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第五十五話 手紙

『この手紙を読んでいるという事は、きっと私は既にこの世から去っているのでしょうね。

 でも、悲しまないでください。

 私は、貴女に出会えて幸せだったのですから。


 ……さて、こうして筆をとったのには、理由があります。

 現在、この国は混乱のただなかにあります。

 ご主人様が公開処刑から抜け出し、既に3カ月の時間が経ちました。

 国の上層部では、獣人と手を組んででもご主人様に対処しようとする意見と、獣人に借りを作るわけにはいかないため、戦力を補強しつつ、ご主人様の行動を様子見しようとする、二つの意見が主にぶつかりあっています。


 女王陛下が不在の今、大臣が表立って国の舵取りをしています。

 彼が下した決断。

 それは、二つの意見の折衷案と言えるものでした。

 獣人の力は借りず、人間側の戦力を増強してご主人様に挑む、というものです。

 そのため、国境付近の守りを最低限残すに留め、それ以外の兵士を全て招集。

 また、ギルドにも依頼が来ています。

【魔女の討伐】という、忌々しいクエストです。それなりに高額な報酬が約束されているため、参加する冒険者様方も少なくありません。……とても、不愉快なことに。


 ……この決断からも分かる通り、彼は国のトップとしての器は無いでしょう。

 彼我の戦力差も分からぬようでは、争いなどするべきではないというのに……。

 

 私は、この不安定な状況が続く中、たくさんのことを考えました。


 ご主人様の愛くるしさ、髪の毛の艶やかさ、瞳の透明さ、控えめなお胸の形、くらっとしてしまうほどの良い香りの体臭、私の名を呼んでくださるときの甘いお声、活発に動かれたときにちらりと見えるおへそ、きっと年代物のウィスキーよりもなお芳しい匂いを放つであろう足、綺麗な脚線を描いているむしゃぶりつきたくなる太もも、存在がすでに女神なご主人様、ご主人様、ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様! 


 おっと、すみません取り乱してしまいました。でもそれも仕方ないです。

 結局、ご主人様とは、ご一緒にお出かけができないままなのですから。少しばかりおかしくなってしまいました。

 私は、ご主人様を想って慕って愛して敬って愛して、そして愛しているのですから。


 ……そんなご主人様を私から奪い、さらには国を挙げて害そうとするなど、言語道断。


 だから、私は。

 この命を賭して国と戦うことを決めたのです。


 ご主人様。私はきっと死ぬのでしょう。いや、死んでいるのでしょう。


 でも、あなたを想って戦ったことを、後悔することなどありません。


 ――いつかまた、巡り合えるように。

 私は、祈っております』


 手紙を読み終わった俺は、手の震えを抑えきれないでいた。

 この手紙を渡してくれた、目の前の彼女・・に、俺は震える声で告げていた。


「……こんな時、どんな顔をすれば良いのか、分からない……マジで」


「……心中、ご察しします。ですが、そういう時は何も考える必要は、ないと思います。ただ、本能の赴くままに。ベロチューを私とすれば良いのではないでしょうか?」

 そう言って俺に抱き付く、メアリさん・・・・・


 俺は彼女からの強引なキッスをやり過ごしながら、

「突っ込みたいところはいくらでもあるけど……まず! メアリさん普通に生きてんじゃんか!」

 俺が先程まで読んでいた手紙を書いていたメアリさんに、大声でツッコんだ。


「い、いやです、ご主人様。『突っ込みたいところはいくらでもある』だなんて、破廉恥すぎます! ……でも、ご主人様がどうしてもとおっしゃられるのであれば。私は、構いませんよ?」

 上目づかいで頬を朱に染めながら言うメアリさん。

 ちょっと頭と台詞がおかしいことを除けば、普通に可愛らしいのが悔しい。


「……はぁー」

 と、俺は小さく溜息を吐いてから、なぜこのような邂逅があったかを思い出す。


 ヨージョとフィノから歌と踊りを叩き込まれ、厳しいアイドル修行に明け暮れていた俺たちだが、大臣が大きな動きを起こそうとしていることを知った。

 ……と、いうわけで、俺は外套を羽織り、フード目深にかぶってこの世界では目立つ黒髪・黒目を隠して、一人で様子を見に来たのだ。

 そこで、まずはメアリさんの無事の確認と、彼女からの情報提供を期待して、町のギルドへと向かった。

 ギルドの受付に行く前に、俺に声を掛けてきて、別室まで案内してくれたのがメアリさんだった。

 

 ギルドの中に、フードを目深にかぶった正体不明の人間が入ったと思い、警戒して声を掛けてきたのだろう。そう思ったのだが、どうやら彼女は俺の正体を見抜いていたらしい。

 曰く、匂いで分かったとのこと。

 ……どういうことやねん、と俺は口を呆然と開いたのだった。


 俺は自らの現状を話すと、今度は彼女からおもむろに先程の残念な感じの手紙を手渡されたのだった。


 俺が以前まで関わってきていた、知的なメアリさんの面影はなく。

 今目の前にいる彼女は、本能に身を任せるただの痴女になってしまっている。……どうしてこうなった!?


