第五十六話 ステージ
〈イアナッコの森〉を歩く兵士と騎士。
彼らは、皆一様に緊張した表情を浮かべている。
それは、これから向かう場所に、彼女――〈魔女〉がいることが予想されているからである。
強大な力を持つ〈魔女〉と、彼女が従える〈根源の巨竜〉を相手に、果たして勝てるのだろうか?
……それは無理だろうな、と兵士たちは胸の内に諦観を抱く。
兵士たちが向かう場所。
それは、〈イアナッコの森〉に突如現れた、半球形の砦。
この世界では見たことのない、いびつな建造物。
この世界の常識を打ち砕くその砦には、あの規格外の〈魔女〉もいるはずだ。
その説を裏付けるように、〈根源の巨竜〉が砦の周囲を飛び回っているのを兵士たちは見ていた。
「さて、皆の者! 邪悪な〈魔女〉を討ち取るぞ! 我等が祖国を、これ以上無用な危険にさらすわけにはいかぬのだ!」
行軍に同行していた大臣が、兵士たちを大声で鼓舞する。
だが、それで兵士たちの士気が劇的に向上する、という事は無かった。
未だに緊張の表情を浮かべる兵士たちを見てから、
「……さぁ、これより作戦開始だ! 砦に突撃だ!」
大臣の投げやりな号令が響いていた。
大臣、兵士、騎士たちは軍靴を鳴らしながら、未踏の砦へと侵入していった。
☆
大臣には、いくつもの誤算と誤解があった。
〈魔女〉に、戦う意思などないということ。
そしてもし戦っても、勝てる見込みなど万が一もないこと。
砦と思っている建築物が、現代日本でいうところの〈エア・ドーム〉だという事が異世界に生きる彼らに分からないのは、仕方ないことだろう。
☆
どうやら、お客さんたちがようやく来てくれたらしい。
俺は魔法によってそのことをディアナから伝えられていた。
この後、全員が入ってきたのを彼女が確認してから、出入口を閉鎖する予定である。
「さて、2人とも。心の用意はいいか?」
「ふん、勿論だ。妾がこの程度で緊張など、すすす、するわけなかろう」
ヨージョは唇を震わせて答えていた。
絶対緊張しているわ。
「……未だに信じられにゃいにゃ。まさか、僕が人間のために踊ることににゃるにゃんて……」
フィノは遠い目をして呟いていた。
……全く、大一番の前に、しまらないですなぁ。
「ま、まぁ? 妾たちの歌と踊りでこの不毛な争いを終わらせるのなんて、余裕だし? しまらない位が逆にちょうど良い的な?」
額に汗を浮かべながら、ヨージョが言う。緊張のせいかキャラがぶれていた。
「……ヨージョの言う通りにゃ。ま、上手いことできにゃかったとしても、歯向かう人間は皆殺しにすれば良いだけだしにゃ……」
フィノは物騒なことを言っていた。緊張のせいかキャラがぶれていた。
「はい、ストップ。緊張するのは分かるけど! 俺もめちゃくちゃ緊張してるし! でも、いつも通りに、な?」
俺が2人に告げると、
「なんだ、お前も緊張しているのか」
「いつも通りとか……それって、とっても難しいにゃー」
と、先程までよりも随分とお気楽に告げていた。やっぱりヨージョちゃんは緊張していたのね。
「これまでさ、人間と獣人ってのは、色々あったと思う。……言い出しっぺの俺が言うのも何だけど、本当に歌って踊ってどうにかなるんか? みたいなことも思っている」
俺が言うと、
「お前……それを言ってはだめだろう」
「どれだけ僕とヨージョが歌と踊りの練習に付き合ったと思っているのにゃ?」
2人は驚きと呆れの表情を浮かべていた。
「礼を言っても、尽くせないな。練習、付き合ってもらってさ、凄い助かった。……めちゃくちゃスパルタだったけど、でもそのおかげで人前で披露しても恥ずかしくない位の実力にはなった、と思う」
「僕たちが面倒を見たのにゃ。そんにゃの、当たり前にゃ!」
フィノの言葉に、ヨージョも頷いていた。
「うん。そうだ。本当に、頼もしい限りだ。だからこっから先は、緊張なんてする必要はないさ。俺たち三人なら、きっとどうとでも出来るさ」
俺の言葉に、2人が耳を傾ける。
