョが信頼できる人間で構成されている。

 

 獣人との関係も良好だ。

 アイドル活動は互いの種族に受け入れられており、俺とフィノとヨージョの三人は、平和の象徴とされていたりする。


「それならば良い」

「もうすぐ、僕たちの出番にゃ。準備をするにゃ」

 2人はそういって立ち上がる。

 今回は、協定を結んだ記念として、俺たちが両種族の前でライブをすることになっている。場所はもちろん、前回もライブをしたあのドームだ。


「ああ、そうだな」

 俺はそう言ってから、何者か・・・の気配がする後ろを一度振り返ってから、

「もうちょっとだけ、1人で気持ちを整理したいから、先に行っててくれ。すぐに追いつく」

 と告げる。

「……そうだにゃ。僕とヨージョは先に行っておくにゃ」

 フィノの声は優しい。ヨージョも俺に向かって頷くと、2人は先にステージへと向かっていった。


「……久しぶりだな」

「気付いておったか」

「当たり前だ。ていうか、俺にだけ気付かれるように、お前が力をつかっているんだろう?」

 俺は背後を振り返り、目の前にいた妙齢の美女――俺をこの世界に送った張本人である〈女神〉に声を掛けた。

 彼女は口元に皮肉気な笑いを浮かべただけで、何も答えはしなかった。


「んで、今頃になって何の用だよ? 俺、忙しいんだけど」

「儂だって忙しいわ。ただ、一言だけ、告げに来ただけじゃよ」

「……何だってんだよ?」

 俺は胡乱げな視線を〈自称女神〉に向ける。


「お主には、がっかりした」

 その言葉の意味が分からず、俺はきっと、ただただ間の抜けた表情を浮かべていたことだろう。

「どゆこと?」

 俺の問い掛けに、女神は答える。

「〈偶像アイドル〉になると言ったから、儂はてっきりこの世界で人を救って、救って。救いまくって。人の信仰のよりどころにでもなるんだろうと思っておった。なのに、お主ときたら……」

「いやいや、そんなんお前の勘違いじゃねぇか。勝手にがっかりしてろよ」

 俺も、呆れてため息を吐く。


「儂の勘違い、で済めばよかったのだが。お主は儂から授かった力を使って世界を支配しようとしているではないか」

 俺は、あまりにも予想外の一言に、

「……は?」

 と一言返すのが精いっぱいだった。

「アイドル活動。歌って、踊って、人の心を動かす。……優れた技術が有れば、それも不可能ではないのかもしれぬな。だが、現状は異常だ。人の心を動かせたとしても、戦争寸前の国同士が急に仲良しこよしを初めるだなんて、ありえぬ。ならば、どうすればありえるか……」

 一呼吸置き、目つきを鋭くさせた女神が言う。


「使ったのだろう? スキル〈絶対命令〉を。そうして歌を聴いた観衆の意識を協定へと向かわせたのは、あくまで第一段階。こうしてライブ活動を行い、自らの言葉を更に多くの民衆に聞かせて、手駒となる者を増やし、直接的な暴力を行使せずに、自らの意のままにできる者を増やすのが魂胆だろう?」


 ――なんとあさはかで、醜い考えだ。

 それは、もう。

 神ではない。

 偶像ですらない。

 ただの哀れな支配者だ――


 女神が悲しげに瞳を細めながら、俺を見据えて呟いた。


 俺は、反論をしない。


 ただ、その話を聞き終わり、思い出すことがあった。


「あのさ、俺たちのライブを見てってくれないか?」

「……お主、神である儂さえも意のままに操ろうというのか? 不遜な」

 疲れた表情で顔を振る女神に、俺は答える。

「ちげえーよ。お前さ、最初に3つの願いを聞いてくれると言ったよな? ……結局、お前は俺の願いを叶えてくれてないじゃねぇか。だから、代わりにここで叶えてくれよ」

「? 叶えたじゃろう? PC内のデータ消去と、超絶美形な〈偶像アイドル〉になる力を授けた」

「PC内のデータ消去なんて本当にしたのか分からねぇし、〈アイドル〉については見解の相違が大きすぎた。それになにより……」

 大きく息を吸ってから、叫ぶ。


「お前は俺とセックスをしてくれなかったじゃないか! 女になっちまったし、俺はもう一生童貞が確定しちまったんだぞ!!」

 俺は涙を流しながら、神の胸ぐらを掴む。豊満なおっぱいの感触が、わずかに感じられて正直儲けもんだと思った。


「……お主の性根が腐ってたから、生涯童貞だったんじゃろ?」

 女神はすごい引いていた。こんな目で見られたのは、肩空宗男君(身長165センチ体重98キロデブ専)のお乳様を揉んで興奮しているところをクラスのマドンナ早乙女さんに見られて以来の事だった。……まさかクラスのマドンナが俺たちの醜態を見て気分を害し、廊下に唾を吐くだなんて思わなかった。


「うるさい、ばかぁ! 少しでも悪いと思ってるんだったら、俺たちの歌を聴いていくくらい、良いじゃないか!!」

「そ、そんな悲壮感たっぷりな表情で言わんでも良いだろう……。わ、分かった。分かったからそんな目で見るな! ちゃんとお前らのステージ、観ていくから!」

 俺は目尻の涙を浮かべてから、

「それじゃ、ついてこい! 俺たちのステージ、見せてやる!」

 と、答えたのだった。

 