「ねぇ、メアリさん。……なんか、変わったよね。積極的になったというか。キャラが崩壊したというか」

 俺の言葉に、メアリさんは恥ずかしそうに、

「ご主人様と会えない日々が……私を女に変えたのです」

 と答えた。


 意味が分からなかったので無視をすることにした。 


「今、この国は俺を殺すために、大きく動いているってことなんだね?」

「はい、その通りです……こんな国、滅ぼしてしまいましょう、ご主人様!」

 メアリさんの瞳に、暗い輝きが宿っていた。

「いやいやいや! そんなこと、しないって! メアリさん、ホントキャラ変わったね!」

「やだ……気持ち良い」

「俺の話聞いてんの!?」

 俺はもう何が何だか分からなくて頭を抱えそうになった。


 ……今のこの様子を見ていれば想像がつくけど。

 多分、本当に国を相手に、死ぬ気で戦うつもりだったんだろう。

 俺のことを大切に思ってくれているのは嬉しいけど……俺のために死なれるのは、全然嬉しくない。


「ねぇ、メアリさん。頼みがあるんだ」

「ご主人様が私に? 何なりとお申し付けください!」

 メアリさんが、とても嬉しそうに言う。


「俺は、人間と獣人が、仲良く平和に暮らせる世界にしたいと思っている。甘い、と思われるだろうけど、誰も傷つかないでそれを可能にしたいと思っているんだ」

「……それは、難しいこと、ですね」

「うん、覚悟している。……だから、協力してほしいんだ、メアリさんにも」

 俺の言葉に、メアリさんの表情が明るくなった。


「もちろん、協力をさせていただきます! 私は、何をすればよいのでしょうか? 脱げばいいのでしょうか? 足を舐めればいいですか? 舐めさせてください!」

 そう言って、またもやメアリさんが俺に飛びかかる。


「ちょっと待ってメアリさん! 話、進まないから!」

 俺は彼女を振り払う。

 お預けを喰らったのが不満なのか、メアリさんは口をとがらせていた。


 でもそんなの関係ねぇっ! 

 俺はそれを無視して、話を進めるぜー。


「メアリさんは、ここに残って国の動きを俺たちに教えてくれないか? 離れたところ……獣人たちの領土に、俺は今いるから大臣がどんなふうに動いているのか、全然分からねぇんだ。だから、そうやって助けてくれると、すごい嬉しいんだけど……」

「やります!」

 二つ返事のメアリさんだった。……いよいよ本格的に馬鹿っぽくなってきた。


「良かった……。それじゃ、もう一つお願いなんだけど。通信用に、ギルドカードを再発行してくれないかな? 前持っていた奴は、王城で没収されてしまって」

「それならば、どうぞこれをお使いください」

 そう言いながら、スラックスの中に手を突っ込み、下半身をまさぐってから、

「どうぞ」

 そこから取り出したギルドカードを俺に差し出した。


「……いやいや! さすがにそれはおかしいから! せめて、胸の谷間から取り出すのならわかるけど、何故ズボンの中からそれを取り出した? てか、一体どこにそれを修めていたの!?」

「下着に挟んでおいただけですが、何か?」

 淡々と、冷静に告げるメアリさん。


 俺は突っ込む気力も失ってしまった。

 そして、このようなモンスターを生み出してしまった責任の一端が俺にあるということに、ちょっとした責任を感じてしまった。


「……もう、これでいいや。ありがとう、メアリさん。また、近い内に連絡をするし、大臣が何か動きを見せた時は、いつでも知らせてね」

 俺が疲れた表情で言うと。

「それって、何だか新婚さんみたいですね(暗黒微笑)」

 彼女の言葉の意味が分からなく……俺は考えるのをやめた。


「あーうんそうだね。それじゃ、メアリさん。俺もう帰るとするよ。……今日はありがとう、久しぶりに会えて、よかったよ」

 俺の言葉に、メアリさんは、

「私も、良かったです。無駄死にせずに、ご主人様のお役に立てるだなんて……幸せです」

 と。

 本当に幸せそうに答えたのだった。



 メアリさんの見送りを受け、俺はまた〈イアナッコの森〉へと、帰る。


 決着のその日まで、残り時間は少ない。


 俺は、そう予感していた。

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