「それともう一つ。これまでのことも。これからのことも。一旦は全部忘れて。そんで、このステージの上で、思いっきり楽しもう!」
俺の言葉に、2人は柔らかな笑顔で応じていた。
☆
兵士たちが全員ドームの中へ入ったことを、ディアナからの合図を受けて知ると、ドームの出入口が魔法によって塞がれた。
ロゼ、シーナ、ディアナ、そして協力をしてくれている獣人たちが、俺たちの護衛のために配置についていた。
人間たちが、一切の光を通さぬこの場に閉じ込められたことに動揺をしている。
俺とヨージョ、フィノの三人はステージの上から、彼らに声を掛ける。
「みんなー今日は来てくれてありがとー」
「わ、妾たちのファーストライブに来てくれて、う、う……嬉しい、ぞ」
「僕たち、がんばるかにゃ、今日は楽しんでってほしいにゃー」
ライトに照らされて現れた俺たちに、観衆は呆然と立ち尽くしていた。
女王であるはずのヨージョがフリフリのアイドルルックなファッションに身を包んでいるからか、獣人であるフィノが彼女と並び立っているからか。
それとも、〈魔女〉と呼ばれる俺が、こんなところに立っているからか。
「w●q ×▽ □O K‘! ? 」
大臣が何かをわめいている。
だけど、何をしゃべっているのかは、分からない。
単純に聞き取れないだけか、向こうが興奮して呂律が回らないのか……。
「えーと。早速だけど、私たちの歌、聴いてください!」
俺は萌え萌えボイスを惜しげもなく披露する。
俺はフィノとヨージョに目配せをする。2人は、静かに頷いた。
ディアナの魔法によって、音楽がこの空間に鳴り響いた。
その曲に合わせて、俺たち3人はダンスを始める。
フィノから叩き込まれた踊りに、俺がアイドル的なエッセンスを加えたダンス。体はほとんど無意識に動いた。だが、やはりフィノのキレがこの3人の中では一番だ。
前奏が終わると、今度は歌だ。
作詞は俺がした。作曲は、ヨージョに任せた。
あざとく可愛く元気いっぱいな歌だ。少し悲しげな歌を歌うことが多かったヨージョだが、今回はとても心地よく耳に滑り込んでくる。
俺は歌いながらも、観客である人間が、どんな様子であるかを伺う。
まだ序盤だからか、彼らは一様に呆然と立っていた。
急に目の前で歌われ始めたのだ。それも、これまで見たことも聞いたこともないパフォーマンスとともに。それを考えれば、この反応は仕方ないかもしれないな。
だが、今のところ兵士たちの妨害はなさそうだ。何かしらの行動があったら、ロゼたちが防いでくれる手はずになっていたが、彼女らは初期配置から動いていない。
これまで問題なくパフォーマンスを続けられるという事は、彼女たちが上手く立ち回ってくれているから。
もしくは……観衆のみんなが俺たちのライブに見入って、行動ができていないのか
それでも曲は進む。
歌も踊りも、俺はヨージョとフィノには敵わない。
どんな強大な力を持っていても、こればっかりはどうしようもない。
だから、俺は笑う。
緊張で歌詞が飛びそうになっても。
ステップを間違えそうになった時でも。
俺は誰よりも素敵な、輝く笑顔を浮かべる。
俺が大好きだった彼女たち――〈アイドル〉が、そうだったから。
曲の終わり。
俺たちはステージの中央で、最後のキメポーズを取る。
一曲歌い切った――そんな安心感はあるものの、気を抜いてはいけない。
俺は弾む息を抑えきれないでいたが、それでも笑顔だけは崩さない。
観衆の反応を恐る恐るうかがう。
拍手、なんてものは起こらない。でも……。
楽しそうに、笑っていた。
俺はそれを見た瞬間、言葉にならない感情が胸に宿ったのが分かった。
「……っ! よぉーっし、それじゃ2曲目! いっくぞー!!」
笑顔でなきゃいけないのに。
観衆に告げた俺の目尻には、少しだけ、涙が浮かんでいた。
割烹でもちょいちょい予告していましたが、次回更新で最終話(予定)です。……ぜひ、最後までお付き合いください。
 