 

 俺は今、ステージに立っていた。両隣には、フィノとヨージョ。おまけに、あほ女神も後ろにいる。どうやらこいつは、俺以外には、見えないようだった。


 獣人の長老・オイナガや、新しい人間側の大臣の長々とした前置きは既に終わっていて、今は観客の歓声とこれから歌う曲の前奏が流れているのみ。


 体が自然と曲に合わせて動く。

 俺はステージの上で踊りながら、観客の方へと目を向けた。


 ロゼが周囲の警戒をしながらも、笑顔でこちらを見ている。

 シーナはいつも眠たげな瞳を開いていて、ディアナは隣に立つ女性に何事かを熱心に説明しているようだ。

 メアリさんは蕩けるような表情で、俺に熱い視線を送っているし、バルバロスは変な鉢巻を巻きながら俺の名前を叫び続けている。


 他の観客も、皆笑顔を浮かべながらステージに注目している。


 今度は、隣に立つフィノを見る。

 堂々としたダンスだ。緊張の色が見えない。きっと、この状況を愉しんでいるのだろう。

 ヨージョの方を今度は見ると、彼女も一切の緊張が見えない。それはそうか。女王なのだから、これくらいの人数の前で歌うくらい、わけないのかもな。


 イントロが終わり、歌が始まる。

 俺のパートだ。とちらないか、音は合っているか、歌詞が飛ばないだろうか……。やっぱり、緊張をしてしまう。


 ……でも、楽しい!


 光り輝くステージで、大勢の観客の笑顔に見守られ、一緒に立つ、仲間がいる。

 俺は今、とても幸せだ。

 

 この世界に来て、いろいろと悩んだ。

 身の丈に余る力を持った重圧。

 身の程もわきまえず、かき乱してしまった獣人と人間の関係。

 出来ることと出来ないこと、そしてしたいことのちぐはぐさに、俺は悩み続けた。


 だけど……2つの種族の仲を取り持つのに、力なんて要らなかったんだと、俺はこの場のみんなの笑顔を見て思い知った。


 〈神様〉と〈ご先祖〉。両種族は、信じるものが違う。そのせいで、軋轢や誤解が生まれ、戦いが起ころうとしていた。

 でも、例え〈信じるもの〉が違っても――〈好きなもの〉が同じなら。

 こうやって、2つの種族は、同じ場で、同じように笑いあえるのだ。


 俺は、彼らの〈好きなもの〉になれたことが、本当に嬉しい。

 〈好きなもの〉が同じ2つの種族が、きっとこれからも同じ道を歩めると信じて。

 そして、いつまでも好きでいてもらうため、俺は歌って踊る。


 誰にも負けない笑顔で。

 光にも負けない位、輝いて。


「……お主が、何を考えて、何のために踊るのか、もうどうでも良い。そんなに楽しそうに笑われてしまっては、邪推するのも馬鹿らしいしな。……ただ、もう少しだけ、見守らせてもらうぞ……」

 俺の耳に、声が届いた。

 振り返って先程まであの女神がいた場所をみても、今はもう誰もいなかった。

 ……あの女神が、俺のことをどう思おうが、正直言ってどうでも良かった。


 ただ、俺はあいつに、少しでもお礼になるようなことがしたかっただけだ。

 

 日本にいた頃の俺には、何もなかった。そんな俺を異世界に連れてきたのは、他でもないあのあほ女神だ。

 あいつのおかげで、俺は生きがいってやつが出来た。

 もちろん、この世界でも相応の苦労や苦痛は味わった。

 それでも、こうやって、多くの人たちの前で〈アイドル〉が出来るのも、全てはあいつの勘違いのおかげだから。

 俺は、あいつの前で精一杯のパフォーマンスをすることで、お礼をしたかったんだ。



 曲は既に、ラスサビを残すのみだ。

 テンションが最高潮の観衆たち。

 まだ一曲目、とはいえ飛ばし過ぎたか。ちょっと、苦しいけど、今日のライブはまだまだ長い。

 苦しげに歪みそうになる表情を、気合を入れて笑顔に戻す。

 

 そして、歌い終わり、アウトロも止まった。

 ポーズを決める俺たち3人。

 

 しばしの静寂の後……ドーム内に割れんばかりの喝采が響いた。

 息が弾む。

 だけど、みんなの喝采が、そして笑顔が。俺たちが歌う原動力になる。

 彼らの表情を見て、俺は思った。


〈神語り〉の救世主なんて、俺は望まない。

〈偶像〉なんて大きな力は必要ない。

〈神様〉なんてまっぴらごめんだ。


 ただ俺は、自分の笑顔でみんなを笑顔に変えられる〈アイドル〉に、なりたくて。


「次の曲、いっくよ~!」


 そして幸運なことに。

 

 俺、異世界でアイドルになれました!

無事完結できました。

ここまで読んでくださった読者のみなさんありがとうございました。

そして、ブクマ、評価や感想をくれた読者様方、本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